月夜に、もしも逢えたなら… A
 



          




 初夏の晴れ渡った青空の下に、輪舞曲
ロンドのように繰り返し響く潮騒の音も爽やかな。地元から遥かに離れた、三重県は伊勢志摩という思わぬところで出会ってしまったその人は。知る人ぞ知る…学生アメフト世界にその名を轟かせて もはや数年、中学生の頃から既に全国レベルで実力を注目されていらした、俊足と的確にして鋭い片手タックル"鬼神の槍スピアタックル"を武器とする、進清十郎さんという方で。瀬那たちとは1つ年上で、現在は1部リーグAブロックの、U大アメフト部に所属している新人さんだが、ただ今各地で開催中の春のオープン戦にて早くもデビューなさった、新進気鋭の有望株である。
「今頃ってことは、合宿じゃありませんよね。」
 こちらも顔見知りだからと、一応は目礼を交わしてからながら、懐っこく訊いた雷門くんへ、短く顎を引いて是と頷いて見せ、
「対抗戦があってな。」
 関西の強豪であり、監督同士が同期だという某大学チームとの練習試合と交歓会のようなものが当地にてあったらしい。何とも短いお言いようでそこまで全部が判ったのではなく、詳細は後から追って判ったのだけれど。
『…もしかして進さん、何か不機嫌だったのか?』
 あんまり物おじしない雷門くんから、後で そうと訊かれてしまい、何とも言えない乾いた苦笑を零してしまったセナだったという、余談のおまけはともかくとして。
「………。」
 何度か試合で接した相手。雷門くんに変わらぬほどに、この偉丈夫とは顔なじみである筈の小結くんが、なのに"ふぬぬ"と口許を堅く結んで見せており、それに気づいたセナやモン太くんが"どうしたのか?"と声を掛けようとしたその矢先、
「あ…、うと…。」
 ふぬふぬと何にか力んだかと思ったら、進さんへと向けて深々ぺこりと頭を下げて。それからそれから、何故だか…傍らにいた雷門くんの手を取ると、
「えっ!?」
 何の前触れもなく、脱兎のごとくに水族館の方へ駆け出したから。凄まじい馬力と不意を突かれてとで、強引に連れ去られた雷門くんご本人は言うに及ばず、
「あ………。」
 彼らから取り残されたセナもまた、ただただ唖然とするばかり。宙に浮かせた行き場のない手が、いかに唐突だったかを物語り、
"な、何だったんだろう…。"
 急におトイレにでも行きたくなったのかな。無口ではあるけど引っ込み思案ではない小結くんだし、今更この進さんに人見知りしたとも思えないし。
「あ、あの。進さん…。」
 とりあえず。なんか急にトイレに行ったみたいだから少し待ってましょうかと、長身な彼のお顔を振り仰いだところが、

  「いや。待っていても帰って来ないぞ。」
  「…はい?」

 こちらもこちらで、特に怪訝そうでもない、平生のお顔なままの進さんで。
「失礼しますと言って立ち去ったからな。」
「そ、そうなんですか?」
 そんな言葉を交わして…いたかしら? ちなみに、宿に戻ってからモン太くんに話を聞けば、

  『なんかさ、
   進さんは"アイシールド21"を唯一無二のライバルだって思ってるってのが、
   目と目が合った時に分かったんだと。』

 それで自分たちが邪魔をしちゃあいけないと思い、選んだ行動だったそうであるが。小結くんがそんな風に思ったことが、こうまですんなり通じたということは。もしや…進さんも"パワフルな男語"が通じる人だったのだろうか?
こらこら それはともかく、

  「えと…。///////

 唐突に、しかもお初の土地にての二人きり。置き去られた間の悪さから、セナがどうしたものかとモジモジしていると、

  「歩こうか。」

 落ち着いた声音が掛けられる。お声の主のお顔を見上げれば、涼やかな目許を少々眩しげに細めている進さんで。その目許にかかりかけている不揃いな前髪や、トレーニングウェアの襟が潮風に揺れてはたはたと躍るのを眺めていると、
"ああ、なんか…。"
 いつもの進さんなんだなぁと、それが先んじて…初めての土地で偶々
たまたま出逢ったというのではなく、進さんと一緒に初めての土地にいるという順番になってしまうほど、妙に落ち着いた意識の変換がなされてしまって。そしてそうであることを、

  "嬉しいなぁ…。//////"

