Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル 4

    “夏の合宿へようこそ。”〜夏休みすぺさるvv
 

 


          




 生温い大気の中には まだ仄かに白っぽい残照の残る、盛夏独特の黄昏時。蒸し暑いばかりの日盛りが去り、少しは涼める宵を迎えるとあって。妻戸や蔀
(しとみ)をすべて押し開け、跳ね上げて。形ばかりの几帳を幾つか、ささやかな風よけにと立て回した広々とした座敷から望める庭は、館の主人がずぼらなのか、それとも庭師を故意に入れていないのか、荒れるままに放っておかれて幾久しくて。玄関、正門のすぐ内側から、この荒廃ぶりは始まっており、訪れた者は来意を告げるためだけであれ、まずは…飛び石の上を覆う、薮なのだか茂みなのだかの区別さえない中を通らねばならず。そんなためか、たまの宮中参内を見越してでなければ、彼との接触は難しいと、どっちが先の理屈なのだか、そんな言われようを堂々と公けの場でされている始末。
“確かに、こんな密林もどきを慣れぬ貴族やその従者が分け入るのは、ちと難儀なことには違いなかろうて。”
 さぞや大変な骨折りが先に待っていることを偲ばせて、何とはなしに うんざりさせること請け合いだろうし、何とはなくおどろおどろしい雰囲気も感じられて。最初の一歩にまずは相当な覚悟が要る。冗談抜きに近在の下々の者たちからは、その肩書をよくよく知られていないがため、うかうかと近寄ったら呪われるなどと実
(まこと)しやかに言われてもいるほどの、通称“化け物屋敷”なのだと、年若い主人は“さも愉快”と悦に入って話してくれたものだ。けれど、その野趣あふれる拵(こしら)え、よくよく馴染めば何とも軽妙で躍動にもあふれており。計算されない自然の有り様の、なんと伸び伸びと力強く爽快なことか。玻璃玉のような朝露を載せた芒種の剣葉の揺れる様や、緑の中に点在する淡彩の花々のひっそりとした佇まい。地を這う葉陰で囁く秋の虫。ここに来たなら取り澄まさなくとも良いのだよと、そんな風に示してくれているかのように懐っこく。高名な術師でありながら破天荒な性格の主人であることから、好んで寄りつく人とて少ないものの、例外的にごくごく少ない知己たちには、格好の隠れ家扱いにて親しまれてもいる屋敷。それが此処、蛭魔邸である。

  「………お。」

 生い茂った草むらを、だが、姿なき風が通ってもこうは行くまいというほど、足音ひとつさせず通り抜けた気配があって。座敷から荒れ野の庭へと張り出した濡れ縁まで、そのまま足を運んだ一つの影へ、何とも生彩なく不満そうな退屈そうな顔つきでいた主人が、それまでの表情をあっさりと払拭し、その双眸を悪戯っぽく光らせて見せる。その存在は、正に“影”という風体。濡れ羽色の髪をした精悍な男で、漆黒の狩衣をやや我流に引き絞って身にまとっており、その下に重ねた小桂も黒なら くるぶしまである動きやすそうな筒裾の下履きも黒。上背のある体つきをしつつも鷹揚そうに構えるでない静かなその佇まいは、眼前の相手へ心から恭順してのそれではなさそうながら、意識して気配を薄めれば…そのままするすると宵闇の中へ没することも容易そうなそれであり、
「どうした。そっちから来るとは珍しいな。」
 そんな男と相対する、この邸の主人はといえば。まだ灯を灯さぬ、脚の高い燈台を傍らに、女物の桧扇をぱたりぱたりと白い手の中に弄び、脇息に自堕落にも凭れかかっての横座り。そんな恰好が絵になるような、いかにも嫋
(たお)やかな柔らかさを滲ませた撓やかな痩躯が、純白の小桂とその上に形だけ羽織った単(ひとえ)の中で泳いでいる。単と言っても、透かし生地の“絽(ろ)”で仕立てられたもの。本来ならば女性が夏の最中の自宅にて、暑さしのぎの私服として素肌の上へ直に羽織るそれであり、しかもしかも恐れ多くも…当代の帝の“禁色”である、讃岐藍の紫紺染めだ。
「よくもまあ、そんな恐ろしいものを まとっておるものだな。」
 まだ真新しいらしき藍の色味に、呆れ半分に上げつらえれば、
「俺が仕立てさせたものじゃあないさ。」
 こちらが何を揶揄しているのか、ちゃんと判っていて言い返し。細い顎を引いて、肉薄な口唇をありありと歪ませて“くつくつ”と楽しげに嗤
(わら)って見せる彼であり。
「昨夜、此処へ来ていた女のな、忘れ物よ。」
「…ほぉ。」
 傍まで寄らずとも、それなりの脂粉の香りが辺りには漂っており、聞かずとも知れた元の持ち主の性別で。ただ。この男が、女を傍らに寄せることがあろうとは。結構付き合いも長くなって来た自分が全く知らなんだというささやかな不愉快も相俟って、どうにも胸の底に収まりの悪いことではある。

