月夜に、もしも逢えたなら…
 



          





  ――― こんな解放感は久し振りのこと。


 日頃住まわっている土地も、そんなにも"都会"という訳ではなくて。結構、土の匂いや川面をわたる風の香り、それなりの広さを望む大空が頭上にありはするけれど。今現在の彼らの頭上に広がるは、濃色のままに貫き抜けるような青空と、ところどころにゆったりと泳ぐ純白の雲が幾つか。そしてその下に、まさに水平線の果てまでも広がっているのが、紺碧の海、海、海。(打ち寄せる波の音のB.G.M.付き。)遠い沖合の海面が、目映いほど降りそそぐ陽光を受けて ちりめんみたいな細波をきらきらと光らせているのが、いつまでも見飽きない風景で、
「海ってサ、今までに一遍も見たことない訳じゃないのにな。なのに、何かワクワクするんだよな。」
 レシーバーくんのそんなご意見へ、相槌半分ふんふんと楽しげに鼻息をこぼしている小さなラインズマンくんと、三人並んで防波堤の上、潮風に頬や髪をなぶられながらのんびりと腰掛けている。
"う〜ん、気持ちいい骨休めだよなぁ。"
 昨日は市街地や内宮のあちこち、名所旧跡というお定まりなコースを、バスを連ねてガヤガヤと全員で同じように見て回った。中日の今日は午前中に海岸沿いへと宿を移して、やはり有名な"夫婦岩"なんぞを見学してから、さてとてと。週明けに提出するレポートへの取材というのが一応のお題目となってはいるが、事実上は"自由行動の日"となっており。同じクラスで同じグループを組んだこの顔触れで、のんびり海なんか眺めていたけれど。さて、じゃあそろそろ資料館に出向きましょうかと、セメント打ちっ放しの堤防の上からそろって立ち上がった、泥門デビルバッツのちびちゃい3人組。小早川瀬那くんと雷門太郎くん、小結大吉くんの3人は、昨日からここ関西のとある海沿いの町へ、修学旅行に来ていたりする。





            ◇



 私立泥門高校の修学旅行は3年の5月末の週半ばと毎年決まっている。学校行事だから連休や土日にかぶさらないようにと考慮されているのは、週末に試合がある運動部への配慮も兼ねているのかも。行き先は毎年同じ、関西の…某あんころ餅やうどんと真珠で有名な、今時だったならスペインの街並みと黒潮市場とが楽しめるテーマパークが有名な。それとそれと、江戸の昔からのお参り旅でも有名な、大きな大きな神社とその周辺の町というのが定番であった…のだが。昨年だけはちょこっと趣きが違ったらしくて、
『今年は どういう訳だか、沖縄フリープランなんていうパック旅行だったのよね。』
 お土産用の卓上シーサーと ちんすこうをセナやモン太くんたちへと配りつつ、一足早くに泳いじゃったとほんのり陽に灼けていた まもりお姉ちゃんが小首を傾げていて。そんな彼女の向こうで、鼻歌混じりに新しい銃のお手入れに余念がなかった誰かさんの画策じゃないのかなと、まもり以外の部員のほとんどがそう思ったが。皆が思ったのなら、わざわざ口にすることもあるまいと、結局謎は謎のままになってしまったのが去年の今頃のお話で。………まま、それはさておいて。
「まずは"海の博物館"ってのに行ってみよっか。」
「そだね。それと、真珠島ってとこと。」
 水族館はどうする? 真珠島に近いからその後で回ろうよ、パンフレットとか忘れずに貰わないとね、写真の方はどうする? ケータイので良いのかな? うん、持って帰ってPCで編集するんならそれを取り込めるし、構わないんじゃないのかな…と、一応は"お勉強"が主眼目の、結構 真面目な観光コースを定めて。Tシャツにカーディガンや麻のジャケット、ボトムはGパン、足元はスニーカーという軽快な普段着にて、高校生にしては小さな3人がトコトコと歩き出す。部活の方はまだ春季大会の真っ最中なのだけれど、これは学校行事だから参加するのも仕方がないこと。それに、主流の二年生たちもここまで勝ち進めばそのポテンシャルも十分高まっているだろから、特に上級生からの指導がなくとも頑張って練習メニューをこなすことだろうし。それとそれと、これは戻ってから判ったことだが、某金髪の過激なOBさんが、留守中の"お目付役"にとマシンガンを背負ってわざわざグラウンドまでお運び下さったらしくって。ご本人の主催する、R大学の新生アメフト部の方はよっぽど順調なんだねぇ。………それはともかく。そんなこんなで後顧の憂いもないままに、学校も地元も…ついでにアメフトからもちょこっとだけ離れた旅の空の下、年相応にはしゃいでいた彼らである。



