Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル・番外編

    忍ぶれど…
 



          




 常々の日頃から“頑丈なだけが取り柄だよな”なんてな悪口雑言を、面と向かって叩いていた相手ではあるが、そんなことを無造作に言えていたのは、こちらの生来からのアクの強い性分と口の悪さとが連動してのことと、それから。怒らせれば重厚な凄みと迫力を遺憾なく帯びるだろう鋭角的なお顔に、そのままでも重々 只者ではないことを思い知らされよう、屈強な存在感に満ちたる強靭な体躯という、いかにも雄々しく荒くたい風貌とか。粘りの利く体力と、それを根底で支えてる、頑健強固な心根とを併せ持つ、そりゃあそりゃあ頼もしい存在でもある彼だと、よくよく知っていたればこそのこと。ある意味で、こちらからも甘えて…というか、頼りにしての代物で、気の置けない相手だからこその気安い悪態であり、多少は乱暴な物言いを振り向けても、慣れもあって堪
こたえはしなかろうと安心しきった上でのことで。だからって、本気で…どんな事態になろうと案じてやる必要はないなんて、完全なる手放しでいた訳じゃあない。まさかの話、天から石や槍でも降って来るような天変地異でも起きそうならば、それなりの注意は授けただろし、自分へでも彼へでも、誰ぞから尋常以上の遺恨を抱かれているらしいと察したならば………。

  「そっちの方だったなら、面白がって放っておきませんか? お館様なら。」
  「悪ぁるかったな。」

 お陽様の分身みたいにきらきらしている金色の髪に、淡く澄んだ琥珀を思わせる金茶の瞳。名のある画家が、細口の面相筆によるなめらかな筆使いにて、すらりさらりと描き出した天女か仙女のような。色白で細おもての顔容
かんばせに、肩も背中も淑やかに薄く、いかにも玲瓏な佇まいのする美丈夫なれど。そんな…この世のものとは思われぬ、それは妖麗で華やかな風貌をなさっておいでなことを除外しても。悪目立ちしていることにかけては、この、大和の国にて一番に広くて人も一杯住まわっているだろう京の都でも一番だろと、誰もが肯定して疑わないだろう困ったお人。さして接点のない下々の民草からはそうでもないが、由緒正しき貴籍におわす皆様からは…これが結構、多かれ少なかれ、遺恨だの妬みだの買っているに違いないという、宮中での所謂“問題児”と呼ばれて久しい彼こそは、皆様にはお馴染みの、蛭魔妖一という陰陽師殿。名前に使っている字がなかなかにおどろおどろしいのは、先祖や親からの授かりものなら仕方がないが、何とこれって彼が自分でつけたものだというから穿っており。名のある武家としての由緒のない新参が、忘れにくい突飛な名前にすれば宣伝になるという考え方から、後の戦国時代にせいぜい流行ったことにもかぶっているが、
「音韻だけなら、さほどに奇妙なお名前でもありませんものね。」
「まぁな。」
 それなりの身分にあって、ある程度の教養があって。何にかへの書き付けを判読出来るだけの知識があるその上で、書き付けなんぞを読み取る機会がある…つまりは管理職関係者にだけ。強烈に、それも嫌らしい印象を投げつけてやろうという。そんな効果を狙ってのこの字面
じづらなら、結構奥の深い手の込んだ嫌がらせ…であるのかも。そんなややこしいことをしては、何処かで こっそりにやついてるだけならば、
『軽佻浮薄な傾
かぶき者よ』
 周囲とて嘲笑して放っておくだけ、はいそれまで…で さして罪もないのだが。何処のゆかりの出生とも知れぬ、得体の知れぬ新参者でありながら、一丁前にも権高で。しかも、その階級やら立場に見合うだけの十分に深くて広い知慧を下敷きに、鮮やかに振るわれる弁舌も大したものぞといった実力もあり。かてて加えて その上に、今帝というこれ以上はない後ろ盾も持つというから、どんな大貴族でもそうそう簡単にはやり込められず、歯が立たないだろう、そんな肩書の三冠王だったりする御仁。凄まじいまでの特進を受けたそのまま、いい子ぶっての控えめに、はたまた温厚凡庸なお坊ちゃまとして収まっておっては、却って嫌みかも知れんからのと。畏れもなく しゃあしゃあと言い、妬みを買うことの方をこそ心地よしと涼しいお顔でいるよな、何処に出しても恥ずかしくはない
(?)それは立派な臍曲がりだが…って、あれれぇ? 一体何のお話をしてたんでしたっけ。