  “女、ねぇ…。”

 こんな場末の、あばら家同然の化け物屋敷へ通うような、それも女がいようとはと、男が女の元を訪れる“通い婚”が常識の時代ゆえ通念的に意外だったし。それ以上に、それがこの“彼”への来訪者であるというのがもっと意外で怪訝なことだった。

  ――― 何しろ。彼は色々と、奇矯で異端な存在だから。

 一応は腕の立つ術師で、京の中心、大内裏に詰め所もある役職に名を置く、それは立派な“中央官吏”でありながら。務めのための参内も気ままにこなし、どちらかと言えばサボりがち。今や“生き馬の目を抜く”とさえ言われるほどに、エリート官職就任への競争率は高く、よほどの名家・資産家でもない以上は、時の権勢者、左右の大臣の方々との伝手がまずは必須。それを持たない無名の平貴族に至っては、本人の働き如何でいかようにも切って捨てられるこの御時勢に、こんな若造のそんな勝手が通るのは奇跡に近いことなれど。何故だか彼だけは例外中の例外として、宮中でも どうかすると“上達部(かんだちめ・宮中に務める公達の中でも特に上位の階級にある人、公卿
(くぎょう)のこと)”並みに扱われているらしい。というのが、実を言えば………当代の主上(しゅじょう)、帝のお気に入りだからこそという放埒ぶりなのだそうであり。この若さで、しかも血縁の伝手も一切無しの、まさに“成り上がり”。そんなことがそうそう可能な筈はなく、それなりの…表には伏せられたる事情というのが、実は実はあるそうで。

  ――― 何でも、ある夜…突然に。

 京の都の内裏の奥の院、主上がおわす清涼殿のそのまた奥向きへ、どのようにしてだかあっさりと入り込み、畏れ多くもつかつかと、帝の枕元まで土足で運んだ強者
(つわもの)があったとか。見やればまだ年若い、修験者風のいで立ちをした…なかなかに妖冶で美麗な男。海の向こうの遠い外国にいるという異邦人のように金の髪に金茶の眸という異形をし、そのまま妖かしではなかろうかと思わせたほどの桁外れに麗しい容貌をし、一点の汚れもなき純白の装束をまとっていた彼は。当時、都を騒がせていた大邪を払ってやろうぞと不躾にも御寝所におわした主上へ直接持ちかけた。口を開けば いかにも理知的な、きびきびとした物の言いようをする聡明な若者であり、しかも…ものの数刻もかけずして、当時の都のみならず、京の端々の民草までをも震え上がらせていた悪鬼・邪妖の大群を、短い祈祷の一喝だけで一気に成敗してしまったものだから。その並外れた手腕には帝も大きに喜ばれ、それ以来の“秘蔵っ子”扱い。事情がそうまで特殊だからこそ、その時の手柄をひけらかすというような浅はかなことはしないものの、位が高い相手にほど、人を人とも思わぬような態度を平然と取る無作法者で。なのに、帝が彼のそういう素振りをお耳にするたび、それはあからさまに“笑止・笑止”と悦に入らっしゃるそのせいで、揶揄された殿上人たちは歯軋りしつつも看過するにしくはなく。そうまで気に入られている若者ゆえ、まさかに養子になどとまでは運ぶまいが、祖父と孫ほども年の差があるせいか、彼の強気な傲慢ぶりさえ、小気味の良い無欲恬淡さに通じて見えるらしい、ある意味での立派な“親バカぶり”なのだとか。

  “そんなことは、どうでもいいんだがよ。”