 修学旅行というと、一昔前だったら…とにもかくにも"団体行動"という印象が強かった。見学する寺社仏閣、古跡に名所に博物館などなど、入館してはゾロゾロ眺めて、さあ次、はい次と追い立てられるようにバスで渡り歩くばかりの、こんなん 奈良でも京都でも、伊勢でも出雲でも、白浜でも熱海でも、長崎でもポルトガルでも
おいおい、何処を回ったって一緒やんかという"市中引き回しの旅"という観が強かったのだがこらこら、最近の修学旅行はちょっと趣きが違うのだそうで。ポケットベルや携帯電話というアイテムを使って、連絡が密に取りやすくなったため、国内旅行に限っては、少人数での所謂"グループ行動"というのが取りやすくなった。危険な事態に巻き込まれないように、はたまた過ぎるほどに羽目を外さないようにという監督も勿論必要ではあるけれど、そうそうガチガチに先生方の監視下に置くというのもいかがなものか。高校生としての自負に任せて…物騒だと予想がつく面子だけをマークということに持ってってもいいのではなかろうかと、困ったことが起こったら連絡なさいという指示を出しての、随分と勝手気儘な旅気分を楽しめる修学旅行も増えつつあるのだとか。
「わ〜。」
 お定まりの博物館の見学に、それでも素直にお口を開けていちいち見入っていた可愛らしい"ちみっ子トリオ"たちは、海女さんたちの真珠採りの実演を見学し、奥深い光沢も気品に満ちた、それは麗しい真珠の養殖法や歴史、世界的に有名な装飾品などの展示と、お姉様方による実演つきの選別の解説などに素直に耳目を傾けて。
「綺麗だけど…やっぱ高いねぇ。」
 お土産用にと設けられた明るい店構えの一角、ショーケースに並んだ指輪やピアス、ブローチやペンダントにネックレスなどという装飾品の数々の、美しさとお値段にほや〜と溜息をつく。…現地だから品質は間違いないのだし、価格の方だって多少はお手頃なんでしょうけれどもね。ところで、真珠というと取引のメッカは神戸なんだそうですね。世界各国のバイヤーがやって来て賑わうそうで、某有名真珠会社の本店もそういえば神戸にある。大阪に松前昆布の老舗が沢山あるのと同じ理由なのかなぁ?
「お土産かぁ。」
 平日でも観光客は他にもいて、仲睦まじい男女が頬を寄せ合うようにしてアクセサリーのショーケースを覗き込んでいたりする。まま、こういう高価なものは学生には無理だよねと、小結くんとセナが顔を見合わせ合って苦笑している傍らで、
"う〜ん、う〜ん。"
 モン太くんがしばらくほど唸っていたのは、綺麗なペンダントを"お母さん"へ買って行こうかどうしようかという迷いではなかったに違いないが。
(苦笑) そういう大きなお買い物は、甲斐性が出来た大人になってからにしようネ?

