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爽やかな秋晴れは1週間続いて、全国のあちこちで、収穫にちなんだお祭りやらイベントやらがにぎにぎしくも催され。10月に入ってすぐの週末は、三連休続きだった九月後半の間延びしたムードの延長や、次の三連休への中継ぎ扱いにされつつも。衣替えの時期を告げる、ますますの秋らしさの中にやっぱり素晴らしい好天と相なり、
「行っけーっ! ルイっっ!」
ベンチからの力の籠もった声援を背に受けて、白地にデジタル模様のグリーンのグラデーションも爽やかな。そんな衣装の割に、時々こっそりとながら…ダーティなプレイも満載な(こらこら)、緩急自在な攻め手や守備が自慢の“賊学カメレオンズ”がフィールドを駆け巡る。昨年度はここで息切れしての敗退を喫した彼らだったが、その当時とほぼ変わらぬままの顔触れで固めた陣営を基盤に、新入生の補強を積んだ分だけ厚みが増した、今年のラインナップの強いこと強いこと。
「守備でLBの葉柱くんが安心して飛び出せるその要因の、ラインの頑健さは元から定評があったけど。今年は攻撃の方でも駒が増えたよね。」
それがあの、金髪の小悪魔坊やがマシンガンを小脇に抱えて追い回すことで、ダッシュに必要なバネを鍛えられた面々だとは、
“ウチの面子たち自体だって、どのくらい気がついているやらだわよね。”
鋭く研がれた赤い爪のお手々を受け皿に、細い顎を乗っけた頬杖をお膝の上へとついてたメグさんが苦笑う。子供のお遊びにしては少々過激で、何とか言ってやってくださいようと音を上げてた連中が、気がつけば瞬発力を相当に上げており。しかも、時折はこのメグさんがスクーターのバックシートに乗っけての、言ってみりゃ“加速ブースター”装着状態での追いかけっこもあったりしたもんだから。スタミナまでが、春に比すれば、当社比 1.78倍という伸びの良さ。高校へと上がって来たばっかという、せっかくの若い身でありながら…喫煙やサボタージュ、まだ無免許のくせしての原付ドライブなどなどでさんざん身体が鈍なまりまくってた新入生たちを重点的に狙ったのが、今頃になって効いて来たという案配であり。今や、彼らメンバーの中には“だりぃ”の“たるい”のと情けない言いようをしては、何でもかんでもすぐにも“なげる”ような弱卒は居ない。となると、
「暴力、若しくは“無気力”で さんざ荒廃した学校へ、誇り高き“負けじ魂”を打ち立てた奇跡の世代だってか?」
「高校ラグビーの世界でも何かそういう伝説がなかったですかね。」
決して、禁忌的で清廉で…というような、崇高な志を抱いた、いかにもなスポーツマンたちという雰囲気カラーではないものの、アメフトに於いてだけは真摯で一本気。悪ささえしなければ、気のいい蛮カラな連中で、マスコットのおチビさんに偉そうに振る舞われちゃあ頭を抱えている図なんて、何とも微笑ましい限りだし…と。大会関係者や取材においでの記者さんなどなど、その筋の方々にもなかなかの好感度を博し始めてもいたものの、
“そもそも、調子づいたらどこまでも昇ってくよな連中だからなぁ。”
ツッパリ・やんちゃ、昔で言うところの“不良”たちは、根本的には体育会系と通じるところが大きくあって。しかも、どんなに時代が移ろうと、そういうものはなかなか廃れない。双方に共通する熱血系統の戒律が色々とある中、先輩・後輩の間に横たわる一線は絶対にして不動。もしもそこへと“下克上”を持ち込みたければ、よほどの実力差か、若しくは…様々に腕に自信のある輩たちを束ね求心するだけの、格別な“カリスマ性”を備えた存在であることが必須条件となるのだが。他でもない葉柱たちが、すぐ前の代を丁重な態度と“実力差”とで追い払ったのなんぞは格好の実際例で。その核である葉柱総長さんがまた、仲間内から絶大なる崇拝・敬愛を集めることでは、これまで例を見ないほどの、腕っ節と侠気おとこぎと威容とを兼ね備えた、申し分のない総長だったりするもんだから。そんなヘッドのためならば、身体を酷使するトレーニングもしましょう、早起きも規律の厳守も何てこたない。それからそれから、しょむないガンつけなんぞに引っ掛かっての、繁華街等々での小競り合いには不用意にのぼせません。どんなに見下されようが構わないし、大嫌いな我慢も致しましょう。だってあなたの誇りの方が、今は一番に大事だものと。そういう“結束“の絆も堅い“拠りどころ”を気概の芯に呑んだれば。この手の輩たちは俄然根性が座って、いきなり屈強になるからね。表向きには愛らしいマスコット、しかしてその実体は、謎の参謀 兼鬼コーチの金髪の坊やも。ここまでくると逆に肝が座ってしまったか、それとも“くじ運が良くてラッキーvv”などと、やっぱり可愛げのないことを思っているのか。余裕の表情にて試合展開を眺めており、
――― ぴ・ぴぴーーーーーっっ!!