  「………っ、こんの脱線おばさんがよっ!」

 判った判った、謝るから封印の咒で何処ぞかへ閉じ込めるのはナシね? 蹴っ飛ばそうとしてか、高々と振り上げた御々足も戻して戻して。
(ひやひや) 皆様にはとうにお馴染みの、このあばら家屋敷のご当主であるうら若きお館様が、あまりに型破りな殿上人だってことを綴っていたらば、お話が随分と遠いところへまで脱線してしまったが。実はちょっとした修羅場だったものが、今は何とか落ち着いたところ。一番冒頭にてご紹介しかかっていた御仁へと唐突に降りかかった厄介な難儀があって、今回はそのお話をしましょうぞという予定であったりするのでございます。






            ◇



 あまりにも話が先へと進み過ぎたところから始まってしまったので、ほんのちょっとだけ後戻りをするならば。
「ほんに、よくも降ったもんだよなぁ。」
 冬の雪害に負けまいとしてか、今度は雨でも難儀をした人たちが多数出たほどに、延々と続いた梅雨の長雨も、何とか峠を越したようだなと。空をわたる雲や風、周囲の自然の気配などから察し、湿り気が多い分、なお増す蒸し暑さへ口許を歪めての不快顔でおいでだったお館様が。いつもの広間の濡れ縁にて、やれやれという吐息をつきつつ、その、小袖と単
ひとえに包まれたほっそりとした肩を落っことして見せられたのが、初夏の仄明るい夕暮れ時。小さめの桧扇を少ぉし くつろげた懐ろ近くで、ハタハタと軽くあおりながら、
「ただ暑いだけならまだ何とかなるが、この湿気はどうにも堪
たまらぬ。」
 辺り一帯には、目には見えねどたぷたぷと、手で触れられる質量がありそうなほどもの湿気が垂れ込めていて。その温気がそのまま蒸し暑さに転じているのは、小さな書生の瀬那にも判り。それがいかにも鬱陶しいと、ややもすると本気で怒っておいでのお師匠様だが、
“…でも、毎年毎年大騒ぎなさる割に、暑さで引っ繰り返ってしまわれた試しはないんですよねぇ。”
 昨年もその前も、記録に残せそうなほどの猛暑続きの夏となった。こちらのお館様も秘密裏に参与し、その豊かな知識を総動員させての奔走で支えて抑えたその結果、恐ろしい疫病などなどが市中に蔓延して猛威を奮うというよな、地獄絵もかくやという壮絶な危機こそ何とか免れられたものの、暑さ当たりで倒れた方々は毎日二桁ずつは出たほどだったというのに。暑い暑いと八つ当たり半分の文句を言いつつも、結果的には一番元気であられたようなと、この嫋やかなお姿の痩躯の一体どこに、そんな精気が蓄えられているのやら。暑さへの抗性では誰にも負けない闊達さを思い出していたところへと、
「お前は湿気があった方が助かるんだったよな。」
 それは素早くも、その気配を拾ってのお声かけ。今日は昼前から一旦戻っておられたところの黒の侍従殿が、まるで黄昏を連れて来たかのような間合い、庭先へその姿を見せたのだけれど、
「………? どした?」
 これがいつもの彼ならば、言い勝てた試しはないながら、それでも一応の挨拶代わり。金髪の術師から放たれる自分への憎まれ口には、同じ質と種類の文言を、即妙な間合いにて必ず言い返すのがお決まりだったものだのに。いつもと同じく、案内もないままの勝手知ったるで庭へと真っ直ぐ来たものが。だが、どこか覚束ないお顔になって、周囲をキョロキョロと見回しており。何を見つけたいものか、それさえ断じかねるような取り留めのない様子でいたのが、やっとのこと、こちらへ視線を向けたそのまま、

