1
それは正に、チラッと小耳に挟んだ、会話だった。
「…から、出て来やがったら ルイじゃなく俺らに話ふれ。」
「ですけど。」
「俺たちだって…。」
「いいから、そうすんだ。判ったな?」
下級生たちへと何やら忠告している上級生たちの会話であり、声に聞き覚えがあったので、何だろうと通り過ぎ掛かってた体を戻し、首を伸ばしてそちらをと見やれば。体育館の裏といういかにもな場所の物陰で、妙に神妙なお顔の彼ら。どんどんと緑の濃くなるハリエンジュの木陰にて、アメフト部の顔馴染みばかりが何人か、声を低めての密談中。
“ルイに話を振るなってのは?”
彼らは二年が最上級生。アメフト部といっても文字通りの看板だけ、部室をただの“溜まり場”にしていた先輩たちを追い出して、昨年はまだぴっかぴかの一年生だった面子たちだけで立ち上げ直したのが現在の体勢なので、二年が葉柱のことを言うときは“キャプテン”という呼称がつかない場合が多い。族仲間だからにしたって、じゃあ“ヘッド”と呼ぶ者もあんまりいないのは何でか? 馴れ馴れしいほど親しい同格(ツレ)と見ているのではなく、あくまでも敬愛を込めての温かい呼び方であり、この部がどういう再生をしたのかを知っている下級生たちは、そこんところもよくよく判っているのだろうが。それなら尚のこと、葉柱のワンマンチームじゃないってことと同じくらい、ヒエラルキーのピラミッドがあるよな集団じゃないってことも浸透している筈なのに?
「ひえら…? ??? 何だそりゃ?」
「だ・か・ら。階級制度だよ。部下を束ねてる者の上に、またそれらを束ねてる奴がいてっていう。上にいる支配層の奴の数が少なくて、いかにも特権階級っぽくなってる三角の図式があんだろ?」
それぞれの幹部の直下の部下たちが底辺を支え、幹部にも直についてる幹部がいて、何人かまとめて仕切られており、そうやって多くの人間がトップに立つものを全員がかりで支えてる、そんな組織構成の図式を示す三角形。
「ああ、家系図みたいなアレか。」
家系図………。まあ、アットホームな族ではあるわなと、絶句しかけて、それでも素早く持ち直す、相変わらずに回転の早い坊やであり。
「で? 何をルイの耳に入れちゃあいけねぇんだよ。」
いくら夏休み直前の、昼までの短縮授業後の放課後だとはいえ。他所の…しかも、極悪不良の溜まり場として有名な、あちこち荒れまくってる高校の敷地内を。散策がてらに物慣れた様子で、一人で平然と歩き回っているよな小学生。そうまで肝が座っているのみならず、いつもいつも葉柱のすぐ傍にいるような、総長のお稚児さんの耳にも入れてはいけないと思ってか、それでのこそこそとした相談だったのに。
「誰が“お稚児さん”だっ!」
逃げる暇を与えずに、スニーカーとはいえ結構堅い爪先で、相手の向こう脛を思い切り蹴った坊やも坊やだが。言った方も言った方で、(苦笑)
「そんなもんをよく知ってたよな〜。」
「?? なんスか? オチゴサンて。」
知る必要はないという意の籠もった、坊やの鋭い一睨みで瞬殺された一年坊に苦笑をしつつ、葉柱総長の頼もしき右腕、髪をツンツンに尖らせた副長のお兄さんは、渋々ながらも話してくれた。
「ここんとこ、パレードなんかん時に勝手にしゃしゃり出て来て、
先輩面して先導とかケツ持ちとか買って出る奴らがいるらしんだよ。
………当然、ツナギの金を出せっておまけつきでな。」
先に挙げた事情から、彼らの場合は直接の“先輩”はいないも同然。一応、体育会系、若しくはやんちゃ系の仁義(スジ)として、年上への丁重な態度とやらは取るけれど、そもそもの義理、相手を立ててやるよな関係になるよなものは存在しない間柄なのだから、年功序列ついでの慇懃無礼さで圧(お)して“助力は要りませんからお引き取り下さい”と、威圧を込めての余裕でこれまでは突っぱねて来たのだが、
「そういう奴らの強引なやり口ってのは、自分の意志からじゃなく、どっかへの“上納金(アガリ)”のノルマを収めにゃならないって理由があっての、逼迫したもんだったりするからな。」
