Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル 6

    “ドタバタ肉球大作戦vv”
 

 

          




 健康な人間でもどうにかなりそうなほど、凄まじいまでに暑かった今夏も、暦の上では既
(とう)に過ぎゆき。日本では有数の休みを誇る学生さんたちも、夏のバカンスを終えて、学校へ通う日々に戻っており。秋は気候が良いせいか、行楽やスポーツ大会に、コンサートに文化祭などなどと、各種イベントも多く催され、何とはなしに忙しそう。

  “俺らの本大会だって始まってるって、判ってるだろうによ。”

 先日の開会式にもちゃっかりと同行したくせに、相変わらずの気安さで…一年部員でありながらもチームの柱、主将である自分を電話一本にて呼び出して下さる小悪魔くん。そういったことを うっかりと忘れるようなお馬鹿な…もとえ、浅慮な子供ではない筈なのだが、それを持ち出せば、逆に普通の子供と一線を画したところが多々ありすぎる坊やなだけに。

  ――― もしかしたら。

 何かしらの思惑があってのことかも知れない、何かしらの非常事態に遇って、だから自分でなければと呼ばれたのかも知れないと勘ぐって心配し、結局は…ついつい言いなりに呼び立てられてしまう、こちら、賊徒学園高校のアメフト部“カメレオンズ”のキャプテンを務める、葉柱ルイという御仁。まだまだ残暑は厳しい折だが、それでも盛夏に比べればしのぎやすくなったからと、トレードマークでもあり“特攻服”代わりでもある、自慢の白い長ランをその屈強そうな肢体へと羽織っての推参で。
“…ちょっと待て。”
 はい?
“推参ってのは、謙譲語じゃなかったか?”
 おおう、よくご存じで。まま、言葉のあやみたいなもんですからお気になさらずに♪
“…ったく。”
 どいつもこいつも調子のいいことをと、精悍なお顔をむっつりとしかめ、いかつい口許をへの字にひん曲げて。平日ながらも結構な人の流れが行き交う舗道を伸
(の)し歩く。ここいらは家電の量販店が軒を連ねる専門店街で、表通りに面した一等地にはメジャーなチェーン店の大型小型店舗が並んでいるものの、ちょこっと裏手の路地なんかに入り込んだりしたりなば。専門家が使うのだろう、素人には訳の分からない、きっと違いも分からない、もしかして怪しかったりもするような、部品や器具・器械を扱う小さな店舗や露地商店が、犇(ひし)めき合うよに軒を連ねていたりする。作業着姿のいかにもな工員さんが出入りするのは分かりもするが、自分とそんなに変わらない年頃だろう学生風の青年が、小さなビニールのファスナーバッグに入った小さな小さな部品を見比べつつ、こちとら違いさえ判らないほどそっくりなその二つ、どっちがいいのかずっとずっと悩んでいたりするのだから…世界が違う。
“人の趣味ってのはホント、色々とあるもんだよなぁ。”
 自分にはとんと分からないけれど、ご本人にはきっと…宝石好きな女性がダイアをどっちにしようかと選んでいるほどに、それは心悩ます葛藤なのだろう。愛車のカワサキ・ゼファーを少し離れた駐車場に停め置いてから、指定された店の前へと向かっているその途中にて、
「ルーイっ!」
 よく通るお声と共に、大きく手を振っている姿が視野に入ると…それなり心配していたものが掻き消えて、何とか“ほう”と息をつくお人好しの総長さんであり、
「ったく、ガキがこんな雑多な繁華街に一人で来てんじゃねぇよ。」
 表通りならともかく、少しばかり入り組んでた場所。何かあったらどうしたと一応のお説教を並べかければ、
「だから迎えに来てって呼んだんじゃん。」
「う…。」
 相変わらずに口の減らない、でもでも見かけは…天使のように愛らしい坊や。軽やかな金の髪に、柔らかそうで しかも内に光を沈めたような深みのある色合いの白い肌。生まれつき色素が薄い子なのか、目尻がきりりと吊り上がり気味の大きな瞳は、金茶の光を凝縮したような淡色で。細い小鼻に、ふかふかな頬。そんな頬の線がするんと小さな顎までなめらかに降りており、顎の上には…今にも咲きほころぼうとしている蕾のような、緋色の唇が可憐に座っていて。こうまで造作が整っているその上に、いかにも賢そうな冴えた表情が乗っかっていて、油断なく溌剌と引き締めている周到さよ。
“…これでも何割か抑えてんだろにな。”
 あははvv もっと狡猾そうなお顔だって出来る子ですもんねぇ。
(苦笑) 小柄で女の子と見まごうような華奢な肢体は、だが闊達に弾んでよく動き。カナリアみたいなくっきりしたお声も可愛らしい、どこから見ても文句なしの美児童くん。この彼こそが、今シリーズの堂々たる主役、小学生の蛭魔妖一くん、その人でございます。葉柱が指摘したその通り、ここいらは繁華街には違いなく。その辺りへの理解もちゃんとあるらしい妖一くん。とはいえ、
「別に意味なく ふらふらしてたんじゃねぇぞ?」
 不良予備軍みたいな言われようは心外だと、口許を尖らせる坊やであり。すぐ間近まで足を運んだ葉柱へ、
「ここの兄ちゃんに頼んでたもんがあってサ。それが出来たって連絡が来たから、取りに来ただけだもん。」
「だったら来る段階から声を掛ければ…。」
 最初から此処まで送ってやったもんを…と言いかけて、だが、今言ったところで詮無いなと気づいて小さく溜息。むうと頬を膨らませている、口の達者な小さな王子様へ、大きな手のひらでぽふぽふと柔らかい髪を撫でてやり、機嫌を直しなと無言で宥める。
“………で。”
 此処って? と、坊やがその門口に立っていた店を葉柱が改めて見やれば。様々なポスターやチラシがカラフルに貼られたガラス張りのその間口は、大人一人がやっと通れるというような狭さの戸口を構えた小さな店で。店のすぐ外には…ちょうちん袖にフレアスカートという深紅のワンピースに、真っ白いフリフリフリルがこれでもかと縁取りとして躍っているエプロンドレスを重ね着た、ウサギ耳のカチューシャつきの幼いメイドさん…の描かれた立て看板が立っている。その看板もポスター類も、全部がアニメ塗りを施された、所謂“キャラクター”たちばかりであり、

