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今年初めての試みとして、セ・パ間での“交流戦”が設けられたプロ野球の華やぎから引き続き、オールスターに高校野球、世界水泳、世界柔道。サッカーA代表のチャレンジカップ等々と、真夏の様々なスポーツイベントに列島全体が燃えたぎった その余韻か、今年もまた,お彼岸を過ぎても真夏日や熱帯夜が続くよな、なかなか長引く残暑だったが。さすがに10月の声を聞くほどともなれば、暮れた後の虫の声やら月の光が何とも染み入る、涼風がどこやらから運んで来た、人恋しい秋の気配がそこここに。
「そーいや、昼の間も過ごしやすくなったよな。」
「うんざりするほどって暑さは、引いて久しいんじゃねぇか?」
「陽が暮れるのが早くなった、つーか。」
広々としたグラウンドの一角にて、体をほぐす準備運動、ストレッチやら簡単なラダーやらで体を温めつつ、そんなこんなを口にするのは、同じ種目のスポーツに一斉に取り組む面々とは思えないほど、様々な体格の青年たちで。格闘技選手権にでも参加するのかというよな、雄牛のような肉置きの猛者がいるかと思えば、いかにも敏捷そうな、小柄で身軽な子もいたりして。よーく体をほぐしてから、それぞれにプロテクターつきの練習着へと着替えてのポジション別の練習へと分かれる彼らは、此処、賊徒学園所属の“カメレオンズ”のメンバーであり。攻撃も守備も、各ポジションの各々が“得意分野”をきっちりとフォローする、究極の専門職のゲーム、アメリカン・フットボールに入れ込んでる面々で。
「よーっし。そんじゃ、まずは体慣らしのランニングに行くよっ!」
「押忍っ!」
スクーターでリードを担当する、勇ましいマネさんに率いられ、外周ランニングへと繰り出す頼もしき一団が、こっそりと訪れていた秋の気配になかなか気がつかないでいたのは、長引いた残暑に感覚がマヒしていたせいだけではなく、
「いよいよ準々決勝だもんな〜vv」
こればっかりは正直・素直に。うくくく…vvと、そりゃあそりゃあ嬉しそうに笑って見せる、チームマスコットの金髪小悪魔くんのしみじみとした言いようが示すように、ただ今絶賛開催中の、全国高等学校アメリカンフットボール選手権、秋季東京地区大会に、ベスト8にまで勝ち残ったほどの奮戦ぶりで、きちんと集中して取り掛かってた彼らだからに他ならない。
「…何か、紹介されるたびに大会名が変わってるような気がするんだが。」
ききき、気のせいだってば。(焦っ) 場外の筆者の言動にまで守備範囲を広げてるアンテナの感度も、相変わらずにビンビンなまでに精鋭な、まったくもって油断のならない小さな名コーチ様ではあるけれど。今は瑣末なこともさして気にならない“ご機嫌さんモード”でいるらしく、
「とりあえず、此処が最初の天王山だからなvv」
「…お前、ホンっトに小学二年生か?」
ちょっぴり寸の足らない腕を、スタイリッシュなロゴもお洒落なF-1Tシャツの上へ一丁前に胸高に組んで。うんうんと感慨深げに唸っている小さな坊やの、いかにも時代がかった言い回しへと。選手であるのみならず、作戦展開を指示する監督をも兼任している二年生主将殿が呆れもっての一言を洩らす。天下分け目の関ヶ原…とはどう違うんでしょうかね。どっちも、運命が定まるほどもの重要な戦いに使われる言い回しですが。
“………どっちにしたって。”
そ〜れはともかく。(笑) 坊やが言っているのは、此処をクリアして“ベスト4”に残れば、一応は“関東大会”へ進むためのセーフティーゾーンへ、ギリギリすべり込めることとなるのを指してのこと。まだ少しほどはマイナーかもなアメフトの、最もチーム数が多い東京地区は、全国決勝、夢の“クリスマスボウル”へ勝ち進むための関東エリア代表を決める関東大会へ“上位3チームまで”が自動的に勝ち上がれることとなっており。よって、ベスト4にまで勝ち残れば、万が一、準決勝で敗れたとしても、最悪“プレーオフ”という復活戦により3位を狙って勝ち上がれるし、そこで負けても…これは年度にもよるのだが、北海道やら埼玉・千葉など別のエリアの2位たちとの競合枠狙いの復活戦にも臨めるからで。
「此処さえ越えれば粘りようがいくらでもあるが、此処でコケたら最後だからな。」
「それって、俺らが最悪負けることを前提にしとらんか。」
なんだよー、いちいち突っ掛かるなよなーと、目許を眇め口許を尖らせる小さな坊やは、皆様にももうもうお馴染み、蛭魔さんチの妖一くん、小学二年生で、120センチ、25キロ、細かいデータは、公式データブックに倣ってみましたvv
「…25キロ。そんなもんか? 軽いな〜〜〜。」
「うっせぇなっ!///////」
背中に乗られても腕立て伏せの重しにもならんから、せめて30キロは越せよなと言われて、身長も体重もまだ鋭意発育中だと膨れるお顔は、ちょいと力んだ大きな金茶の瞳が溌剌と印象的な、頬も輪郭もするんとした、お人形さんか天使のような愛らしさ。よくも腐したな〜っと、大っきな総長さんへ小さな拳を振り上げる腕や、逃げる振りの相手を追っかける脚も、ともすれば同い年の女の子たちと遜色が無かろうほどに、細っこくて柔らか・伸びやかな肉づきをしているところが、いっそ罪なほど蠱惑的でさえあり、
「だ〜〜〜っ、判ったから辞めろって。」
さして痛くはないにせよ、練習中だってのにじゃれ合ってる場合じゃあない…と思うだけの“分別”は一応は持っている主将さん。屈強精悍な長身の、こちらさんももはやお馴染み、葉柱ルイさん、まだ16歳。
「悪かったな、早生まれだよ。」
あやや、お相手、ありがとございますvv でも、いいじゃないですか、早生まれ。あとあとで何かとお得だって聞きますよ?