 ほわりと思ってしまったセナくんであり。今は修学旅行中であり、此処が紀伊半島という遠いところだなんて事さえ、どうでもよくなってしまったほど。こちらを見やりながら ゆっくりと一歩を踏み出す進さんの傍ら、セナくんもまた、大好きな人のお顔から眸が離せぬままに、とぽとぽと夢心地で歩き始めたのでありました。





            ◇



 海岸線に沿っている堤防にこれまた沿っているため、ところどころで緩やかにカーブしている国道は、平日の昼下がりという時間帯だからか、あまり通りかかる車もなくて。耳に届くは間断なく打ち寄せては引いてゆく波の音だけ。都下に比べれば南国と呼んでいいほどの土地の、気の早い初夏めいた乾いた陽射しが、雄々しき偉丈夫の…明るい色合いのトレーニングウェアに包まれた肩先や広い胸元を照らしており。こそりと見やったそれが何故だか眩しくて、
"カッコいいんだvv"
 だってただのジャージだよ? そりゃさ、有名メーカーの、大学誂えの特別なデザインではあるけれど。背中の両端から脇へだとか、袖の内側には、チームカラーを鮮やかに取り入れてあって、スマートな切り返しとかでシェイプされた型でもあるけれど。それでも"運動着"に過ぎない筈なのにね。ファッション性より機能優先という服装である筈なのにね。だというのに、それをまとった進さんは、どこか…そう、存在感が違う。かっちりと均整の取れた長身は、無駄な脂も無駄な肉もまとってはおらず、幅があって悠然と逞しい上体も引き締まった背中も、すらりと撓
しなやかに伸ばされて颯爽として見えるし。セナに合わせてくれているゆったりとした歩調であるにも関わらず、長い脚の運びにも歩き方そのものにも、弛緩した だらしなさなどは一片もなく、安定感があって頼もしい限り。こちらもどこぞの修学旅行生だろう、前方から同じ舗道をやって来た、セーラー服姿の女子校生らしき一群が。近づくにつれ押し黙り、そして通過後に、

  「…見た?」
  「見た見た見た〜vv
  「カッコい〜〜〜vv
  「此処の人やろか。(当地の人でしょうか)」
  「どやろな(どうだろうか)、何かスポーツの合宿ちゃうか?」
  「せやで(そうだよ)、きっと。」

 潜めた声ながらも黄色い嬌声を上げ合っていたのが、セナの耳にも届いたほど。それが自分の誉れのように嬉しくて、ついつい"ふふvv"なんて口許がほころんでしまったセナくんだったが、

  「一緒の子ォはマネージャーかな?」
  「せやろな(そうだろうね)。」
  「え? カノジョちゃうのん。(GFではないのでしょうか)」
  「え〜。いやや、そんなん。(いやですよう、そんなの)」
  「可愛かったやん。」
  「ウチ、見てへんもん。(私、見ておりませんもの)」

 という会話が続いたことまでは知らない。(一部、バイリンガルにてお送り致しました。/笑)そんな一群からの視線にあって"あややvv"と俯いた小さな少年の様子をどう解釈したのか、
「………。」
 進さんは、つと、立ち止まると、
「上へ上がるぞ。」
 不意にそう言った。え?と、やはり立ち止まったセナくん。こちらへ横顔を見せている進さんが、さっきまで自分たちが腰掛けていたセメントの堤防を見上げているのに気がついて、
「あ、えと…。」
 だったら上へと上がれるようにいう石段が刻まれた所はないかと、遠い前方や今来た背後を振り返りかかったが、

  「…はや?」

 そんな動作の最中だった上半身へと斜め掛けに触れたもの、そのまま腰の辺りにくるりと巻き付いて来たものがある。軽々と足が舗道から浮き上がったと同時に、暖かな存在がふわりと間近になり。その人に片腕で引き寄せられたことを知り、

  "あやや…。///////"

 勢いをつけるでもなく、それは軽やかに。ほぼ"壁"と同様なほどに急な勾配がついている、結構高いセメントの土手を、ひょいひょいと数歩で駆け上がってしまった進さんであり。はい到着と足元が地面へと降ろされても、

  「…えと。」

 自分の身に起こったことへ、意識も体もついて来れてなかったか。小脇に抱えられて瞬間移動をした現状に気がつくのに、ほんのワンテンポ遅れてしまったセナくん。障壁がなくなって(というかそれの上へと移動したがために)見晴らしが良くなった辺りを見回し、テトラポッドや海を見やり、それから。潮風にはためいては頬に当たって擽ったい髪や潮風そのものへ、その大きな瞳を少しばかり細めたが、

