「何で………お前がここに居る。」
「ん〜〜? 伯母ちゃんが泊まってけって。」
彼が言う“伯母ちゃん”というのは、葉柱の母上のことであり、
「ウチの母ちゃんが、今日、名古屋までの泊まりがけの出張でサ。一人で留守番出来るって言ったのに、何か約束しちゃったとか言われて、そいで………。」
ふにゃふにゃと話途中で睡魔に負けて、小さな体が前倒しになり、毛布の中へと呆気なく沈没する。いくら日頃から宵っ張りな子でも、
“3時じゃあなぁ。”
眠くて堪らない時間帯だろうて。あっさり沈没した様に苦笑しつつ、もう説明は良いからと、柔らかな髪をもしゃりと大きな手で撫でてやり、パジャマ代わりのスエットの上下に手早く着替える。そのまま、大きめのベッドの端へと腰掛け、ふにゃりと萎えた小さな体を、横になりつつ軽々抱えもって、自分の懐ろへと収めてやる。一応は来客のための部屋だってある家だが、実は…幽霊を怖がる子だからね。慣れない家のだだっ広い部屋は嫌がったらしいのが判らんではなく。この部屋なら、待っていれば、いつかはこうやって葉柱が戻ってくる訳で。それでと彼が“此処が良い”と選んだらしいと忍ばれて。さあ寝直せとばかり、ぽふぽふと毛布をかけ直して小さな背中を撫でてやれば、夏の合宿でもこうしていたから慣れもあってか、素直に寝息を刻み直し始めた坊やだった…のだけれど。
「…んぅ?」
懐ろの中、柔らかな温みが………妙な声を上げた。
「な、何かな?」
「血の匂いがするぅ。」
――― どっきーんっ☆
恐慌状態になりかかった葉柱を尻目に、すうすうクンクンと鼻を利かせてから…シーツに擦った髪をぱさぱさ鳴らしつつ、周囲をキョロキョロ見回し始めて。とうとう、掻い込まれていた懐ろから身を乗り出すと、脇卓にあったテーブルライトを点灯し、ついのこととて一緒に起き上がってしまった葉柱の顔を、
「………………………。」
ほんのちょっぴり目許を眇め、真正面から じぃ〜〜〜〜〜っと凝視してくること数十秒。その間、柄になくもドキドキしつつ、そんな視線を黙って受け止め続けた葉柱の耳に、
「…ったくよぉ。」
くっきりとした呟きが届き。それから、小さな手が伸びて来て、頬の真新しい傷をペチペチと叩いた。………そこ痛いんですけどとばかり、わずかほど眉を顰めると、
「手当てはしたのか?」
答える前に小さな体が膝立ちになり、小さな手が両手がかりでこちらのお顔を固定して。甘やかな温みが身に迫ると同時に、
――― ぺろり、と。
いつぞやのように、小さな舌が傷口を辿った。触れられた瞬間だけ“ちりり”と痛んだが、後はむしろ擽ったさの方が大きくて。
「相手は? 全部伸したのか?」
「まあな。」
「協会にチクリそうな連中か?」
「どうだろうな。そんなことをすりゃあ…世間的には名を伏せられたところで、あの界隈では情報もまんまで飛び交うだろうから。自分らが負けちまったってコトの宣伝になっちまう。」
ギリギリで面子にこだわってそうなランクの相手だったから、今日のはその心配はない、と思うと答えれば、
「そか。」
妙にあっさりとしたお返事が返って来ただけ。一通りの傷を確かめてお顔を離した坊やはやっぱり、先日ほど激しく怒り出しはしない様子であり。
「…おい。」
「何だよ。」
あんなにドキドキしたんだのに、何だか却って気が抜けたとばかり、
「怒んねぇのか?」
わざわざこちらから訊くと、
「説教すんのも結構エネルギーがいんだぜ?」
見るからに小学生の、稚い容姿肢体だというのにね。いかにも大人ぶった様子で はぁあと、溜息なんだか欠伸なんだか、どっちとも取れそうな吐息を一つついて見せ、
「不祥事だから協会にご注進ってことになって、向こう一年公式戦停止…なんてことにならねぇんなら。俺もな、大目に見るさ。」
少し大きめのパジャマの袖から覗いてた小さな手で。腕ごと肘まで上げるよな大人びた仕草でもって、柔らかく寝乱れた自分の髪を掻き上げながら。しょーがねぇなまったくよと、どっちが年上で目こぼしされているのやらというような、大上段からのお言いようをし、