秋の陽だまり、芝の上。金色の紗が淡くかかっているかのような、透明度の高い空の下に、長々と鳴り響くはホイッスルの鋭い一声。準々決勝・A会場の第一試合では、賊徒学園“カメレオンズ”が一番乗りで、ベスト4、準決勝進出を決めたのであった。
昨年の最終成績“ベスト8”を抜いての“ベスト4”入りまで勝ち上がり、これでも一応は緊張していてテンパッてもいたんですよな面々が、試合終了を告げたホイッスルと同時に、しまいには幹部たちのこっそり鉄拳制裁にての“気つけ”が必要だったくらいに狂喜乱舞し、
「だからって羽目ぇ外しすぎんなよ?」
これで“どっかの居酒屋で祝杯上げてて補導されました”じゃあ、冗談抜きに洒落にならない。飲むなら銀のバイト先かツンの実家の炉端焼き屋でこそっとなと、どの辺が厳重注意か判らないよなクギを一応差しての、現地解散。結構ハードな内容には違いなかったゲームの後だというのに、歓声混じりでそれぞれがバイクに分乗して幹線街道へと向かったお元気さには、
「…若っかいねぇ。」
ああいうのが理屈は判っててもついつい羽目を外すんだ、用心しとかないとななんて、小学校低学年生からしみじみと言われていては世話はない。(笑) そして、
「次に当たんのは、B会場の第一試合の勝者だよな。」
「ああ。」
相手の戦力分析が直接には出来ないという点ではお互い様で、それを思えば公平ではあるが、
「スカウティングだって立派な戦略の1つじゃねぇかよな。」
試合前から戦いは始まっているのだ…が持論で、相手の戦力解析もそれへの対応策を捻り出すのもお手の物という、そりゃあ頼りになる小さなヘッドコーチ様。データを取りにったって今から観戦に行っても無駄かなぁと、少々思案の素振りをしていれば、
「…お。」
あきはあきでも“飽きもせず”の、裾の長い白ランをまとった葉柱のお兄さんとは違って、こちらさんの今日のファッションは、秋らしい配色のチェック柄のデザインシャツに黒地のTシャツの重ね着と、ボトムはちょっぴり甘いチャコール系のワークパンツでまとめていたそのズボンのポッケから、何とも愛らしいファンファーレで始まるネズミーランドのマーチの音色。
「ちびセナからだ。」
携帯電話を取り出して、うんうん、そかそかと手際良く話すこと…何刻か。そういや、王城はB会場での第二試合だったよな、もしかしてその前の試合もきっちり観戦していたのかも? それでその資料をダビングしてくださるとか? どんな内容のお電話なのやらと、こちらも帰りかかってたバイクの傍ら、事と次第によってはB会場まで飛ばすことのなるのかなと、総長さんが待機していれば。
「準決勝進出おめでとー、だと。」
王城の主務さんがこっちの会場に第二試合目当てで来ていたらしく、それで“賊学が勝ちましたよ”との報をいち早く届けてくれたのだとか。
「これで、明日の運動会、葉柱のお兄さんも来てくれるんだよね、赤組ますます勝てそうだね〜、だとさ。」
「………それだけか?」
こっくりこと頷いた妖一坊や自身も、葉柱と似たようなことを少なからず期待していたので、
「とんだ肩透かしだよな」
くつくつと苦笑し、それからね?