 宮中なんぞという限られた人間たちの間での、そんなささやかな牽制合戦やら風評などは、人外の自分には関係ないし興味もない。それよりも。この、異国の民のような綺羅らかな髪色と、生っ白い顔色をした華奢な色男に、性的な関心やらつながりを持つ女が現れようとは、そしてそれをまた こやつが邸内へ迎え入れようとはと、それがどうにも理解に苦しい。くどいようだが、容貌・肢体ともに決して醜くはない。色白で線が細いその印象は、典雅にも華やかで。優美な面差しは 少々険がなくもないことを唯一の疵に、花のように端正で。そこいらの名も位もある御大尽のご令嬢たちが束になってかかっても敵わないのではなかろうかという美貌と、腕も脚もすんなりと若木のような撓やかな肢体を、伸びやかなままに趣味のいい装束に包んだ小粋な男ぶりが、宮中の女官たちには軒並み絶賛を受けていて。しかもしかも、内裏に数ある名門博識な博士並みの知性を宿し、それでいて弓を使えば当代の五指の内へ必ず入るという巧者であり、身の丈が軒までありそうな酔漢にからまれた折にはそれを気巧の術にてあっさり伸した豪胆さも持つ、文武両面へ完璧なまでの才を発揮する気鋭の若者。こうまで至れり尽くせりな素養を持ちながら、されど…どこかしら妖しの影をさえ合わせ持つものだから、その点だけは困った“出来過ぎ”で。例えばやんごとなき公達
(きんだち)の持つ、一種 気怠げな、柔らかで頼りない“ほややん”とした雰囲気を“高貴ならではの典雅”とするならば、妖麗な冴えがあまりに力強い彼の華麗さは、ともすれば不吉なほどの魅惑でもって人をふらふらと惑わしかねず。実際、彼の美貌に血迷って…掴みかかりの押し倒しの狼藉を、しかも宮中にて しかかった不心得者も少なくはないそのせいで、彼こそを悪魔の使いと噂する向きの者もいなくはないと聞く。
“…まあ、そっちは大半が、こいつの栄達を羨む者による、根も葉もない讒言
(ざんげん)もどきにすぎないそうだが。”
 それでも…鷹揚なという一言で片付けるのはあまりにも油断のならない、心の奥底まで見透かすような冷淡な色を浮かべた切れ長の眸にじっと見据えられると、人ではない俺でさえ、何とはなしに警戒の構えをついのこと取ってしまいたくなるような、まったくもって剣呑な奴だから。普通の人間がこれとまともな形で対峙するのは、成程、無理な相談なのかもな。

  「どうしたよ、蜥蜴野郎。神妙な顔しやがって。」
  「別に。」

 今は一応、背丈のある若い男という“人のなり”をしてはいるが、俺は所謂“式神”だ。陰陽の術師が人形や咒札、下等な生き物や何かに特別な生命を吹き込んで支配する“傀儡”の方ではなく、これでもそれなりの格を持つ妖魔の眷属。ちょいとうっかりしていたがため、このクソ忌々しい若造に目をつけられて、しかもひょんなことから“契約上の主導権”を握られちまってるだけの間柄で。だっていうのに、事あるごとに気安く呼び立てては偉そうに顎でこき使いやがる。いつぞやの大邪退治の一件にしても、真相はといえば…俺の係累の馬鹿者が羽目を外した末の大騒ぎ。帝の禁軍や陰陽師たちに完膚無きまでに封印されたくなければ、自分が無難に収めてやるがその代わり、俺に終生の虜となる契約を結べなどと言って来やがってよ。確かに凄まじい霊力も持ってやがるが、それは滅多に発動させねぇ。無闇矢鱈と人為的に気を乱し歪めるのは、結局 別な歪みを招くから、もっと“物理的に”かかってやっつける方が良いのだと、偉そうな小理屈を並べては、邪妖関係の騒ぎなら俺を呼び立てての一騎打ちに持っていかせる。人間の邪心が招いた妖気なら、自分の専門の咒にて封滅せしめる。そうやって都の安寧を陰ながら繕っているのがこいつの本業で。

  “だったらもっと素直に、正義の遂行ぶりゃあ良いものをよ。”

 そうすれば風当たりだって今ほど悪くはなかろうにと、一度直接言ったことがあったのだが、

  『は? 邪妖の眷属が何をおめでたいことを言い出しやがるかな。』

 何か妙なものでも食ったかと、それこそ怪訝そうな顔をされたものである。彼に言わせれば、自分は“正義の味方”をこなしているつもりはないのだそうな。気に食わねぇ騒ぎを起こしやがる下衆どもを腹いせ半分に退治したのが、今のところは同時に“世の助け”にもなっているだけのこと。もしも内府の役人や官吏の中に、気に食わねぇお為めごかしを俺に向かって言いやがるような奴が現れたなら、やっぱり容赦なく斬って捨てるかも知れねぇぜと。お綺麗な顔をちょこっと歪めて、けけけと笑った怖いものなしの末恐ろしい奴であり。天涯孤独の風来坊、氏素性さえはっきりしない、俺よりよっぽど怪しい野郎。きっとこの安泰が明日突然にも崩壊しようと、こいつはこのお綺麗な姿のまま、余裕で生き延びるんじゃないかと誰にだって思わせてしまえる、そんな奴だのに。………それでもな、

