Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル 8
   
 Stray putit devil ?
 

 

          





   ――― ルイと 喧嘩した。


 絶対に謝るもんかって思った。だって俺は間違ってないもん。悪いのはルイの方だもん。賊学のヘッド張ってるんなら、カメレオンズのキャプテンなんだったら、束ねる立場なりの考え方とか見方とか、必要なんじゃねぇのかよ。今まではサ、そういうの ちゃんと持ってるルイだって思ってたのにサ。俺の勝手な思い違いだったみたいでサ。何か…幻滅しちゃったよな。






            ◇




 何となくざわざわと、廊下も教室も落ち着かない空気でいっぱい。猛暑が続いた今年の夏は、九月に入ってもその勢いがなかなか衰えず。やっとのこと、秋と呼んでも差し支えのない気候になって来たのへ合わせるかのように。皆のドキドキを乗っけた、いかにも文化的で、且つ、緊張のみなぎる一日が始まっていて。
「さあ、皆。講堂へ移りますよ?」
 まだ随分と若い姉崎先生が、やんわりとした微笑を載せた眼差しでもって、教室中を見回して声をかければ。小さな生徒たちが声をそろえて“はぁ〜い”といいお返事を返す。がたがたと席から立ってお廊下へ移り、昨日練習したように、男の子と女の子とが1列ずつ、体育の時のように背丈の低い順番に並んで、さあ出発…なのだが。

  「せんせぇ。」
  「なあに?」
  「ヒルマくんが いませ〜ん。」
  「………う。」

 お教室には確かにさっきまで居たのにね。色んな意味で見慣れた白いお顔が、窓際の席から校庭の方ばかりを見下ろしていたのを確かに見たのにね。一体どうしちゃったのかしらと、小首を傾げて考え中のポーズを取ってた姉崎先生。通りすがりの体育担当の石丸先生にペコリとお辞儀し、
「あのあの、すいません。ウチのクラスの蛭魔妖一くんを見ませんでしたか?」
「ああ、さっきそこですれ違いましたよ。校門の方へ急いでたかな。」
 何しろ学校中にその名が知れ渡っている問題児くん。…といっても、あんまりドギツク悪さをするということもなく。深いところに込めた含みが随分後になって“ああ、こういうことだったの”と開花するような、およそ子供とは思えないよな言動をする少年で、
『知能指数が恐ろしく高い子ですね。間違いない。』
 その筋の研究会の方が太鼓判を押して下さって以降は、突飛な行動を取っても頭から否定しないで見守りましょうという態勢が彼に限っては取られており。とはいえ、
「今日は父兄が多数出入りしますから、ちょっと心配ですね。」
「ええ。」
 父兄ではない大人や見慣れぬ人の出入りがあってもすぐには判りにくいかも知れずで。どうしたものかと、彼以外の子羊たちを見下ろして困ったなというお顔になった姉崎先生へ、
「私が見て来ましょう。演目が始まるまでは手も空いてます。」
「そうですか?」
 優しくて真面目な石丸先生。近場の子供たちにじゃれつくように手を取られつつ、そんなお声をかけて下さり、いつも済みませんと姉崎先生が頭を下げる。いいですよ いいですよと笑ってから、ジャージ姿のひょろりとした背中が元来た方へと去って行くのを見送って、
「さあ、それじゃあ、ヒルマくんは後から追いつきますから、先に講堂に行きましょうね?」
「は〜い。」
 のっけからバタバタしちゃったな、今日のこの一日が果たして無事に過ぎてくれるのかしらと。それでも…苦笑混じりという余裕を見せて。姉崎先生、講堂までのお廊下を進む。だって今日は学芸会だ。皆の練習の成果である晴れ姿をお父様お母様にご披露する日。

  “蛭魔くんもあれで随分と頑張ってくれたんだしね。”

 子供のお遊戯なんてかったるいから、役も仕事も振るななんて、偉そうな言いようをしたくせに。手の遅い子がいる班のお手伝いや、お芝居の苦手な子供の練習相手にもなってくれてたし。今から思うに、彼に何か…仕事でも配役でも決まったものを1つ任せてしまっていたらどうなっていたか。きっと、ああいう臨機応変の利いたフォローの係は出来なかったろうから、それを思ってあんな憎まれを言ったのかも知れず。やっぱり一筋縄では行かない、子供とは思えない采配をこなせる困った子供で。そんな形であれ、頑張ったのだから。なのに、本番をすっぽかすとは思えなくって。半ばほどは安心しつつ、講堂の方へと向かう姉崎先生だった。






            ◇



 さて、その“困ったくん”はといえば。旧校舎と新校舎とをつなぐ渡り廊下の手前、正門がよく見える場所にて、一生懸命の爪先立ちをして見せており。明らかに誰かをそわそわと待っているよな素振り。
“…遅いなぁ。”
 何にも役はついてないから劇には出ないけどサ、あのネコ耳つけたセナが案外可愛いし、それに俺が練習つけてやったんだぜ? だから、良かったら観に来いよって言っといた。アメフトの試合がいよいよの上位戦に突入したから、日曜でも練習に忙しいかな。でもさ、ああ判ったって言ってたしな。来るってはっきり言った訳じゃないけどサ、
“…だってルイは俺には甘いし。”
 つらつらとした想いがそこへと辿り着いた途端に、

