Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル 番外編V

    “天狼碇星”
 

 

          




 平安の都は陰陽五行の理によって、その場所や規模、内部構造の設計などが決定された上で、造成されて遷都されたことは有名で。災害疲弊を齎
(もたら)す悪い気脈を避けるため、そして都に活気を持たせるため、山や川との配置関係を重々検討した上で大地の気脈の流れを重視してその位置が決定され、都の四方を“青龍・朱雀・白虎・玄武”という聖なる瑞獣に守らせるため、その名を冠した門にて邪気の流入を封じたりしていたりする。また、国の行事としての式典、すなわち、重要な政務には、帝の祖神とされている天照大神は元より、土地神など様々に、八百よろずの神々への祝詞を捧げる種のものも当たり前のものとして存在し。殊に、帝が天地の神々へと祈祷を捧げる儀式や式典は最も神聖なこととされ。神様に仕えるためにだけ、幼い頃から清楚に穢れなく過ごし、その生涯を神様に捧げた“斎宮”という女性も代々選ばれていたし、それら“神事”を司る役所や部署は、今現在の形式的なものの比ではないほどに、ともすれば実際の政治を司る官職以上に官位も立場も重用されてもいた訳で。そんな重要な政務をこなす、知識も経験もそして…妖かしの出没を信じられていたればこその実質的な素養も求められるような“高官”に、史上初の若さと素性一切不明という胡亂(うろん)さにて大抜擢された青年が当代に現れて。その名を蛭魔妖一という。

  「ま。俺はあくまでも“次官”だけれどもな。」

 実務上は大臣格の下の人間、所謂“補佐役”であり、年経て甲羅に苔生してるような高齢の大臣様が着座なされし後背に控え、大臣様にはついうっかりとお忘れになられている瑣末なことなどを補佐したり、手配の監視や管理をするのがお役目で。実務的には何もしないも同然なのだよと、謙遜して…というよりもだから仕事もしなけりゃ登庁だってサボるのだと、大威張りで公言してのけてしまう剛毅なお人。しかもしかも、

  ――― 若々しさに照り輝く、華やかなその容姿の何とも素晴らしいことか。

 素性の怪しさと共に、それはそれは妖麗な容姿風貌の美青年でもあるが故、宮中では、やっかみ半分の中傷・風評が入り混じり、日々様々に噂には事欠かない男としても有名だという。柳のように嫋
(たお)やかな肢体に、希少で高価な黄金と同じという珍しい色合いの髪と瞳をしており。それら異質な筈の素養が、だが、人を魅惑してやまないほどに、凄艶なまでに映える質の容貌をしている。何事へも ふくよかにまったりと、どっしり鷹揚に構えて余裕があってこそ“貴い人”らしいとされ、鋭利で隙のない狡猾な者共は“貧乏性なのではないか”“何とも浅ましいことよ”と蔑まれてしまうような。そんな貴族たちの中でも、特に最たる階級の人々が集うような社交の場の中にあってさえ、彼の存在感は綺羅星のごとくに抜きん出て冴え映えて。のっぺりした鷹揚さにこそ由緒正しき者の背負っている家柄の重みと風格があるとか何とかお言いなら、こちらは…黎明の青の中に一際きらめく明け星のような、凛として孤高に佇むお姿が何とも清冽で。

  『皆様、あれをご存じか?』
  『あれとは何ぞ?』
  『蛭魔様のお噂じゃ。
   何でも先日、いつもの黒の侍従と嵯峨野まで遠駆けに出られた折にの、
   庵での昼餉の膳を任されておった里の娘が、
   結うた髪がほどけてしもうて難儀をしていたのへ…。』
  『おお、おお。それはお聞き申した。』
  『ご自分の冠の綾紐を引き抜いて、これをお使いとお授けになったのであろう?』
  『羨ましい娘御よのう。』
  『何でも懐ろに抱いて宝にしているという話じゃが。』
  『それも道理よ、道理。』

 見ているだけで心が騒いでならないような、そんな魅惑の君であるのが、数多
(あまた)の姫たち女官たちを“虜”にして止まない。そしてそんな現実が、お年頃の公達(きんだち)にはそりゃあ憎々しいことならしくって。

  ――― よもや そんな彼こそが、邪妖の化身かその手先なのではないか?

