初夏 緑 A
 



          




 泥門駅の裏手にあって、今の時期だと瑞々しくも豊かな緑も目に鮮やかな、広々とした緑地公園と。それへと隣接している、屋外アスレチック施設中心のアミューズメント・ジムナスティック・パーク。
「そういや、開園した時は、泥門市&イルマ・フィットネス協催、なんて言ってなかったっけ?」
「そうやっとけば市の広報誌や新聞にも宣伝を載せられるからだ。」
 具体的な関わりはといえば、利用者の内の泥門市民には特典がつきますよと謡っていることと、市が主催する健康診断やら市民祭りの会場にどうぞお使い下さいと、敷地や施設を無料提供していることくらい。色々なことを許認可していただいてはいるけれど、
「だからって、課税的なところでの厚遇や優遇はされてねぇし、大元の資本にも運営にも、税金やら公金やらは一切つぎ込まれてねぇよ。」
 だからして。どんな規模や趣旨のイベントを催そうと、誰に遠慮がいるものかという態勢でいて構わない、完全に企業主体の運営施設であり、それだからこそ…だっていうのに有効活用がなされていないのが、うら若きオーナー様には少々面白くなかったらしく、
「何も“利用してお金使って下さい”っていう順番じゃなくたっていいんだ。日頃だって稼働率が低いのを何とかしろとは言ってるが、成績上げろとは言ってねぇ。」
 例えば、此処で催されるイベントの中であなたの会社の宣伝が出来ますよ…という、スポンサー参加なんて、基本中の基本だってのに、
「どうして気がつかねぇのかな、ウチの営業担当はよ。」
 そんなにも公共施設向けの素人ばっか集めたつもりはねぇんだがと、あまりの機転の利かなさへと歯咬みをし、
「事務職しか知らねぇ、典型的な“天下り”もいねぇしな。」
「こらこら、妖一。」
 先の章だけでは足りなかったか、またまた物騒なことを口にした金髪痩躯のオーナー様だったもの、桜庭くんが何とか窘める。
「でもさ、まさか“ご相談下されば無料プランもバンバンご提案いたしますから、ともかくじゃんじゃん利用して下さい”ってことが下敷きになってるだなんて、前以て言われてないと気がつきようがない方針だと思うんだけれども。」
 だよねぇ。普通の感覚なら、しかも、地方公共団体に属さない民間資本の施設である以上は。稼働率が低いじゃねぇか、もっとしっかり働けなんて言われたら、それはイコール、成績を上げろと、つまりは売上実績を上げろと言われたのだと思うのが、資本主義国のサラリーマンの常識で。
「スポンサー募集にしてもさ、宣伝費として出資してもらったその上で“協賛”扱いとなるって考え方になるのが普通なんだってば。」
 イベントを1つ催そうものならば、施設利用費だけじゃあなく、そりゃあもうもう大変な手間暇と費用がかかるもの。準備段階では物資の手配や設営のプランニングを煮詰めにゃならないし、人集めの確認とスタッフへの注意事項の申し送りや周知、担当各位への連絡網の確保、各方面への広報なども必要。当日は当日で、案内係だ構内の警備だと、様々なケアへの人件費だって馬鹿にはならないのだし、宣伝を打つなら、スポンサーの名前入りポスターだ手旗だ、社名入りゼッケンだと、そういったアイテムだって揃えねばならず、
“そういうのを全部こっち持ち出しでやらせてもらえるなんて、どこの会社が思うもんかい。”
 ただ単に、お名前や企画への大義名分を拝借したいだけ。だって、ここいらを人通りの少ない侘しいところにしたくないんですものと、某深キョン主演の『富豪刑事』で展開されてる“法外な おとり捜査”みたいな順番のサービスを絶賛展開中なのだと、何処の誰が現実世界で思うものだろか。
「…今、これだから金持ちのお坊ちゃんはとか思わなかったか?」
「そこまでは思ってないけど、サ。」
 妖一ほどにも発想が柔軟だとか、一歩どころか十歩も百歩も先まで機転が利くとかいうよな人ってのは、まだまだ年功序列が物を言ってるよな大人の世界じゃあ、もっともっと見つけるのが難しいんだから。古臭かろうと融通が利いてなかろうと、そういうオーソドックスな考え方ってのもちゃんと織り込んでおかないとね、と。一足先にそういう大人の世界へ出ていたアイドルさんが、言葉を選んでどうどうと宥めて差し上げる。彼が引っ張り出されていたのは…自分自身が商品であるということから、損得・欲得、色んなことが渦巻いてる気配をそれはそれは生々しくも まんま肌身に感じてたような、百鬼夜行ぶりでは政財界にも負けてませんという“芸能界”なんてところだからね。書式があって手順があって、それをこなせばいいってもんじゃあないような。相手次第・情勢次第な戦場で、辛かろうと不愉快だろうと笑い続けていられる逞しさや強さを、少しずつ身に染ませて来た彼だから、
「後でこっそり会場とかコースの方も見て回るんでしょう?」
 楽しみだなぁ、こんな沢山の一般のお客様たちの中にわざわざ紛れるのって凄い久し振りだもんね。顔が指さないようにってくれぐれも気をつけなきゃね…なんて。ちょっぴりお気楽なことを言い出しては、そんな道化ぶりにて鋭敏さが過ぎる切れ者な恋人さんを宥めて差し上げる。
「…わぁったよ。」
 もう怒ってませんから、だからそういうわざとらしい純朴ぶりっこはやめにしなと。呆れたような顔をされたら、はい・成功vv