「でも、そうなんだよな。ルイ、明日、俺らの運動会に来るんだよな?」
「まぁな。」
試合が近づくにつれ、何かと集中する必要があって、それで。危うく頭から消えかけていたものの、自分の方から言い出したことなだけに思い出すのも素早くて。何故ならば、
“あんの歯医者にだけは、油断しちゃ不味かろからな。”
どうやら応援にと観戦しに来るらしい、この坊やフリークの“大宿敵(え?)”には、総長さんも何故だか妙にムキになる。六月の虫歯予防月間には共同戦線を張ったくせにネ。(苦笑) でもま、あれも…その歯医者さんの見解によれば、坊やが懸命な抵抗をする格好にて彼へと構けることとなるのが、詰まらなかった総長さんだったんじゃないかという、結構的確な分析済みですけれど。そして…それってもしかして立派な焼き餅じゃんかと、ちょっぴり嬉しかった小悪魔坊や、
「今年は日曜開催になったから、父兄観覧席は早朝行列組の父親連中に先取りされちまうかもしんねぇ。」
バブルの崩壊後、土鍋が売れて“中食なかしょく”なんて言いようが定着したように、ワークシェアリングの結果から残業が減って、それでと家族団欒の機会も一頃に比べれば格段に増えたのだとか。そうなると、愛する我が子の勇姿を記録に残さないでどうするかとばかり、張り切る人は張り切るそうで。そんな人たちの熱血ぶりが過熱してか、最近は父兄のマナーもすこぶる悪くなる一方だそうですね。ビデオを構えているから拍手が出来ないし声援も送れないとか、ビデオ撮影のためにって、観客席の先頭へ、事もあろうに三脚ならぬ“脚立”を2、3台も立て回す非常識なお父さんもいるとかで。そういうコトすると、あれってお前んトコの父ちゃんだろうと言われて、結局は子供が肩身の狭い想いをするんですのにね。
「ま、阿含も来るっつってたからな。要領がいい奴だから、ちゃっかりとスペース確保してやがると思うし。」
それに、ウチのガッコ、児童数に比してグラウンドは馬鹿みたいにだだっ広いから、
「生徒全員の家族が来ても、立錐の余地もないなんてなほどにはならねぇ…と思うし。」
最前列ってのにこだわらねぇなら、開会式に合わせて来ても、ちゃんと座って観られる筈だから。そうと細かい説明をしてくれて、それから、あのね?
「………俺、結構 足速いからさ。」
「おう。」
「あと、小器用な方だしさ。」
「おう。」
「そいだから、全員参加の徒競走と玉入れの他にも、
50mリレーと竹馬リレー、にも出るからよ。」
そぉっとズボンのポッケから取り出したのは、子供服のポッケに入るほどもに小さく小さく折り畳まれてた、運動会のプログラム。淡いクリーム色の上質紙には幾条もの折線が走っていて、もっと早くに渡しておれば、もう少しはしゃっきりしていたことだろに、広げるのさえ難儀な状態。それでも、あのね? 喧嘩っ早くて、どっちかといえば短気な葉柱のお兄さん、バイクのシートの上でそぉっと丁寧に広げて伸ばして。
「二年の徒競走と玉入れと、50mリレーと竹馬リレー、だな?」
「うん…そこ、丸つけてある。」
赤鉛筆で競技順を示す番号を囲んであるのが4つほど。全部午前中の競技だったから、
「そか。それじゃあ、そうそうのんびりもしてられんのだな。」
わざとらしい真面目な顔でもなく、かと言ってにやにやと笑ってもおらずの、強いて言うなら“素の顔”で。当たり前のお出掛けの段取りのように、算段しているという様子なのが、
“…うっと。////////”
何だよ、たかが小学校の運動会じゃんかよ。今日の試合は結構中身も濃かったからサ、テンションだって上がりまくりだったんだろから、ゆっくり寝てサ、身体とか気持ちとか、存分に休めなきゃダメじゃんかよ。ついつい いつもの癖が出て、揚げ足取りみたいな言いようを、探しちゃってた胸中とは裏腹にネ? お腹の底とか胸の奥とか、何でだろうか、ぎゅぎゅううって温ぬくくなって来て。
