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当世、京の都の中心は、そのまま日本の政治の中心でもある“大内裏”というところ。主上のおわす宮中殿上を中心にした政務の中枢であり、朱雀門をくぐれば正面には“八省院”へ続く応天門。八省百官あるという大内裏の官吏たちがここに参集している、言わば要となる正庁で、即位式や大嘗祭などの国家事業的大礼は此処で執り行われるのだとか。広大な敷地内にはその他の各省庁が整然と配置されており、日々、それなりの役職を持つ者たちが、取り澄ました顔で都の隅々から一斉に参内して来る様は圧巻で、
「内裏から遠くに住まう者ほど、位が低いから、参内もなかなかに大変だそうでな。」
いくら位が高かろうと、よくせきな事態ででもなければ馬にて馳せ参じるという訳にも行かず、陽の出前から家を出ても登庁時刻にギリギリで間に合うかどうかなんていう者がザラだったとか。しかも、そういう身分の者は、遅くまで細々とした厄介な末端の仕事をこなさねばならず、睡眠時間も相当に削られているのだろうに。
「理屈に合わない、不思議な話だの。」
何とも不合理なと呆れたようにくつくつと笑い、平たい杯を薄い唇に寄せて酒をあおる彼もまた、一応は上級官吏であり。参内に便利なようにとその“大内裏”に程近い場所へこの屋敷を構えているのだが。そんな垢抜けた綺羅々々しき役職の人物とは思えぬほど、庭も屋敷も相変わらずの放ったらかし。家人も少ないそのせいで、あまりの荒れぶりに無人の館かと勘違いされ、庭の草花を旬の時期に勝手に引っこ抜きに来た輩もいたそうで。たまたま居合わせた葉柱が、険のある一瞥を振り向けて追っ払ってやったところが、
『別に構わぬのに。』
草引きがてらに いっそさっぱり抜いてもらや良かったんだと、そんな言いようをして苦笑した蛭魔も、さすがに勝手な侵入という無作法さにはカチンと来ていたらしく。葉柱がいなかった時にまた来た輩たちを、
『広間座敷に寝そべってらしたままに睨(ねめ)つけて。
それだけで追い払ってしまわれたんですよう。///////』
その時もやはり、妻戸も格子も蔀も開け放っての隙だらけの体でいた彼であり。板間の広座敷に衣を何枚か敷き散らかしての宵寝をしていたところ。数人の舎人(とねり)崩れ風の連中が無作法にもやって来て、野趣あふれる庭の草花を堂々と抜き始めたものだから。初めのうちは、何とか勇気を振り絞り、
『やめてくださいっ。此処は無人の館ではありませぬっ。』
お館様の手を煩わすまいと頑張ったのだが、何分にも小さな少年の抵抗では全く相手にされず、
『ほほう、こんな可愛らしい雑仕(ぞうし)がいるとはな。』
『もしかして、尾羽うち枯らした家の姫でもいるのかな。』
下卑た笑いようをする男どもに良いようにあしらわれていたその時に、
――― カッ、と。
それまで何の気配もなかったものが、どこやらからの強い視線を送られて。小桂と単(ひとえ)に袴という あっさりとした姿をした童をからかっていた男どもまでもがハッとしたほど。
『何奴。』
見やった先には、座敷に横座りになっていた若き主人の姿があって。さっきから居たらしいのに気がつかなかったその気配が、どういう不思議かいきなり強まったことなど意に介さず、
『ほほお、姫ではなく一応は若様であるらしいぞ。』
『こんないい土地の屋敷だ、さぞかし名のある御大尽なのだろうよな。』
金色という変わった髪の色にも驚かぬまま、栄枯盛衰、今は勢力の衰えた貴族の末裔と決めてかかって、
『役職もなくお暇なのならば、俺たちが差しつ差されつのお相手をして差し上げましょうか。』
頭数もあったこととて、完全に小馬鹿にし、嘲笑っていた筈の男どもだったものが、
――― ただ、その鋭に尖った視線を強めただけで。
不意にその身をガクガクと震わせ始めて。手に手に抱えていた花々や株を取り落とし、
『う…あ。』
