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事件の発端は、といいますか。それにまつわる“騒動”が起きたのは、ほんの数日ほど前へと日にちが逆上る、年度と年度の境目にあたる春休みの終盤辺り。別に…新入生たちが参加するには“年度明け”からでないと都合が悪かろうだなんて、そんな形式的な細かいことを懸念したからではないながら。関係各位の予定や都合を慮(かんがみ)たらば…四月に入ってすぐという時期へとズレ込んでしまった、そんな日程にて。昨年の夏に訪れた高原のとは違い、もっと近郊にあったグラウンドつきの宿舎にて、1週間ほどという長さでの春季大会に向けての合宿を張った、賊徒学園高等部のアメリカン・フットボール部でありまして。
「おらおらおら、グズっ鈍(トロ)く走ってると容赦なく轢くよっ!」
竹刀を肩に担いだマネさんによる、原チャリ伴走にて“オラオラオラ”と追い立てられてのランニングでは。後部シートに乗っかって、メグさんの背中に背負われたまんま、
「そーだぞっ、轢いちゃうぞっ!」
カナリアみたいなボーイソプラノの、そりゃあ愛らしいお声でなんて恐ろしいことを復唱しますかというアシストを喜々として担当していた、天使のように愛くるしい坊や。
「あれはただのチビじゃあないからな。」
「そうだぞ、用心しろよ〜。」
新規加入の面々は、部内の上下関係や当番仕事の引き継ぎ、道具の扱い方などなどよりも先に、金髪尖んがり坊やについてを“まずは”と先輩たちから叩き込まれていて。
「別に葉柱さんの弟だとか親戚の子だとかいうんじゃないんだがな。」
「それでもヘッドが目を掛けてて、携帯で呼ばれりゃ練習中でも飛んでくっていう可愛がりようだから、それは忘れないように。」
「押忍っ。」
「それと。総長の威を借りて…図に乗っての生意気だってんじゃないから、そこんとこも勘違いのないようにな。」
「そうそう。駅前の呑み屋横丁のスナックやクラブ、隣町のハッテン場の風俗のお姉さんたち全員とコネがあるっていうし。」
「あと、泥門署や○○署、◇◇署もかな? 交通課の婦警さんたちとはチャットやオフ会仲間だって話だから、怒らせるとヘッドにも庇い切れない制裁が降ってくるぞ?」
冗談抜きに。ヘッドに何やら言い掛かりつけて嫌がらせをした、それなりの格にいた それもんのチンピラを、たった一晩で町に居られなくしたって話だからな。考えようによっちゃあヘッドより怖ぇ〜ぞ〜と、半端な怪談より恐ろしい話を吹き込んで、
「お、押忍…っ。」
こらこら、選りにも選って戦意を萎えさせてどうするか。(笑) そういった細かいところを把握してないと、部外の“族”の一員としてならともかく、部内のあれやこれやには支障が出るって部活動ってのもどうかと、大概の部員たちは怪訝そうなお顔になる。当初は先輩の中でも、特に…総長さんとは親しげにタメを張ってそうな“腹心メンバー”たちだって“その辺ってどうよ?”と割り切れないもの、少なからず思わないではなかったのだけれど。
『ヘッド〜。』
『なあ、ルイよ。』
『あのチビのことなんだが。』
『何とかして下さいよ〜。』
年端も行かない小さな子供が、お兄さんたちの真似をしてるだけ。口利きだけがこまっちゃくれているだけ…とか、も少しほど性分(タチ)が悪い話として、自分には総長さんが付いているんだからと笠に着て、偉そうに威張り倒すだけとかいうのなら、ままガキのすることだ、大目に見ようで済ませられたかもしれないが、
『いきなり携帯の液晶覗き込んで来やがって
“顔文字なんか使ってら。顔に似ず可愛いのなvv”なんて、
人のメールにケチつけやがんですよ?』
『バイト先のバンドの新しいスコア(楽譜)を見ながら鼻歌で浚ってたら
“知らない歌かと思っちまった。銀って音痴なのな〜♪”なんて、
一丁前な言い方しやがってよ。』
『人の顔見るなり
“ハミングバードのえっちゃんはヤめといた方がいいぞ。
あいつ、平日の昼間は“何ちゃって女子高生”やってるかんな”なんて、
俺の彼女を侮辱するの、辞めさせてくれんか。』
『赤点取っちまった物理の答案用紙を、いつの間にやら掲示板に“晒し”にしやがって。
しかもあいつの、いかにもな子供のまるまるっとした字で、
ご丁寧に“赤ペン添削”してあったんですよう〜。』(しかも完璧添削だった。)
な、なんか微妙なのが混ざってないですか? その陳情の数々ってばサ。(苦笑) ちょいと情けない内容の抗議もあったのへ、ついつい吹き出しそうになったのを、何とか必死で堪えつつ、
『まあ…大目に見ろや。』
所詮は あんな小さなガキのやらかす他意のない悪戯なんだからと、昔日、まあまあと宥めていたその総長さんでさえ、
「おーし。
そんじゃあ、次の筋トレでトップだった奴に、ルイのアドレス教えてやるっ!」
途端に“おおおっ”と沸き上がった意気盛んな野太い歓声の勢いに呑まれた格好で、一瞬ほど状況に流されかけたものの、
――― んむむの む?