「ルイは特にサ。凄げぇ強いからな。ヘッドとして出てかなきゃならねぇ場合ってのもあるんだろうしサ。」
くすすと笑って、それからね。
「俺も“料簡”ってのか考え方ってのかな。ちょっとだけ変えた。」
先の喧嘩の後で、坊やも坊やなりに考えたらしくって。ルイ本人がやりたくてやってるんじゃない喧嘩っていうのもあるんだと思ったの。強いからってだけじゃなく、面倒見が良いから沢山の仲間に慕われてるルイ。虎の威を借る連中ばっかじゃないんだろけど、それでもサ。自分は望まないのにっていう喧嘩、誰か仲間がやられた報復とか、逆にそういう因縁を抱えた奴から復讐を挑まれてとかいうよな、意に染まない喧嘩だってやらなきゃならない“ヘッド”っていう立場にある彼で。例えば自分だってサ、別に義理とかなかったけれど、同じクラスのセナが理由もなく他のクラスの奴らに苛められてんの見てると無性に腹立って。そっから喧嘩やザマミロ作戦やらが続いて、最後にはいじめっ子の兄貴だっていう6年のブタ野郎をとっちめて、結果として学校全部を制覇しちゃったヨウイチくんだったりしたの、思い出してね。
「アメフトより面子にこだわんのは、まだちょっとよく判んないんだけどさ。」
そんでも…ルイにとっての“大切”とか、立場上、譲れないものとかがあるんだろから。
「それはもう良い。無理から止めねぇ。」
いつぞや、素行が悪くなったと言って来た進に、咬みつくように食ってかかったのは。身内を悪く言われたような気がしての、意地からだけじゃないんだもん。少し前にも、
『ヒル魔に逆らうと、コーコーセーの不良が出てくっからな。』
元いじめっ子から、負け惜しみから言われたことがあったけど。馬鹿かこいつはと思いつつ、何故だか“思う”だけに留めておけなくて。
『言っとくけどな、ルイは俺らレベルのガキの喧嘩なんかにゃ興味はねぇんだ。そんな小せぇ奴じゃねぇし、それによ。今の言い方だと、そういう奴に負かされたなんて思ってんかゴラァってノリで。別のチームの奴らが、それこそ無茶苦茶怒ってヨ。お前こと血祭りに上げに来るかも知んねぇぜ?』
ついついカッと来た勢いから大人げないことまで並べちまって、ビビらした相手を おいおい泣かして帰しちまって。(こらこら)それもこれも自分への不名誉を雪そそぎたかったからじゃあない。ルイのこと、何にも知らない奴から尚の誤解をされたくなかったからだ。
――― だって自分は知っているから。
よく研いだ刃物みたいに凛と冴えた眸で真っ直ぐ睨み据えながら、気魄の全てを静かにたぎらせて。透き通った炎みたいな気概に張り詰めさせた、凄まじい集中力を一気に放って相手へ挑み掛かる。それは鋭くも迫力のある、本気の葉柱の気魄の厚さを、気概の豪の太々しさを。それからそれから、ちっとやそっとでは消えない、苛烈なまでの情の熱さを、実はこそりと目撃したことがあるからね。だから、要領だけが良くてずるい、そこいらの半端な怠け者と一緒にしないで欲しかったんだし、そうまで判ってる自分が、なのに世間と同じ目でルイを計ってどうするって、ちっとだけ反省したの。でもってね、
「ただな。」
長い腕でふんわりと抱え込まれてたままの懐ろの中。スエットシャツにすがって真下から見上げた一途な眸が、金茶の淡い虹彩を真摯な表情のままに瞬かせて、
「暴力沙汰だと、相手によっちゃあ不祥事ってことにされかねねぇからさ。だから、いいか? ルイ。今度から、喧嘩したら俺に絶対報告しろよな。」
真剣な…しおらしいお声でそんなことを言い出すから。坊やに気を遣って黙っててくれるなと、ちゃんと包み隠さず話してほしいという意味かなと。
「…ああ、判った。」
低められた響きも男らしい、こちらも真摯さを込めた柔らかな声で応じれば。
「相手と日時と場所と、喧嘩の規模と、だぞ?