  「お前、年々と厚かましさが増してねぇか?」
  「やだな、肝が座って来たって言ってよねvv
  「アイドルってのは薹
とうが立つと皆そうなるもんなのか?」
  「さあ? でも、妖一がヤダって言うんなら改める。」
  「別に…立派な処世術だから俺は構わねぇ。」
  「よかったぁvv


 こちらさんは、特に問題はなさそうでございますvv
(なんだかな〜vv)







            ◇



 それでは、会場の方へとカメラを移してみましょうか。
「涼しくても水分補給は忘れずにいてくださいね。」
「コース沿いの他にもドリンクスタンドが設けられておりますので、どうぞご利用下さいませ〜vv
 いかにも判りやすい“玉のような”汗をかかずとも、体を動かせば熱量が放射され、その発熱を冷やそうとする気化熱現象が起きて、水分も使われる。よって、それが水泳中であっても水分補給は大切で、
「大昔は水を飲むのはダラける原因
モトだなんてな、とんでもない根性論がまかり通ってたらしいけどもな。」
 今から思えば恐ろしい話ですが。(ホンマにな) ただまあ、当時は今ほど、町のコンクリート化やアスファルト化も進んではおらず、緑もふんだんなまでに多かったことでしょうから。大気の含む水分量とか空気の澄み方だとかいう、環境の方の基準も色々と違ってたんで、そんなデタラメを豪語されてても大ごとにはならなかった…ってトコなんでしょうね。
「あ、はい。受付は総合センター内の特設カウンターで行っております。」
 老若男女を問わずして、穏やかそうな笑顔と腰の低さを発揮出来るところを買われ、愛想よくご案内を続けている小さなランニングバッカーさんへ、
「相変わらず、お前らんトコの悪魔野郎は人使いが荒れぇのな。」
 よおという気さくなお声がかけられて。肩越し、そちらを振り向けば、
「あ、葉柱さん。」
 相変わらずという点ではいい勝負で、排気量の大きい大型バイクを苦もなく操る、ちょっと恐持てのお兄さんに声をかけられたセナが、なのに“ニコォッ”と人懐っこい笑顔を振り向けている。賊徒学園の大学部へと進まれて、昨年度の3部リーグでは同じブロックで首位を争う間柄だった“フリル・ド・リザード”の主将をお務めになっており。高等部時代ほどには“ご近所さん”でもなくなってしまったものの、何かというと今でもこうして馴染みとしての扱いをして下さる、結構ざっかけない御仁でもあって。
「商業ベースが少しでも咬んでる催しへの大々的な宣伝には、俺も大っぴらには参加出来ねぇが。」
 何たって都議の御曹司ですので、特定企業への癒着じゃ何じゃと、痛くもない腹を探られては親御さんが困るし、そこんところは蛭魔さんも心得ておいでだったらしく。アメフト大会の宣伝に関しては何も言って来なかったその代わりか、このミニマラソン大会の告知に関しては族の方への融通を利かせろというお達しが久々に来たのだそうな。地元の、それも“参加費無料”という、利潤は生まれない催しですからねぇ。
「人をいつまで“奴隷”扱いしてやがるんだか。」
 ケッと忌ま忌ましげに言い放った彼だったものの、
“でも、蹴らずに来て下さったんですものね。”
 いかにも柄が悪くて恐持てだけれど、アメフトに懸ける意志の潔癖さや情熱の純度は自分たちと同じな人だってこと、もうちゃんと知っているから。どんなに乱暴な振る舞いをしても、ああいい人なんだなぁという感慨しか出て来ないセナくんだったりし、
「今日は特に何をしろとも言われてねぇんだがな。まあ、こんだけ人が集まってんなら、あいつも十分満足してんだろうし。」
 アメフトのトーナメント大会の方への告知用にと支給された、ジャージとか何とかをまとってはいない彼だったので、そんなところなのだろなとはセナにも判っていたものの、だとしたら自主的にお運び下さった彼だということであり、
「ええ。せっかく集めてもらったものなんだからって、ボクらにもしっかり仕事しろって、そりゃあ発破をかけられました。」
 はにゃんvvと童顔をゆるめて笑った後輩さんへ、釣られてのことかそちらもなかなか男らしい笑い方を返して下さり。それじゃあなと、今は羽織っていないはずのあの白くて長かった学ランの裾、鮮やかに翻したように見えたほどの颯爽とした身ごなしにて、その場から離れて行った総長さん。貫禄も健在の存在感に呑まれてか、しばらくほどその場に立ち尽くし、その大きな背中を見送ってしまったセナだったのだが、