  「………あっ。//////

 そんな自分を見下ろしてくれている人にやっと気がつき、長い腕の中に支えられたままなことへ"あわわ…"とジタバタしかかるところが相変わらず。そんなセナくんへ、進さんは…小さく小さくクスクスと微笑って見せたが。抱き締めるでなく、でも、なかなか腕の輪っかを外してくれるでなく。一応は人の目もあろうこんな開けた場所なのに、進さんらしくないことだなと、どうしようパニックがやっとのことでそこへと辿り着いたセナくん。

  "あ…。"

 やっと気づいて、やっと…落ち着く。そして、

  「あ、あのあの。すいませんでした。///////

 優しい深色の眼差しさんへと謝ったのは。きっとセナがこんな風に焦るだろうことを予測して、そして…そんなにも幅はない堤防の上、足を踏み外しては危ないからと、落ち着いて我に返るまでこうしていてくれた進さんだと気がついたから。腰の辺りへ回されていた頼もしい腕はスルリと離され、その代わりに大きな手のひらが背中に触れる。そんな仕草から意を酌んで、暖まったセメントの上、並んで腰を下ろすことにしたセナくんであり。…これは"パワフルな男語"ではないと思います、はい。
(当たり前〜。)

  "ふやぁ〜〜〜vv"

 さっきも爽快だなぁと思ったが、今度は別な…それも格別な想いで胸がいっぱいになる。広い広い海と向かい合うあっけらかんとした広大な風景へ素直に解放感を感じたのは、きっとしっかりと足が地についていたからだと判る。これが例えば迷子になっている時なら、何にも縁
よすがのない身を抱いたまま、心細さや寂寥感を覚えた筈で。そして今、ほこほこと温かい想いで体中がいっぱいなのは、そうやって広がってた胸の中へその広ささえ凌駕しちゃったほど、やっぱり進さんが大好きだという想いが溢れたから。だってね、

  "久し振りだものね。"

 メールは毎日やり取りしているけれど、大学のお勉強と、それから新しいチームでの練習や合宿でそれはお忙しい進さんだから。以前のように、学校帰りに週の半分ほども逢えたのと同じような感覚では到底いられなくって。直接にはなかなか逢えなくても、以前よりずんと間近いところにいるんだなって、そう思うだけで満足して過ごしてた。その進さんと、こんなところでご一緒出来たなんて…っvv

  "こんな偶然、そうそうある筈がないものねvv"

 嬉しすぎて"夢だったらどうしよう"と思うほど。ちらっと覗いた横顔は、やっぱり大好きな男らしいお顔だったから、良かった良かったと胸を撫で下ろしていると、そのお顔が不意にこっちを向いた。あやや、見てたの、気づいちゃったのかな。いけないことをしていた訳でもないだろうにね。セナくん、慌てて、大きな眸をぱちぱちと瞬いた。そんな彼へ、

  「…こ、」

 何か言いかかった進さんだったのだが、
「あれぇ? もしかしてあなた。」
 二人のお尻の下、正確には堤防の下からの良く通るお声に機先を制されてしまった模様。伸びやかな女性の声であり、
「えと、確かセナくん、よね?」
 知り合いがいる筈のない土地だのに。ご指名されて、肩越しにそちらを見やれば…さらさらとした髪を細い指先で押さえながら、こちらを見上げている女性がいる。明るい色合いのカットソーに木綿の半袖のカーディガン。スリムなシルエットのサブリナパンツがお似合いの、ほっそりとした小柄な人で、快活そうなお顔の…あれ? 見覚えがあるぞと、セナくんが気がついたとほぼ同時、
「忘れちゃったかな。U大アメフト部のマネージャーさんですよ〜vv お久し振り〜vv
「…あ。」
 そうだったそうだったと思い出して、コンクリートの上、投げ出していた脚を引き、体の方向を変えながらぴょこりと立ち上がりかけたものの、そのままそのままと手真似で制された。そして、
「進くん、キャプテン見なかったかな。」
 振り返りかけたため、背後になってしまったセナの連れへとお声を掛ける。…進くん。そっか、確か先輩さんだからそう呼ぶわな、うん。でも、
"…なんか、違和感が。"
 こんな威容に満ちた人でも、年下なら怖くないんだな、女の人って凄いなあと、妙な方向で感心したセナだ。いや、そんな風に"標準的なこと"だと思い込まれても困りますが。
(笑) 思うに、彼の周囲にいる妙齢の女性というと、あのまもりさんといい、鈴音ちゃんといい、それからそれから たまきさんといい、怖いもの知らずな方々が多いようなのも問題なのかも…。(う〜んう〜ん。)小さなセナくんの、まさに頭越しでの会話は…当の進さんのお声は聞こえなかったが、大方かぶりを振って見せたのだろう。それで一応通じたらしく、
「そっか。こっちにも来てないか。」
 腰に拳をぐいと当て、む〜んと眉を寄せる彼女であり、
「んもぉ〜〜〜。お土産、一緒に見て回ろうって言ってたのに。」
 ぼそっと呟いたのがセナにも聞こえて…あやや、それって。////// お御馳走様ですvv
「ま・いっか。」
 切り替えの早いお姉様。他を当たるかと思い直したか、お顔を上げると、
「あ、そうそう。晩のミーティングの時間だけど、夕食後の8時からに変更になったからね。」
 マネージャーさんとしてはそっちを告げるのが先だったのではという伝言を残し、踵を返すと…ぷんぷんと怒ったままに来た方へ戻ってゆく。細いくるぶしを乗せたミュールの踵が揺らぎもしない安定感は、やっぱり女の人って凄いなぁとセナを感心させたのだが、

