Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル 4

    “夏の合宿へようこそ。”〜夏休みすぺさるvv
 

 

          



 どこかの遠くに蝉たちチームによる息の合った斉唱が聞こえる。どうしてだろうか、硬いままに音が反射する堅固なコンクリの壁がないせいか? 同じ音な筈が、都会の町中のそれとは音色が随分と違って聞こえる。風情があるというのだろうか、とろとろと微睡んでいるまま聞いても喧しいとは感じない、そんな環境音。エアコンなど使わずとも涼しい、穏やかな朝の来訪もまた、ゆったりと落ち着いた気分を抱かせてくれて。それでそんな風に感じさせるのかもしれないなと思いつつ………。このまま再び、まろやかな二度寝に突入出来そうな、そんな居心地の良い転寝
(うたたね)気分の天国だったのに。


   「起っきろ〜〜〜っ!!!」


 いきなりのファーン・フォンでのお囃
(はや)しとともに、それはお元気なボーイソプラノが、雑魚寝の大広間へと飛び込んで来た。どたぱたという小さな足音が軽やかに枕元を駆け回り、
「起きろ・起きろ・起きろ・起きろ・起きろっっ!!!」
 お念仏にしては威勢のいい、起きろ起きろの連呼に加えて、ファーンっと吹き鳴らされるは…クラクション・フォンを3本ほど合体させたような、けたたましい笛の音。せっかくの微睡み気分をあっさりと掻き消すほど、喧しくて堪らない騒動であり、
「何だよ、おい。」
「今何時…って、まだ5時半じゃねぇかよ。」
「勘弁しろよ、こら。」
 布団の間をぱたぱたと駆け回る、小さな小さな“起床係”をむんずと取っ捕まえて、
「お前な、早起きったって限度ってもんがあろうよ。」
「そうだぞ、俺たちゃ昨日の晩に此処へ着いたばっかだぞ?」
 がっしと首っ玉を捕まえられてしまったおチビさんへ、他の面子たちも苦情を言いつのる。まさかに此処までをそれぞれの愛車であるバイクで来た訳ではないけれど、人里離れた閑静な土地に立つ別荘だったせいで、そこへとマイクロバスで辿り着くのに、少しほど時間と手間が掛かってしまい。到着したのはどっぷりと陽が落ちてからとなってしまった一行で。だから疲れてんだ、も少し寝かせろと、そうと言いたい輩だったらしいのだけれど、

  「何を腑抜けたことを言ってるかね。」

 そんな彼らの背後に位置し、たんっと勢いよく開け放たれたる手入れのいい襖は、夏らしい浅青の地に下がり藤の紋様入りで。そこから続いて現れた“起床係・その二”さんが、つんと鼻先をそびやかしもって傲然と言い返す。
「そもそも、出発が遅れたから此処に着くのが遅れたんだろうが。しかもその原因は、あんたらが大遅刻したからだ。その坊やとヘッドとあたしと、一体何時間マックで時間潰しをしたと思うよ。」
 腰に両の手を当てての、迫力ある女子マネの大上段からの物言いに、心辺りがある面々が“あわわ…”と慌てた隙をつき、小さな悪魔こと妖一坊やが押さえ込まれた腕を振り切って、再びフォーンを高らかに吹き鳴らす。
「そだぞっ。お姉ちゃんなんか、二回もお化粧直してたんだぞ。」
「………それは言わんでよろしい。」
 思わぬ格好で気勢を削がれて、拳を握って“くぅ〜”と唸った、セーラー服にロングヘアーのお姉様。気を取り直すと、布団の山々を飛び越えながら傍らまで駆けて来た坊やを見下ろし、
「あんたはルイを起こしといで。」
 思いつきで何を言い出すか分からないビックリ箱な坊やに、赤いエナメルが爪を飾ってる白い手で柔らかい金の髪を撫でてやりつつ、新たなお仕事を任命する。他人から命令されるのは嫌がりそうに見える腕白な坊やが、
「おうっ!」
 よほどタイミングが良かったか、元気に拳を突き上げたまま、たかたかと素直にお廊下に出てった辺り。恐持てに見える彼女だけれど、実は保育士さんになれる素養の持ち主なのかも? そんなお姉様に、
「なあ、もう少し寝かしといてくんないかな。」
 唐突に寝起きを襲われた寝不足組の面子たちが恐る恐る懇願の声をかけたものの、
「甘いっ!」
 ああ持って来てたのねの、必殺“先割れ竹刀”を力強くもブンっと振り下ろし、
「春季大会の無念を忘れたのっ? 試合で負けたならともかくも、暴力行為での失格よ? 失格っ。」
 おお、こちらの皆さんもそうなのね。
(笑) そしてそして、そんな格好で終わってしまったのが、チーム内で唯一人、自分だけはフィールドに立てない彼女には相当に心外だったのだろう。朝っぱらから威勢のいい啖呵が飛び出したということは、選手たちよりも正当に熱血なのだね、お姉さん…と思いきや。