「そだぞ。同期の奴らより実は1年後輩なのにタメでいられるし。」
「タメでいいんだって、そもそも同期なんだから。」
筆者と坊やと、二人掛かりでからかわれ…あ、いや、筆者にはそんなつもりなんてなかったんですが。(苦笑) しつこいようだが、正念場の秋大会もいよいよの準々決勝をこの週末に控える身。連戦連勝している身だとはいえ、それは他チームにだって言えること。先の4回戦なぞは、結構追い詰められた展開にもなりかかったくらいで、さすがに実力が拮抗して来るから、ここから先は何が弾みになって押すやら押されるやら。それを思ってのことなのか、お兄さんの精悍なお顔も…どんなに脱線したとても、ついつい引き締まるというもので。
「ま、昨年の蓄積がある分くれぇは、浮足立たねぇでいられそうだがな。」
文字通りの“新鋭”だったのは去年まで。トーナメントの厳しさも、モチベーションの大切さも、いい意味で・悪い意味で、よっく勉強させていただいた昨年だったので。失うものが何もないのは変わらねど、勢いづいたり失速して焦らず、かといって、緊張感というものの持つ意味を舐めることなく。悠然と、でも がむしゃらに。心残りのないように当たってこうやという身構えの下、男臭いお顔に滲む、強かそうな自信と挑発の香が、
“ふや……。///////”
それでこそ、この俺様が見込んだ男だぜと、坊やまで にやつかせてしまう頼もしさ。きっちりセットして撫でつけた直毛の黒髪を、ほんの一条ほど額へと垂らさせた風へも気づかずに。主務のお兄さんが整理した、次の対戦相手の資料を留めたバインダーを眺めやり、作戦を検討しているお顔の真摯さへ見とれていたものの、
「…っと☆」
む"〜〜〜んっと、Tシャツの上に羽織ってたパーカーのポッケで携帯が唸ったので。ハッと我に返りながら、小さな手よりも小さなモバイルを掴み出す坊やだったりし。皆はまだ、外周ランニングから戻って来そうにないのでと、誰からなんだかと確かめないままに出てみれば、
【ヨウちゃ〜ん、こんちはvv】
「………切るぞ。」
や〜ん、ひっど〜いっと。子供相手だからか、それとも単に…何にでも舐めてかかるよな姿勢であたってフェイントをかける癖があってのことか。少々なよついた話し方をして来るこの人は、
「何だよ、阿含。そろそろ夕方の診察時間じゃねぇのかよ。」
【まだちょっとだけ、間があるんだって。】
くすすと楽しげに笑った、はい、お久し振りの無敵の歯医者さんからの着信だったみたいでして、
「……………。」
「…キャプテン?」
心なしかこちらに背中を向けた坊やが、ひょいと何の気なしに呼ばわった名前へ。今度は総長さんが気を取られたか、肩越しのそちらへと何げに様子を伺って押し黙る。そんなことには気づかぬまま、坊やは電話での会話を続けており、
【ヨウちゃん、今週の末に運動会でしょ?】
「何でそんな…学区外のガッコの行事のことまで知ってんだよ。」
【ヤダなぁvv 俺とヨウちゃんの仲じゃない。】
「………。」
【むしろ、何で誘ってくんないの? 今年は武蔵んトコの工務店も、遠出の大きい仕事請け負ってて行けないんでしょうよ。】
「いんだよ、たかがガッコの運動会くらい。」
【そんなこと言ってちゃダメだって。大方あの、白ランのお兄さんトコのアメフト部の大会に入れ込んでるんだろうけども。自分が主役のイベントを二の次にしていいのは、ある程度の蓄積がある大人だけなんだからね?】
「う…。」
【まだそんな、運動会自体だって数をこなしてない子だってのに、良いも悪いもないでしょうよ。】
ありがたくもお説教をして下さるお兄さん。言ってることには悔しいほどに筋が通っていると、並の子供じゃあないからこそ理解も及ぶ妖一くんではあったれど、
「そうは言うがな、阿含が来てた、幼稚園の運動会、覚えてねーのかよ。」
【はい?】
「観客席で回りの若いお母さんたちを骨抜きにしまくりやがってよ。」
【ヤだな〜。別にこっちから粉かけた訳じゃないってばvv】
「せっかくのお遊戯、お母さんが見ててくれてないって泣く子まで出たんだぞ?」
【あいや〜〜〜、そんな思い出が出来ちゃった訳か。】
こっちは結構本気マジで不機嫌だというのに、
【ともかく。日曜なら俺んチも休みだしね。観に行くから頑張ってよね〜〜〜vv】