『なんだ、あれは…。』
冷や汗を垂れ流しながら…足元も定まらぬ体にて脱兎のごとく逃げ出したから、一体何を見た彼らだったやら。同じ場に居ながら事情がさっぱりと判らなかったらしい少年は、キョトンとしつつも主人の傍らまで庭を横切って駆け寄ったところが、
『俺が出ていかなんだら、あやつら、もっと酷い目に遭ってたろうよ。』
麗しき主人のそんな呟きを耳にしたそうで。
「どうもそれが“俺が呼ばれて奇禍を降らすのだ”と思われているようだったがな。」
「はははっ、それはいい。」
そんな切り札だと思わぬ誤解をされたことへ恨めしげに見やった先で、円座の上へ胡座をかいた、色白な当家の主人が“さも可笑し”とからから大笑いする。下手な女性(にょしょう)の数倍も、美形で妖冶で気も利く青年。意味深に軽く眇められた目許の艶っぽさなぞ、それだけで魂を抜かれるものが出かねない美しさだが、
「何しろ蜥蜴の御大将だからの。怒らせれば…ぶち切れた尻尾の先の山盛りでも、食らわされるかも知れないからの。」
「…おいおい。」
ただし毒舌も倍は利くという おっかなさであるのが玉に疵。(笑) 何だかよく判らない憎まれを言ってから、
「だが、だからといって、チビから怖がられてはおらぬのだろう?」
今度は宥めるような口調で訊いてきたのへ、
「まあな。」
軽く頷いて返した葉柱であったりする。宵の帳がすっかりと降りた一時。夜陰の気配を聞きながら、月を見るでなく、虫の声を愛でるでなく、瓶子(へいし)を傾けて酒を酌み交わしている二人がいる座敷へ、
「お館様。」
幼い声での呼びかけがあった。二人が視線を投げれば、御簾をからげておいたその向こう。戸口にきちんと正座して、小さな影がちょこなんと控えていたものだから、
「こら。いつまで起きている。」
子供はさっさと寝てしまわないかと、半分ほど冗談めかして声を掛けた蛭魔の横顔が、何とも楽しげな気色を押し隠しているのが見え見えで、
“………。”
言いようとは裏腹、癇気の強いこの男がよほど可愛がっているのだなと、無言のまま苦笑する葉柱であったのだが。当の相手の方は素直なもので、子供扱いされたと柔らかそうな頬を真ん丸く膨らませ、
「御酒(ささ)のお代わりをお持ちしましたのに。」
そんな風にお嬲りになられるのなら下げますよと、主人に向かってぶいぶい不平を言う愛らしさよ。冗談はともかくも、ペコリと会釈のご挨拶をして座敷へ入ってくると、脚のついた塗り膳の上、胴が丸々と太い瓶子を三本ほど捧げ持って来た少年であり、
「何か御用はございませんか?」
稚いお顔をちょこりと傾けて、一端(いっぱし)の小間使いのように気を回して見せるところもまた、大人ぶって見えて愛らしい。それへと追い払うように手を振って見せ、
「ないない。今夜はもう良いから、お前も寝てしまえ。」
「はい。葉柱様もおやすみなさいませ。」
客人へもご挨拶を寄越して下がってゆくのが、先程の花泥棒の話を葉柱に聞かせてくれた少年で。ぱさりと無造作に散らした柔らかそうな髪からして、まだ元服前なのだろうか。いや、それにしては落ち着いた行儀が年長さんを思わせるのだがと、確かめぬままのこちらも子供扱いをしている幼い相手。あれでもこの家のいわゆる“書生”だそうで。奉公人とも少しほど違い、勉強と行儀見習いにと遠縁から寄越された子供だとか。此処へやって来てそろそろ半月ほどという馴染みようなのだが、
「雑仕(ぞうし)のような真似はせんで良いと言ってあるのだがな。」
新しい瓶子を白い手に取り上げ、薄い口許にやれやれという苦笑を浮かべた蛭魔へ、
「暇だと落ち着かないのだと、言っておったぞ。」
