月夜に、もしも逢えたなら… F
 



          
おまけ



  「あの…あのね。十文字くん、あの…。」
  「あ?」
  「あの…。///////

 真っ赤になって"あのあの…"しか言えず、なかなか切り出せないセナであり。そんな彼と、新幹線の連結部前にて向かい合っているのは、精悍な面差しをした短髪金髪のお兄さん。とんだドタバタがあった晩から一夜が明けて、泥門高校三年生たちは、南紀を離れて東京への帰途についているところ。昨夜は結局、引率の先生方にみっちりと叱られてしまったが、1時間ほど正座させられた廊下にて、
『これもまあ思い出かな』
と、戸叶くんや黒木くんが妙にあっけらかんと言ったので。セナや雷門くん、小結くんもまた、さほど萎(しお)れることはないままに、旅行の思い出という解釈をして今に至っている。自慢じゃないが中学生の頃からさんざん悪さを重ねて来た彼らにすれば、このくらいは特に意気消沈するレベルの叱責や失点ではないらしく、逆に大人しいセナたちには…これもまた自慢してはいけないことながら、物凄い冒険をしたという解釈をすりゃ良いさとお元気を取り戻した訳だけれど。セナとしては、この十文字くんへ…言いたいことがもう一つほどあったから。

  「あの…ごめんね?」
  「? なにがだ?」

 耳まで赤い小さなヒーローくんは、随分と恐縮したようなお顔になっており、
「だって、あの…。ボクなんかがついてったから、皆を探すのに手間取ったんだし。」
 もしも昨夜、セナを連れずに彼だけで探していたのなら、もっとずっと早くに二人を捜し当て、先生方にも見つかることはないままに、こそりと宿まで戻ることだって出来ていたかも。なのに結果はああだった訳で。彼らの素行というポイントに要らぬ失点をつけさせてしまったのが、セナとしては何とも心苦しかったらしい。そうと告げられた十文字としては、

  「………。」

 表情が止まって唖然とするばかり。まだそんなことにこだわっていたのかと、正直言って呆れたのだ。
「…あのな。俺らは1年の頃からとっくに"素行の悪い乱暴もん"ってことになってんだ。」
 煙草は吸う、他校の生徒とも喧嘩はする、授業はサボる、髪も染めてる、教師への態度も極悪。そんな劣悪振りだったから、生活指導の先生方でなくとも簡単にマークされるに十分すぎて、いまさらそんな微罪が加わったところで…と言いかけた十文字へ、

  「そんなの昔の話でしょ?」

 ついさっきまでおどおどしていた筈のセナが、それこそ彼の十八番の"はあ?"というお顔になって、小首を傾げて見せた。
「部でも頑張ってるし、喧嘩とかだって…後輩さんがからまれてたの、見かねて助けてるくらいで今は全然してないし。煙草も吸ってないんでしょ?」
 ちゃんと知ってるもんと並べてから、
「なのに、昨夜…。」
 引率の先生の中、うるさ方の先生が十文字や黒木を見て"またお前らか"というような顔をした。セナやモン太たちは、大方、強引に付き合わされたクチだろうと思われたようで、
「あんなのってないもの。」
 同じチームの仲間なのに、彼らだけそんな区別をされたことが何とも悔しかったセナだったらしい。うう…と柔らかそうな唇を咬み潰しかねない勢いで噛んでいる彼へ、
「今更だから気にしちゃいねぇよ。」
 当の十文字は、小さく吹き出すような失笑を零しただけ。

  「それよか。」
  「え?」

 自分が我がことみたいに結構口惜しいと思い詰めてたことよりもと、彼の側から持ち出されるようなこと。そんなのあったかなと思うセナだったが、

  「…あいつと、えらく仲良いんだな?」
  「………っ。///////

 不意を突かれて"あわわ…"となった。何しろ、勘違いだとはいえ…こちらを暴漢だと思い込み、殴り掛かろうとしていた構えがありありと見て取れたそんな場で、咄嗟に飛び出して いかにも頼もしい相手を制止せんと しがみついたセナくんであり、
「お前が度胸のない奴だとまでは言わねぇが、あれは相手があいつだって判ったからやったことだ。」
 あんな急場にあって、なのに相手が誰なのかが瞬時にして分かったセナだったからこそ取った行動。そしてその大胆さの元となっていたのは、
「あれは、俺を庇ったんじゃなくて、あいつが要らない暴力沙汰を起こさないよう、後で後悔しないようにって思って飛び出したんだろう?」
「あやや…。///////
 あの展開から、あっさりすっかり見通されている。同じガッコの同じ部のチームメイトよりも庇いたかった人なのだと。そこのところにきっちりと通じている存在は実はもう一人ほどいて、自分が怖い目に遭わないようにと前以てこの彼に言い含めてくれた蛭魔さんがその人なのだが、今回、進と彼らとがほぼ同じ日程にて同じ土地に出向いていたのは全くの偶然であり。いくら周到な蛭魔であれ、出会うかどうかも判らないそんな相手のことまで…そういう間柄だという詳細までも明かしてあるとは思えない。でもでも、じゃあ…あのそのと、どう訊いたら良いものかと戸惑っているセナに向けて、
「下手すりゃ容赦なく殴られてたかも知れないのに、あそこまでやれるなんてのは、知り合い以上に大事なダチででもなけりゃ無理な話だろうが。」
 特にやり込めるつもりもなく、淡々とした口調ですっぱりと言い当ててやると、
「うう………。///////
 口ごもりつつも、ますますのこと、頬がぱぁっと真っ赤に染まるから…。
"分かりやすい奴…。"
 ただの知り合いじゃありませんと自分から言ってるようなものかもなと、十文字は他人事ながらも心配になり、ついついしょっぱそうな顔をする始末。そんな彼から、だが、逃げ出すでなく、
「あのあの…それって…。///////
 何をどうして欲しいんだよ…と突っ込みたくなるような、何とも覚束無い様子でただただ焦ってばかりいるセナであり、
"………。"
 小さなヒーローくんのあまりにもおどおどとした様子が、昔々、彼から怖がられていた頃を十文字に思い出させた。視線さえ合わせてくれず、飛び上がるようにしてこっちの言う通りに駆け回ってた小さな背中。いつも俯いてて、つむじしか見えなかった頭。もしかして…此の件で脅されるかもとセナが思っているのだとしても、自業自得だよなと自嘲の笑みが内心で浮かんだ。セナには非はないと分かってはいるが、それでも…そんな奴だと思われているのなら、何とも切なくて。