 そこまで言い出す者さえいるほどというから物凄い。何だかんだと悪しざまに陰口を叩かれているのへは、もう一つほど…と言うか、それが一番のという要因があってのことで。彼をして…曖昧な素性であるにも関わらず、神祗官
(補佐)などという、太政大臣よりも上位の地位への大抜擢に運んだのは、他でもない当代の帝、主上(しゅじょう)が、これ以上はない“お墨付き”を下されたため。そんな運びになったのへも、それなりの裏書きは勿論のこと ちゃんとあって。数年ほど前、都を騒がす邪妖の群れが現れたおり、今以上にどこの誰とも知れなかった彼が、忽然と…帝の寝所という内宮の最も深き“奥の院”へ易々と入り込み、その邪妖らを我が調伏してやろうと持ちかけた。そうと言ってから静かに念を唱え始めて…数刻後。この細身の嫋(たお)やかな身体の一体どこから飛び出したのやらと驚かされたほど、きりりと豪快な一喝を放ったところが。それはそれはあっさりと、都大路のそこここで闊歩徘徊していた様々な邪妖たちが、正に一瞬にして消えうせたという報告が、次々に辻警備の詰め所へと飛び込んで来て。この顛末を目撃した者としては信じざるを得ぬその実力をもってして、主上 直々、彼へと賜った官位役職であり。そんな神々しき采配にどこの誰が逆らえようかという人物であるその上に、しかもしかも。次代を担う皇太子にあらせられる“東宮様”までもが…どういう風に意気投合してのことやら、殊更に親しげにも気安く接しておわすほどの者とあっては。これは成程、何がどう転んでも逆らえはしない。しないが…どうにも口惜しいというクチは数知れず。よって、捌け口のない風評がどんな場合にでもついて回って消えないまま、今や誰のそれだか判らないくらいに捏造された“彼の人性”とやらが、勝手に世間を一人歩きしているほどだというから物凄い。

  「僕が実家で聞いたのは、
   お館様は神様にお仕えするおキツネ様の和子様だというお話でしたvv」

 書生として屋敷に住まう少年が、ホントだったら良いのにと言わんばかりに大きな瞳をわくわくと輝かせて語ったのは、数代前に一世を風靡した別の陰陽師の逸話だし、他にも、唐・天竺から渡って来た仏教の説法士の娘の子だという節もあれば、月の世界に通じているという伝説の泉のほとりに生えていた、一番大きな白蓮の蕾から生まれたのだ…というとんでもないものまであったりして。

  「そんだけしっかり肉食な“ハスの精霊”がいてたまるかだよな。」

 宮中では“黒の侍従”などと呼ばれている、ずば抜けた長身で黒髪に黒装束の謎の側近の青年が呆れるくらい、この時代にはそろそろ忌まれ始めていた…四足獣である猪の肉の丸焼きなんぞを、香ばしく焼けたところから手づかみのままバリバリと食らうような、ちょいと野蛮なお行儀の精霊は確かに珍しいかも知れなくて。
(苦笑)

  「うっせぇな。
   外聞なんぞにいちいち耳を欹
(そばだ)ててたらキリがねぇんだよ。
   好きなように、面白おかしく長生きしたけりゃ、そんなもん放っておけ。」

 ご本人は至って平気で、どこ吹く風という風情であらせられるから、屋敷の者たちも…以下同文。
こらこら 帝のおわす大内裏には近い方だが、都大路から見れば立派な場末の屋敷にて、うら若き主人と書生の少年とそれから、今ひとつ素性の怪しい黒装束の侍従の青年と。傍目からはのんべんだらりと、その実…時々のことながら様々な事件や暴漢などなどに襲われることもあるという、結構刺激もたっぷりの日々を送っている、何とも奇矯で痛快な彼らであったりしたのである。






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 季節は晩秋から初冬へ。京の都やその近郊のみに限らず、四季が巡る日本のあちこちで、実りと収穫の季節を迎え、早いところでは冬籠もりの準備に入ってさえいる今日この頃。帝がその年の新穀や新酒を天照大神を初めとする神々に捧げて感謝し、自らも食す“新嘗祭”という儀式も無事に終え。つるんとした陽光に照らされた木々の梢の金紅も、その鮮やかさを少しずつ、冬枯れ色へと変えつつあって。地位や富に恵まれた者にも、明日の飯さえ今はまだ見えないような貧しい者にも、これだけは平等に時が過ぎゆく。屋敷へと戻る牛車の中、そろそろ差し迫っている冬に備えてのあれやこれやを、どうぞ当店でお揃えという、はんなりしていつつも伸びやかな市場の売り声を聞いていて、

  “…あれから結構、日が経っているのだな。”

