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花壇にはそろそろ蕾が膨らみ始めたチューリップの行列や、平たく地に伏せたようになってる三色スミレの柔らかそうな若い葉が風に揺れ。同じ風にあおられて、校庭を縁取るように植えられてる桜が裾からほろほろと散り始めている。春先の天候はなかなかに不順で、暖かないい天気の中でやっとの満開にこぎつけそうになったのに、同時に花曇りな日が始まってしまい、明日あたりは冷たい無情の雨になるかもという話で。
“まあ、花見はさんざんしたから良いんだけどよ。”
今年初めての例の“穴場”にも、あの後 2回も運んだし、実は自宅の裏にもあるんですよの、まだまだ若い可愛い桜も堪能したし。
“ルイんチの桜も見してもらったしなvv”
正確には都議夫人からのご招待だったのだけれども。葉柱邸のお庭の一角にて催された、随分と歴史のある古木だという大きくて立派な枝下(しだれ)桜を囲んでの園遊会にお呼ばれし、それはみっちりとお花をまとってた枝々が四方へふさりと垂れていて、甘い風を受けてはふわふわ・ゆらりと揺れてた、なかなか豪奢で綺麗だった桜花の暖簾をたいそう間近で見せていただいたし。一番多く目にする“ソメイヨシノ”という桜はね、花が散ってから葉が出るせいか、淡い緋色を滲ませて、まだ絵の具が乾いてないみたいな厚みのある質感のお花が、そればかり一斉に梢を埋め尽くすから。例えば…川や池へと向かって枝垂(しなだ)れた伸びた枝々に溢れんばかりの花をみっちりとまとわせていたり、土手の並木道からなだらかに降りる斜面に沿って、どこまでも奥行きのある広い広い斜めに緋白の天蓋を作っていたりして。ただただ立ち尽くして見入ってしまうほど、壮麗豪華な風景を織り上げてしまう、そりゃあもう典雅なお花として有名で。そんな勇壮さも素晴らしいが、一斉に舞い散る時の無常感もまた格別であり。とめどなくはらはらと、名残りを残しつつも凄烈に鮮やかに降りそそぐ存在感には、理屈を越えて人の心を引きつけてしまう何かがある。
『お前くらいの子供でもそうなのか?』
………あ、ちょっとムカついたのまで思い出しちまったぞ。ついこないだ、バイクの後ろへ乗っけてもらって家まで送ってもらってた時に、いつも通るジョギングコースの土手の桜が散り始めてて。あんまり見事だったんでちょっと観て行きたいからってバイクを止めさせたらサ、背中に掴まらせたまんまで そんなこと言ったんだ、ルイの奴。
『最近はあっちのチビさんまでお前に感化されつつあるからよ』
普通の子供の子供らしい感覚ってのが、俺にはよく判らんようになって来た、だなんて一丁前なこと言ったりしてよ。失礼だよな。子供だって綺麗なもんには感動するし、大人なんかよりよっぽどピュアだっての。………まあ、そりゃさ。京風の薄味の煮物料理とか、単調なばっかのクラシックとかは、もっとビートが利いてないと物足らないって思いもするけどサ。
「………魔くん、ヒユ魔くん?」
ちょいちょいと。小さなお手々でそぉっと袖を引かれて、はっと我に返れば、
「朝礼、終わったよ?」
お教室へ帰ろうよと、今年も同じクラスになった小さなセナくんがすぐ前から見上げて来ていた。そうだった、校長センセのお話とかがあんまり退屈だったので、校庭の周りを眺めたり他のことを思い出したりして、朝礼の真っ最中だってのについついぼんやりしてたんだった。
「悪りぃ。」
誤魔化すように笑いつつ、つやつやした くせっ毛をぽふぽふと撫でてやると、途端に満面の笑みで“きゃう〜vv”o(><)o///////と はしゃいで見せる愛らしい子。雲間から覗いたスミレ色のお空から降りそそぐのはちょっぴり目映い春めいた陽光で、そんな陽射しに淡い色合いの金髪を光らせて。そうまで整然とは並んではいない隊列が、それでもお行儀よく昇降口へと向かう中、少し出遅れたのにまるきり焦りもしないまま。小さな坊やはもう一度、はらはらほろほろと降りしきる可憐な花びらの舞いに、その金茶の瞳を向けていたのでありました。