  “…ふ〜ん。”

 周囲は電器街なんだけれどもな、そういや最近はこういうマニア向けアニメショップが増えつつあるって聞いたことがあるようなと、葉柱がどういう方向へか感心していると、
「ヨウイチくん、お待たせ…あれ?」
 その店の戸口が開いて、そんな声がして。店の中から出て来たのは随分とひょろりとした青年で、TシャツにGパンという軽装の上へ、型はシンプルだがアニメキャラのプリントがあるデニム地のエプロンを掛けている。手には紙袋を提げており、葉柱を見てハッと一瞬身をすくめたのは、相手がいかにも恐持てのするいで立ちと雰囲気だったから…反射的に怯えたのだろう。もう慣れた反応だし、それが目当てなような装いだという自覚もある葉柱に代わり、
「ユキミツ、失礼だぞ。アニメマニアだって一般人から見りゃ そやって引かれる立場なんだから、傷つくってことくらい解んだろうによ。」
 坊やが一丁前な言いようで窘める。…相変わらずに偉そうな坊やであることよ。
(笑) 言ってることには筋が通っていたからか、
「あ、そうだよね。」
 すいませんと気弱そうに葉柱へ向けて何度も頭を下げる青年だったが、そうしてから、
「でもね、ヨウイチくん。僕は別にアニメマニアじゃないんだけれど。」
「俺は知ってる。でも、此処に来る奴の大半はそう思ってると思う。」
 しれっと言い放った坊やに、悪いが俺もそう思ったと、葉柱が内心で呟いてから、
(笑)
「お前、相変わらず態度デカイな。」
 これで一応“その筋”の人間だからか、上下関係に於ける礼儀にはうるさい総長であり。明らかに年長者だし、自分たちのような恐持てのする人間が相手の弱みを牛耳ってるというような、立場の差がある関係ならともかくも。こんな小さな子供が偉そうに振る舞う理由なんて、そうそうはない筈だろうにと思ってちょいと呆れたような言いようをすれば。
「あ、いいんですよ。」
 坊やの側ではなく、雪光と呼ばれた青年の方が執り成すように言葉を挟んだ。
「ヨウイチくんは僕から見れば“兄弟子”ですからね。コンピューターや電気機器についてもずっと詳しいですし。」
「兄弟子?」
 何だそりゃと眉を上げた葉柱へ、坊やが眸を細めて“くくくvv”と笑って見せ、
「おお。俺がコンピュータを習った高見センセーんトコに後から来た助手だから、俺の“弟弟子”になるんだと。」
 ははあ、そういう関係だったですか。ですけど…だとして、こういうアニメショップとの“つながり”が今イチよく判らんと、ますます奇々怪々なことへ小首を傾げていると、
「此処は僕のバイト先なんですよ。」
 雪光さんが付け足したので成程と、やっとの納得。さっきの言われようの逆になるけれど、こんなマニアの店を経営してるようなセンセーって何者だろうかとついつい思ってしまったからだが、此処でそれを言うならば。愛らしい姿の小さな坊やや、こういう言い方するのも何だが ちょいとひ弱そうな外見の雪光青年はともかくも。特攻服もどきな長ラン姿の葉柱と…ネコ耳の3Dキャラが“いらっしゃいませだニョンvv”と笑っているポスターという取り合わせはちょっと異様で、
「…ルイ、目立つな〜。」
「T.P.O.から言えば、浮きまくってますものねぇ。」
 穏当そうに笑いつつ、結構ずばっと言う人だねぇ、雪光さんも。
(苦笑) とはいえ、そうまで異色な存在がいつまでも突っ立っているのは営業妨害にも成りかねずなので、
「雪光、それ。」
 坊やが手を伸ばして紙袋を催促したのへ“はいはい”と柔らかく笑った青年、
「じゃあ、ボクは店番があるから。」
 またねと会釈をし、小さな間口の店へと戻って行った。どうも何だか…ひ弱そうに見せといて実はマイペースなところが強そうな人物であり。掴みどころがなかった青年の細っこい背中を見送っていた葉柱へ、
「ユキの奴、どんどん高見センセーに似て来てんだよな。」
 坊やが“ふぅう…”と一丁前な溜息の真似っこをして見せた。さっきから頻繁に名前が出て来る“高見センセー”とかいう人が、この坊やへあんな恐ろしいPC操作における裏技を覚えさせた張本人であるらしく。(第一話参照/笑)坊やのこの言いよう…ということは、にっこり笑ってぐさりと人を切るような、一癖も二癖もあるような物言いや態度を取る人だということだろうか。
“センセーってくらいだしな。”
 この子がそんな敬称を使うくらいだから推して知るべし。少なくとも、その影響を受けているという先程の青年以上の人物らしいことは明らかで。これだから頭が良すぎる人間はよぉと、まだ逢ってもない“センセー”とやらへ閉口した総長さんだったりした。