  「あんな中途半端な喧嘩で追い出されてっ。
   黒美嵯一帯を統べてる“賊学”のメンツが丸潰れじゃないかっ。
   同んなじ退場失格なら、もっと完膚無きまでに相手を叩き潰してこんかいっ!」

 こらこらこら、一体何を不甲斐なく思っている人なんだか。
(笑) そこがまた“賊学”という特殊なチームの醍醐味なのかもしれないが、

  「昨日の遅刻も含めて、あんたたちのたるみ切ったその性根を入れ替える。
   この合宿の目標はそこにあんだからねっ。いいねっ、覚悟おしっ!」
  「は、はいっ!」

 パジャマや体操着姿の男衆たちを前に、それは堂々と啖呵…もとえ、叱咤激励しちゃう妖艶美人マネージャーさんの存在感も破格なら、

  「ルイ〜〜〜っ! 起きろ〜〜〜っっ!!」
  「のあぁあ〜〜〜っ! 腹へのダイビングは止せ〜〜〜っ!」

 金髪童顔の愛らしき小悪魔に、あっさりと手玉に取られている、主将さんも主将さんで。何ともユニークなチームであるらしき、賊学カメレオンズさんの夏合宿は、こうしてその幕を開けたのである。







            ◇



 彼らは単なる暴走族ではなく、これでも…秋季都大会での奮戦健闘を目指しているところの、健全なる(?)アメフト青年たちであり。中学生時代から兄に鍛えられていたという、屈指のセンスと実力を持つラインバッカー・葉柱ルイが進学して来て、仲間を集めたそのまま立ちあげたというから、文字通りの急造チーム。とはいえ、馬力はあるし戦意だって半端じゃなかろうからと、下馬評も結構集まって、異色チームながら勢いで初の勝利も簡単に収められるかもと周囲からも期待されていたのだが…。メンバーのほとんどを暴走族としての“チーム”の面子で固めていたせいだろうか。先程マネージャー嬢が嘆いたように、ついつい かっかと熱くなり、審判さんへの暴力行為であっさりと“一回戦敗退”。何とも情けない終わり方を迎えるという憂き目に遭ってしまったのだ。気心が知れてる仲間だからと組んだ顔触れだったが、喧嘩上等派ばかりで固められているからには…あり得る展開でもあった訳で。
『でもね。あたしたちは、そんなことをしたくってアメフト始めた訳じゃあないでしょうが。』
 喧嘩がしたいなら、フィールド外でいくらでもやりゃあいい。(それもどうかと…。)フィールドではプレイで、ルールに則った“実力”でもって相手をねじ伏せてこそ、格別の快感だって得られるってもんでしょうがよと。クールな知性派のマネージャーさん、メンバーを集めてスポーツマンとは何たるかという基本理念の教育に専念し、2カ月かかってやっと何とかレギュラーたちの向上心を盛り上げた。
『い〜い? またまた詰まんない勢いから詰まんない負け方して、調子に乗って約束しちゃった賭けの代償にって“奴隷”にでもされたらどうすんのっ?』
『奴隷って………。』
『そんなこと、今時あり得んだろ。』
 …ふふふのふ。(笑)このお話では、その“当事者”様も…はしゃぎ疲れて主将殿のお膝に抱えられ、大きな手で背中をそぉっとさすられながら、引き締まった腹に頬を凭れさせてあどけなくもネンネしてたりしましたので。このお話の中では、奴隷云々なんて“あり得ない話”で済まされとる訳ですが…それはそれとして。確かに春大会は、お調子に乗り過ぎたには違いなく。秋こそ目にもの見せてやれとばかり、戦士たちのモチベーションもそれなりに高まって、さて。