  「…小早川。」

 あ。そうそう、そうでした。突然のマネージャーさんの乱入で遮られちゃいましたが、そういえば、さっき何か言いかけていた進さんではなかったか。海の方から国道側へと振り返りかけていたものだから、小さなお膝を揃えての正座を崩したような格好で、進さんに背中を向けて座っていたセナくん。再び海の方へと体を向け直すと、お顔を進さんの方へと振り向ける。はいと良いお返事をして、少しばかり小首を傾げ、真っ直ぐ見上げてくれる稚
いとけないお顔に、潮風にあおられた猫っ毛がはたはたと当たっているのが擽ったげで、
「…進さん?」
 言葉を失くしたかのように黙りこくったお兄様へ、もとえ…進さんへ(お話が違うって/笑)キョトンとして ますます小首を傾げてしまうセナであり。陽に透ける琥珀色の瞳に見とれていましたお兄さん。我に返って…口許へと寄せた拳に"んんっ"と空咳を一つ零すと、

  「予定を、訊いては来なかったな。」

 大学のある東京を離れたこんな遠隔地へ練習試合に赴いていたことはもとより、チームの試合の状況やら合宿の休養日予定さえも、一切訊いて来なかったセナだと。それを口にした進さんであるらしく、

  「こっちに来ているというのも知らなかったし。」
  「あ…。」

 毎日のようにメールをやり取りしていたにもかかわらず、セナがこうして地元から離れていたことさえ知らなかった。進さんの予定というものを一切訊かず、当たり障りのない気候の話なんぞしかメールの話題に選ばなかったセナだったから。その反動か、自分の側の予定も話してはいなかったと気がついた。デビルバッツの春季大会での戦歴も、そして…昨日から此処へと修学旅行に来ていたことも。
「えと…あの。」
「何か、気遣ってくれたのか?」
 言葉は端的だが、責めるような口調ではないと判るから尚のこと、
「…ごめんなさい。」
 小さな肩から元気が抜けて、見る見る内にしょぼんと落ちてしまう。意識してやったことではない。でも、こうやって逆に進さんから気遣われていては意味がない。それと判って、自分の浅慮に意気消沈するセナであり、
「負担になるとどうして思う?」
「あの、お忙しいだろうなって思って。」
 さすがにお付き合いも長くなって来たせいか、セナが自分へ尻込みをするとしたならそれはそういうことが理由だろうと、目串を刺せるようにもなった進さんであるらしく。だが、それを言うならセナの側もまた、
「進さんは…あの、ボクのことから目を逸らさないようにって、それはそれは気を遣ってくれるから。」
 決して自惚れではなく、そういう人だと思う。自分を不器用だと自覚しているからだろう、これまでうかうかして来た分も取り返さんという集中で、ともすれば試合中以上にしっかりと向き合ってくれる人なだけに。予定を聞けば、それじゃあその中のいつ逢おうかなんて、そこまで言い出してくれるかもしれない。急に気の利いた人になった訳ではなく、それもやはりどこか不器用な、実直で温かな彼らしさ。勿論、セナには嬉しいことであるけれど、
「それに、ボクのことなんて詰まんないことですし。」
 そんなことで煩わせてはいけないと、そう思ったと正直に口にした。こんな言い方も叱られちゃうかな。ボクってどうしてこうも気が利かないんだろ。これでは却って傷つけてしまうのに。そんなこんなと思ってしまい、知らず、視線がお膝の上へと落ちていたセナだったが、