  「お土産と言ったらさ。」

 次は水族館だ、いるかのショーがあるんだとと、パンフレットを片手に足早になって連絡橋を急ぎつつ、雷門くんが無口なラインマンくんへと話を振る。
「お前、○福を山ほど買ってたけど、あんなにどうすんだ?」
 社宅住まいのそのご近所に配るのだろうか。それにしたって限度があるぞという大箱ごとという勢いで買い求めていた小さな小結くん、問われてぶんぶんと首と手を振って見せる。それを見て…幾刻か。
「…ああ、そっか。」
 まもりや蛭魔が沖縄に行ったのなら、栗田さんもまた沖縄に行ったことになる。沖縄名物にも美味しいものは沢山あろうが、甘党な先輩さんだったので、全国的にも超有名な此処の餡餅も食べたかったに違いない。
「栗田さんなら、沢山食べるものね。」
「〜〜〜。」
 うんうんと嬉しそうに頷く小さなダイナモくん。そういえば…、
"小結くんも…R大学に招聘されてるんだろな。"
 就職組は例外として、大学へと進学する予定でいる三年生の顔触れたちには、どうやってそんな進路希望の情報が手に入ったのだか、某先輩からの入学招聘のお知らせが漏れ無く届いていたりもする。セナくんにはもう既に決定事項としていることであるものの、
"栗田さんがいるから、小結くんもほぼ決定、なのかな?"
 何しろ慕い方が半端ではない。賊学戦を観て"師匠"と見込んだそのまま、初めてのアメフトに挑んだくらいの惚れ込みようだから、何処までもついて行く構えでいるに違いなく、これは頼もしいことだなと、小さく微笑。とはいえど、
"まさかこの自分が…ね。"
 部活を選択条件の主軸に据えて進学を検討する身になろうとは思ってもなかったよなと、今更ながらに何だかドラマチックなことのようにも思えて…ちょこっと面映ゆい。
"なんか、エース級の人みたいだもんな。"
 そんなことを指針の基準に出来るなんて、よほどにその競技へと情熱込めている人でなくては出来ないことであり、ほんの数年前までは丸きりの他人事、凄いね、◇◇くんってスカウトがかかっているんだってねなんて、誰かのお話へ感嘆するばかりの立場だったのにね。………などと、まるで夢のようなという感触でいるお人ですが。その感慨を聞いたなら、此処にいるお友達の二人も、そしてそして、少なからず全国レベルで認められている逸物怪物の誰かさんたちも、何を寝言のようなことを言っているかなと呆れてしまうかもしれない、近来まれに見るほどの卓越したカット走法を身につけた"韋駄天"のくせしてねvv
"そ、そんなそんなっ。//////// ボクくらいの人なんて、大学や実業団のチームに沢山おいでですったら。"
 ほほぉ、行く末は実業団ですかい。
"いやあの、まだそこまでは…。"
 筆者とのMCに気を取られていた小さなランニングバッカーくん。海岸通りの国道を隔てた向こうの水族館へと向かう道筋に入ったところで、誰かさんとぼすんとぶつかり、あややと慌てて我に返った。
「あっ、す、すみませんっ。///////
 ぼんやりしていて、あのそのえっと。/////// トレーニングウェアらしき化繊の感触にお鼻と頬を埋めかけ、あわわと身を引き剥がそうと仕掛かったものの、
「あやや…。///////
 慌て過ぎて力が余ったか、今度は後方へとたたらを踏みそうになる。そんな不安定な状態に陥ったセナくんの小さな体を、

  ――― ひょいと。

 腰へと腕を回して難無く受け止めてしまった、反射神経のいいその人は、

  「………?」

 直訳すると"何で此処にいる?"と訊きたげに、腕の中へちゃっかりと収納した少年へ、ほんのほんの少しだけその凛々しい眉を寄せて見せ。そして、

  「……………え? 進さん? ////////

 セナくんの側でも、何で此処にと…驚きよりも嬉しいという気色の断然強いお顔になってしまった、全くもって正直なお子さんである。そうですよね。関東地方の春のオープン戦でお忙しいはずの、U大学アメフトチーム新鋭のラインバッカー、進清十郎さんが、何でまた初夏の伊勢志摩にいらっしゃる。


   ――― 世に偶然の種は尽きまじ…。
こらこら



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  *ちょこっと趣きを変えて、
   学生さんならではなネタを扱ってみようかと思います。
   やはり行事は一通り浚っておきたいですからね。
   ちなみに、筆者の修学旅行は、中学が長崎で高校では東北りんご狩りでした。
   最近では二年生の冬場にスキー教室も兼ねて行くってのが定番らしいですね。
   スキーか…。出来ない子も嫌いな子もいるんだろうにな。