            ◇



 さて。いつまでもあんなところに突っ立ってることで人目を引いていても詮無いので、とりあえずはと場を移した。喉が渇いたと言い出した坊やと適当な喫茶店へ入って、いかにもインスタントだろう薄味のアイスティーとアイスコーヒーとで暑さと乾きを落ち着かせてから。
「あんな、あんなvv」
 嬉しそうに笑った坊や、小さな手でソファータイプの座席の脇へ置いていた紙袋をごそごそとまさぐると、中から発注品とやらを引っ張り出して、葉柱にも見せてくれた…のだが。

  「…なんだ、そりゃ?」

 出て来たのは…真っ黒な毛並みに覆われた4つの“3点セット”。数が合わないのは、2つ一組のものがあるからで。ネコ耳付きカチューシャと、爪や肉球付きのネコ手ぶくろに。それからそれから、一見“ウェストバッグ”のような、細いベルト付きの長いお尻尾という一セット。どう見ても…パーティーグッズのようであり、わざわざ“特注”しなくとも、そこいらの総合雑貨の店へ行けば簡単に手に入りそうなブツではなかろうか。そういう知識はさすがに持ち合わせていなかった坊やなのかなと、納得しかかったタイミングへ、
「これをただの玩具だと思うなよ。」
 こっちの胸中を透かし見たかのように、にんまりと笑って…それらを頭や手へと装着しだす。まだ半袖ながら濃紺と白の二重襟になったデザインブラウスに、イタリックのロゴが白く染め抜かれた黒いサスペンダーつきの濃青の半ズボン。華奢な肢体を引き立てる、そんな愛らしい恰好へ加わったアイテムの可愛らしさには、周囲のテーブルの客たちが思わずの視線を向けて来て“くすくすvv”と微笑んでいたりするのだが、ご本人はそんなことになぞ構わないご様子であり、
“いつもなら嫌がるのにな。”
 自分からそれと構えて振る舞う時ならいざ知らず、良い子や可愛い子という“子供扱い”をとことん嫌がるおマセさんなのになと、怪訝に思って見ていれば、
「えと…、こっちが耳かな?」
 そう言って、顔の前に構えた右の手をくいっと握って見せる。招き猫の真似…にしか見えなかったそれだったが、
「…お?」
 柔らかそうな金の髪の間から覗いている大きめなネコ耳がピクピクっと動いた。再び右手を握って見せるとそれに合わせて耳が動き、左手の方を動かせば腰につけたお尻尾が、くねりくねりと動いて見せる。どうやら手ぶくろと連動している動きであるらしく、ゆっくりと順番に指を握り込んでゆけば、尻尾の動きもゆっくりした艶めかしいものにと変わるから、これはなかなかに優れもの。