  「怖ぇえのに声かけられてんのな、お前。」
  「そんなへっぴり腰でいっからだぞ?」

  「……………はい?」

 お揃いのジャージ姿の何人か。葉柱を見送った直後のセナを、背後から急襲して下さった一団があり。あまりにも隙だらけだったということか、馴れ馴れしくも肩を組むように腕を回されてたりしたのへ、
“え? え? え?”
 あまりに唐突なことだったせいもあって、自分に何が起きたのか、すぐには解析出来ずにいたほど。
「なあなあ、お前サ。もしかして俺らのガッコへの転校生か?」
「ははは、はいぃ?」
 そんな口調にて話しかけて来た相手は、どう見ても。お揃いのジャージの胸元にプリントされてる校章からして、どこぞかの中学生ではなかろうかと思われて。
“うわぁ〜、最近の中学生って背が高い〜〜〜。”
 おいおいおいおい。そこかい、ツッコミどころはっ。
(苦笑)
「もしかして此処の関係者から頼まれて手伝ってんだろ?」
 肩を組んで来た子ではなく、反対側のお隣りに立った子からはそんな風に断じられ。こんな開けた場所だってことといい、言い掛かりや難癖をつけて来たとか、そういう物騒な空気は…悲しいかな長年の覚えがあったことから嗅ぎ分けられる身の分析力を持って来て判断してみても、あんまり感じられはしなかったものの。
“…だったら何で?”
 此処に来たってことはマラソンに参加しに来た子たちだろうに、仲良しグループで協力し合って、見知らぬ男子をナンパしていてどうするか。
(まったくだ・笑) 彼らの意図が読めなくて、どうしたものかと反応に困っていたところ、
「見慣れない顔だけど、それ。」
 肩を組んでた子が指差したのは、セナが羽織ってたジャージのワッペンで、
「アメフト好きってことなら、俺らのフラッグフット部に入れよ。」
「あ、カズシ、調子いいの。」
「まだ同好会じゃんよ。」
「うっせぇな。部員が増えりゃあ部に昇格出来んだよ。」
 ああそっかと、事情が見えて来て…それと同時に何となく微笑ましくなった。初めての試合からして、部員だけじゃあ到底足りずという台所事情から、いきなり助っ人探しに奔走させられたしねぇ。
(苦笑) 大好きなことへの一生懸命っていうのはどこの誰にもあって。それぞれなりの色んな形になってても、感触というか何かどこかが一緒で、暖かいやら擽ったいやら。
“部員が集まり始めてからも、対外試合を構えては“観に来て下さい”っていう宣伝もさせられてたし。”
 勿論、セナたちは練習の方が優先されていたが、さっき声をかけて来た葉柱なんぞは広報担当という肩書があっても良かったほどに、チームや族のかたがた総動員で駆け回されてもいたっけね。
「なあなあ頼むよ。夏休み前に地区大会の予選が始まるんだ。」
「何組だ? つか、何年なんだ? お前。」
「3年ってこたないよな? 3組までしかないんだから、俺らが知らねぇ筈ないし。」
 あああ、それってもしかして“だったら中学二年生か一年生”だと思われてるってことだろか。これでも…大学に上がってからも、少しだけ背は伸びたのにな。心の中にて見えない涙を滂沱と流していたところ、