こちらも杯を干して、伏し目がちになった葉柱がさらりと応じる。何分にも主人が自堕落な性分なので、改まって何と用事を言い付けられることも少なく。また、暇を遊ぶのが苦ではないのか、半日ほども座敷にごろ寝したまま、ずっとずっと黙ったままでいることもざら。家事を担う係の者どもは馴れているのか、決まった仕事を効率よく片付けていて、新参者で要領が分からない自分が入り込む隙がない。それで自分から立ってぱたぱたと、いつでも目につくように、用を言いつけやすいようにと、主人の傍にまとわりつくようにしているのだと言っておったと告げたところが、
「なんだ。俺の知らぬ間に仲良うなっておったか。」
そんな話は聞いてないとばかり、細い眉を吊り上げて少々不平そうな声を出すものだから。
「焼き餅か?」
「馬鹿な。」
はんっ、と。投げ出すように言い返し、そっぽを向きかけた白い横顔に…視線を据えたまま。すいと伸ばされた長い腕があり、大きな手が細い顎を捉まえる。武骨な手には造作も質感も華奢すぎて、下手に扱うとそのまま脆くも壊れそうな対比であったが、
「………妬いてなぞ おらん。」
「そうか。」
与えられた言葉の中までなど聞いてはいない。さして力を込めてはいないのに、振り払わぬ蛭魔でもあって。その手から杯を取り落とした彼を、そのまま そおと腕の中。やわらかく くるみ込むように掻き抱けば。欠片ほども酔っていないくせに、されるままに枝垂(しなだ)れた体。甘い吐息が夜の静謐(しじま)へとかすかに洩れた。
◇
いつの間にやら降ろされた御簾を縁取る、綾錦の飾り帯。燈台に灯された火皿のかすかな明るみが揺れるごと、ちらちらと金糸を光らせている。よくよく磨かれた艶が上品に沈んだ板の間に、ごそごとというわずかな音がいやに響いて。衣擦れの音はともかく、組み敷いた相手の小桂(こうち)越し、かいがら骨が床へと当たる音なら忍びないと思ったか。相手の肩越し、床を手のひらで撫でた葉柱で。
「???」
何をしたのか、不意に体全部がふわっと浮いたため。その刹那だけギョッとした蛭魔だったが、自分の体の下に、真綿の束を広々とした厚絹でくるんだ床敷きがいつの間にかすべり込んでいることに気づいて苦笑が洩れた。
“こいつめが。”
不器用なのだか、気が利くのだか。急(せ)くように体を重ね合っている最中に、こういうことをひょこりとする。慣れぬことへの たどたどしい妙ないたわりが擽ったい。几帳に囲まれて切り抜かれた空間に、絹の佩(おび)の結びがほどかれて鳴る音、少しばかり弾み始めた息遣いの響きが無造作に散らばって。かすかな水音は、口唇を啄(ついば)み合うように合わせている端から零れるもの。あれほど冷然とした文言しか紡がない蛭魔の薄い舌が、思いの外 柔らかで甘いのを既によく知る葉柱の舌が、器用に動いて割り入って来たそのまま絡みつき。否応無く強く吸い上げられるのに任せていると、体の芯がじわじわと熱くなる。上り詰めてゆくのはまだまだ先で、我を忘れるその前に。頼もしくも愛しい、武骨なのに可愛い奴に身を任せる自分に、ゆるく伏せたまぶたの陰で少しほど酔うように笑んでいると。
「…ん。」
枕の代わりのように頭の後ろへ回されていた堅い腕。それがそろりと抜かれた拍子に唇が離れて。そのままおとがいを伝い上って耳朶をくすぐり、首元、襟の合わせへと下がって来て、
“あ…。”
既に佩は引き抜かれた後。薄闇の中、浅色の単と純白の小桂の合わせを大きな手でゆるりと開かれて。なお白く艶めかしい細い肢体は、外からの月光により青く染まった外気に晒されたその瞬間にかすかに震えた。こちらからの視線を感じてか、
「…っ。」
匂い立つような端正さで整った顔容(かんばせ)に仄かに血の色が昇るのが、日頃の乙に澄ました顔や余裕の凄艶さなどを裏切って…妙に初々しい。衣をはだけただけで脱がしはせず、しばし瞬ぎもせぬままに眺めておれば、
「…何が面白い。」
人外にはない御印でも見つけたかと、恥ずかし紛れに挑発するよな難癖を突きつけてくる。分かりやすい奴だなと薄く笑えば、ムキになってかそちらからも腕を伸ばして来、こちらの着物の衿の奥へと手をすべり込ませて、そこから脱がしてしまおうという構え。狩衣の合わせをほどき、少し冷たい白い手がその下の漆黒の衣の中へともぐり込む。鞣(なめ)し革のような強い張りと色合いの肌に触れ。軽く伏せられたまま、すすと滑らせる動きに沿って、手首につかえた衿がゆっくりと、雄々しく盛り上がった肩までずれてゆく。子供の悪戯でも眺めるように、するがままに任せていると、