  「俺の身内が、昨夜、こちらの方角に妙な気配を嗅いだと言って来た。」

 ついつい、気を回してしまうのは何故なんだろな。身ぐるみ剥がされて土地勘のない山野に捨て置かれても、前にも増しての華麗な身支度をまとって けろっと戻って来そうな気がするほど、底が知れないほど強かで恐ろしい奴なのに…。

  「先にお前が西の河原で封印した
   “邪鬼変化(へんげ)”と同じ係累の者の気配がしたらしくてな。」

 邪妖にも色々あって、歪みから発した単独種の変化
(へんげ)ならどう封じようと後腐れはないのだが、下手に仲間や係累がいるような、俺なぞのような邪妖やそれに近い“妖かし”の場合、生き残りが術者への復讐を構える場合もある。こいつがそうそう油断なんかするとも思えぬが、何故だか“捨て置けない”と、そんな気がして様子を見に来たものが、

  「ちったぁ喜んでほしいもんだがな。」
  「ああ?」

 鷹揚そうな態度のままに とんちんかんな言いようをするから。何の話でどういうこったと、怪訝そうに眉を上げると、蛭魔は袖を通さずにいた藍染めの絽の単を片手でかなぐるように身から剥ぎ、器用にもそんな軽いものをこっちへ真っ直ぐ放って寄越した。ふわりと、宵闇の幻のように半ば広がって濡れ縁に落ちた単。キョトンとしたまま見下ろしていると、
「気がつかねぇのか?」
 低い声がそうと急かす。言われて…それを手に取ったその途端、
「………あ。」
 ますますのこと甘臭い匂いの強くなった粉おしろいの香りの下から、別な気配の残滓が嗅げた。これは…、
「確かに先の邪鬼の係累ではあったがな、そやつは唐渡りの蛇の邪妖だったよ。」
「…ああ。」
 そうかと。やっとのこと、納得もいった。先の邪鬼を何故だか自分で封じた蛭魔であり、その場では“お前の霊気じゃあ無理だったからな”などと相変わらずな憎まれを言ってくれていたが。
“我ら一族には天敵の“蛇”の邪妖だったとはな。”
 現在の族長である俺自身にも退治出来ないほどというような格の相手ではなかったが、それでも。もしも直接手を出していたなら、こんな風に余燼を招いて…自分だけではなく“小さいの”もいる係累全てへ手ごわい奇禍が襲ったかも知れずで。昨夜此処へと訪れたという唐渡りの蛇の邪妖は、女に化けてまかりこし、そのままこいつに成敗されたものと思われる。

  「別に感謝しろとは言わん。」

 今更になって、先の一件からのこっちが一続きであったのだと知らされて。心配して来てみればという“他人事”なんかじゃなかったのにと、呆然としていたのだろうこの俺へ。蛭魔は淡々とした声で吐息混じりに、ついでのように言ってのけた。さっきは“ちっとは喜べ”と言った奴が、今度はそんな言いようをし。こちらが顔を上げると、その眸を避けるかのようにふいと自分から金茶の視線を逸らして見せて、
「お前は使いでのある“式神”だからな。こんな詰まらぬものに憑かれて、始終煩わされていられては、こっちも詰まらぬ。」
 だから。蛇性に弱みなど持たない自分が、最初の邪鬼の段階から退治をしたまでと。面白くもなさそうに、投げ出すような言い方をする。持ち上げているのだか貶(おとし)めているのだか。常の怜悧で周到な小理屈はどこへやらで、それこそ子供のような意固地さを滲ませた言いようをする。それからそれから、

  「須磨から辛口の酒が届いておるぞ。付き合わぬか?」

 それとも かづら蔓の蜜の方がいいか?と。誤魔化すように話題を無理から変えようとするものだから。かづら蔓だと? そんなもん、俺らの眷属ではまだ目の開かぬガキしか舐めんぞと威勢よく言い返し、ほほぉよくも言うたの、ならば今宵こそは飲み比べだ。明るく笑いながら立ち上がった小桂姿の導師殿の痩躯が…何とも頼りなかったものだから。自分が羽織っていた漆黒の狩衣
(かりぎぬ)を、宙を流れる風の術でもって届けてやった。日頃から見下している下賎な輩の装束だというのに、

