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今夏の記録的な猛暑をずるずると引き摺っての残暑が、彼岸を越えても延々と長引いていたのだが。さすがに…そろそろ十一月という晩秋の声を聞く頃ともなると、それ相応の気候に落ち着きだしたりして。どこまでも澄んで青い秋空の下、赤や黄色に色づき出した街路樹の梢に合わせて、セピアやチャコール、アーバンピンクといった いかにも秋らしい色彩が、服装やら小物やらに乗っているのが馴染む中、
「じゃじゃ〜ん♪」
日頃は生意気で偉そうで、ともすれば冷めた眸での大人びた言動ばかりする金髪の坊やが。いかにもはしゃいで、そんな効果音まがいの一言つきにてのお茶目な登場をしたものだから。それだけでも珍しいことと、座っていたベンチから視線を振り向けたマネージャー嬢のメグさんが、あらと…こちらも常なら つんと澄まして見える、ちょいと鋭い造作のお顔を柔らかくほころばせる。
「かわい…カッコいいじゃないか、それ。」
自然なものとして口を衝いて出かかった最初の台詞を吸い込んで、あらためて“カッコいい”と言い直したのは、子供扱いを嫌う坊やだと重々知っているからだったが、それにしても、
「よくサイズがあったわねぇ。」
ファスナーを開いた前合わせを両手で掴んで少しだけ引っ張って。ねえ見てこのお洋服vvというカッコでいる坊やが自慢したがっているジャンパーは。本場アメリカはNFLでも人気のアメフトチーム、◆◆◆のオフィシャル・スタジアムジャンパーだったからで。大人用ならS、M、L、LL、XL…と寸法も豊富に揃っていようが、こんなにも小さな…日本の小学生低学年くらいの背丈の子が着て丁度良いものともなると、地元の専門店か、若しくは誂えるかしないと手に入らないのではと思うところなのだが、
「母ちゃんが帳簿整理の仕事を引き受けた大っきい商社さんで、年末にスーパーボウル観戦ツアーキャンペーンをやるんだって。それでサ、その賞品とかを写したポスターのモデルをやったら“好きなの、どうぞ”ってくれたんだvv」
スーパーボウルというのは、NFLというアメリカのフットボール界でのその年の全米ナンバーワンを決める大きな大会のことで。NFC・AFC両カンファレンスの王者が相覲まみえる決戦が、大体一月の末に催されるのだが、そこはさすが アメリカの国技であり。開催地スタジアム周辺はもとより、テレビ中継される全米各地にもただならぬ熱狂と興奮を伝える国家的一大イベント。贔屓筋のチームが出場する人たちやアメフトファンにしてみれば、その日は一日中、何も手につかないほどのお祭り騒ぎになるというから物凄く。近年、日本でも衛星放送の普及や何やで人気が急上昇中なスポーツなため、二の腕に刺繍されたワッペンを見れば、ああ あのチームの…と判る人だって少なくはない筈で。しかもしかも、
「キャンペーンの賞品って。じゃあ、これってもしかして、今のところは“一点もの”なんじゃあ…。」
誂え品も良いところで、だというのに“オフィシャル製品ですよ”ということを示す、NFLの協会やチームのタグもご丁寧にずらりとついているプレミアもの。
「そだぞvv 俺しか持ってない“一点もの”だvv」
チームの名前のロゴやマスコットの刺繍が入った黒地ベースの背中や身頃に、鮮やかなグリーンのタックやラインがクールな印象をつけている。もこもこふわふわな ダウン仕様でありながらも、腰や背中に微妙な切り返しが入った、なかなかにスタイリッシュなデザインが利いていて。ずんと小さな背丈ながらも、どっちかと言えばアメリカーナな色彩の…色白で金の髪をした坊やにはますますのこと、大人ぶりっ子なアイテムとして小癪にも決まっている模様であり。
「へぇえ〜〜。よく似合ってるよ、うんうんvv」
似合うと言われてもうもう上機嫌というお顔をする坊やの、恐らくは心からのあまりにも愛らしい表情に、メグさんもつられて ほわりと極上の笑顔を見せたものの、
「…ルイは?」
そうだった。恐らくこの子は、彼にこそ見せたくてわざわざ足を運んで来たのに違いない。こんな早い時間に、彼の通う小学校からは少し距離のある賊徒学園高校まで、わざわざバスに乗って来たのだろうに…って、あれ?