  「…葉柱?」

 怪訝そうな声を出されたお館様の眼前にて。まだ何の声も放たぬままに。膝から力が抜けたように、その場へ真っ直ぐ、足元から頽れ落ち。そのままぱったりと、前へうつ伏せに倒れた彼であり、
「………。」
 小袖に単
ひとえに、こちらも簡素な型の長袴という軽快そうな装束の、黒衣の裾を地に這わせ。大柄なその体躯を何の抗いも見せぬまま、地面へとあっさり倒してしまった彼だというのへ。失礼ながら…一瞬だけだが、蛭魔のみならずセナまでも、身が凍ったみたいに動けなかった。だって、あまりに意外なこと。いつだってそれは頼もしい彼だというのと、それからあのね? ここは、このあばら家屋敷は、彼のもう1つの家みたいなものだろから。いつだって気を置かず、のんびり構えて過ごしてる、それだけの安心安寧に満ちた場所なのに。そこへと着いたそのまんま、まさか倒れてしまうだなんて。それとも…此処までは何とか堪こらえられた末での、緊張の糸が切れたような昏倒だということか?

  「葉柱さんっ?!」

 あまりに突然なこととて、衝撃が強すぎて呆然としてでもいるものか。声も出なけりゃ動きもしない蛭魔に代わり、小さな書生くんが彼の傍らへ駆けつけようとし、濡れ縁から飛び降りたところが、

  「………待て。」

 今度は素早く伸びた手が、セナの衣紋の後ろ襟をがっしと掴む。この嫋やかな痩躯にも関わらず、案外と力持ちなお館様。縁側のすぐ間近、沓脱ぎ石の上へまで降り立っていた小さなセナを、ぐいっと一動作で引き戻すと、
「進を呼べ。」
「はい?」
 何ででしょうかとついつい問いかけかけたセナだったが、
「………。」
 倒れ伏したまま ひくりとも動かない蜥蜴の総帥殿を、ただただじっと凝視しているお師様の白いお顔が…あまりにも。そのまま息を引いて倒れてしまうのではないかと思えたほどに、血の気の全くない、堅い無表情であらせられたものだから。これは思ったよりも大事であるらしいと察し、
「進さんっ!」
 自分を護りし頼もしい憑神、黒い髪をした武神様を大急ぎで呼び立てたのである。






            ◇



 盟主である小さなセナに呼び出された進は、これもがっつりと頼もしいまでに雄々しき体躯をした武道の神様であったので、やっぱりご立派な体つきをしていた葉柱を、さして苦もなく抱えてくれて。広間の一角に几帳で仕切った空間を設け、そこへと進に陰の結界を張らせて囲い込み、意識が戻らぬままの彼をそのまま寝間に寝かせ、それをもって何とか落ち着いた皆様であったものの、
「邪妖に追われておいでなのでしょうか?」
 そういえば以前にも、とんでもない強さ大きさの邪妖に襲われ、猛毒の瘴気をかぶって逃げ込んで来た彼を、こうやって陰の結界を張らせて匿ったという出来事があった。それを今、やっとこ思い出したセナだったらしいが、
「いや、意味合いは似ているが、今回のはあれとは違う。」
 そもそも陰の結界を張らせたのは、葉柱自身が陰体だから。よって、陽の…本来ならば魔除けの効能がある筈の、つまりは聖なる結界の中へと囲い込むと、それだけで消耗しかねない彼であり。日頃のいつだって飄々としている彼らなので、セナくんもついつい気がつかなかった訳だけれど、結構ややこしい間柄な、係累というかお仲間な訳で。
「あの時のもまあ、居場所を嗅ぎ取られぬようにという障壁ではあったのだが。」
 妖力は大きそうながら、されど単なる…蟲は蟲でも彼のような意志や知恵を持たぬ、ただのムカデの大邪妖でしかなかったようなので。葉柱という個体を塗り潰すための結界だけで十分な目眩ましになろうという、そういう順番で仕立てた障壁だったのだけれど。
「今回はまだ…彼奴をと狙いを定めし咒に、襲い掛かられたってだけの話だからの。」
 その刃から護るべく、くるみ込んでの防御を構えるための障壁。よって、
「ただの壁だから、あの時のとは違って中へ入るも自在ではあるぞ?」
「そうですか。」
 前の時は、そういえば。結界の中も…彼らが浴びてた瘴気で満たされていたものだからと、自分たちまで入れず触れずで。何もして差し上げられなくてやきもきしましたものねぇと。困ったことでしたというお顔になったセナだったけれど、