大急ぎで調べれば、
相手の身内のどっかに付け入る隙くらいある筈だかんな。」
「………はい?」
きしし…と笑って見せたのは、いつもの余裕の小悪魔フェイスじゃあありませんか。何だか妙な雰囲気だなと、少々及び腰になった葉柱には気づかぬままに、
「付け入られる前に、こっちからもネタを何か押さえれば良いまでのことだからな。なに、任せとけって。俺ってこう見えて、ここいらの繁華街のお姉さんたちとは幅広くツーカーな仲だから。どこのチームの誰それってだけで、公表されたかなかろうネタの1つや2つは拾えるデータベースを持ってるよなもんだし。」
にこぱvvと、それはそれはお元気そうに屈託なく。朗らかに笑って恐ろしいことを言い出すところが…相変わらずに末恐ろしい悪魔っ子。
「目には目をだ。向こうがチクらねぇなら そんでいいってだけの話なんだからサ。」
大して実害も出ないしサと、お気楽に笑う坊やへと、
「そ、そうだな。うんうん。」
こりゃあ、次からは腹決めて喧嘩しねぇと、場合によってはこっちが脅迫チームにされちまわねぇかと。いやな予感が背条を撫でたのを感じた葉柱さんで。とはいえ、
「さ、もう寝よ。」
きゅううと細っこい腕を一生懸命に脇から背中へ伸ばされて。ぴとりと密着して来た幼い温もりの、何ともまろやかな、それでいて所詮は幼子、頼りなくも切ない どこかか弱い感触には。
「………。」
何と申しましょうか、守ってやらねばという保護欲を掻き立てられてしまうところの、抗い切れない魅惑があるもんだから。促されるままに粛々と、再び横になって、さて。
――― ホンットにルイって生傷が絶えないんだな。
うっせぇな。別にいちいち舐めてくれんでも良いっての。
だってサ。………あ、そだ。ルイ、もしかしてカノジョいたんか?
なっ、ななな何をまた薮から棒にっ。
だってよ、ルイのキスってば、必ずこっちの口のどっか舐めるじゃん。
そぉ〜うだったかな?
そんなん初心者が知ってる筈ないって、阿含が怒ってたぞ。
………誰に何を報告しとるか、お前はっ。
阿含はカマかけるのが上手いんだって。/////// なあ、居たんだな?
まあな。もうとっくに切れたけどな。
………なら もういい。おやすみ♪
おう、おやすみ。
キスで“必ず”? んん? …ってことは、もう既に、あの一度こっきりではない間柄だということかな?
「てぇーいっ、あんたも早く寝なっ!////////」
……………お後がよろしいようでvv(笑)
〜Fine〜 04.10.25.
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*相変わらずにお馬鹿なお話ですんません。
ここからちょっとネタバレトークしてますので、
コミクス派の人はごめんなさい。
*負けてしまいましたね、賊学。
まあ、此処で巨深が負けちゃうと
ますますのこと柱谷の立場が無くなるかもなので、
流れとしては失礼ながら順当だったかなとも思いました。
ただ、省略せずに…そのくせたったのあれっぽちのページにて、
克明に描いて下さったその展開が…ちょっとねぇ。
*公式サイトの予告で 110thのカラー表紙を見た時に、
サブタイトルの“恐怖政治”というのがピンと来なかったんですが。
(喧嘩上等な彼らが震え上がるほど、
相手の思うがままの一方的な猛攻に遭うのかな?とか。)
そうか、そう来ましたかって思って、そして…口惜しくもありましたね。
勝手なこととは言え、ウチのこのシリーズの中でも、
葉柱さんは侠気(おとこぎ)があって、面倒見もよくって、
だから、やんちゃ仲間の乱暴者な皆が、
アメフトの方にまでついて来る…という設定にしておりましただけに。
一緒に頑張る仲間としてではなく、
自分を怖がって服従してただけだなんて描写をされると、
そりゃあ総長さんだって堪らないものがあることでしょうよ。
素人の寄せ集め的な急増チームってところでは同じ筈のデビルバッツが、
唯一のエキスパートであり、絶対の急進力でもある蛭魔くんの指示・指導の下、
同じように脅されつつも、
堅い結束でもって強豪を薙ぎ倒しての快進撃を繰り広げてるから尚のこと…。
まあ、振り返れば…引ったくりとかやってんの放置してましたし、
あのバタフライナイフでチームメイトを脅してもいましたから、
伏線というか下地としてはちゃんと振ってあったことなんでしょうけれど。
それでも何だか納得行かなくて。
誰様へでもない、自分への言い訳というか納得というかのためにだけ、
矢も盾も堪らず、こういうの書かせていただきましたです。 |