「じゃあ、ルイが撃て。俺が“しょーじゅん”決めてやる。」
物理的に無理だというのがさすがに判ったらしくて、彼なりに数歩ほど引いてくれたらしい。銃身も肩に当てるストック部分も随分と長い空気銃を構えさせ、
「もっと手ぇ伸ばして。」
ルイは狙いをつけなくていいのだからと、片手で自分を抱えさせ、もう片手を目一杯伸ばさせる無茶苦茶ぶり。
「…なんか、子供を人質に取った籠城犯みたいっすね。」
「う〜ん。」
こらこら身内が。(笑) 坊やの側はといえば、銃身の上へちょこりと頬をつけて、リアサイトからフロントサイトへの照準を合わせており、
「んと、このまま固定して。」
「おう。」
「動かしちゃダメだぞ、絶対だぞ。」
何度も念を押し、自分の手でぐいぐいと押して確認してみてから…顔を離して、
「撃てっ!」
幼い声が妙に凛とした射撃命令の号令をかける。たかが射的にオーバーなと、微笑ましげに凸凹コンビを見守っていた周囲の方々だったが、
「…え?」
ポンっと。銃身の先から剽軽な射出音ともに飛び出したコルクの弾は、斜め下からという絶妙な角度が功を奏して…棚の一番上でお客様を睥睨していた、クリアケース入りの天保小判という破格の“見せ金景品”を呆気なく落としたから物凄い。飾り皿を据えるような二股スタンドに乗っていたから、これはどうかかっても落ちまいと思われたのに。勿論、店主も自信満々だったろに。それがあっさりと…ケースの下辺の端っこをスタンドもろとも真下から斜めに弾かれて後ろへストン。
「あ…。」
「うわ〜〜〜。」
眸を見開く皆々様になぞ関わってられないとばかり、当の本人たちはといえば、
「次、行くぞ。」
「おお。」
「………よし、撃てっ!」
次に落としたのは、坊やと同じくらいは体格のあるでっかい縫いぐるみで。これをこの小さな弾で落とすのは、物理的に無理だろうという大物だったが…それが落ちた。棚からはみ出す大きさの、その投げ出されてた足の付け根の下側を、絶妙な角度で叩いた格好になったものだから。大きな熊は、向背へともんどり打って引っ繰り返り、
「おお〜、凄げぇっ!」
「兄ちゃん、やるなぁ。」
「馬鹿言え、チビさんが凄いんだよ。」
「次いけ、次っ。」
周囲の客たちから やんややんやと喝采が上がる。それは無理だろうという“お飾り”や“客寄せ用”の難物ばかりを、しかも ひょいひょいと落とす腕前の物凄いこと。小さなお祭りだからと奮発されてた1ダースの弾で、小型カメラにハンディゲーム機、デュポンのライターにジャン・パトゥーの香水。なんと20個近い景品をゲットしてしまった彼らであり…数が合わないのは流れ弾で2個落とすという離れ業を見せたからと来て。
「よっし、もっかいやろうっ!」
「いや…あの、坊ちゃん?」
屋台のおじさんが口元を引きつらせたのは、言うまでもなかったりする。いやまったく、怖いお子様があったもんだ。
射的の総ざらえなんていう恐ろしいことをやり遂げた坊やから命じられ、勝ち取った景品を持たされた“お付き”の面々が、向かう先に見かけた看板へとふと気がついて、
「へぇ〜、こんな祭りに“お化け屋敷”なんてあるんすね。」
簡易の莚張りという小さいものらしいが、今時にはなかなか珍しく。彼としては何の気なしに言ったのだろうが、そんな一言を聞いた途端に、
「…っ。」
たちまちにして…子供抱きにしてかかえてた、浴衣に包まれてた小さな肩が縮こまったから、
“チィッ。”
余計なことをと葉柱が眉を顰める。一方で、
「おいおい、日頃あんな偉そうにしてて、実はお化けが怖いのか?」
坊やの様子に気づいたらしく、案外と怖がるのがこれまた意外だったのか。何だか思わぬ見っけもんをしたような気分になったらしい。同座していた他の仲間の何人かも、同感なのか“へへぇ〜”っと…やっとのことで弱点見っけという、いかにもなニヤニヤ笑いをして見せたけれど。
「…だってサ。」
大事そうに抱き上げられていた葉柱の懐ろの中。抱えられてるだけでは足りないか、雄々しい首元へと頬をうにうにとくっつけて。甘えてるんだか、それとも…この坊やには珍しくも、うじうじと愚図っているのだろうかしら。上目遣いになって何か言いたそうな気配を見せる。どした?と目顔で促せば、