  “………。///////

 何がどうってことはないんだけど、何となく…頬が温
(ぬく)くなる。あれからも、相変わらず じゃれつくみたいにして“俺んコト、構え〜っ”とばかり、背中に飛びついたり首っ玉なんかへまとわりついたりしている坊やで。肩も首も胸板も、かっちり鍛えてて頑丈な総長さんは、小さな坊やが多少の無理からな力技でむしゃぶりついても、揺るがないし動じない。そんならって、覚えたての“ちう”で意表をついてやると…凄んごく判りやすく真っ赤になる。坊やの側が妙に意識していたのも最初の何度目かまでの話で、いつまでもいつまでもいつまでも、大人げないほど“真っ赤”になり続けるルイなのが、しまいには面白くなったらしい小悪魔くん。大きなガタイでこうまで含羞(はにか)むという、そのアンバランスなところが面白いからと、からかうための“頬っぺにちうvv”をするようになったもんだから…ヘッドにはご愁傷様でございます。
“ルイって、案外スレてねぇんだな。”
 その筋の男衆を、しかもかなりの大人数、しっかと束ねているくせに。なのに純情なところがあるのを面白がってる“性悪くん”は、そんな葉柱の姿が見えないもんかと探るため。教室移動の隙をついて抜け出すと、今日は皆 講堂に集まるから人通りが少なかろう、遠めの渡り廊下なんて場所をわざわざ選んでそこにいたりする。いつもだったら、まだ遠くてもバイクのイグゾートノイズで判るけど。今日ばっかりは人目が多すぎて、さすがに乗っては来るまい。それもあっての遠目のお出迎えを構えてみたのだが。当のご本人はすぐに忘れてしまうこと。淡い金色の髪や透き通るような白い肌。丹精されたお人形さんのような愛らしいお顔に、よく撓
(しな)う若木の枝のような すんなりした四肢をしている坊やは、はっきり言って目立つから。

  「ヨウちゃん♪」
  「………え?」

 そんな位置のそのまた後方なんて方向から掛けられた声に、あれれぇと意表を衝かれ、素直に振り向いた小悪魔くん。背後に立っていたのは、見覚えの重々ある二人連れで、
「なんだ、桜庭か。」
「あ〜、そんな言い方はないんじゃないの?」
 不満そうな言いようを苦笑混じりに返したのがアイドル業で活躍中の桜庭春人さんで、名前さえ省略された大柄寡黙な方の人が、お連れの進清十郎さん。
「お母さんから“ヨウちゃんもいっぱい頑張ってた”って聞いたから、せっかく見学に来たのにさ。」
 今日の学芸会、実はお母さんはお仕事で観に来れない。でもね、
「俺らの出番は昼からだぞ? それに、どうせ俺は役なんてついてねぇぜ?」
 舞台に上がって台詞を言ったり演奏したりする役どころじゃあない。だから別に気にしないで良いよと言ってある。結構信頼の厚いことで名を馳せている税理士事務所で働いているお母さんは、非常勤務員という待遇なので。大きな仕事が入ると、所長さんに見込まれているところから、不定期な勤務にお付き合いとなることも多々あって。そういうの、分かってたからね、だから“役なんかつけんな”と先生に言った坊やだったの。でも、
“…母ちゃん、気ぃ遣ったのかな。”
 自分は観に行ってあげられないけど せめて…って思って、桜庭とかに声かけたのかな。もうもう、俺だってお兄ちゃんなんだからサ、そういうのしないで良いって言ってるのによ。先の運動会にも同じような“助っ人”が来てくれて、そん時来たのは武蔵と大工仲間のおっちゃんたちで。PTA参加の二人三脚、ぶっちぎりで一等賞が取れて嬉しかったけど。こんなして気ぃ遣わなくても良いのに、と。しょうがねぇなという…分かりやすいお顔になった坊やに苦笑した桜庭くん、