 ふと。柄になくも自分の背後、辿って来た過去の一端をついつい思い出してしまった蛭魔であったのは、今朝方の朝儀の場で久々に目立つようなことをしでかしてしまったから。…いや、日頃の言動にも、十分に人様からの耳目を引いて余りあるほどの、過激で派手なところは多々ある御仁ではあるのだが。そちらの方には本人の自覚が一切ないらしいので、今朝方のが“久々の”となるらしい、何につけ注意書の必要なややこしい人なのは相変わらず。…それはともかく。


  ――― そもそも
     “鬼”だの“邪妖”だのという怪しき存在は実在するのだろうか。


 一応の朝儀が済み、ほとんど雑談に近いちょっとした話題として、そんな話が取り沙汰されたのは、帝が退出なされた隙をついてのこと。話の座には東宮様がまだおわしたが、これは…誰が何を言い出そうと“柳に風”という態度がそのまま通る帝はともかく、まだ年若な彼には一緒に聞いておいてもらおうぞという、古狸たちの目論みが働いてのことだったらしく。今はまだ実権すらないに等しいとはいえ、次代の帝たる“東宮”を相手にクギを刺そうと目論むとは、相変わらず結構図に乗った連中であり。
“物の上下や後先を考えられなくなっておるほど、それほど俺が疎ましくてならんということかもな。”
 そんな彼らの“直接の標的”だったのだろう蛭魔が、扇の陰にて擽ったげに苦笑をしたほど。このような問いかけ、帝に直々にお仕えする神祗官様にお伺いするというのも何かと憚れようから、ここは補佐役殿の私見をお聞きしたいと、回りくどくももっともらしく話を差し向けて来たのが、左大臣の息のかかった、これでも長官職の末席に就いていた ぼんくらで。
“何とも子供だましの策を持ち出すものよの。”
 呆れ返って腹も立たぬと思いつつ、表面上はにっこりと笑った蛭魔だったことへ、後日に桜の東宮が、

  『妖一って、怒ってる時ほど綺麗な笑い方するよねぇ』

 妙な感心の仕方をしたほどだったが、それもさておき。それが職務の全てでは勿論ないが、八百よろづの神々への祝詞を上げつつその守護の御力を我が身へいただいて、悪しき存在たる“鬼”や“邪妖”の跳梁や陽動を調伏し、都や日の本の国をお護り奉るお役目を負っているのが“神祗官”だから。そんなものは“居ない”と言えば、自分の職や地位の不要をも述べたことに通じるし、はたまた“居る”と言ったなら、畏れ多くも今帝のお治めになられているこの時世をそうと見るということは、すなわち帝の御力を貶め、そしてそして自らの怠慢を口にするようなものであるぞよと。どっちと答えても非難の種になるように、巧妙に仕組まれた質問であり。その場にいた大臣たちや長官たち全てが口裏を合わせていたらしき運びと空気に、御簾の向こうから東宮様のみがはらはらと息を呑んでいたのだけれど。

  「そのようなものは、居ないのでしょうよ。」

 蛭魔の声は揺るぎなく室内に響いて通り、途端に“しめたっ”と思った輩がいたらしかったが。打ち合わせ通りにそやつらが反駁を唱えようとしたその間合いを、絶妙なるタイミングで先取りし、

  「ただ。いつの世にもどこの世界にも、例外はありまする。」

 玻璃のように凛と張って朗々と、そのくせ頼もしい芯のピンと通った小気味のいい声がすぐさま続いた。
「今世の帝の神々しさに恥じ入って、居はしてもその気配を見せることすら叶わぬ状態でおりますのが、身の程をよくよく知った連中であれば。自分の身の程を知らず、羽目を外して迷いでて来るような愚かな者、これが絶対に居ないとは限らないのが困ったもの。」
 何せ、今帝はそれはそれは懐ろの深い、温厚なお方様にあらせられますので。自分のまとった直衣の胸元へ綺麗な手のひらを伏せ、自分のようなものを取り立てて下さったくらいですしと言いたげな所作を見せてから、
「よって。我らは、そのような考え違いをする、のぼせ上がったアホウを討つために、万が一の時のためにと、知識・修養を積み、日夜お務め差し上げておりますれば。」
 故に。鬼や邪妖などという怪しきものに関しては、我ら専門家に任せ切り、皆様にはどうか安寧にお心を構えられ、私共にはとんと不向きな政務に警邏にと向かい合ってお過ごし下さいますようにと。それは鮮やかに論を締めてしまったものだから。是でも否でも必ず足りぬ穴が生じようと、そこに付け入ってこき下ろすつもりだった連中が、一気に面目を潰してしまい。苦々しくも“それは重畳、素晴らしきことよ”と逆に褒めざるを得なかったこの運びへ、
『まったくもう。声を押し殺してるのが大変だったんだからね。』
 声こそ殺していはしたが、息を吐き出しすぎて死んじゃうんじゃないかと思ったほど、ご自分の席にてそれはそれは笑い転げたらしい東宮様だったそうだけれど。
『見えぬ方が倖いには違いなかろう。』
 その道の権威で、冗談抜きに邪妖との接触という“実体験”を山ほどくぐり抜けてもいる術師殿にしてみれば。あのような言葉遊びで時間を使うような狸たちの方がよっぽど妖怪じみているし、そんな輩が民草の上にいることの方が怪談のようで恐ろしいと、さして面白くもない話題だと吐き出すように呟いて。
『あやつらのような輩の心根こそが、邪妖たちの苗床になっておるのだからな。』
 こっちにとっては迷惑千万。お前らの方こそ禊でもして来いと、この自堕落でアナーキーな自分でさえそんな義憤に駆られたほどなのだから大したものだと、妙な感心をしていたお館様であったそうな。