“ルイのトコも今日から授業が始まるって言ってたしな。”
よ〜し、こっちの授業が終わったら迎えに来させよう。向こうだって昼までだろから、そのままアメフト部の練習にも参加しちゃると…桜を見てても結局のところはそれですかい。(苦笑)
◇
さてとて。同じくらいの時間帯に、こちらさんの方では全校生徒たちが講堂に集まっての“始業式”とやらが催されており。そんなもん かったるくて出てられっかと、やんちゃ筋の方々は端(はな)から出席しないもんなので、例年だったなら案外と整然と済ませられて来た筈の行事だったものが、
「あ〜、校長の話、うぜ〜。」
「たりぃよな。」
「どうでもいいことをうだうだ喋ってんじゃねぇよ、いつまでも。」
ぶつぶつと文句を言いつつも、一応は自分のクラスの列へと並び、朝も早よからの式へと出て来ている“そっち系”の顔触れがたんといる。そんなせいで…他の高校ではどうだか知らないが、この学校では異様な式典光景と化しており。
「どうしたんでしょうね、今年に限って。」
「こんなに出席率がいい式なんて、卒業式くらいのもんですのにね。」
そっちは言ってみりゃ“男の花道”ですもんね…じゃなくってだな。先生方にも何が何だか、どうしてこの春に限ってはこんなことになっているのでしょうかしらと、不審げに顔を見合わせていたりもし。そんな一方で、
「早く先へ進めってんだ、こら。」
「キレっぞ、おら。」
我慢の足りない連中辺りから、少しばかり不満げな声が高まって、それが膨らみ剣呑な雰囲気になって来かかると、
「………。」
列の後方をゆったりと巡回なさってる、セーラー服姿の怖〜いお姉様が、クールダウンしなとばかり“じろり…”と睨(ね)めつけにいらっしゃり。その手に握られた“ささら竹刀”がじゃきんっと振り絞られてセットアップ状態にされ、
――― 大人しくしておいででないと、見苦しいおイタへは容赦しませんことよ。
(注釈;こっちはいつでも繰り出せんだよ、ごらぁ)
という、静かな中にも過激な意志を秘めた“臨戦態勢”に入ってしまうので、
「あっ、やっ、その…っ。」
「すすす、すいませんっ。」
慌てて姿勢や態度を正す連中だったりし。
“…ったく。どうせ長ったらしい式なんか我慢出来ねぇだろから、わざわざ出て来なくても良いって言ってあったのによ。”
他でもない、わざわざ言って聞かせたそんな告知の仕方が却って…出て来なきゃ只じゃおかないよとでも聞こえてしまったのか。いつも間近にいる腹心メンバーはともかく、舎弟たちの殆ど、入学式にも出なかったクチまで顔を出してるもんだから。だとしたなら、自分にもちょっとは責任があるのかもねと、そう思っての監督役を買って出ているメグさんであり、
「…それでは、次に。」
桜前線の北上ぶりと開幕したてのプロ野球の新規参入チームの明暗話とを絡めた、校長の長い式辞が何とか済んだのを見計らい。式の進行役として、壇上の端の方でスタンドマイクの傍らを定位置にと陣取っていた教頭が、んんんと改まっての咳払いをして見せて。
【もう既に新聞の記事やテレビのニュース等で聞き知っている者も多いかと思いますが、先日、当校の生徒が泥棒を確保逮捕するという活躍をし、このほど泥門警察署から表彰されることと相なりました。】
いかにも“我が校の誉れ”という晴れやかなお顔をしてのお言葉であり。まま、それも無理からぬ話。少なくとも教頭がここへと赴任して来て以来を振り返れば初めてではなかろうかというほどに、希少な“お祝いしてもいい方向”での警察沙汰には違いなく。逆の方向での呼び出しやら教育指導、問い合わせ等々ならば、それこそ朝礼並みの頻繁さでお世話になってもいただけに、今回の旨を問い合わせて来られた折なぞ、