「………。」
焦れたように細い眉を寄せ、スルリと両の腕をこちらの首元へ…蔓のようにからませて来た彼だったから、
「…判ったって。」
何もせずに焦らすのはやめて。はだけられた胸と胸、ひたりと合わせて互いの鼓動を感じ合った。
黙って小難しい顔でもしていれば、凛然と涼やかに端正なその顔が。どうしてだろうか、懐っこく、あるいは悪戯っぽく口許を曲げて笑んだりすると、その途端に…妙に婉然とした艶をはらんで妖冶な趣きになる。強烈な自負が挑発となって滲み出すからか、それとも奔放な“我”が解放されるからか。好戦的な場にあっては苛烈なまでに楽しげに、そして和みの場では相手に親しんで擦り寄っては、誘うように甘えるように猫撫で声を響かせて、だが。ぎりぎりで踏み込ませぬようにという、小意地の悪い駆け引きを繰り出してみたりもする。そんな彼が…人外である自分へと体を開くのが、最初は不思議でならず。今でこそ、これも何かの物好きからだろうよというよな“割り切り”が出来ているが、当初は何かの罠ではなかろうかとまで危ぶんでしまった葉柱で。
「………ん。」
肌理のなめらかさが冷たさを連想させる肌は、これも思いの外に温かで柔らかく、それがほのかに汗の香をまとうと、自分が言うのも何だか…妙に人間臭くなる彼だから妙なもので。冷然と取り澄ましていた顔が少しずつ、何かに翻弄されることへと怯えてか、戸惑いの色を滲ませ始める。なめらかな肉づきの胸板をさまよっていた指が引っ掛かった、淡い緋色の粒実の先。ゆるりと唇を寄せると、生々しい感触に一瞬息を詰め、そんな自分の反応さえ癪なのか、夜陰の側へと顔を背ける蛭魔であり。
「ん、んう…。」
そんな態度とは裏腹に、すぐにも堅くなって立ち上がった小さな粒実は、葉柱の舌先にくりくりと弄ばれ。温かに濡れた感触がもう一方へと移って何も施されずになっても、そのまま きゅうきゅうと絞り上げられてゆく甘い痛さに、思わずの悦声が細く洩れた。一応は小桂や単(ひとえ)に袴。参内の折には直衣(のうし)に指貫(さしぬき)まで着込むことで、陽にも晒さぬまま 絹の奥深くへと隠してしまわれてある、強かで撓やかなその肢体は。押し包まれたそこから解放されてあらわに晒されると、途端に何とも妖かしい存在へと変化する。
「あ…ん、んぅ…。はぁ…、う…く…。」
まとった絹衣だけでなく態度のつれなさまでもが剥がされてゆくごとに、毅然と取り澄ましていた鋭い気概の底に、強く強く張り詰めていた筈の冷淡さが蕩けてしまい。一転して…誘うような、それでいて切ないまでの色香を帯びる。体の中心で熱を蓄え始めた雄芯に掠めるように触れれば、腰を跳ね上げるような反応を見せて。それでいて声を出さぬように堪えるところが、むしろ子供じみて見えて愛らしくさえ思える。だとはいえ、それとこれとは別物で、
「や…、は、ばしら…。」
小桂に袖を通したままなことが枷になってか、身じろぎしにくい不自由さに焦れたような顔をして。こちらを切なげに見やっているのに気づいていながら、知らん顔で愛撫を続ける。散々に舌先で押し潰し転がされた胸の粒実は、ツキツキと疼いて堅く立ち上がっており、前歯で挟んで甘咬みすると、
「あっ、やぅ…んっ。」
細い顎をひくりと反り返し、無意識だろう、身をずり上がらせて逃れようという素振りを示すから。舌のざらつきで縁をなぞって、遠巻きな構い方へと変えてやれば、
「あっ、あ…。」
やはり堪らないのか、いやいやとかぶりを振りつつも。身悶えの抵抗が心なしか やわくなる。逃げ出したいほどのものから、少しは耐えられるものへと変わったか。それに甘んじて身をゆだねることにしたらしいが、きゅうと寄せられた眉根は相変わらずに悩ましくて。日頃の狡猾そうで偉そうなところなぞ微塵もない、剥き身の彼が此処にいる。