   ――― それもこれも、
       “彼奴”との腐れ縁が始まってからの話、ということなのだな。






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 あれは丁度、人間たちの世界では“新嘗祭”とかいう朝廷の式典を前にしていた頃合いだったのだぞと奴から言われて。一昨年までは全くの他人事だった仰々しくも面倒な式典を、昨年からはこの自分が取り仕切る羽目になった。どうしてくれんだよと、相変わらず身勝手な言いようにて唐突に絡んでくれた理不尽な“ご主人様”であり。それで、そういえばこの時期だったかなと、葉柱の側でも思い出したのが、

  ――― 取引をしねぇか?

 出会った時は最悪なシチュエーションだったこともあってか、何て嫌な野郎なんだろうかとしか思わなかった人間。直接に目をかけてやっていた小さいのが、ちょっとした悪ふざけ、愛らしい少女に化けてからかった相手が、選りにも選って帝の縁者の公達で。当時、都大路のあちこちにて、似たような騒ぎが起こっていた時期だったこともあって、これを機にいっそ一斉に狩り立てて滅ぼしてしまおうという動きが起きかけていたものだから。おびき出しに使う“囮”にとその小さいのがまずは捕らえられ、我らにも包囲の網がかけられようとしていた、随分と緊迫していたそんな折に、

  “俺ら以上に得体の知れない奴だったよな。”

 そっちこそ唐渡りの外海から来た邪妖ではないかと思ったほどに、凄みがあるほど妖冶で美麗な若者が。迷いなく真っ直ぐに、頭領になったばかりだった葉柱の塒
(ねぐら)、廃れかかっていた土地神の古祠まで訪ねて来たのが、丁度このくらいの晩秋の、急に冷え込んだ月夜のこと。冬枯れした場末の野っ原の片隅に、蜥蜴たちの頭領が人の姿に変化(へんげ)して居座っていた、殺風景だが広々とした祠の本堂。煤けた板の間に、形ばかり灯された燈台の火皿の明かりに照らされた突然の来訪者は、よくよく磨かれた金具や上等な絹のようなつややかな光沢の金色の髪をその頭に冠しており。ほぼ全てと言い切ってもいいくらいに漆黒の髪と瞳をしていたこの国の人間たちには、まずは拝めないだろう珍しい配色の容姿なのが、鮮烈な印象を与える青年で。
「…白子
(あるびの)か?」
 蛇やネズミ、イタチやタヌキなど、本来の種にはいない筈なのに、稀に純白の毛並みをした仔が産まれることがあり。そんな“白い子供”は、遺伝子の中の色素情報の欠落からそうなるため、視力や抵抗力が弱かったり生殖能力がなかったりと、他にも多少ほど劣っている部分があって、大概は長生きはしない弱々しい存在であるものなのだが。
“それにしては…。”
 拵
(こしら)えこそ玲瓏にして繊細な佳人を装っていたが、そんな器の中に満たされた気力の何という激しさよ。それと目指して突き止めたらしきものだとはいえ、間違いなく“邪妖・魔物”を前にして、たかが人間のくせに恐れもしないばかりか、逆にこちらを見下すような太々しい態度でいる。それにそれに、この青年の瞳の力強さはどうだろうか。白い子供は例外なく赤い眸になるものだが、こやつの眸は琥珀に近い金茶という、やはり珍しい色合い。外海を越えたところにある大陸の、広大な砂漠のその向こうにあるという紅毛人たちの国にはこういう色のもザラにいるらしいというが、実際に見たのは初めてだった葉柱であり。気概の強かさがすぐにも伝わってくる、強い眸の力みようは存在として秀逸で、
“妖しくはあるが…。”
 幽玄の儚い妖しさではなく、容赦なく食いついて来そうな…こちらを油断させない迫力を帯びた、底冷えのして来そうな妖。いっそ化け物と呼んでもいいくらいの気魄を背負った青年であり、
「あるびのは白髪に赤目と聞くが、お前は金目金髪。」
 もしや、陰の邪妖である我らとは対極に立つ、陽の日輪に縁
(ゆかり)の者か。だったら喧嘩でも売りに来たかと問いかければ、
「さてな。俺は自分の出処素性になど関心がないから、まるきり知らん。」
 親さえ驚いた忌み子であるらしいとにんまり笑い、
「知っておるのか? お前の一族を残らず吊るさんという、都大路での大騒ぎを。」
 選りにも選って葉柱が一番に頭を悩ませていることを、愉快な見世物の評判でも上げるかのように衒いなく言ってのけ、

