初夏 緑
 



          




 今年の春は、桜こそ順調に咲いたものの、その後がなかなかの低調っぷりで。晴れればそこそこ、初夏めいた気温になったのもGWの何日かだけ。後は何だかどんよりとした日の方が多かった五月が過ぎゆき、只今、堂々と梅雨らしいことへと胸を張っていそうな六月へ突入中。
『まま、日本特有のそういう気候なんだから、しょうがないっちゃしょうがないことなんだがよ。』
 インプレとかいって、清潔な人工砂やらバルーン仕立ての様々な遊具を取り揃え、子供たちを安全に遊ばせる屋内施設が話題の昨今…でなくたって、雨が降れば濡れるからと、利用者も減ること請け合いの屋外遊戯施設は、この時期どうしても人気が薄い。
「ジョギングゾーンとか、屋内ジムはそこそこの入りなんだそうだけど。」
 この春から新設した、愛犬と思い切り駆け回れる緑豊かな広場の“ドッグラン”も、雨が降っては連れ出せないからと、利用頻度もさっぱりだそうで。………え? 一体何のお話かって? ですから、
「別段、常に右肩上がりの収益をとか、ノルマを完遂せよなんて尻叩いてるとかいう訳じゃあないんだが。」
 そもそもは。駅周辺の乱開発ってのが進むのはよろしくないと、当世流行の高層マンションがガンガン建ってしまう前に、まだまだ緑の多かりしその辺りを買い占めちゃってた某一族の方々が、されど放りっぱなしってのも良くないのじゃなかろうか。見通しが悪いの、人通りが少ないのという、手入れの悪い緑地公園が、子供や女性に牙を向く種の犯罪の舞台になってしまうのもまた良くある話で。そうならぬようにというのが実は主旨だった運動競技場であり、それを近年になって再生したアスレチック公園だったのだけれど。
「このままじゃ、某厚生系の省庁が無駄に作って無駄に腐らせた“グリーン何とか”みてぇで けったくそが悪いよな。」
「こらこら、妖一。」
 そんな物騒な例えなんてよしなさいっての…とばかり、彼よりかは世間様に気を遣う恋人さんから一応窘められていたのが。常駐ではないながら、これでもオーナーとして此処の経営状態をきっちりとチェックしている金髪の悪魔様。そんな彼が、管理棟の最上階に設けられた所長室の窓から見下ろしたのは。泥門駅の裏手にあって、今の時期だと豊かな緑も目に鮮やかな、広々とした緑地公園と。それへと隣接している、屋外アスレチック施設中心のアミューズメント・ジムナスティック・パーク。ええ、はいvv お久し振りに登場の、あの公園でございます。時折目新しい施設をと取り替えてみたり、お客様が飽きないようにという工夫を怠らなかったお陰様、常連さんも多くいる施設なのではあるけれど。雨天曇天が多かったというこの春の天候により受けた影響というものへ、どうしたもんかいと口許をひん曲げていた妖一さんであり…大学のアメフトチームの方は、目を配らずともよろしいのでしょうか?
「あ? 向こうは栗田たちがきっちり仕切ってやがるからな。」
 協会が公認している格付けを決めるところの“星取り戦”は秋が本番だとはいえ、春は春で交流戦というのが催されるし、川崎の運動公園では毎年恒例のインカレ・トーナメント大会なんてものが開かれてもいる。今年は何ですか、六月中に別口のトーナメント大会がやはりあるとかいう話ですしネ。アマチュア向けのスポーツ大会なんてのは、大口スポンサーさんさえその気にしちゃえば、後は会場を押さえて運営組織を立ち上げるだけ。スポーツ観戦といえば野球かラグビーしかメジャーじゃなかった昔と違って、エキスパートさんにも不自由しない昨今だから、何とでもセッティングは可能な訳で。よって、これでなかなか春も忙しいっちゃ忙しい、彼らインカレ・アメフトボウラーたちなのだが、