 
 

little07[1].jpg

 


「それって…テグスでつながってるのか?」
 おいおい、総長。それっていつの時代の仕掛けだいと筆者が呆れれば、
「テグスって何?」
 笑うどころか知らないらしい坊やの反応もかっ翔んでいる。
(苦笑) 透明な釣り糸で、こういう“仕掛け”に使うんだと説明すれば、やっと話が通じて、
「違うって。ICとかセンサーとか使って連動させてんだよ。」
 テグスを知らなかったくせに、しょーがねーなルイはと やっぱり偉そうなお言いよう。悪うございましたねと口許を歪めると、どいたしまして、と、招き猫の仕草でお耳を動かして見せるところが…この生意気さんにしては案外と可愛い合いの手で。彼なりに はしゃいでいるのかな、いつもこんなだったら ただただ可愛い子なのに勿体ないと。こちらもあっさり毒気を抜かれた葉柱総長、
「凝った玩具だな。」
 テーブルの上へ先っちょをくねくねと乗っけている尻尾に手を伸ばせば、坊やの方でも左手をきゅっきゅっと動かして。その手へパタパタと、尻尾の先が軽く撥ねるようにリズミカルに触れるのが、挨拶のような応じの仕草みたいで何とも可愛らしい。
「学芸会で使うんだよ。」
「学芸会?」
 頭からひょいと外して小さなお膝の上に載っけた、フェイクファーを張りつけたネコ耳カチューシャを眺めつつ。ちょっぴり首を横へと傾げて“うん”と頷いた無邪気な仕草の、屈託のなさがまた愛らしい。カチューシャの端っこを小さな手でクリクリと捩
(よじ)るようにして回しつつ、
「俺んクラスはサ、担任の姉崎センセーが自分で台本書いた話の劇をすんだけど。そこに出てくる主人公の猫のアイテムに、こうゆうの作ってやろっかって持ちかけてやったんだ。」
「へぇ〜。」
 わざわざ自分から申し出たのか、いいトコあるじゃんかと思ったのも束の間。
「そん代わり、俺には役も仕事も一切振んなって約束させた。」
「……っ☆」
 えっへんと胸を張るから…相変わらず末恐ろしい坊やである。どうやらその姉崎センセーというのも、この子にはあっさりと手玉に取られているに違いなく、
「じゃあ、これってお前が使うんじゃねぇのか?」
「おう。主人公はセナって奴だ。」
 これが大人しすぎの怖がりな奴でヨ〜と、一丁前に目許を眇めて肩をすくめる坊やであり、
「…まさか、苛めてんじゃなかろうな。」
「そんな詰まんねぇことしねぇよ。」
 泣かれたら鬱陶しいし、揉めごとが起きんのはうんざりだかんな。大人ぶって肩をすくめて見せる。そうと並べる理屈こそ やっぱり尊大な言い方なれど、理屈はどうあれ“弱いものいじめ”や度の過ぎる悪さはせずにいるところは、お母様の教育の成果というやつか。小生意気な屁理屈の数々にしても、一応は筋が通ってるものばかりで、
“悪ガキだが根っからの“悪党”じゃないから ややこしいんだよな。”
 …この幼い年齢で“根っからの悪党”なんかだったら空恐ろしいんですけれど。
(苦笑) まま、そっちへ誤解されかねない“悪たれ”には違いなく、そうかと言って一緒にいる自分がこの成りじゃあなぁと、苦笑が絶えない葉柱で。そんなお兄さんの複雑そうな心情になんか気づきもしないで、
「それよか電器館へ行こうよ。」
 坊やはワクワクと、これからの行き先をおねだりし始める。
「PCの外部記憶用のディスク内包装置のさ、新しいのが出てるらしいから見に行きたい。」
「…お前、そういう難しいの好きだよなぁ。」
 玩具だマンガだお菓子だと子供らしいもんをねだったりするのを、そう言えば聞いたことないぞと、思わず目が座る総長さんへ、
「いーじゃん。人それぞれで。」
 ルイだってサ、ぐらびあアイドルとか、AVじょゆうとかに熱上げてねぇじゃんか。お前ね、そういう言葉を子供のくせにむやみに吐くんじゃねっての。ごちゃごちゃ口喧嘩のようなやりとりを交わしつつ、喫茶店を出るとすぐにも…はぐれないようにとしっかり手と手をつないだままにて。雑踏の中、お目当ての店へ足を向けることにした二人である。



   ――― これから始まる大騒動に気づきもしないで。












  *何かまた騒動が絡まるようですね。


TOPNEXT→***