「…あっ。」
胸元同士を合わせたままに、下腹の淡い繁りへ指先が素早く降りてゆき、先程掠めた雄芯へと葉柱の手が触れる。まだ乾いたままな手のその温みが、柔らかながら少し勃ち上がりかかっていた先から茎へとゆるく触れた瞬間に、
「…っぁ、や…っ。」
先走りの露がとろりと滲み出し、まだ色の浅い雄を濡らして震わせる。下腹から爪先や、手の先にと稲妻のように走った痺れるような快楽の波は。甘い波動を勢いよく到達させて、だが。突き抜けられないまま そこへとわだかまり、じわじわと熱く疼いて彼を苛(さいな)む。そんな甘い淫悦に加えて、
「いや…ゃあ…んぅ…。」
先程ずり上がりかけたことで、袖がますますのこと肩を締めつける格好になったらしく。衣紋の中での身じろぎが半分ほど押さえ込まれていることにも焦れて。袖先から覗く、手の先、爪で、床敷きの絹をざりざりと引っ掻いてみる。それでも気づかぬか、顔はこちらの首元へと埋めたまま、うなじや耳の裏なぞを唇先にて擽り続ける葉柱なものだから、
「や…っ、はな、せ…。」
くぅとばかりに息を詰め、逃れようとした動きがますますのこと腕を圧迫し、鈍い痛みが肩に走った。それへと耐えて、ぎりと唇を咬んだその拍子に、
「…おい。」
体を思い切り下へと引かれたと同時に、背へ差し込まれた腕があり。赤子の着替えのようにあっさりと、その身が埋もれていた衣紋の中から掬い上げられて、全身の肌が夜気の中へと晒された蛭魔であって。
「悪かった。痛かったろうに。」
思わぬ戒めになっていた小桂からやっと解き放たれて、耳元近くにてそんなことを囁かれ。痺れかけていた腕をやさしく摩(さす)られて。もう少しで…膝頭を腹へと突き上げてやろうかと思っていたものが、思わずのこと、腕を伸ばすとぎゅうと相手の体にしがみついている。立てられた膝も、葉柱の体を…蹴るのではなく捕まえるようにと挟み込んでおり、鼻の先をこしこしと相手の耳元へと擦りつけて、甘えたような声で罵った。
「…ばか。」
「ん…。」
実は秘かに大好きな、葉柱の大きな手が、寝乱れかけた金の髪を柔らかくまさぐり、自分よりも一回りほど大きな体躯が、重みを掛けぬように気をつけながら、包み込むようにこちらの体を覆ってくれていて。何ひとつ まとわぬ姿にされたというのに、不安や緊張はかけらもないまま安らかで。頬に額にまぶたにと、啄むような短い口づけが幾つも降って来て。大切に扱われているのだ、愛されているのだという歓喜が、身の裡に沸き上がる悦楽を更に濃密なそれへと高めてくれる。
「葉柱…。」
「ん?」
「人ばっか脱がせてんじゃねぇよ。」
「ああ。」
何かしら楽しい秘密を明かし合っているかのように。低い声で囁き合ってから、今度はくすくすと微笑い合い。そんな声もすぐさま鈍く籠もって甘く途切れ、後には衣擦れの音が響くのみ………。
◇
その妖冶な麗しさや、華やかなまでの凄艶さにふらふらと惹かれてしまう、そんな自分の心さえ恐ろしいと。愚かしくも身を竦ませるよな者たちから、異形の者よ魔性よと囁かれることもある、蛭魔の金の髪や金茶の瞳に、初見から怖じなかった者はさすがに少なく。怖がらぬにせよ、事情があろうと案ずるような顔になるのが、まま普通の反応であり。違和感を全く感じなかった筆頭が、
「そうか。この国には珍しい色なのか。」
