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電器館というのは、某有名家電量販店系列の大きな店舗ビルのことで、広大な敷地と売り場面積を誇る全館全てが、豊富な品揃えの家電と関係機器で埋まっているという、ディスプレイだけで光熱費食いまくりな家電の百貨店である。
“…放っといてやれよ。”(あはは/笑)
坊やがお目当てにしていた商品はあいにくと売り切れており、在庫も無かったらしく。それでも上の階へとねだられるままにお付き合い。一応は“家電”の専門店なのでそうそうコアなものはおいてないが、それでも、
“これって何に使うんだ?”
良く分からない器具や工具や部品が並んでいたりするのへ、眸が点になっている葉柱をよそに、
「わ〜、このトランジット、容量が大きい。」
「おやおや、良く分かったね坊や。これは接続した機器の出力に合わせての波形の調整が、ここんところのつまみの調整で…。」
小さな坊やは専門家らしき店員と話が合ってる恐ろしさよ。こういうことには年の差という隔たりはないのか、それともレベルが高くてコアな次元同士という“同好(マニア)の士”の匂いが通じたか。葉柱には異星人の言語のようにさえ聞こえる専門用語で何かしら楽しげに語らい合っては、上手に切り上げて一応の保護者の元へと戻って来る。満足満足というお顔になって戻って来るのは、知的充足を満たされるからだろう。
“お勉強すんのは良いことなんだろけど…。”
大人と同等という対話ばかりをこなしているから、小生意気にもなるのではなかろうかとちょこっと懸念。でもでも、
「ごめんな、放っぽり出して。」
大人としか来られない街で、でも母ちゃんと一緒だと どうしてもこういうトコにまでは足を運べないしサ、と。そんな風に言われてはね。ああ、相変わらず判りにくいところで優しい子だなというのへ、ついついほだされてしまう。頭の良い子だから、これもまた調子のいい…相手に合わせたその場しのぎの言いようなのかも知れないけれど、それでもいいさと、苦笑混じりに飲んでやる葉柱であり、
「ここは全部見たから降りよう。」
「ああ。」
そんな調子で一番上の6階からあちこちを丁寧に見て回る。筆者も文具センターとか書籍ビル、総合雑貨の大きなお店なんかだと、こういう過ごし方をついついしてしまいます。ホームセンターなんて、1日中いても飽きないですしねぇvv そうやって“ウィンドウショッピング”のノリにて降りて来た二人が次に辿り着いたのは、CDデッキやコンポの数々が居並ぶ、オーディオ関係のフロア。奥まったところには本格的なものではない…エコノミー・タイプのエレクトーンやシンセサイザーも置かれてあって、ここなら何とか判るからとやっと落ち着いた葉柱が、大容量のマイクロディスク内蔵を謳ったデジタル・ミュージック・プレイヤーや、ハンディタイプ・ステレオなんぞを見ていると、
「…ん?」
傍らにあったものに奇妙な既視感が。一旦通り過ぎた視線を戻せば、重々 見覚えのある某青年アイドルさんが、いかにもトロピカルな南国のお花や果物を乗っけた、麦ワラ帽子をかぶって笑っているジャケットも明るい、先月発売されたというCDアルバムがコンポーネント・デッキと共にディスプレイされており、
「これって…。」
腰から上という構図のその中、上背がある桜庭春人くんがハイビスカス柄のアロハの胸元へと抱え上げているのが、
「………お前じゃねぇのか?」
「ん? ああ、そうだぞ。」
やはりハンディステレオをいじっていたまま、こちらへと首を伸ばしてから、事もなげに応じた坊やが、常の冷然としたお澄まし顔からは想像出来ないくらいに屈託なく笑って…桜庭くんと一緒に写っていたりする。丁度そのお顔の上へと小さな手を伸ばし、