  「………お。」

 嫌がるどころか、宙を泳いで着た上衣が細い肩を覆うように触れたその途端、何かしらのお遊びを楽しむように…いそいそと自分から袖に腕を通して着込んでみ、それなり お道化るように嫣然と笑って見せる彼であり。常の礼服、厚絹の真白き直衣
(のうし)をまとった禁忌的で清楚な姿も麗しいが、白い肌にいや映える、凄艶な闇の色さえも鮮やかに従えて着こなす印象的な存在感は格別で。

  “…ああ、そうか。”

 

 
 
 自分はこいつのこういうところに魅了されて、下僕もどきの“式神”にされたのだと思い出す。過ぎるほどに聡明で度胸も度量もあって、運命さえも自分の膝下へと屈服させてしまえるのだろう、豪胆で清冽な存在。華麗にして艶な姿と裏腹、我らが邪妖をもようよう従えてしまえる、正に“悪魔”の化身…だというのに。時折、少しばかり可愛げのある顔を見せてくれるから。直接訊けば きっとムキになって否定するのだろうけれど、一緒にいて悪くはないと、俺のようなものでも屈託のない顔で迎えてくれる存在だから。だから、その身の安否を気にしもし、傍にありたいと思ってしまうのではなかろうか。


  「? どうしたんだ? おい、ハバシラ? おい………?」




   ――― あれ? お前、俺んコト、苗字で呼んでたか?












            ◇



 ふっと目が覚めて、辺りを見回す。静まり返った夜陰の中。全くの闇という訳ではなく、だが。馴染みが薄い家具や調度の影を目にして、
“………あ?”
 咄嗟に…自分の居る場所が判らないという軽い混乱に見舞われてしまった。あまりにリアルな夢を見ていたような気がする。だから、この“現実”への場面転換に頭が追いつけていないのかも。反射的に身を起こそうとしかかったほど、わたついた気持ち。だが、それが実際の動作へ連動されるよりも一瞬ほど先回りをして、

  ――― どごぉ…っと☆

 結構威力のあるトゥキックが腹に勢いよくめり込んだものだから。

  「………て、てめぇはよォ〜〜〜。」

 息が詰まりつつも勢いよく全身の感覚が覚醒してゆくのを感じ取り、葉柱は…蹴った勢いで自分の方が、ベッドの縁から頭半分はみ出しかけている“暴行犯”を、眇めた眼差しでもって“ちろりん”と眺めやる。小さな爪先をそれは元気よく繰り出して下さった、小さな小さな金髪の懐ろ猫さんが約一名。それぞれに小さくて まとめてひと掴みに出来そうなほど細っこい四肢を、奔放なまでの“大の字”にあちこちへと投げ出して。お口を薄く開いての油断しまくりな姿で“くーか・くーか”と安眠なさっていらっしゃり。

  “………あ"。”

 どんな夢を見ていたやら、お陰様ですっかりと忘れてしまっている。あれあれ? 結構いい気分がした夢だったのにな。何だか、綺麗なお姉さん…だったか、それは好もしい相手が出て来て、意気投合していたような気がするのだが。

  “…ったく。”

 せっかくの甘い夢を玉なしにしてくれた、小さな悪魔。色々あんなに怖がっていたくせにね。パジャマめくり上げて腹出してる場合かいと、何とも威勢のいい寝相に…結局のところ“くくっ”と吹き出して。寝間着を直し、夏掛けをそろりと掛け直してやると、もう蹴ってくれるなよと広いベッドの半分を提供したままに自分も寝相を決めてゆるりと目を伏せた。


  ――― そんな二人のいる お部屋の隅では。


 どこから紛れ込んだのやら。緑の蛍光色をお尻に光らせて、ホタルが1匹、観葉植物の大きな葉陰で羽を休めておりました………。





  〜Fine〜  04.8.11.〜8.13.


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  *真夏のギフトということで、合宿話に色々と詰め込んでみました。
   相変わらず、なんだか変なルイヒル・ファミリーパック。
   どか、ご笑納くださいませですvv

  *例によって、挿絵ご協力は 九条やこ様(『
九家』さん)でしたvv
   ありがとうございますvv

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