言われたノルマを納めないと、自分こそが“上”から何をされるや判らない。その“上”ってのも、そのまた“上”からノルマを指示されてのことだろから、どこの“上”も必死で下の者のケツを叩く訳で。どんなことしてでも集めて来いってのを押し付けられちゃあ仕方がない、必死にもなるけど、一番下の…まだ学生とか、構成員でもないけど兄貴持ちの連中は、自由にできる金額が知れているから、足りなきゃ仕方なく…カツアゲやら引ったくり、鉄パイプ持ってのオヤジ狩りや凶悪な路上強盗、果てはコンビニ強盗にまで精を出すよになる。
「それとは別の“金の在処(モト)”が“後輩への恩着せ”ってやつでな。」
ただ出せっていうんじゃなく、顔利かせてやるから金払えって方向へ話を持ってく。ここいら担当のマッポに顔が利くとか、恐持てのスジに兄貴がいて顔が利くからとか。それをひけらかせばデカい顔すんのへのお守りに出来っから、その代わり…ってことなんだろな。ひでぇトコだと、それが昔からの習わしだからってだけの理由で、義理だけで固めて法外なアガリを無条件に納めさす土地もあるらしいけどな。
「そんで。駅前や幹線道路筋を押さえてる俺らが、そのアガリを出さねぇもんだから、チョクの先輩 名乗ってた奴じゃ言うこと聞かねぇのを、物の役にも立たねぇって気づいたらしい、その“上”ってのが出張って来ててな。もしかしたら、どっかの組関係の奴かも知れんような、そんな輩が色々と強行手段を取るよになった。喧嘩を吹っかけて来るのへはあんま苦もなく対処出来る俺らなもんだから。次の手ってので、こっちの“パレード”の前後に勝手に出て来ては、仕切ろうとする奴ってのが出たりもするんよ。」
街でのバイク集団というと…と、悪い意味合いから連想されるのが、蛇行やハコ乗りなんぞの危険な走行でもって、周囲を威嚇しながら群れを成して走る“パレード”なんていう暴走行為だが。こちらの彼らは実のところ、そんなにもやりたいとは思っていない。アメフトで十分満たされているし、バイクに乗るのだって、純粋にマシンの重厚な存在感や速さや、それを操る自分のテクをその身で確かめるのが楽しいのであって、周囲を睥睨するための威嚇的な戦車の代わりにした覚えはない。ただ“示し”ってのはやっぱり大事で、いつの間にか何処の誰とも知らない奴らが幅を利かせてて、つまらない騒ぎを起こしていたら。喧嘩やナンパくらいなら本人責任の範疇だから、そうそう気に病むこともないが。もっと物騒なことが広がっていて、しかもそれが自分たちの仲間も加わっての悪事だと誤解されたら、けったくそが悪いから。ここいらで断りなく勝手はすんなと睨みを利かせる行為がたまに必要となるのだそうで。これもまた“しようがない凶悪な行為”というやつなのかも。
『ある意味で失敗したんかもな。』
以前に坊やが“そんな下らないことでっ”と柳眉を上げて怒ったから…という訳じゃあないが。チンピラが繁華街で何してようと、俺らには関係ないって知らん顔してられたもんをよ、一遍でも下手に仕切っちまったからには、卒業すんまでは一応“威勢”ってのを保たにゃなんね。面倒な話だよな、と、ルイは苦笑っていたけれど。理由もなく頭下げるのがどうにも嫌いで、そんなもん一時のことだ、長いもんには巻かれとけ…なんていう、ゴーリテキな融通をのめるような利口じゃないからツッパッてるよな連中で。仲間とその宝や誇りは守るのが筋だし、それに。いったん“天辺”上がったら卒業するまではそれを維持するのが、一年坊主んクセに三年蹴倒して頂上いっちまったもんの義務だろと。言いはしないが思っているよなルイだから。誰にも頼らず面倒かけず、いざとなりゃ腹ぁ括る覚悟もあるのだろう彼へ、周囲の仲間も彼のそういうところに惚れた以上は、肝に銘じて順序(スジ)を守る。別に難しいことじゃない。
――― 頭(ヘッド)が恥をかかないように。
ただそれだけを、盲目的に守れば良い。間が悪くて独りのところをボコられようと、バイクに疵を入れられようと、歯ぁ食いしばって仁義(スジ)守る覚悟は、下のもんにも出来ている。
「…って訳なんで。
街での諍いはともかく、こればっかはな。
お前の悪魔の手際でミニパトのお姉さんを集めて来られても、
どーしようもないコトなんだよ。」
むしろ手出しすんな、いやいや、ルイが困るだろから してくれるなと言い切って。
「う………。」