「ウチもいよいよ“2部”へと成り上がったかんな。」
 対抗戦の相手も昔ほど不自由なく選べる立場になったしよ…なんて、わざとらしくも悪ぶって、ケケケと笑った金髪痩躯の闘将様が、一から立ち上げた新生チーム“R大デビルバッツ”は。何とも精力的 且つ爆発的に、のっけから爆走を見せて、そのランキングポジションをどんどんと繰り上げてゆき。初年度でいきなり、エリアリーグのトップに躍り出、そこから3部へと、入れ替え戦を制して昇格したのを皮切りに。翌年は、泥門高校からまんまごっそり進級して来た、頼もしい壁
ラインや後衛たちを補充しての快進撃を繰り広げ。楽勝…とは言えなかったものの、それでも狙い通りに次の昇格をきっちりと果たした。悪魔様の目標、0から始めて在学中にインカレチャンピオンというのが、本当に果たされるんじゃなかろうかと、関係筋は今頃になって戦々恐々の観を示しつつあるそうだけれど、
“ま、阿含やキッド不在のインカレごとき、制覇出来んでどうするかって話でもあろうからな。”
 大学部へ進まず、本場へ一足飛びに飛んでってしまった天才たちもいる…というお話は、また今度。
(苦笑)
「俺がいつもいつも眸ぇ光らしてて、手取り足取りしてなきゃ締まらねぇってチームじゃあ話にならんからな。」
 ガキが相手のスポーツクラブじゃねぇんだし。それよか、時たま顔出して、だってのに何から何まで把握してんだぜって薄ら寒い存在感を示してやった方が、効果があるってもんだからと。そんな言い方をする彼だけれど、
“ホントはマネージメントやスカウティングや何や、主務のお仕事を全部引き受けてるくせしてね。”
 今年はそれでも、昨年の活躍とか…マスコミからの注目度を知ってか、部員の他に、マネージャー志望の子たちが何人か入ったそうなので、こまごまとした雑務からは解放されたそうだけれど。別の大学、別のチームにいた、彼だとて忙しいアイドルさんが“体を壊さないか”と心配したほど、そりゃあもうもう忙しい身だった蛭魔さんであったそうで。そんなことへと真っ向から取り組んでいるのとは別口に、ここの管理も任されている彼なのだが、
「お飾りのオーナーっての、よっぽど ヤなんだね。」
「ま〜な。」
 先にも述べたが、ここいらの地主の末息子だから…というだけの理由で、名前だけ据えとくよというノリでオーナー職に就かされた彼だと聞いている。だのに、パッとしないこの春の収益成績へと眉間を曇らせている彼だったりし、
「人出がないってこたぁ、元の古施設だった時と同様に、人気のない一角をそこここに作ってるってことだしよ。」
「まあ そうなんでしょうけど。」
 だったらこうしない?と、アイドルさんが持ち出した提案へ、ありありと乗り気じゃ無さそうなお顔でいた悪魔様だったが、幾つ目かの提案へは、やっと何とか関心を示して下さり、
「そういや、大学や実業団の選手権もこのくらいの時期にあるしな。」
「でしょ?」
 夏休みに入っちゃったら、それこそ部活動の方での合宿が優先されるか、リゾートに出掛けちゃうか。そこまで行かなくとも、子供の層はプールのあるトコへやっぱり食われちゃうってもんだろうし。あ、それは心配ねぇ。アスレチックのコースに池があんだろが、あれをこの夏はプールにする計画が立ち上がってるからと、そんなこんなな計画のあれこれを検討しているお二人さん。窓の外は今日もグレーの曇天なれど、何かしら閃いたらしいオーナー様の表情は、はた迷惑なくらい強気に明るいものだったそうな。