「電話で呼ばなかったのかい?」
いつもならそうしている。坊やが自分の側の授業&終礼や掃除全般が終わって校門まで出ながら携帯を掛けてくるタイミングが、丁度こっちの六時限目終了時間とほぼ重なるので。妙に律義な総長さん、練習着へと着替える前にひとっ走りし、バイクのタンデムシートに坊やを拾い上げてUターンしてくるのが日課みたいなものになっている筈なのに。んん?と首を傾げて訊き返したお姉さんへ、プルプルとかぶりを振って見せ、
「圏外です、って。電源切ってんのかなって思って自分で来た。」
来るまで待てなかった辺り、どれほど“早く見せたい”と思って来た彼なのかが知れる行動だが、肝心のお相手がこのグラウンドにいないのは…メグさんも事情を聞いていなかったことなだけに、
「変だね。」
紅を差した口許を艶に歪めたお姉様。クラスは違うのだが、確かに今日も学校で見かけはした。大概は仲間が誰か…少なくたって数人ほど取り巻いている彼だから、教室にいようと廊下にいようと、笑い声やら気配やらが一際大きく沸き立つ、その塊りの中心にいる彼なんだろうというのがすぐに判る。別に手足や耳目代わりになってる“下僕”や“舎弟”なんかではなく、葉柱の側から無理強いされて付き従っている訳でもない。特に面白い話題を提供してくれる彼でもなし、顔を出さないと後で因縁まがいの脅しをかけられるという訳でもないのだが、自然なこととして周囲に集まってしまうらしく彼らであるらしくって。ヘッドの目が届かないところで“弱い者いじめ”なんぞという下衆な真似をするよりは、余程のことずっとマシではあるけれど、
『柄の悪いのが徒党を組んでるみたいで鬱陶しいよ。』
時々、そう言っては適当に蹴散らしに行くメグさんで。…それは今はともかくとして。
「今日は練習だってあるってのに、一言もなく帰る筈もないしねぇ。」
現に他の面々はもう既にグラウンドへ集まりつつあって、この秋の決戦は惜しくも中途敗退したが、来年こそはという意気が今から沸々と熱い。
“…その割に、全員参加で後先考えないでの大喧嘩なんかしやがったけどな。”
あはは…、まだ根に持ってる坊やなのかしら。(苦笑) ふぬぬとこちらさんも口許を曲げて見せたその背後から、
「………おい。」
聞き慣れた…待ちに待ってた低い声が掛けられたものだから、
「…っvv」
ちょっと悔しいけど一種の反射だから仕方がない。“わぁいvv”という満面の笑みで振り返った坊やの視野に収まったのは…まだ着替えていない、白ラン姿に髪をオールバックにした葉柱ルイさんで。
「何処をウロウロしてやがったんだよっ!」
ちょいと噛み合わなかったことへ焦らされた煽り、やや乱暴に責めるようなお言いようをした坊やへと、
「…悪かったな。」
おやや? ルイさん、何だかちょこっと…。
「「???」」
見るからに、ご機嫌が斜めに傾かしいではいませんか? 待たされた上に連絡が取れなかったと、坊やが一丁前に怒って見せたのが、そんなにムカッと来た彼なのか? いやいや、そんなの毎度のことだから、今更こうまでムッとするよな彼ではない筈。けれどでも、単なる真顔や素のお顔に比べると、随分と…照度が低くて。その上、むすりと不貞腐れていらっしゃる気配が、唇辺りの力みや頬の陰りの傍にありありと。こんな恐持てするお顔を向けられるだなんて滅多にないことだから、
「…ルイ?」
こちらからの“ご機嫌伺い”なんてするの、もしかして初めてのことじゃなかろうか。そんなことにさえ気づかぬままに。こっちへ歩み寄って来たがため、至近になると背後へ引っ繰り返りそうになるほど背の高い、屈強精悍な総長さんのお顔を見上げつつ。少しばかり及び腰な声で坊やがそのお名前を呼ぶと…。
「ほれ。」
間近になった彼がすれ違いざま、坊やの頭へぽそりと乗っけたのが、
「??? ………あああ〜〜〜っっ!!」
叩かれるかなと。だったとしたら大人しくなんかしてはいない筈の坊やが、逃げもせぬまま反射的に首を竦めて。すると頭から何か…少しヒヤッてする冷たい感触のものが、髪をすべって顔の側へと落ちて来た。一体何なんだかが分からなかったもんだから、あわわと振り払いかけた小さな手が…払い飛ばさず、逆にしっかと掴み締めたものは、
「ベイトリオッツのグローブっ!」