“あ、ヤバ…。///////”
とうとう口許にまで、隠し切れない笑みが込み上げて来ちゃったからサ。
「? どした?」
「何でもねぇ。」
ルイの後ろに回って“早く帰ろうぜ”って、馬鹿みたいにデッカイ背中をぎゅうぎゅうと押すの。あんまり大きいルイだから、肩越しにこっち向いても、間近過ぎると見下ろし切れなくて。背丈に差があり過ぎんのって、こゆ時だけは助かるよな。………って思っていたらば、
「お前を先に乗せんのが“順番”だろうがよ。」
「…う☆」
えとうと、そうでした。照れ隠しからの焦りが、思わぬ失態運んで来ちゃった。ちちち、俺もまだまだ人間が甘いよなと、まだ十にもならない子供が思っちゃってる、今時の日本であるらしいです。(う〜ん、う〜ん)
◇
今日もまた、朝から爽やかな好天で明けた、十月最初の日曜日。どこのお家の垣根からか、気の早いキンモクセイの香りが鼻先へまで届いたりし。住宅街の休日の朝は、お休みなのに何処かで何だか妙にうずうず。落ち着かない何かが、曲がり角とかヨソんチの垣根の陰とかに隠れてるよな、そんな気がして…浮かれた気持ちのまんまに ついつい駆け出す。今日ばかりは、あのね? ランドセルを背負わないで、小さいめのトートバッグみたいなレッスンバッグやキルティング地の手提げを提げて。体操服姿で、水筒を振り回して、お元気に駆けてくおチビさんたちの足元、運動靴が舗道のアスファルトをばたばたと叩く音が、そこここで響き渡る。
「あ、ヒユ魔くんっvv」
赤白帽を赤い方でかぶってる、赤組仲間の小さなセナくんが、こちらさんはランドセルとあまり変わらないデイバッグを背負って、やや覚束無いフォームにてとてちてと駆け寄って来た。
「よお、昨日はそっちも勝ったってな。」
王城が試合でというのを素っ飛ばしてもちゃんと通じて、小さなセナくん、ふわふかな頬っぺを真っ赤にし、そこへ嬉しいを一杯詰め込んでの“そうなのvv きゃい〜〜〜〜Vvvv o(><)o”って雄叫びで返して下さった。
「あのねあのね、そいでね。進さんもネ、運動会、観に来てくれるのぉvv」
桜庭さんと二人でお家まで送ってくれた道々に、そんな約束をしちゃったのォと、小さなお手々を口許にあて、そりゃあ嬉しそうに話す彼だが、
“去年の今頃は、
まさかにそういう間柄になろうとは思ってもみんかったろうよな。”
………あ・そういえば。この小さなセナくんと、あの仁王様みたいな進さんとは、この後の学芸会の朝に初対面したんでしたっけね。あんなに…近寄るのさえ怖がってた子だとは到底思えないほど、今や、妖一くんの総長さんへの懐きように勝るとも劣らない甘えたぶりなのが、こうやって思い返せば何とも不思議。
“…誰が誰に懐いてるって〜〜〜〜?”
あらいやんvv 今更照れちゃってどうしますかvv ………え"? 何でこんな日にも手榴弾なんか持って来てるんですよう〜〜〜っ。
「ヒユ魔くん? どしたの?」
「…いいや、何でもねぇよ。」
うまい具合にセナくんからの“どうしたの?”が挟まって。
「桜庭が来るんなら、せいぜいお母さん方に正体がばれないようにしないとだな。」
「そだよね〜〜〜vv」
内心で舌打ちしつつも、セナくんの意識を別の会話へ持ってって誤魔化して。物騒なものは引っ込めて下さった小悪魔さん。くれぐれもそんな物騒なものを競技では使わないようにね?
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*はてさて、一体どんな運動会になりますやら。(笑) |