  「あと5周〜〜〜っ!」

 ピッピィ〜〜〜ッと、涼やかにも鋭い笛の音が鳴り響き、旧別荘地として昔はにぎわったという郊外地の寂れたグラウンドには、久々に若い衆たちの頑張る姿がそれなりに生き生きと展開されていたりする。
「連続真夏日が続いてる都心に比べりゃあ、随分と過ごしやすい土地よねぇ。」
 ざかざかとトラック周回ランニングに勤しむメンバーを目で追いつつ、団扇片手に…もう片手には竹刀を下げたマネージャー嬢が“気持ちいい風ねぇ”と微笑み。そんな彼女と並んで木陰に腰掛けて。純白のお帽子をかぶった愛らしい坊やが、首から下げた銀のホイッスルを時々吹いては何周目かを知らせている。どこから見ても小学生というこの坊や。部員の誰かの弟だの、親類だのという係累でもなく、強いて言うならキャプテンの個人的な知り合い。その名前をヒル魔ヨウイチといい、春先にひょんな語えなから知己となり、いったいどういう相性が噛み合ったか、年もタイプもまったく異なる凸凹兄弟のように(…というか、ヤンキーが攫って来た幼児という評もあるらしいが・笑)、仲睦まじくもヘッドと行動を共にしている坊やであって。見た目はすこぶる愛らしい、金髪色白の天使のような男の子なのだが、中身は…あーうー、げほんごほん。
(苦笑)
「この辺て、夏本番なのにあんまり人が来ないんだね。」
 クーラーバッグから取り出した冷たいおしぼりで おでこを拭ってもらいつつ、屈託のないお話を振り向ける坊やへ、
「ああ、それはね。この辺りってあんまり娯楽施設がないからなのよ。」
 子供には優しいお姉さんが、訳知り顔で話してくれたところによれば。この辺りは古くからの保養地で由緒正しき旧家の別荘が並んでいる土地柄なのだけれど、今、此処にいらっしゃる方々の殆どは、当地を終
(つい)の住処になさる予定の“定住派”の住民ばかり。最近になって、もう少し都心に近い辺りが…大型スーパーだのアウトレットショップだのシネコンだのを従えて開発されたこともあって、行楽にと此処まで足を運ぶ人もすっかりと絶えたらしくてね。それで多少はあったホテルや旅館も次々にたたまれてしまい、こんなに静かな土地になってしまったのよと、それは丁寧に話してくれて。
「遊び盛りが真面目に合宿するには持って来いだって言うんで、ルイのお兄さんがあれこれ下準備を整えてくれたんですって。」

  “………お?”

 あれれぇ? 気のせいかな。竹刀片手にあれほど勇ましかったお姉さんが、一瞬、その口調をお淑(しと)やかにしたような。あんまり事情に詳しいことが、あのね、ちょっとだけ詰まらなかった坊やだったのだけれども、

  “そっかvv”

 成程、ルイのこと“ルイ”って呼ぶのもそのせいかと、今頃になって納得がいった小さな坊や。ちょいと鉄火肌な姐さん風の綺麗なマネージャーさんに、真下から上目遣いに“じ…っ”という一途な眼差しを振り向けて。

  「? なんだい?」

 意図が判らず、小首を傾げたのもほんの一時。色白なお顔はお人形さんのように端正に整い、ふんわりした金の髪が白い額を透かしている。柔らかそうな頬や小鼻も愛らしく、小さな唇はやさしい緋色のバラの蕾のような佇まい。少しばかり切れ長なれど、まだまだ子供で十分に丸みを帯びた、円(つぶ)らな金茶の眸が“じぃ…っ”と懸命に見上げてくるのに相対していて、

  「………やだよぅ、なんて可愛いんだかvv」

 堕ちない大人がいるもんだろか。相好を崩したお姉さんにきゅううっと懐ろへ抱え込まれて、

  “よ〜し、これでご意見番ゲットォ。”

 心の中ではVサインを掲げていたりする、相変わらずに強かな坊やでございます。







  *おおお、ルイさんが声と腹しか出て来なかったよい。(苦笑)


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