  「もしかして、葉柱くんを待ってたの?」

 途端に“う…っ”と。表情が凍ってしまうところが、やっぱり分かりやすい反応で。
“うわぁ〜vv 昔はポーカーフェイスも上手な子だったのにねぇ。”
 なんのおはなしだか、ボク、わかりません、と。幼い子供ぶって素っ惚けるのが上手だった筈がコレだものと、尚の苦笑に頬をほころばせ、
「僕らが来てるくらいなんだもの、今日は試合はないんだし。」
 そのココロは、同じスポーツの同じ秋季大会で、連勝中のチーム同士だから。だから、此処に来るのだって出来ない相談じゃあない筈だけれど。だってのに…こんなしてそわそわ待ってたところを見ると、
「…さては。来てくれっていう約束はしてないんだろ。」
「うっさいな。」
 約束なんかしなくても、来るなら来るし来ないなら来ないんだよと。いつもだったらツンと澄まして“お前には関係ねぇだろ”なんてやり過ごす坊やには珍しく、打てば響くの間合いにてムキになって言い返して来るところがまた、
“可愛いなぁ〜vv
 いかにもお子様らしくて、もうもうなんてまたドキドキの変化なんだろねぇなんて、その胸の内にて“きゅ〜んvv”なんて思ってしまった桜庭で。自分たちでは辞めさせたり剥がしたりが出来なかった、懸命に大人ぶってた背伸びや仮面だったのにね。あの不器用そうなバイク乗りのお兄さんは、恐らくは自分でも意識しないで、なのに それはあっさりと。この、強情で利かん気で、寂しん坊なくせに意地っ張りなヨウイチくんを“普通の子供”に戻してくれている。
“うんうん、良い傾向だvv
 桜庭がほのぼのと感嘆しているその一方で。そこまでの深読みは出来ないらしい進が、こちらさんは…相変わらずに生意気な子供だと額面通りに受け取ってしまい。むむうとばかり、いかにも判りやすい不機嫌そうなお顔でいたのだが、

  「………っっ。」

 その仏頂面が…不意に、少々後ずさりするように怯んだもんだから。

  「???」×2

 何だ何だ、何を見てこの偉丈夫がこんなたじろいだんだろうかと。怪訝に感じた後の二人が、視線の先をと逆に追ったれば。

  「………あ。」
  「なんだ、お前か。」

 いつぞやの、三角に立ち上がった黒いネコ耳つきのカチューシャを頭に装着した小さな男の子が、渡り廊下の新校舎側の戸口にちんまりと立っている。妖一くんも随分と小柄な方だが、こっちの坊やはもっともっと小さくて。しかも…何にだか ひどく怖がっている模様。
「どした、セナ。」
「あ、あのね。」
 少々ぞんざいっぽかったが、それでも名指しで声を掛けてくれたクラスメートくんにホッとすると、
「姉崎センセーが探してるの。」
「チッ、気がついたか。」
 当たり前だっての。
(苦笑) むむうと眉を寄せた妖一くんだったが、
「それだけじゃねぇんだろ?」
 だからといって、生徒に手分けして探させる先生はいまい。なのに、こんなところに居てヒル魔くんを見つけちゃったこの坊やだということは?
「あのねあのね。このお耳、動かなくなっちゃったの。」
 小さなお手々には、やはり黒いフェイクファーの手ぶくろをつけてる坊や。その手を握ったり閉じたりして見せて、なのに…お耳もお尻尾の動かないのと訴えるのへ、
「…電池が切れたかな。」
 こっち来なと手招きし、今日の装いは一丁前にも純白のスタンドカラーシャツに黒いシガーパンツというそのボトムのポケットから、坊や自身の小さな手に収まるくらいの、パスケースみたいなものを取り出して。ととと…と傍らまで小走りに近づいて来た小さなお友達の手を取ると、パスケースの中から引っ張り出した、レース編み用のかぎ針…にも似た金属棒を手のひらの側の肉球の隅っこに差し込んで。
「やっぱだな。電池が切れただけだ。」
 えと、これのだと…ボタン電池だから買って来ないと無理かなぁ。そんな風に呟いたのを耳にして、
「どんな大きさのだい?」
 学校抜け出して買いにも行けないでしょ? 居合わせたのも何かの縁だ、僕らが買って来てあげるからと。にっこり笑った桜庭が“ね?”と振り返った相棒さんが、

  「………進?」

 相変わらず…凍ったように動かなかったのは。真っ黒なふわふわの髪にネコ耳を生やして、大きな瞳も可憐なまでに稚
(いとけな)い、小さな小さなセナ坊やから視線が外せなかったからだったらしくって。さっきからずっとずっと怖がってるんだから、お辞めなさいってのに、もうっ。………まま、そっちは機会があったら別のお話にて。(苦笑)

  「じゃあ、俺らは講堂に戻ろう。」

 いい加減にしなさいと。桜庭に引っ張られるようにして ようやっと、大きなお兄さん二人が立ち去るのを見送ってから。妖一坊やがセナくんへ、促すような声をかけてやる。自分だけならともかくも、セナも一緒となるとこんなところに立ちん坊をしている訳にも行かない。桜庭に講堂の場所を教えておいたから、二人は先に戻っておくことにするしかなかろう。待ち人は来なかったが仕方がない。約束していた訳じゃなし、もしかして出番の直前に来るのかも…ってのは無理な相談かな? そもそもルイは、桜庭や進みたいに暇じゃないんだしな。でもね、だけれど…ちょっぴり喉の奥がイガイガしたから。

  “………後で行ってみよ。”

 練習だったらガッコかな? ちょっと遠いけど帰りに寄ってみようって、そうと決めた坊やだったの。まだまだ青い桜の葉っぱが梢の先で風に揺れ、随分と秋めいては来たけれど、まだ少しは動くと汗ばむ頃合いのことでした。








TOPNEXT→***


  *またまた何かしらすっとんぱったんする模様です。(うふふのふvv)