  「こら、お前ら。大先輩に向かって何タメグチ利いとんや。」
  「あ…。」

 随分と至近からひょこっと顔を覗かせた存在があり、そんな彼を見やった男の子たちが途端に居住まいを正してしまう。セナのことまで知っていたくらいで、こちらからもようよう馴染みのある人物であり、
「虎吉くん。」
「よっ、ウチの後輩が失礼してもたな。」
 にこやかに笑った彼こそは、妙な縁があって顔なじみとなった男の子。アメフト大好き小学生だったけれど、交通事故に遭って入院することとなってしまい。それが…かねがね彼が憧れてた桜庭選手と同じ病室だったことから、ちょっぴり凹みかけてた桜庭さんを励まし、そして、セナにも“嘘がホントになるくらい”強くなろうって決意をさせた一件となった。そんな縁があって知り合った、虎吉という名前の男の子。こちらさんもセナととっつかっつな小兵ながら、それでもこの春から、進学先の高校で名レシーバーとして早くも注目を浴びつつあるという、目玉選手であり。関西弁も健在な彼が、それは親しげに話しかけている姿から
「先輩、こいつ知ってるんですか?」
 もしかせずとも彼の出身中学の子らだったらしく、いきなり言葉遣いが改まったところはなかなか素直。
「あほう。年上にタメグチ聞くとは何事や。」
 しかも指差しまでしおってと、軽いものながら拳骨にての“修正”が入ってから、
「お前らも知ってるはずのお人やで。」
「え? じゃあアメフトやってる人ですか?」
「けど…どこの高校の選手なんですよう。」
 これでも一通りの有名選手は知ってる身、なのにこの顔には覚えがないぞと、不服そうなお声が口々に上がり、
「せやなぁ。相変わらず、フィールドの外におる時は、至って地味な兄ちゃんやからなぁ。」
 そういう資質なのは変わってへんなぁと、虎吉くんからまで困ったように笑われている始末。…と、そんなところへ、

  「………え?」

 ぽーんっと山なりに飛んで来たボールがあって。そちらに背中を向けていたレシーバーくんが反応出来なかったのは仕方がない。そんな彼の肩の上の空間を、絶妙なコース取りにて抉るように滑空して来た茶色のボール。ちょうど虎吉くんの正面に当たる位置に立ってたセナが、条件反射のようなこととて、その手へ“ぱしり”と受け止めてみたれば、
「アメフトボール?」
 今日はミニマラソンだってのに、何でまたこんな場違いなボールが飛んで来たやらと、お顔を揃えてた全員でキョトンとしてから、次には飛んで来た方を見やったところが、
「蛭魔さん?」
 お連れさんが芸能人で、顔が指す人だからってことから、今日は一日中VIP室に引っ込んでて、そこから全体の流れの統合を担当するとか言ってたオーナー様なのにね。
「危ないじゃないですか。」
 こんな人込みで、しかもこんな硬いボール投げるなんて。どんなにコントロールの素晴らしい人かを知ってはいても、此処は試合中のグラウンドじゃあないんだしと、主将様の困った行為へ困ったようなお顔をして見せたセナだったものの、
「きっちり受け止められたんだ、善処しな。」
 やっぱりねという感のある、けろりとしたお言葉を返して下さっただけ。いやいや、だけ…なんてもんで片付けてちゃいけなかったらしくって。相変わらずのピンピンと尖らせた金髪を薄陽に光らせ、妙に楽しそうな“に〜んまり”としたお顔になってる妖一さんなもんだから、

  “もしかして…何か企んでませんか?”