「これってサ、一緒に出た写真集のを使ってんだよな。」
言われて見れば、ついでに買ってもらおうと平積みにされたCDの横に、やはり積まれたB4サイズの写真集があって、その表紙にも…こちらは後ろ姿だが、間違いなくこの坊ちゃんだろう男の子が、やはり桜庭と一緒にベンチに腰掛けて渚を眺めていたりするから…こりゃ不思議。
「なんで?」
風変わりな子なのはよくよく判って来たものの、一応 この子は普通一般の小学生だ。桜庭がそうであるような、モデルや芸能人ではない…筈だが。
“聞かされてないだけってこともあるかもな…。”
黙ってりゃあ可愛い。見た目通りの“天使のような子供”として振る舞えるだけの演技力も十分にある。で、本性はアレなので(笑)、その強かさ故に“仕事”への割り切りだって大人並みに持ってもいよう…と来たならば。こういうお仕事には打ってつけな子供かもと感じた葉柱だったのだけれども、
「バイトだよ、バイトvv」
ご本人は やはり事もなげに言って にっぱしと笑う。
「桜庭は中学の頃から人気が出だしてサ、こういう写真集も出すようになったんだけど。最初の撮影が海だったんで、仕事の後で遊ぼうって言われてついてったら、一緒に写ってるのを勝手に使われちってよ。」
へへんと自慢げに胸を張るから、そういう扱われ方が芸能人みたいで嬉しかったのかなと微笑ましく思ってみたらば。
「ウケたのか次も次もって撮影のたびに小道具代わりに呼ばれるもんだから、こりゃあ美味しいと思ってサ。本の売上げにつき幾らっていうカッコのギャラをもらうことにしたんだな♪」
「………それって。」
ほぼ、本来の主役である桜庭くんと同じ扱いなのではなかろうかと、眸が点になりかかった葉柱だ。ちなみに…後日になって桜庭本人に訊いてみたところ、
『うん、そうだよ。監修担当の雑誌社のプロデューサーさんに自分から言い出したんで、そんな“おマセさん”なところが こりゃあ面白いってますます気に入られてね。それで、ウチの事務所の社長のミラクルさんがキチンとした書類を作って契約したんだけど。』
それは愛らしく、ご褒美はネ 桜庭くんみたいに“本が売れたら幾ら”って貰い方が良いの…なんて。いかにも子供が大人の言いようの真似をしているような、稚(いとけな)い言い方をした芸達者。桜庭以外は彼の恐るべき“正体”をてんで知らなかったものだから まんまと乗せられ。今でこそトップアイドルの桜庭が、まだまだ新人も良いとこの時期だったから、大したお金も動くまいと踏んでの契約だったのに。
――― ところが、その第一弾 写真集がバカ売れしたその上に。
ご感想を返送してもらう添付はがきに、必ず坊やのことが何かしら記されて来るほどの人気ぶりなので。そこに気をよくした担当プロデューサーさん、写真集だけでなくカレンダーやプロモーションビデオにも出てもらおうと言い出したもんだから、
『今じゃどっちが主役やらってほど、ヨウちゃんのファンも沢山いるんだよ?』
桜庭の事務所にも彼宛てのファンレターやプレゼントが山のように届くほど、なのだそうで。(笑)
「あ、でも、凄げぇ偏った知名度だからさ。日頃の生活にまでは支障出てねぇからな。」
時々携帯で写真撮られることはあるけどサ、いきなりファンに囲まれるなんてことまではないから安心してなと、堂に入った言い方をするのが…相変わらず。意外な事実に“ふ〜ん”と感心しつつ、手にした写真集をぱらぱらとめくれば。あやされて弾けるように笑っているお顔とか、軽々と抱っこされてそのまま空へ飛んできそうな仕草ではしゃぐ様子、抱えてもらった桜庭の肩口に頬をつけ、くうくうと微睡んでいる横顔や、夕陽を浴びてますますきらめく金の髪の柔らかそうなシルエットなどが、それはそれは愛らしく撮られている。周囲の大人を喜ばせた、彼お得意の演技だと判ってはいても………。