“あああ、都議の息子さんだからと多少は安心していたのに〜〜〜。”
それこそ、どんなご家庭のお子様であろうと区別なくと構えてはいたけれど。ここに進学して来て、肌身で校風を知って。話が違うと飛び上がって逃げるどころか、しっかり順応したその上に、少なくはない頭数を率いるような“総長”にまでなってしまったような坊ちゃんとあっては、学校サイドだってそれなりに警戒してはいたらしくって。やっぱり問題を起こしてくれたか…なんて、真っ青になりつつもお話を伺ったところが。
――― 夜間徘徊していて補導されたとか暴走行為中に検挙されただとか、
恐喝や万引きといった刑事事件に抵触するよな悪事を働いただのという
不名誉なその上、物騒極まりないお話では全然なくって。
『宿舎へ侵入した、常習の別荘荒らしの賊をですね、お宅の生徒さんが見事確保して下さったんですよ。』
勿論のこと、ご実家の方へも連絡は致しましたが、表彰となると…署の方でが良いか、もしかして学校での方が良いかしらとも思いましてご連絡差し上げたのですが、と。あまりに縁がなさ過ぎたが故、日本語としては理解出来てもそこに含まれている意味を理解するのに笑えるほどの間がかかったほどの、それはそれは嬉しいお言葉を頂いてしまい。勿論、学校の方での表彰をお願いしますとの申し入れをし、晴れて今日というお目出度い日を迎えたという次第。急な話であったため、他の先生方の耳に入れる暇は無かったが、さすがは自分たちのヘッドの誉れ、生徒たちの方には情報が浸透していたらしくって。
【2年の葉柱くん。】
晴れやかなお声でその名を呼ばわれば、
たちまち講堂のあちこちから、拍手やエールの声などがやんやと沸き起こっての大騒ぎ…になりかけたが。見苦しい真似はすんじゃないよと、これまた怖〜い竹刀がびゅんっと振り下ろされたのと、側近クラスの上級生たちがそれは鋭い一瞥にて、はしゃぎ過ぎそうな面子への睨みを利かせたもんだから。さほどの混乱もないままに、白い長ランという一歩間違えたら立派な“特攻服”といういで立ちの青年が、生徒たちの間から姿を現し、そのまま壇上へと上がって来た。
“…ったくよォ。”
こんな華々しい式典やら表彰やら。実を言えば当のご本人こそが、シカトこいてブッチ決めようと思っていたのだが。
『あ、もしかして表彰されんじゃねぇか? ルイ。』
だったら俺、賞状っての見たいな。表彰されるトコも見たいけど、ガッコがあるからそれは無理だろしサ。せめて、賞状だけでも一番に見せてくれようと。ねえねえと…小さなお手々での合掌つきの、あの必殺の上目遣いにてねだられては…従うより他はなく。そんなこんなあっての、今日のこの晴れ姿という訳で。
“そもそもは警察署での表彰って話じゃなかったんかよ。”
それにそれに、この表彰自体からしても、
“本来なら、あいつがメインで受けるべき話じゃねぇかよっ。”
親や大人たちからガミガミと頭ごなしにお説教されるより、実は…褒められることの方が苦手なの、判っていての新手の嫌がらせだろうかしらと。そこまで疑いつつの晴れの花道、壇上へと上がる短いステップを、一段飛ばしに踏み締めた、総長さんであったりしたそうである。
――― はてさて、
一体何がどうしてのこんな運びなんでしょうかしらね?(くすすvv)
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*春休み明けから、何かしらの騒ぎにまみえた彼らとその周辺みたいです。
一年の始まりがこれではね、先が思いやられますってば。(苦笑)
さぁて真相は………? |