ちょぉっと待って下さいな。それって もしかして…のほほんと聞き流していいお話だろうかしら? 腕立て伏せやら前屈屈伸、伏臥上体反らしにタイヤ跨ぎなどなどがランニングのコース上へ組み合わされた“サーキットトレーニング”へと入った新人さんたちを、一丁前に腰に拳を当てがって見送ってやった、金髪の小さな鬼コーチさんへ、
「…ちょっと こっち来な。」
可愛らしい緋色のパーカーを着た薄っこい上体を、自慢の長い腕で浚い込み。ひょいと小脇に抱えたそのまんま、だかだかと足早に…建物の狭間という物陰へと連れ込んだ。
「何だよ、ルイ。」
ちぅなら後でな、練習中は我慢しな。開口一番、大人が聞き分けのない子供に言い聞かせるように…そんなとんでもないことを言うものだから、
「てぇ〜い、そうじゃなくってだ。///////」
真っ赤ですぜ、総長さん。いやホント、これではどっちが大人やら。(苦笑)
「その…だ。///////」
まだ真っ赤なままな葉柱さんだったのは、
「お前、その…いつもいつも、俺らが…付き合ってるような、そういう言い方をしてるだろうがよ。///////」
………それを言うだけなのへ、そうまで真っ赤になるですか。相変わらず、純情な人であることよ。結構な数の男衆を束ねており、傘下に入れて下さいと向こうからも慕う後輩たちの数だって引きも切らない、そんな恐持てのお兄さんが見せた…何とも拙い様子の可愛げへ、金髪金眸の小悪魔坊や、嬉しそうに口許を押さえて“くふふvv”と笑う。
「おうvv こんな可愛くて賢い恋人がいて、嬉しいだろーvv」
辞めたげなさいってのに。そのいかにもなブリっ子口調は、もしかしなくとも嫌がらせだな?(苦笑) 坊やが期待したところへと見事に応えて、ぶるるっと肩を震わせた総長さんは、
「だ〜か〜ら、そういう相手のメルアドをだな。その…気安く“賞品”にしちまっててどうするよ。」
お前、さては俺んコト売る気だな? 何を言うやら…あ、でも待てよ。ツンや影だったら買いたがるかもなと、こちらもこちらで何を言い出す坊っちゃんなのやら。(笑) まま、それはさておいて。
「違うって。ルイの携帯のメルアドじゃなくって。」
チッチッチッと一丁前に、立てた人差し指を総長さんのお顔の前で、ワイパーみたいに振って見せ、
「ホームページの“特別ルーム”へのアドレスのことなんだってば。」
「………ホームページ?」
うんっと小さな顎を引いて頷いて見せ、いつだって溌剌と力んだ目許を、そりゃあ楽しげに柔らかく細めて微笑った坊やであり。
「ルイのって言うより、正確には“カメレオンズ”のだけどもな。1日に1000ヒットも稼いでる、結構人気のあるサイトなんだぜ?」
iモードでも見られるしと、携帯をぱかりと開いて呼び出して見せ、
「スケジュールとかより、日誌やチーム紹介のコンテンツが一番人気でサ。メンバーの写真とか近況報告とかも小まめに差し替えてっから、毎日覗いてくクチが頻繁に来てるみたいでvv」
練習中や休憩時のものだろう、ラフな格好のスナップなどが各人の近況コメントの横に貼ってあり、
「…管理人は?」
判っていながら訊いてみれば、よくぞ訊いて下さいましたと言わんばかりの大威張りにて、
「勿論、俺だ♪」
今までで一番じゃないかというほどに、素直な大威張りの満面の笑顔にて。にぱーっと笑って胸を張った小悪魔くん。最近は掲示版のページで“メンバーにお返事書いてほしい”なんて言い出す客もいてサ。けど、そんなことをそのまま伝えたら、ファンが多い奴とそうでもない奴との間に軋轢ってのが生まれるかもしんないだろ? その辺りの舵取りが、管理人としては難しいトコなんだよななんて、うんうんと感慨深げに頷いてる坊やだったりし。そんな鹿爪らしいお顔を見下ろしていた総長さんはと言えば、
“まぁた新しい情報網を見つけやがったな。”
相変わらず、油断も隙もありゃしない。大方、やんちゃ筋とか女子高生とかへ、リサーチをとったり噂話を集めたりに使うんだろなと。そういうアタリがつけられる自身の馴染みようには気づいていない葉柱さん、しょうがねぇ奴だねと苦笑をしつつ、
「で? 特別ルームってのはどういう代物なんだ?」
「………内緒だ。」