確かに。ミニパトが来たら困るのはこっちも同じ。それにそうなったらきっと、葉柱は全ての責任を負って、誰のことも売らず、独りで全部にカタをつけようとするだろから。それが重々判っている“賢い”坊やとしては、ツンさんの言い分を呑むより他にはなく。言い返しもせずに黙りこくってしまい。
「…おお、凄げぇ。」
「ツンさん、かっこいい〜vv」
もしかしたら初めての、問答無用という名の“お札”を見事に坊やの口に貼ることが出来た奇跡的な実例となったのだったが。
“いや、そんなもんはどうだって良いんだがよ。”
こんなチビの一人や二人くらい、日頃からでも言い負かすくらい出来ねぇで むしろどうするよと。どうだって良いとしつつも、調子よく“チビ”に成り下がっての負け惜しみは忘れない小悪魔くんが、
“ふ〜ん………。”
おやや、何か考えてるようですが…はてさて。
◇
やっと梅雨も明けた七月の半ば。蒸し暑い猛暑が続いて頭も茹だり、血が沸き肉が躍る夏の到来。長い長い休暇に入った学生さんが羽目を外し、それを当て込んでの毒牙が秘やかにばらまかれる準備が始まる、繁華街の夏休みも大手を振ってやって来る頃合い。昼間のスポーツ青年としての活動をこそ優先したいのでと、合宿前に一応の露払いをしとこうやなんて話が持ち上がり。八月の末の大攫えとは別口、七月中にも一度だけ、幹線道路を何往復か、族の面子だけで走ることと相成って。ここ数日の暑い日盛り、いくら何でも熱中症になるからと、坊やとマネさんが禁止令を出してまで“陽があるうちは着んな”としていた白ランを、今夜は久々、全員が特攻服代わりに羽織っての一斉疾走。陽はとうに落ちたというのに依然として垂れ込める、ねっとりとまとわりつくよな温気(うんき)を振り切り、それぞれが自慢のマシンが腹の底へと響くよな咆哮を上げる。高く低く吠えるイグゾーストが、地を揺るがすような威嚇に満ちた和音を奏で、蒸し蒸しするばかりな夜気を蹴立てる。周囲を走る他の車たちをその気配だけで容易に蹴散らしてゆく。脇道から身内じゃない者がしゃしゃり出て来ても、ハーレーを駆る先陣の銀髪が鋭い一睨みで萎縮させ、脇へと戻させる威圧の物凄さ。整然とした走りが彼らの威容を際立たせ、その存在感というもの、あらためて周辺へと誇示してもいたのだけれど。
「…出て来ちまいましたか。」
「みてぇだな。」
先触れの斥候、小回りの利くCBに乗ったニット帽の一年生が素早く見分け、後ろに乗ってた相棒が携帯で副長へと連絡する。大学生やチョクのOBとは到底思えぬ、少々老けたバイク乗りが2台ほど、結構大型のに跨がって高架下の物陰で待ち受けてる交差点。先導役が様子見に立たねばならないだろう、警察の警邏コースには違いないが、そんなもんは素人でも知ってるほどの場所でもあって。ベタな布石だが、だからこそ、無視しての素通りも難しい。
“ビミョーな位置取りをされちまったな。”
銀から連絡をリレーされた、今夜は一番後ろの殿(しんがり)を担当していたツンが舌打ちをする。すぐ前にはライムグリーンのカワサキゼファー。風を切ってはためく長ランが、大きな鳥や天馬の羽ばたきみたいだと言ってたのは、あの金髪の坊主だったっけかな。自分よりも上背のない奴に、なのに見下ろす目線を許したのは、後にも先にもこの男にだけ。日本人には珍しい三白眼を鋭く吊り上げて、そんな…いかにも酷薄そうな風貌にはあまりに似合わぬ、朴訥さと義理堅さを持つ男。すぐにも額へ青筋をおっ立ってるほどに短気だし、乱暴で大雑把ではあるけれど。力の世界の構図とやらも、理不尽なところも含めてよくよく知ってるらしい奴だけれど。それでも…自分の腕で守り切れるものならばと、弱いもの小さいものには優しい眸をする。実は純情で無垢なところも持ち合わせてる、夢見がちなかわいい青年であり。凄まじいほどの“権力”という後ろ盾を持っていながら、だが、それへ頼れば自分をも滅ぼし縛られる諸刃の剣だからと。絶対に明かさないでいる、出さないでいる使わないでいる。そうと決めた自分へも徹底させてる、馬鹿なくらいに融通が利かない律義な奴で。
【ルイ一人も守れんで、何が双璧よな。】
ハンズフリーの会話の向こう、もう決まったことじゃんよと、これから自分たちが取るのだろう行動を先に相手に示唆されて、それだけが少々腹立たしかったツンだった。
TOP/NEXT→***
|