これもまた、NFLでは有名な古豪チームで、昨年度のスーパーカップの覇者でもあって。試合で選手たちが使うグローブ…にカラーやデザインを同じくした、オフィシャル商品の革製の手ぶくろではないかと、両手に持って坊やがキャッキャvvとはしゃぎだす。
「なあなあ、こんな小さいんだからサ、俺が貰って良いんだよな? な?」
これにしたって、カラフルなデザインを縫い合わせられてある凝った作りなせいか、子供用というサイズはショップではなかなか無い筈で。葉柱お兄さんの大きな手では到底使えないもの、メグさんにも小さくて無理そうだから、だから自分のだよなと躍起になって言う坊やに、
“…なんて顔してやがるんだか。”
この子がこうまで熱心に、それこそなりふり構わずホットになって物をせがむなんて、もしかしたら初めてじゃないだろうか。仄かに頬を染め、なあなあと手を伸ばし、こっちの腕を揺さぶって。懸命な様子ですがりついてくるのへ。葉柱のお兄さん、内心で爆発間近なくらいに膨れ上がってる 擽ったい笑いを必死にこらえつつ、
「…それは構わねぇんだがよ。」
表立っては出来るだけクールに構えたまま。チロリと坊やのお顔を目線だけで見下ろして、
「それ。◆◆◆のジャケットだろうがよ。」
「………あ。」
坊やが羽織っているのは別のチームのスタジャンで。せっかくのお取り寄せ、早々と手元に着いたものだから、一刻も早く見せてやって驚かしてやろうと思い立ち、実は…呼び出しの電話が掛かる前に、小学校前まで辿り着いていた葉柱だったのだけれども。見慣れた金髪頭が校舎から出て来たのを確認したその視野の中、坊やがぬくぬくと羽織っていたジャケットが…、
『◆◆◆だって〜〜〜っっ?!』
それは差し詰め…熱烈な千葉ロッテマリーンズのファンだと言ってた筈が、阪神タイガースのお帽子をかぶっていたようなもので。ユニフォームなどに使っているチームカラーも全く違うし、それより何より。坊やほどでなくとも アメフトに詳しい人間であったれば。まずは間違えたり混同したりはしなかろう、全くの別チームという取り合わせだったから。
「お前、ベイトリオッツが好きだって言ってなかったか?」
「…言ってた。」
選手のみならずコーチ陣営にも詳しくて、あの試合ではこうだった、この試合ではこんなことがあってよなんて、一丁前な蘊蓄を聞かせてくれてたほどだったくせに。だから…母上が見ていたアメリカのネットショップのカタログにこれを見つけた時、そこまで入れ込んでた坊やだったのを思い出し、わざわざチーム指定をして取り寄せたっていうのにのに。違うチームのスタジャンなんか、楽しげに着ている坊やじゃああ〜りませんか。しっかりと気落ちし、のろのろと戻ってみたこっちでも、マネさんを相手に随分とはしゃいで見せびらかしてた彼であり。それって一体どういうことなんですかいなと、がぁっくりしつつ、いつまでも逢わない訳にもいくまいと、顔を出してのそのついで、こっちの贈り物も差し出してみた訳だったのだけれども。坊やの反応へ“…おやや?”とばかり、ちょこっと気分が浮上した総長さん、
「まあ、◆◆◆も悪いチームじゃねぇしな。」
冷たく突き放す訳ではないながら、でもでも…あ〜あだよなという失念をどっぷりと滲ませてのお言いようをすれば。それへと、
「う〜〜〜っ。ルイぃ〜〜〜、ごめんってばぁ。」
だって、選んでねって言われた中に、ベイトリオッツのはなかったんだもん。だから、だったら緑のが良いって思って、それで…なあ、聞いてるか? さあな、緑が好きだなんて知らんかったしな。だから〜〜〜っと。一見ごねつつも取りすがっているのは間違いなく坊やの方で。こんな珍しい展開、そうそうは見られないよねと、メグお姉さんが苦しげに苦笑を噛みしめる。坊やの懸命な執り成しようも可愛かったし、それより何より。
“まるで、さんざん貢いだ本命の彼女に浮気されたような口ぶりだねぇ。”
大の男が小学生の子供相手に、傷つけられてしまいましたという傷心の図をご披露して振り回している様子が、それはそれは可笑しくって堪らない。坊やにゆさゆさと揺さぶられている総長さんに、また何か駄々を捏ねられているのかなと遠目に見やったチームメイトたち。しばらくは近づかないで様子見だなと、そんな風に判断されて。結果、その日の練習は随分と押したスケジュールになったそうでございます。(笑)
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