急に真摯なお顔になってしまった坊やであり。URLはホントなら請求制だし、きっちし礼儀を守ってる問い合わせじゃないと返事しないことにしてるから安心しなよと。
「………ぅおい。」
却って不審な言いようを返されて、目許がついつい座ってしまった総長さんだったそうである。
……… それって、もしかして“裏”でしょうか?(爆)
◇
そんなこんなの騒ぎの内にも(笑) 春の陽は少しずつ暮れてゆき、
「ルイ、遊ぼvv 遊ぼvv」
「判ーかったから。裾を引っ張るなっての。」
風呂に入って食事も終えて、ポジション分けを前にした総合ミーティングも済ませた宵の口。元気が有り余っているらしい坊やは、お他所でのお泊まりなのでとちょっぴり興奮してもいるらしく。全然眠たくならないのか、吊り上がり気味の大きな目許もワクワクきらりんと…夜型の野生を思わせるほどに躍動的に煌めいており。
「何して遊ぶんだ?」
「んと、マイナーサイトじゃんけんとか。」
どっちがあり得ないサイトかを競い合うというお遊びらしいが、
「…PCものは 止せ。」
まったくです。(苦笑) 昼間のHPの一件もあってか、PCには触れたくない総長さんであるらしく、
「じゃあサ、じゃあサ、パス練に付き合え。」
昼は皆の練習見てやってたんだから、今度はルイが俺の相手しろ、と。お廊下の真ん中、仁王立ちになって踏ん張りながら、小さな坊やが大威張りで胸を張る。これまた偉そうな態度だが、
「判った判った。」
それなら良いぞと了解し、じゃあ玄関前のホールでやろうなと歩き出せば。そんなお兄さんに嬉しそうに笑って見せて、たかたかと付いてく後ろ姿がなかなかに可愛い。どんなに偉そうでも、タッパはまだまだ小さくて。標準よりも上背のある総長さんと並んだりすれば、その格差はますます開くから。時々、葉柱のお兄さんに置いてかれそうになっては、小さな手を上へと伸ばしてトレーナーの裾を掴んだりし。そんなされることで“ああ、そうだった”と気づいては、手をつないでやって歩調をゆったりと緩める総長さんなのがまた、ほのぼのとした構図に見えて何とも可愛らしいのだが、
「………お。」
「そうか、今からチビのパス練か。」
ほのぼのしてるよな〜と和んだ雰囲気のみを感じつつ、二人が玄関の方へと立ち去るのをうっとりしみじみと見送っていた新入りの後輩さんたちの様子に気がついた、こちらは腹心クラスの大先輩たち。彼らにはお馴染みの流れであるらしく、だが、それにしては…にんまりという強かそうな笑い方なのが、彼らの醸し出す“和みの情景”を想起しているとは程遠い種類のものであるような。
「…先輩?」
怪訝そうな顔をしている新米連中に“くくっ”と笑い、
「見てくりゃ判る。」
「ああ。何ならついて来いや。」
あくまでも楽しそうではあるけれど、何かしら企むものでもあるかのような“にやにや笑い”を見せているお兄様方の様子には、ますます理解が及ばないらしい後輩さんたち。来なと顎をしゃくって見せた彼らに付いてくようにして、のんびりした歩調で足を運んだ玄関ホールでは、自分たちが使っている公式サイズのレモン型のボールを片手に構えた坊やと向かい合う総長さんという様子が見えて来て。
「行っくぞ〜!」
あの小さな手では、片手で掴めただけでも大したもの。細っこい肩の上、顔の間際で少しほど後ろへと引いたそのボールが、
――― ひゅうぅ…んんっと
前方へ二歩三歩、踏み出しながらという流れるようなフォームもそりゃあ綺麗なままに、ぐんっと前方へ繰り出された腕の先から。見事なスパイラルに乗って放られて。結構距離があった葉柱の待ち受けていた手元へと吸い込まれるように到達する。コースといい速さといい、伸びや威力といい、
「………え?」
あんなに小さな坊やが投げたものとは到底思えないほど、基本に忠実でしっかりしたパスボール。ただでさえ大きくて重たい革製のボールで、しかもしかも丸くはない特殊な形状。コツを掴んでいなければ、大人であってもなかなか真っ直ぐになんて投げられはしないし、クドイようだが…小さな小さな坊やにしてみれば、どうかすると自分のお顔どころか頭ごと隠れそうな対比の大きなボールなのに。今のお見事な投擲は、一端(いっぱし)のQBばりのコントロールと威力であって。
「…凄げぇ〜。」