 そんな風にピンと来た辺り、セナくん、さすがの学習能力だったのかも。というのが、
「さあ、出番だからね?」
 そんなオーナー様の傍ら、一応はスポーツキャップを深めにかぶって花の顔容
かんばせを隠してた、とっても背が高くて見覚えのあるハンサムさんが。くすすvvと笑いつつ、ぽんぽんって気さくげに肩を叩いて見せたもう一人のお連れさんがいて。
「おい、糞チビ。そいつを躱してボールを持って来れば、今日はもう帰っていいぞ?」
 よくよく使い込まれた鞭のように、スリムだが強靭そうな肢体をそれはそれは居丈高にも踏ん反り返らせ、我らが悪魔様がそんな言いようをしたのが号砲代わりだったのか。トレーニングウェア姿のその方が、

  ――― ザッ、と。

 唐突に始まった彼らのやり取りを、訳が判らないながら、それでも視線をやって眺めていた方々が。一瞬、その人物の姿を見失ってしまったほどもの、凄まじい初速にて。照準を合わせられたこっちにだけは自分に向けての一直線だと判る、意識的なダッシュを見せたその瞬間、
“…あ。”
 セナの中で、何かのスイッチがカチリと入る。何がどうしてという理屈を越えての反応。自分はランニングバッカーだから、ボールを手にしたらフィールドを駆け上がるのが仕事。胸の前、懐ろに、ボールを両腕でしっかと抱え込むようにし、素早く前傾姿勢になったと同時、こちらさんもまた、なめらかな初速に乗って駆け出しており。
「え…?」
 よくは見えなかったけれど加速風をまとった何かが、通り過ぎたみたいかなと。大概の人はそんなトコどまりの体感しか出来ないところ。そこはアメフト小僧たちで、
「凄げぇ、あいつも速いぞ。」
「いやそれよか、あっちの兄ちゃんて…もしかして。」
 双方をちゃんと視野の中に収めたまんま、見覚えがなくはないかという反応をしたそのほぼ同じ瞬時に思い出せるのが、これぞ脳年齢の若さの賜物というやつだろう。
(こらこら)
「! 思い出した! あれって進選手じゃんかよ!」
「え?」
「だから、U大フランベルジュの進だってばっ!」
 …そんな軽やかな名前のチームだったですか、U大。
(苦笑) 両手持ちで背中に負うほどではないが、それでも大きめの剣という意味のフランス語で。高校までいた“ホワイトナイツ”と微妙に縁続きなお名前ですこと。いやいや、そんなことも今はともかくとして。
「何でそんな凄げぇ選手がこんなトコに居んだよ。」
「俺が知るかよっ。」
 そのスポーツが好きだからこそ、優秀なプレイヤーへもまた、単に有名な選手だという把握を越えた感覚でワクワクしてしまう。そんな表情を隠しもしないまま、いきなり始まった奇妙な顔合わせでの“一騎打ち”に、中学生フットボウラー一同の視線は釘付けとなっており。そんな彼らの熱き視線が捕らえている二人は、片やが巧みなカットにて行き交う人々の隙間を掻いくぐっての前進を続ければ、それを見据えたままの片やもまた、自分の取る進路上に居合わせた人物たちを徒に突き飛ばすことのない精密さにて、標的の相手を逃さぬ構えで追撃をし。あっと言う間に…お互いの目の前にはお互いしかいないほどの接近をし果
おおせた二人、いよいよの瞬間へとにじり寄る。
「あっ!」
 駆け抜けようとするセナの側も止まる気配はないままだったし、それを阻止する側の進の方もまた、足を止める気配はなく。このままじゃあ正面衝突は必至だぞ。あっちの大きなお兄さんはともかく、こっちの小さい彼はそんなことにでもなったら大怪我をしやしないか…と、間近に居合わせた通行人の方のうちの何人かがギョッとして下さったその眼前にて。

  ――― 素早く爪先を大きく踏み替えてのクロスステップもなめらかに、

 この加速でこの幅を一瞬で左右に振るのは、脚や膝、腰なんかに相当無理な負荷がかかってしまうに違いない、そんな途轍もない左右へのフェイントをかけての、ノンストップの切り返し走法。