  「………でも。葉柱さんがそうそう簡単に、引っ繰り返ってしまうだなんて。」

 思わぬところから仕掛けられたものならば、いわゆる不意打ち、よろけるくらいはするだろうが、こうまで一方的に人事不省になるほどもの咒を浴びせられてしまうとは、
「とっても強い邪妖からの呪いなのでしょうか?」
 葉柱もまた、蜥蜴の邪妖一門を束ねる、なかなかに格上の強い存在であるはずで。
“だって、お館様が右腕になれって見込んだ方なんですもの。”
 ですよねぇ。誰でもいいってな格ならば、用がある時にだけ呼び出す“使い魔”程度に留めておく筈。こうまで親しく接する相手とはしないだろうから。
“それとも…大切な人だから、とりあえず護りたいってするほど、得体の知れない手ごわい相手なのかしら。”
 強いから、が先にくる対象だからではなくて。わざわざ語られずともそれと察することが出来るほど、彼には大切な存在だからと。それでのいち早くの“護り”だということか。むう〜?と、自分では断じかねる“相手”へ、不安そうに怪訝そうに眉を寄せた稚いお弟子さんへ、
「さあな。」
 金髪痩躯のお師匠様、何とも心許ないお言いようを返して来られ、

  「ただ、これは間違いなく“陽”の咒だからの。」
  「あ…。」

 邪妖同士、若しくは邪妖を手先に使っての誰ぞからのそれではなく、人間自身が唱えし咒による攻撃だから、
「陰体同士であったなら、余程に格が違わん限り、こうまであっさりと倒されはすまいよ。」
 忌ま忌ましいと言いたげに、目許を鋭く眇めた蛭魔だったりし、
「しかも“名指し”だ。」
「名指し?」
 意味が掴みかねて、そのままを訊き返したセナへ、
「ああ。たまたま咒陣の間近に通りかかったからとか、トカゲや蟲だったからとかいう、曖昧な行き当たりばったりな代物じゃあねぇ。」
 ちらっと視線をやった几帳の方、まだ意識が戻りそうな気配がないままの侍従を慮りつつ、

  「あいつをこそと狙った、一点集中の咒だよ、これは。」

 それも、人間が構えたそれとあっては。少なからず蛭魔にも縁のある存在からの、いやいやむしろ、蛭魔にこそ恨みあっての、誰ぞからの代物と断じるべき仕儀に違いなく。

  「面白れぇこと、してくれた奴がいるじゃねぇかよな。」

 低くなった声が、刺すほど鋭く眇められた眼差しが。自分への呪怨の籠もったものではないと重々判っていながらも、背条が震えるほど怖かったセナくんだったりしたそうな。








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  *ああしまった。
   そんな大層な話じゃなかったのに、長々伸びてしまいました。
   後半も大急ぎで書きますね。