さすがは偉そうにしてるマスコットボーイだぜってか? 呆気に取られている後輩さんたちに苦笑をし、投げる方は実は坊やほどお上手ではない総長さんへ“もうもう”と膨れちゃってる坊やを見越して、
「俺たちも混ぜろよ。」
「二人だけじゃあバリエーションが足りねぇだろ?」
割り込むように彼らの間へと立ち塞がる先輩さんたち。おやや、飛び入りか?と。せっかく二人で遊んでいたのに邪魔をして…なんて不平を鳴らすかと思えば、豈(あに)はからんや。
「よ〜しっ。」
不意な障害物が現れたことへの闘志も満々というお顔になった小さなQBさん。舌なめずりをしてのコース決めも素早く、ひょ…っと投擲されたボールの、何とも素早く、しかも何とも絶妙なコース取りであったことか。
「お。」
「わっ。」
それぞれにいつもの…ゲーム中でのポジションへと立ち塞がった3人ほどの妨害壁の、微妙に重なり切れていなかった僅かな隙間。顔の真横や肘の下、肩のすぐ脇やらを通過した、茶色に白線、カクレクマノミにも似たカラーリングの“弾丸”が、その向こうに待っていた総長さんの大きな手のひらへ難無く収まってしまった。
「やたっ! 3人抜きっ!」
淡い金の髪をふわふわと躍らせて。飛び跳ねまでしてキャイキャイvvとはしゃぐ、今度こそ心からのそれであるらしい可愛げへ、
「クソォ〜。」
「腕上げやがったな、チビ。」
「もう一本来いっ。」
お兄さんたちの側もまた、ある意味で心からの“本気”になってるから妙なもの。手元へと戻されたボールを胸元で両手で抱えた姿は、ジャンガリアンハムスターのように愛らしいのに、
「…えいっ!」
クイックモーションにて投げられるボールが、どういう訳だか…こんなにも小さな子供の、細っこい腕から繰り出されたものとは思えないほど、鋭利で絶妙な代物であるものだから、
「チッ。」
「こんな狭いとこに何で通せるかな。」
何度やっても思わぬコースを通されてしまうばかりであり。口惜しさのあまり、
「何でお前、まだ小学生なんだよ。」
高校生だったなら、絶対にウチのQBとして活躍させてんのによと半ば本気で掻き口説くやら、
「ウチは特化タイプのチームだから、攻撃のバリエーションがなぁ…。」
一気呵成に攻めるって手が薄くてよと。そんな愚痴をこぼしている先輩さんまでいたりして。おいおい、それって…現在のQBさんには悪かないかい?(苦笑) そんなこんなにワイワイとにぎわっていたところへ、
「ああ。こんなところに居たんだね。」
別棟にてマネージャーやチア志望の女子部員たちを監督しているメグさんが、気安い声をかけて来た。原則として夕食後は男女の接触はご法度としている合宿だが、同性よりも侠気(おとこぎ)あふれる彼女だけは例外扱い。キャプテンの総長さんとは親戚同士という間柄だし、連絡事項だってあるからと、それでやって来た彼女であるらしく、
「なあ、ルイ。」
ちょっと来なと人差し指での一煽りだけにて総長さんを間近まで呼びつけて、
「賄いのおばさんに聞いたんだけどもさ。」
こそりと囁いたのが、
「…ここいらに最近“出る”らしいんだって。」
――― はい?
辺りに大きく響かぬようにと憚っているような語りようが、却って妖かしの気配を想起させるような言い方になったせいだろう。
「〜〜〜〜〜。」
自然なこととして葉柱のお兄さんにくっついてきた坊やが、思わずながら…お兄さんのトレーナーの裾をぎゅぎゅうと握りしめ、
「あ、ごめんごめん。」
それにいち早く気づいたメグさんが、わざわざ屈んで小さな坊やを やあらかいお胸へきゅうと抱きしめてやる。
「違うの。坊やが嫌いなアレじゃなくってね。」
こつんと軽く、くっつけ合ったおでことおでこ。愛らしい金茶の瞳を覗き込みつつ、お姉さんは言葉を足した。
「ここいらに最近“出て”いるのはネ?
“保養所荒らし”っていう、一種の空き巣のことなの。」
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*いよいよの“本題”でございますが。(苦笑)
坊やってば何をどうして総長さんが表彰されるようなことを企んだんでしょうかしらね?
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