  「あれって“デビルバット・ゴースト”だっ!」
  「えっ!」

 だってそんな。あれって普通の走りでも、Xリーグの選手だってそうそうこなせる人っていないんだぞ? しかも、デビルバット・ゴーストはもっとずっと速い、4.2秒ランのまんまでの切り返しだから、それが出来る人って言ったらR大の………。

  「せや。あれは小早川瀬那センシュや。」
  「えええぇぇ〜〜〜〜〜っっっ!!!」

 後輩さんたちの素直な驚愕のお声を耳にし、うわぁ、これて ごっつ快感やなぁと、虎吉くんがホクホク喜んでる目の前にて。それは鮮やかに走行コースを左右に振ったかと思いきや、それを見てからのわざわざの判断を乗せていては手をつけられそうにないという、勢いに乗った冴えた反射にて。速回しの映像もかくやという的確な素早さで、ボールを抱えて突進してった側の小柄な少年が、正面からだが“追っ手”の青年の脇を絶妙なタイミングにて擦り抜けかかった。
「やたっ! 抜けたっ。」
「いや、こっからや。」
 純粋にマラソンへ参加しに来ている方々には、一体何が行われているのやら、さっぱり訳が分からなかったコトだろが。そこいら中に貼られた宣伝ポスターに記されていた“アメフト大会”にも理解を寄せてた層にしてみりゃあ、思わぬところでの拾い物、そうそうこうまでの至近では見られない名勝負だったから。虎吉くんとその後輩さんたちのみならず、それこそご近所にある泥門高校の生徒さんたちや賊徒学園のアメフト部の面々などは、手に汗握って見守った、刹那の対決だったのだけれども。

  「………え?」

 これでも何度か交流戦で当たっているし、朝のジョギングの延長とかで、あのあの時々は疑似セットにてのシチェーション練習もしているから。進さんの腕の長さやその反射速度は、割と把握出来てるつもりだったのにね。完全に引き離せなくとも、普通の相手より何拍か早く切り返せば、その腕からだってギリギリ何とか擦り抜けられると思っていたらば…あらら、
「わっ!」
 プロテクターを着てはいない身だからという方向での手加減を感じる、そんな掴み掛かり方にて。躱したそのまま引き離しかけたセナの、彼からは向こう側になる脇を、何と後ろへ伸ばした手でがっしと掴んだ進さんであり。擦り抜けたセナを追って、半身を返して振り返りざまに腕を伸ばしていては追いつけないと見切ってからの、その身体の的確 且つ迅速な反応が、相変わらずにとんでもない人であることよ。
「野球で言えば、バックハンドか。」
「ああ、イチローが時々外野でやって見せてるアレな〜。」
 大きな手が、ただ握っているのではなく。指の1本1本にまできっちりと意識を配しての機能を見せた上で、がっつりと捕まえているから、あのね? ちょっとやそっと引いたくらいじゃあ振りほどけない掴み方であり。わあと声が出たそのまんま、その場で…掴まれたところを基点にくるんと回ってしまったセナくん。勢い余ってたたらを踏んで、転びそうになったのをやすやす引き上げられて捕まってしまい、
「はやや…。////////
 もはや“戦利品”扱いにて、小脇に抱えられてしまってたりし。実際にかかった所要時間は5分とかかっていなかったものの、一体何のドラマの収録がいきなり始まったんでしょうかというほどに、見ごたえは十分あった真剣勝負。周囲にいた人々が思わずわっと沸いて拍手を送り、そして、
「あ、やっぱりそうだ。あの子“アイシールド21”だ。」
「うんうん、ケーブルテレビで観てたvv
「今だって大学の試合に出てるわよう。」
「え? それホント?」
 あああ、とうとうお顔が割れてしまったみたいです。そんな空気が周囲に膨らんで来た気配だってのを、感じ取ってか…それともこれもまた、前以ての予測の範囲内だったのか。黒っぽいスムースジャージのハイネックカットソーに、これもまたスリムなデザインのパンツという、相変わらずの黒づくめ。今日はこれでも結構軽装の彼を、誰が此処の独裁者だと思うやら…といういで立ちの悪魔様、
「セナちびはアウトだったが、進はクリアしたってことで、約束は守ってやんぞ。おかげさんでいい宣伝になったしな。」
「ははは、はいぃ?」
 何のことやらと、大きめのテディベア状態で小脇に抱えられたまんまなセナがきょとんとしていると、