            ◇



 その日もやっぱりはっきりしない空模様の週末だったが、泥門駅前の緑地公園はなかなかの盛況ぶりを見せており。今日ばかりは自前のスポーツウェア姿の人々が多く集まった中央広場には、時折それはなめらかなお声の構内放送が伸びやかに流れている。
【小学生高学年の部、スタートまで30分です。出場される方は、総合受付でエントリーをお願い致します。コースは公園内周ですが、安全管理上、ゼッケンのない方は参加出来ませんので、よろしくお願いします。】
【ファミリー駅伝、5キロのコースに出場されるグループの方。コースとルール説明を行いますので、総合センター1階ロビーの、特設カウンター前へ集合して下さい。】
 広場の奥向きに設置されているセンターとやらの入り口や広場のあちこちには、此処の職員の制服なのだろう、周囲の緑の中にあっては見事なほど浮き立って目立つ、それは目映いトーンの純白のジャージを羽織った男女が何人も配置されており、参加しにと訪れた方々を手際よく捌いてのご案内。そう、今日はこの公園にて、様々なコースや距離の種目を揃えた“ミニマラソン大会”というイベントが華々しくも開催されている模様。
「多少の小雨くらいなら敢行出来るし、陽もさんさんと照るでなく、暑くもなく寒くもない、このくらいの温度湿度の方が、長距離にはいっそ向いてるコンディションだろし。」
 お手柄のアイデアを出して下さったアイドルさんこと、桜庭春人さんは、顔が差しちゃうと別な意味での大騒ぎに成りかねないのでと。うら若きオーナー様と二人して、管理棟上階のVIP用ラウンジから下界の喧噪を見下ろしていたりする。
「けど、急な開催だったのにスタッフをよくも集められたよね。」
 平均利用者数が減ったからということでもなかったが、平日はさほど常勤職員を置かない態勢になってたらしいアスレチックパークであり、週末とはいえこうまでのイベントに足りるだけの人員はいなかったようなと、きれいな所作にて小首を傾げた桜庭くんへ、
「非常召集かけたかんな。」
 金髪のオーナー様は“くけけ…”とそりゃあ楽しそうに笑って見せる。え?どういうこと?と訊こうとしかかった自分の視野に、その答えがよぎったのへ、お顔を戻した桜庭くん、
「…セナくんに、あ、向こうには栗田くんもいる?」
「ウチのメンバーだけじゃねぇ。こういうことに向いてそうなのを掻き集めた。」
 思わずオペラグラスを手近なデスクの上から取り上げた桜庭くんの、フレームに囲まれた拡大視野の中へと収まったのは、
「うあ〜、姉崎さんがいるのはセナくんがらみだろうけど、雪光くんや鈴音ちゃんまで集めちゃってるんだ。」
 確かにこういう、まめな気遣いや社交性、人当たりの良さが要求される仕事に向いてそうな顔触れではあれど、
「いまだに連絡は取ってたんだねぇ。」
「まあな。」
 雪光は日頃からもここのフラッグフットチームの指導員にって駆り出しとるし、鈴音は糞
ファッキンバカの伝手でR大の方へもちょくちょく顔を出してやがるから、連絡はつけやすかったし…と。今時は様々なジャンルの情報をいかに把握しているかだけではなく、機動力を伴った人脈も重要であることをよくよく知ってる悪魔様が、相変わらず周到なところを語って下さり、
「ま、ウチのを掻き集めたのは、来月開催のアメフトトーナメントの宣伝も兼ねているんだが。」
「あ、やっぱりあれって、冴子さんトコの会社が主催してるんだ。」
 優勝チームには夏の高級別荘地で至れり尽くせりな合宿をご提供という、派手なんだか地味なんだか微妙な大会がいきなり立ち上がったのは、インカレアメフトの世界でも話題であり、
「聞いたよな名前だったけど、でも確かスポーツ関連じゃあなかったのになって、確証が持てなかったんだけど。」
「おうよ。そんなお陰さんでなかなか人の口にも上らんかったんでな。」
 マラソン競技の催しだってのに、まるきり競技が違うそっちの宣伝もかねていることがありありなほど、会場と開催日時が記されたアメフト選手のポスターがそういやあちこちに張り出されてもいるし。案内係の皆様が頭につけてるサンバイザーやジャージの胸元のワッペンにも、インカレ・ドリームボウル、七月初旬開催!ってな文字がデカデカと。
「あまりに直接的だがな、ただ関心をばらまくだけじゃあなく、スタジアムにまで足を運ぶ人間にアピールしたきゃあ、こんな手も使わにゃって思ったまでだ。」
 はったりも必要な手広い広報の仕方なんてな戦術にかけては、それこそ高校生時代から長けてたお人だしねと苦笑しつつも、
“それだけじゃあないものね。”
 今の彼が見ているものが、昔のように自身のみの進化・成長ではないというのが判る。アメフト振興…とまでの大仰なものではないけれど、こんな楽しいスポーツがあるということをもっともっと広く知れ渡らせたいのと、それから。自身がフィールドにあってプレイするのが今でも依然として一番の快感には違いないが、駆け回らなくとも最上のゲームを支配出来る、究極の手腕にも関心が出て来たみたいで。最強の布陣を率い、それを制御出来るまでの卓抜した指導力を磨くことへも、多少は食指が動いてる?
“何たって泥門高校でそれをやり遂げちゃった人だしね。”
 試合の時にだけの数合わせ、それだけのためにっていう人材発掘が、なのに…セナくんという韋駄天や雷門くんという名レシーバーを、見つけたのみならず、以降の心身の成長にまで手を貸してやった人。信頼しているからという形での支えになってあげたりして、深いところへの思い入れを差し伸べてあげてたの、ちゃんと知ってる桜庭くんにしてみれば、そんなチーム作りが苦難の果てにあんないい陣営を作り上げたことが、彼をしてもっとずっととその視野を広げさせる契機にもなったんだろなと思えてならず。
“な〜にが独善の悪魔なんだか、だよねぇvv
 いい人なんて甘い呼ばれようをするのが、この世で一番に大嫌いだというような。冷酷で身勝手な素振りをしていながら、その実は。その成長や不安を見逃さぬよう、チームの誰へも眸をそそいでやってた、結構世話好きのキャプテンさんだったくせにねと。当時はまだ今の十分の一ほどの関心だって向けてなかった桜庭くんでも見抜けた優しさ、大事にしてほしいような、けどでも…これ以上“かわいい後輩さん”を増やしてほしくはないような。
“アメフトには優先順位を譲れても、具体的な人物へは…ねぇ?”
 恋人さんのそういう成長が、桜庭くんには少々複雑な心境でもあるらしい。
「? どした?」
 いつまでもオペラグラスを離さないままな相棒が、こちらはこちらで気になったらしくって、

  ――― 美人でもいたか。
       なに言ってるかな。

 妖一より綺麗な人なんている訳がないでしょ?なんて、余計なことを言ったがために、ごつんこと拳骨をいただいてしまったアイドルさんだったりするのだが。何はともあれ、泥門ミニマラソン大会は盛況なままにその開催と相成った模様でございます。






TOPNEXT→***


   *ちょいとパラレルと小劇場に偏っておりましたので、
    ここらで原作ver.へも手を出してみました。
    肝心要な方々には、次の章にてご登場いただきますゆえ、
    どうかお待ちを〜〜〜。
(苦笑)