  「心配すんな。そうそう、誰にも彼にも知られちゃあいないと思うから。」

 ふかふかな髪をぽふぽふと、大きな手で軽く叩いてやる。その手を頭に乗っけたまま、あ…と顔を上げたセナが、逃げたり避けたりしなかったということへ、少しばかり救われたような気持ちになった。
「お前が"アイシールド21"だってことも、自分から言い出すまでは破綻なく秘密のままにしていられたろうが。そこまで注意してお前んコトばっか見てる奴なんて、そうそう居ねぇって。」
 自惚れてんじゃねぇよと、くすりと笑い、

  「それとも、ばれたら何か…疚
やましいことでもあんのか?」

 付け足された一言に、だが、セナは大きくかぶりを振る。日頃から意識している事だからというような、ムキな力みのある勢いはなく、子供が簡単なことを聞かれて"ううん"と応じるような、そんな"即答"であったことへ、十文字は小さく苦笑を見せて、
「なら、誰に知られてようと構うこたねぇだろ。別のチームの人間だって言ったって、何も親の仇や天敵だってんじゃねぇんだしよ。」
「うん…そうなんだけどもね。」
 疚しくはないと即答したクセに、ならば一体何に自信がないのか。少ぉし上目遣いになったセナへ、
「ま、お前らなりの事情ってのもあんだろし、俺には関係のないこったから、これ以上は訊かねぇけどな。」
 少し深い吐息をつくように詮索はしないよと言ってから、
「疚しくねぇならそんなに怖じけてんじゃねぇよ。ビクビクしてる方がよっぽど眸についちまうってもんだし、それって あいつにだって悪りぃんじゃねぇのか?」
 もう一度、やわらかな猫っ毛をもしゃりと触り、じゃあなと口の端をかすかに上げて見せる。そのまま座席へ先に戻るべく、セナに背を向けドアへと踵を返した十文字であり、

  "…そうだよね。"

 疚しくはないなら、何で慌てたり焦ったりしてしまったのか。後ろめたいとは思わないけど、でもでもね。自分なんかが親しくして貰ってるだなんてことで、進さんに何かしらご迷惑をかけないかとか、いまだに及び腰で構えている自分なんだなと、改めて思い知らされてしまったセナくん。どうもやっぱり、自分はまだまだ自信とかいうものが足り無さ過ぎるらしいなと。それをこそ直さなくちゃねと、またまた反省をしちゃったその謙虚さも…度を超さないようにねと老婆心ながら思ってしまった筆者でございます。







  『そこまで注意してお前んコトばっか見てる奴なんて、そうそう居ねぇ。』

 加えて言うなら、
"あの偉そうな奴は、冷やかされようが中傷されようが、動じねぇと思うんだがな。"
 自分と変わらぬ年頃の筈だというのに、寡黙なまま動かぬ表情に過ぎるほどの威容を従えた、途轍もない存在感に満ちた青年で。それが…ただセナのためにだけ、感情を開封し、ああまでの反射を見せた。
"………。"
 疚しいところはないと あっさりかぶりを振ったセナだから、彼自身にだって"後ろめたさ"はないのだろうに。それでも…余計な波風が立ってあの男へ迷惑がかかるのだけは嫌なんだろうなと、妙に矛盾したことを心配しているセナだというのが、

  "物凄げぇ特別扱いしてやんのな。"

 だからこその気遣いだと判って、何だか…何だか。

  "………。"

 小さなセナ。昔さんざん怖がらせた罪滅ぼしというのではないのだが、何というのか、放っておけずで。アメフトチームで同じ目標へと頑張るようになってから、ついつい以前以上に彼へと視線が行くようになったのは、もしかして。

  "……………。"

 彼に最初に目をつけたのは、弱腰なところを良いように扱えそうだと思ったから…というだけではなかったのかもしれない。車窓を流れてゆく風景にさえ留まらぬ視線をついと上げたのは、遅れて戻って来たセナが同じ班であるモン太や小結の待つ席へ着いた気配に気づいたから。それへと注意をしかけた意識を振り払うように瞼を伏せて、小さな溜息を零すと、そのまま仮眠に入ることにした十文字であり。



  ……………何だか、青く酸っぱく複雑そうな"お年頃"みたいですね。





  〜Fine〜  04.5.23.〜6.5.


←BACKTOP**


  *何だか妙な雲行きのおまけになっちゃいましたが。
   どうしたもんでしょうね。(こらこら、何を誰に訊いている。)
   まだ少し、扱いかねてるお兄さんですが、
   それでもね、十文字くんも好きなもんで…vv
   ややこしい痴情のもつれにだけは発展しないようにと、
   気をつけるつもりではおりますが…。

ご感想は こちらへvv**