  「俺もな、小早川を捕まえられたなら、持って帰っていいと言われた。」
  「あやあやあや…。////////

 進さんてば、そんな、思い切り真顔で何てことを言って下さいますかね。
(苦笑) 真っ赤になった韋駄天くんを、それでは当初の約束通りにと、担いだまんまでさっさと…人込みを絶妙に縫っての速足にて立ち去ったお兄さんもお兄さんなら、
「あ…え? 何で進さんが、セナのこと連れてっちゃったの?」
 まだ事情が通じてなかったらしいまもりさんがハッとして、金髪の悪魔さんへと詰め寄りかかるわ、
「そっか〜。やっぱ進さんの側でも、セナくらいの走りの出来る奴が相手じゃねぇと練習にならんのだな。」
 セナめ、光栄なことだよなぁなんて。雷門くんや小結くんがうんうんと唸りながら感心しているわ。
「やっぱり凄いや、小早川くんは。」
 短い間でも同じチームで頑張れたことが誇りだと、雪光さんも純粋に感動しているわで。いやまあ、ノーマルな世間様からの把握というものは、得てして…そんな段階から先へは滅多に掘り下げられないもんだってこと、

  「きっちり把握している妖一って凄いと思う。」
  「そか?」

 男同士で仲がいいのを、片っ端から怪しい方向へばっか持ってくような、腐女子ばっかな世間だって筈もなかろうがと、肩をすくめ。
「鈴音あたりは勘がいいから、薄々何やら気づいているかもしれないが。」
 あのポジションにいてそういうのが判る存在は存在で、素直に“幸せでいてね”と理解者になってくれる公算の方が高いしな、なんて。やっぱりきっちりとお見通しらしい悪魔様なればこそ、
「っつう訳だから。とっとと部屋へ戻っておこう。」
 視線を合わせてたアイドルさんのかぶってたキャップ、つばを摘まんで ぐいっと引き下げてやり。何すんだよと憤慨する間も与えずに、さっさかと総合センターという名の管理棟へと立ち去り始める。今の一連の騒ぎの関係者らしいという視線が集まりそうな気配を察したからであり、そこから余計なことまでがバレていては世話はないからで。
“何にへも鋭いし、行動がまた早いんだもんなぁ。”
 顔が指すかもという騒ぎから庇われたことへ、ワンテンポ遅れて気づいたご当人は、やっぱり感心しているばかりで…そこまではまだ気づいちゃいないが。こっそりながらもしっかりと、大きめな手のひらを掴まえたままな妖一さん。もしかして、衆目のあるとこでの大胆な行動なんていう、スリリングなこと、堪能したかったのでしょうかしらネvv

  “………うっせぇなっ!/////////
←あっ

 どちら様におわしても、それなりに…梅雨空も湿気も何のそのという和気あいあいぶり。いやはや、御馳走様でございましたvv







   〜Fine〜  06.6.10.〜6.19.


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  *ミニマラソン大会はいよいよの出走が立て続く頃合いへ突入でしょうに、
   案内係だったセナくんという働き手を一人攫われた陣営な訳で。

    「…桜庭、高見あたりを呼べねぇか?
     あのちんまりしてた八百屋の女子マネでもいいぞ?」
    「そそそ、そんなこと、出来る訳ないようっ!」
    「チッ、使えねぇ奴め。」
    「あ、そうだ。ジャリプロの若手を呼ぼうか?」
    「ギャラは出ねぇぞ?」
    「いいって。顔とか名前を売れる場があればそれで。」
    「よーし、じゃあ特別の大盤振る舞いで
     ムサシ呼んでアスレチック広場にやぐらステージを作ってやるから、
     そうさな、お前も歌うといいぞ。」
    「(え〜〜〜?)…それだと何か、大会の主旨が違って来ないか?」

   そんな会話があったら楽しいです。
(おいおい)
   中学生に絡まれてたセナくんを見て、
   十文字くんも駆けつけようとしていたりして?
   何してやがるっとか怒鳴って掴み掛かって大騒ぎ?
(苦笑)
   あ、でも、あの3兄弟は
   あんまり案内係なんていう仕事には向いてなさそうだからって、
   葉柱さんと同んなじ“外回り広報”担当だったかもですな。
(笑) 

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