  ――― 俺にはそれを、何とか出来るのだがな。

 とんでもない取引を持ち出し、まんまとそれを成功させて、帝にも自分たちにもただならぬ恩を売り。途轍もない地位と名声、そして一生を寝て暮らせるほどの“左うちわ”の生活を得た利口な奴。確かに術師としての知識やそれなりの腕もあり、度胸もあって弁舌も立ち。このような好機を見透かして、しっかりモノに出来る運のよさやら、風采の良い“押し出し”のよさを兼ね備えた、本人の資質とやらも一応は揃っていたらしいのではあるものの。体よく利用された葉柱にしてみれば、訳知り顔にて取り澄ましている、何ともキザな、鼻持ちならない奴だとしか思えなかったものだった。

  だというのに…いつの間にか。

 危急には必ず駆けつけるし、時には床を同じくするような、所謂“割りない仲”になっていて。その切っ掛けはといえば…どちらかが相手へ好いた惚れたというような浮いた話でも、積もり積もった恨みや怒りや意趣返しにというような沈んだ話でもなく。
『…っ。』
 陰体の中でも特に負界に近しき“黒の邪妖”を相手の戦いの最中に、うっかりしていて毒の瘴気に冒され、敵味方の見境がなくなって。その白い腕や薄い肩先へと咬みつくほどの錯乱状態になってしまった蜥蜴の総大将を、それでも術師は見捨てずに、懐ろへと掻き抱いて解毒の咒を一晩中唱えてやった…ということがあって。

  『お前のような使いでのある奴隷はそうそう持てぬ。
   なのに、こんな詰まらぬことで失うなんて、洒落にもならんからの。』

 そんな風に苦笑した彼の、咬創だらけになってしまった痩躯を自分の腕に抱き返し、元のままの絖絹のような肌へと戻すおり、思わず…勢い余ってしまったとか何とか、言葉を濁す葉柱へ、
『………ほほぉ。』
 そんな言われようへ ちょっぴり怒ってだろう、細い眉をきゅいと吊り上げるお館様だったので、それ以上は怖くて訊けなかったですと、





  「って、瀬那くんが言ってたんだけれど。」
  「…あんなチビを相手に一体何を訊いとるのだ、お前はっ。」

 畏れ多くも次代の帝、東宮様に向かって“お前”呼ばわりする臣下だったりするから恐ろしく。しかもしかも、それへのお咎めはないままに、
「何だよ。その前に“日頃から何を話して聞かせているかな”ってトコが問題なんじゃないの?」
 わざとらしくも“ぷぷう”と頬を膨らます白皙の貴公子に、
「仕方がなかろう。」
 何の拍子にかそんな話になってしまい、しかもあのトカゲ野郎が、何の衒いもないままにスラスラと話し始めやがってよ。そうなると、どこで話を制しても…そんなことをする自分の方が狭量なようで。そんな風に思われるというのもまた、何か収まらなくってよ、と。彼にはめずらしくも目線を逸らし、ぼそぼそと歯切れ悪く言うのが何と申しましょうか…。

  “………おもしろ〜いvv

 こらこら、東宮様。
(苦笑) そんなこんなな、至って呑気な日々ばかりを送っていた彼らではなく。壮絶な修羅場に立たされることなる、とんでもない暗雲が、思いもかけぬ方向から彼らへ向けて音もなく忍び寄りつつある、そんな冬の始まりでもあったのだった。




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