“こんな顔、滅多に見たことねぇぞ。”
偉そうに胸を張ってたり、尊大な物言いをする彼の方が素なんだと、重々判っているのにね。そこはやっぱり…疲れていると自然と甘いものが欲しくなるように(おいおい)、愛らしく柔らかく、見ているだけで癒されるような、こんなお顔を日頃からもしてほしいよななんて、ちょっぴり思ってしまった葉柱だったりもしたが。
「???」
ちろんと目線だけそっちへ向けると、キョトンとしているお顔が見上げていたのと視線がかち合う。何故だか…ビビンと薄い肩を震わせて見せ、それでも、
「な、なんだよっ。」
まだ何も言わないうちから唇を尖らせる反抗的な態度がつや消しだけれど…、
“………なんで顔が赤いかな。”
愛らしくふわんと笑ってる嘘よりも、眉を吊り上げながらも“う〜〜〜っっ///////”と 赤くなってる真実の方が可愛いかも。相変わらずに“末期”な自分へやれやれと肩をすくめて…ま・いっかと苦笑する葉柱だったりするのである。
――― と、そんなところへ。
平日の昼間だからか、さして混み合ってはいないが、さりとて閑散としているとも言いがたい程度に客の姿があるフロアだったから。そして何より、すっかりとリラックスしたお買い物モード(買う気はほぼなかったが)でいた彼らだったので、周囲へ特に気を配ってなんかもいなかった。だからして、
“………?”
サングラスをかけた見知らぬ怪しい男が二人ほど近づいて来ていて、いやに…坊やばかりを注目していることになぞ全く気がつかないでいたし、
「なあ坊や。」
なるだけ人の善さそうなおじさんを装って声をかけて来た、見知らぬ背広男の二人連れが、正確には…坊やの頭に乗っかっている、実はずっと装着したままだったんですよのカチューシャのような黒いネコ耳に関心を寄せていたなんて、全くもって予想もしなかったこと。
「そのお耳なんだけど。」
そんな風に馴れ馴れしく訊かれ、何か怪しいと感じたか。臆病な人見知りの振りをして、葉柱の足元へくっついてその陰に隠れた坊やであり、
「ちょっと見せてくれないかな。」
手を伸ばされると…じわりと瞳の縁を潤ませて、
「ひっく…いやぁ。怖いよう…。」
うるうるし出したかと思うや否や、あっと言う間に火がついたように泣き出したからたまらない。しがみつかれた葉柱が“おうおう、よしよし”と抱き上げてやり、懐ろへ掻い込みながら、
「なんだよ、あんたら。」
そこは慣れたもんで貫禄もたっぷりの威嚇的な表情でもって睨みつけてやると。周囲の買い物客たちの注目も集まってしまい。仕方がなくと断じたか、いやにあっさり…すごすごと逃げ出す相手たちだったが、
“…ただの買い物客じゃないな。”
出来るだけ穏便にという態度で話しかけておいて、子供が泣いたのへ“ごめんね”の一言もなかったのが却って不自然だ。広いフロアのどこぞかへ歩み去った二人を不審に思いつつ、注目を浴びたままというのも何なので、自分たちも移動するかと坊やを抱っこしたまま歩き出した葉柱へ、
「人がいない死角へは行くな。」
小さな声で坊やが言った。おやと懐ろを見下ろすと、嘘泣き小僧が妙に真顔になっている。
「人気がないところへ行けば、もっと荒っぽい接近をされかねねぇぞ。」
そんな言いようをする彼なので、
「心当たりがあんのか?」
こっちも短く訊くと。どこか真面目なお顔のままにて、こんな一言が返って来たのだった。
「俺にはないが、この耳にはあるのかもな。」
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*実は、一旦八割方も書いてた粗筋を保存し損ねまして。
真っ青になったのは言うまでもございませんです。
あんまりお馬鹿な話を書くなという、
どこやらの小っちゃなサイバーテロリストさんからの警告でしょうか?(こらこら) |