「実体がある物は全然怖くないけどサ、
ゆーれいとかだとこっちからは何も出来ないじゃんか。
そんなもんが、体のあちこちをぼとぼと腐らせながら擦り寄って来たら、
何か物凄げぇ怖いじゃんか。」
………おいおい、坊ちゃん。
「お前のその表現の方が倍も怖いぞ。」
連れ立って歩いてた小さいクチの仲間が何人か。先輩格のお兄さんたちにくっついて離れなくなったじゃねぇかと、ややこしい苦情が出たりして。(あれま) 何だか毛羽だってしまった空気だったが、
「………お?」
どこからか、ドーン・ポポンっという音がした。周囲の雑踏も一様にざわめいて。そんな中に頭上を見上げる人たちがいる。それへと倣って夜空を見上げれば、
「あ。」
「花火だ。」
そういえば、祭りの終わりに花火も揚がると聞いたような。
「土手の方が見やすいんじゃないか?」
「ここらはライトが明るいっすからね。」
さっきまでの気まずさもどこへやら。いい弾み、切っ掛けを得たとばかり、皆して気持ちを合わせて花火見物にと場を移動する。夜空に炸裂する赤や緑、金の華火線。くす玉みたいに真ん丸く弾けるものや、柳の枝のようにススキのように枝垂れるもの。広がった火の粉が消えたかと思ったら、その先で色を変えてもう一瞬光るもの。二重になってたり土星の輪っかみたいになってたり。ネズミ花火みたいに空の上で泳いだり。
「凄げぇ、凄げぇ♪」
「ああ、綺麗だな。」
こちらもご機嫌を直した坊やがはしゃぎ、ほら見て見てと小さな手を夜空に伸ばす。そして、その仕草の方が愛らしくて目福だと、親バカ満開、知らず眸を細めている葉柱で。(おいおい) そんな一行のわいわいと通った後を………。
――― 雑踏の埃っぽい空気の中を、
小さな黒っぽい虫が、音もなく飛んでゆく………。
◇
花火に夜店に、思いがけなくも楽しかった夜もすっかりと更けて来て。明日こそは本格的な練習があるんだからなと、日付が変わる前に戻って来た高校生の良い子たち。風呂に入り直す者、小腹が減ったからと途中で寄ったコンビニで買ったらしきおやつを食べ始める者などがいる中、それじゃあおやすみと声を掛け合い、それぞれの寝間へと下がってゆくのが…。
「…うにゃ?」
「お? 起きちまったか?」
帯の結び目が背中に痛かろうからと、大きな蝶々結びを背負ってたへこ帯を解いていた葉柱が声をかけ、その声が頭上からしたのへ顔を上げた小さな坊や。ゆったりとベッドへ腰を下ろしてたお兄さんのお膝に向かい合うように抱えられ、頬をシャツ越しに堅い腹へとくっつけるようにして凭れかかってた。手際がいいとは言えないながら、相当に慣れて来た手つきで何かと構ってくれる、気のいいお兄さん。ぼーっとしたお顔で見上げていると、うりうりと髪をまさぐるように撫でくり回してくれて。それへと仔猫みたいに目を伏せて首をすくめて、擽ったげに苦笑して見せる愛らしいお顔が…お兄さんの側からは一番お好きならしくって。
「さあ、もう遅いからな。」
まだ半分ほど頭が寝たままの ぼんやりしてるうちにと、手早くパジャマに着替えさせ、そのままベッドへ横にする。枕の上へとふわふわ散った金の髪に、
「るい?」
とろんと閉じかかってる目許が甘えを目一杯に滲ませていて、いつもの小憎らしさなんか欠片もないくらいに何ともかんとも可愛らしい。色々あった初日だったが、夏休みらしいあれこれを目一杯堪能出来たから、凄っごく凄っごく楽しかったよ。何と言ってもルイと一日中一緒なのが一番嬉しいしvv そんな想いが率直に出ての御機嫌なお顔であるらしく、
「ここにはプールもあっからな。明日はちょこっと泳ごうな?」
「…うん。」
にひゃっと笑って…そのままダウン。とろ〜んと蕩けそうなお顔に、もう一回の苦笑を向けると、そぉっとベッドから離れたお兄さん、自分も着替え始めた模様。そんなところへ、
“………ふにゃ?”
どこからか、自分を呼んでる声がしたような。けれどもごめんね。もう眠たいの。また明日になったら遊ぼうね?
………………………………………お〜い。
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