終始お軽いペースのまま、言うだけ言ってとっとと切ったお兄さんであり、ったくようと、こちらは溜息混じりに通話を切れば。
「運動会ってのは何だ。」
「スポーツイベントだ。」
徒競走の他に、器械体操や綱引き玉入れなんかの、レクリエーション・ゲームっぽい競技も混じえた催し物で、学校や町内会、会社なんかの団体やコミニュティーで懇親をかねて開かれる場合が多いそうだぞと、どこのエンサイクロベディアですかいという細かい説明を、この咄嗟でもすかさずの淀みなく、滔々とご披露下さった金髪坊やへ、
「そのくらいは知っとるわい。」
わあそんな詳細までありがとうvvという、ノリツッコミで受けてやる余裕はなかったらしい総長さん。泣く子が黙るどころかもっと泣くだろう、恐持ての三白眼の目許をキリキリと眇め、
「お前んトコのガッコ、週末に運動会なのか?」
「正確には日曜に、だけどもな。」
チッ、聞こえてたかと、肩越しに目線だけを向けてたお兄さんの方へ体ごと向け直し、面倒そうに応じる坊やであり、
「心配すんな。幸い準々決勝は土曜だろ? ルイの応援にはちゃんと行くからよ。」
セナも言ってたぞ? 重ならなくて良かったよねーって。自分のなんかの応援ひとつがないだけで、そうそう簡単には負けないって信じちゃいるけどサ。それこそこっちの気の持ちようってのか。応援にいけないってのは、目の前で逼迫した展開を見せられるのとはまた別な感覚で、随分とやきもきさせられるもんだからな。連綿と語って話の流れを、ある意味での力技、強引に変えようとしたらしいが、
「そうじゃなくって、だ。」
おおう。何だか妙に本気のお顔になってやいませんか、と。真剣な表情のまま身を乗り出さんというノリで言及してくる総長さんの剣幕には、さしもの尖んがり坊やも気勢で圧され気味なほど。
「な、何だよ。たかだか小学校の運動会じゃんかよ。」
何もサボるって言ってる訳じゃないんだし、駆けっこや何やの練習は、体育の時間や昼休みにちゃんとやってる。ルイたちは試合の次ん日できっと疲れてもいるんだろうしサ、
「父兄としてなら、阿含が来てくれるみたいだから…。」
「なんで、あいつなら良くて俺じゃあいかんのだ。」
………おや。(笑) やっぱり“そこ”が引っ掛かったお兄さんだったみたいですね。ほんのさっきまでは、次の準々決勝で当たるT大付属のデータを真剣に浚ってらした筈なのが、今や“そんなもんはどうでもいい”とばかり、主務さんごとそっぽを向かれてのこの扱いの差で、
「…来てもいいけどよ。」
ちょっぴりげんなりとしたお顔になったところは、何をそんなにもムキになっているやらと、お兄さんの心情のほどが…冗談抜きにまるっきり、判っていないらしい坊やだったらしかったけれど。
「じゃあ、準々決勝に勝ったらってことでだ。」
「う…。」
見様によっちゃあ随分と余裕の言いようをなさってる総長さんへと、きっちりクギを刺す冷静さはおサスガで。
「当たり前だろ? 負けた腹いせなんかで来られちゃ堪んねぇっての。」
たとえ気落ちは隠せてても、こっちが縁起でもないしよと、斟酌のない言いようで返して、
「ほら。ともかく今は、準々決勝へ集中だ、集中っ。」
「お、おう。」
どこからかキンモクセイの花の香りが甘く漂う、高いお空も秋晴れの昼下がり。ランニングから戻って来た面々へ指示を出して来いと、42番を背負った大きな背中をベンチ前から追いやりながら、全くもって手のかかる総長さんだぜと、いかにも大人ぶって小さな肩をすくめた坊やに。一部始終を見ていた主務のお兄さんが、
“何とも嬉しそうですよね。”
手を焼かされるのもまた嬉しいと、お顔は正直に語っていますよと、こっそりと微笑んでしまったそうですよ?(くすすvv)
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*公式データブックのあれやこれやが、
色々と意外で巷を騒然と沸かせておりますが。
ちなみにウチでは、
既に公言してることはこのまんまで押し通す所存ですので、悪しからず。
(これまでに変えたのって言ったら、
高見さんが上級生だったってのをいじったくらいだもんで。)
カメレオンズのメンバーたちのニックネームも、
そのまま使うこととなるでしょうし、銀さんはQBということで。
葉柱さんの身長も、
高校生・蛭魔さんよりも15センチくらい高いということで。(笑) |