  「そんなことはない。」

 潮騒にもくるみ込まれず、真っ直ぐに届いた、響きの良い声。あまりに真っ直ぐに届いたものだから、はっとそちらを見上げてみれば、
"あ…。"
 それは穏やかな表情になってこちらを見やっている深色の瞳と視線がかち合う。屈強精悍、烈にして豪。日頃、それはそれは覇気に満ちた眸をした雄々しい人が。威容という名の衣をまとって、選ばれた者のみが立っていられる孤高の峰の頂きに悠然とその身を置いている人が。実直真摯な眼差しを、こんなにも小さな自分へ向けて、真っ直ぐ注いでくれている。射貫くような鋭さや強さではなく、まるで…その両手の中へと捕まえた蝶々をそぉっと覗き込むような、見やったそのまま自然と柔らかに微笑ってくれるような。そんなやあらかい眼差しであり、
「前にも言った筈だ。小早川のことなら、何でも知っておきたい。」
 自分はあんまり気が利く男ではないから、察しや機転というものを回してやるなんて、到底こなせはしないと思う。だから。知らなかった、気がつかなかったと後から残念がっても遅いから、何でも話してほしいと思うし、
「わざわざ言っておかなかったのは、言う必要がないと思ってのことではなく。俺の場合は本当にうっかりしている場合も多かろうから。」
 威張って言うことではないけれどと微かに照れたような苦笑をしてから。幾らでもそちらから訊いてほしいと。静かなお声で訥々と紡いでくれて、それから。

  「小早川から関心を持ってもらうのは、正直、嬉しいことだ。」
  「あ…。///////

 もうもう、この人はと。頬を真っ赤にしたセナが、言葉に詰まって"う〜う〜 /////"と唸ってしまう。とんでもないことをぺろっと言ってしまうところは以前からのことながら、何だか急に大人びて、それからそれから、あのそのえっと。ちょびっと大胆になったような気がするのは、果たしてこちらの気のせいだろうか。
「あ、えと…。///////
 視線は外せないまま、されど、返す言葉が見当たらず。ともすればちょっぴり怒ってでもいるようなお顔になったセナくん。勢い余って、


   ……………ぽふん、と。


 進さんのお胸へおでこをくっつける。俯いてはいけないと、いつもいつも言われているけど、でもでも、何だか恥ずかしくって。進さんの優しい眼差しが、気持ち良いんだけれど、でもでも、何だか居たたまれなくって。それで"えいっ"と思い切って逃げ込んだ、奥行きの深い懐ろは、

  「…っ。」

 触れたその一瞬、ひくりと震えたのが伝わって来て。おやや? 進さん、余裕はどこへ? そうと感じたと同時に…ちょこっとだけ。あのね、ホントにちょっとだけ、してやったりって思っちゃったセナくんで。
"えっと…。///////"
 間近になった大人の匂いに、ますますと頬にお熱が集まったけれど。隙間を吹き抜ける潮風が"いい子いい子"と宥めてくれる。ドキドキはなかなか収まらないけれど、一方的に"困ったどうしよう"のパニックは起きなかったから………これはセナくんの側のちょっとした成長とみても良いのかな? 気を取り直したみたいに、そぉっと背中へと伸ばされた大きな手が、こちらは本当に"いい子いい子"と撫でてくれて。


  「こんな風に偶然から思いがけなく逢えるのも、印象が深くて良いものだがな。」
  「はい。///////


 一応は学校行事の"修学旅行"の真っ最中だというのにね。思わぬことから大好きな人との逢瀬を楽しめて、しかもこんなに甘いお言葉を聞くことが出来て。それで少しは浮かれていたか、こんな開けたところで人目も憚らず寄り添い合ってたことへも、やっぱり"困ったどうしよう"のパニックは起きなかったセナくんで。広い広い背中に匿
かくまわれていたので、セナくん、クラスや学校の子たちには見つかりませんでした。



  ――― 海と空と"あなた"だけが知ってる、ひ・み・つ♪
こらこら





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  *…なんと言いますか。
   こういうのは大人の余裕とは言わないかも知れません。
   単に"むっつり"から"はっきり"に脱皮しつつあるというか。
   進さんたら、大学生になって妙に積極的になったような気が…。
   この暑いのに、相変わらずな人たちですいません。
   いちゃいちゃモードに入ると、
   ト書までが甘えまくった言い回しになってすいません。(パガヤさん風に。)