海の向こうにはざらにいるのになと、そこは人外、情報の量も質も違うから。違和感を向けられるという話へ、葉柱が“そのようなものか”と逆に感心したような声を出し、その金の髪を…いつものように長い指で優しく梳いてくれている。腕枕にと蛭魔を懐ろ近くへ掻い込んだその先の手で、そんな手遊びが出来るほどだから、常人より長いめの腕をしている彼であり。武骨な指先の地肌にまで触れるくすぐったい感触に心地よくじゃらされながら、頬をつけた頼もしい胸板に細い指先を這わせて、こちらからもお返しに擽ってみる蛭魔であり。常なら切れ長に吊り上がっている筈のキツい目許が、今はほんのりと赤く潤んだままだったが。それでも十分に満たされた顔でいる。我を忘れて喜悦の声を上げ、甘く身悶えして乱れた余韻が、まだまだ体のあちこちに疼いていて。外気に触れるだけでも再び燃え立ちそうな肌には、先程まで葉柱が羽織っていた漆黒の狩衣が掛けられているのが、別の意味から甘やかに擽ったいのだが、
「珍しいのはそれだけではないサ。」
いいように啼(な)かされすぎたか、甘く掠れたままの声を小さな咳払いで整えてから、蛭魔は男の顔をその懐ろから見上げ、
「体の交わりを結んでも、力が少しも損なわれないのがな。似たような立場の連中からすれば、十分に人外並みの“異常・例外”なのだとよ。」
ふふんと強かに笑った色白な佳人へ、
「お前、俺との交わりをわざわざ口外しておるのか?」
「………☆」
慎みも外聞もわきまえんと困った奴だのと、精悍なお顔の眉を鹿爪らしくも顰めた葉柱へ、綺麗な手を“ぐう”に握った拳骨がすかさず降ったのは余談だが。(笑)
「どこにでもお喋りな奴がいるから、さっきのような騒ぎ(?)を聞いてはそれが人伝てに伝わっておるだけだっ。//////」
わははvv とんだ脱線はともかくとして。(まったくだ)この妖冶な青年が得手とする法力・法術の数々。咒や符術、念に祈祷。そういった目に見えぬ力で、魔を断ち、邪を封じる能力は、さすがに誰にでもあるというものではなくて。
「例えば、俺が座ってる役職に必要とされる能力、実のところは学問レベルのそれで十分に足りるのだがな。」
政治の力、治世の手段として用いられる“それ”はといえば、学問としての用途用法や理屈、様式を学び、順を踏んだ形式に則れば素人でも繰り出せるようなレベルの咒術を扱えれば十分。場合によっては修行を積んで力を高めたり鋭く研ぎ澄ますこともなくはないが、よほどの乱も起こらぬ限り“現今の安泰が続きますように”と祈念する程度で良いのが普通なのだが。
「主上(しゅじょう)直轄のお役目として以上の、つまりはいざという時に即戦力として破邪の力を頼られる者ら。多少は強い素養を持つ者の家系が、高名な“術師”として名を馳せておってな。そういう筋の人間にしてみれば、神聖だったり特異だったりする能力、少しでも損なわれぬようにと様々に禁忌を張り巡らせるのだそうで。」
温かな懐ろに頬擦りをしつつ、くくと短く笑ってから、
「俺のような、氏素姓も素行も怪しい者に負けては恥とでも思うらしくての。ムキになって異性を避けたり煩欲を断ってみたりと、それこそ付け焼き刃なことをやっておる輩も少なくはないのだと。」
まったくの他人事のように言ってから、
「そんな、そこいらの底の浅い連中と一緒にされては困るわの。」
相手への蔑(さげす)みなんだか、それとも自慢なんだか。楽しげな語調でそんな風にあげつらい、そして。
「あのチビもな。そういう家のあれで跡取りなのだが。」
「………え?」
無邪気なお顔の幼い少年。そんなご大層な家系のしかも跡取りとは到底見えず、そういった家の者なら節目ごとに受ける儀礼によって身に帯びていよう、独特な咒の気配さえなかったものだから。人外の邪妖の端くれとして、そういった人種への警戒をせねばならぬ筈の葉柱が、何とも感じなかった辺り。
「向いてないから追い出されたのか?」
「いや…そういう訳でもないのだがな。」
この彼には珍しく“何とも複雑”と言いたげな声になり。細い吐息をつきながら、ほのかに感慨深げな顔になる蛭魔であった。
*唐突な奴ですいませんです。(汗)
*毎回お世話になっております『NOBODY』様のリク絵(CGコーナー)に、
それは妖冶なお二人さまが!(10/07vv) → ■
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