Summer-Garden @
 

 
          
その1



 油を引いたような発色のいい青い空の下、じりじりと刺すような陽射しに炙られてか、それとも乾き切った地面からの放射熱を含んでか。ねっとりと熱い大気は動かないままに分厚く澱んでいるかのよう。

 風のない日中。炎天下という暑苦しい字面
じづらそのものからして うんざりする、盛夏も間近い七月半ばの正午前。最寄りの駅から降りて、もうかなりの距離を歩いて歩いて、
「…ふにゃあ。」
 これでも昔に比べたら破格なほど体力はついた方ではあるけれど、それでも限度というものがある。強烈な陽射しを遮る木陰に避難出来て良かったなと、大きなスポーツバッグを足元に置き、傍らの背の高い樹に凭れて一息ついた瀬那だったが、そこよりずっと高みの頭上でそれはお元気に鳴いているクマゼミへ、
「だ〜〜〜〜っ! 喧しいぞ、貴様っ!」
「ひ、蛭魔さんっ。」
 一体どこに隠し持っていたのやら。というか"持って来たのか、それ"と、セナと栗田が驚きつつも心のどこかで納得済みの"慣れって怖い"モデルガン…今日のはちなみに旧ソ連の軍用『プレメット・カラシニコバ・モデルニジロバニー』というマシンガンタイプ…をじゃきんと構えて、蝉と葉、見境いなしの一斉射撃っ…をしかかったので、
「ダメですようっ! 学校の樹じゃないんですってばっ!」
 大体、ただ今、その木陰で涼んでいるのにこの所業とは、日頃冷静な彼もまた、そうは見えないがこの暑さで判断力を無くしかかっているのかも。ホントに"モデルガン"なのか、本格的な弾倉ベルトまで取り出したのを、装着させまいとすがりついていると、
「学校の樹にはそういう無体をしているのかい?」
 そう聞こえるよと、苦笑混じりの声を掛けて来た人があって。どっちにしたってロクでもない会話になっていたことへ"あやや…"と慌てもって振り返った小さな"主務"くんの視線が、青い空と目映い陽射しを背景にした…二人の偉丈夫の高い高い上背をずずいと見上げた。

  「あ…、進さん、桜庭さん。」

 Tシャツやらアロハ風のデザインのプリントシャツやらという、すっかりと普段着の自分たちと打って変わって、この暑いのにきっちりと学校の制服を着付けた大柄な二人。顔馴染みだが所属は違って、王者・王城高校のアメフト部"ホワイトナイツ"の主力選手たちである。純白の夏用開襟シャツのボタンを、二人足して二で割ったら規定内なんじゃないかという極端な着方をしているのが、彼ららしいと言えばらしいかも。夏のシャツだから、襟回り自体もゆったりしたデザインながら、
"あんなにきっちり上まで留めて着るのって、かえって校則違反じゃ無いんだろうか。"
 セナがそう思ったほど堅苦しい着付けをしている真っ黒な短髪の寡黙な彼と、3つもボタンを外している片やの彼と…。
「………あれ?」
 顔触れが足りないなという顔になったセナへ、そんな内心を読み取ったか、
「高見は"先乗り"組なんだ。見せてもかまわない古いの資料とかさ、提供してほしいって頼まれたからって。」
 この爽やかさだからお茶の間でも受けているのだろう、人懐っこい笑顔でにっこり笑って見せる桜庭春人の傍ら、
「………。」
 機銃掃射という無体を制止しようとすがりついたセナを、邪魔扱いで"ぺいっ"と引き剥がそうとした方の"無体"へだろう。やや むっとした表情を蛭魔に向けていたのが、大人びた精悍な面差しも一際凛々しい、進清十郎という高校最強のラインバッカーさん。夏に入ったばかりの七月中旬。何でこんな顔触れが、片田舎の畦道もどきで出食わしたのかと言えば…。





            ◇



 この度、都内の高校生のみという限定ではあるが、特別合宿が組まれることとなった。どこが"特別"かといえば、協会側からの選抜にて指名を受けた顔触れだけが参加出来るという、ちょっとばかり偉そうな門戸の開き方をされた代物で。だがまあ、アメフトという…華やかに見えても日本という土壌での実質は、野球やサッカー、陸上やバレーボール、どうかするとハンドボールや卓球以上にマイナーかもしれないスポーツをもっと振興させたいとする切なる願いから、それには若い世代からのしっかりした指導をと思いながらも幾年月。大人たちには何かと事情があるらしく、なかなか実現にまでは至らなかったその願望が、やっと叶った最初の試み。…何たってどこでも不景気ですからねぇ。実業団チームなんてのは真っ先にリストラの煽りを受けますから、将来が大切と分かっちゃいても、現実をこそ何とかせんとなという状況が続いてしまっての先送り状態が続いたのだろうと思われる。そんなこんなで色々と覚束無かったり至らなかったりするのも仕方がないかなと、正式な編成で2、3チームは作れそうなほどの頭数を"ご指名"された顔触れたちも、ほぼ全員が参加の意向を示したのだが。

  「…無理ですよ、合宿だなんて。」
  「だよねぇ。」

 その"選抜選手"の中、泥門高校の"泥門デビルバッツ"からは、蛭魔妖一、栗田良寛、そして…何とあの"アイシールド21"が選ばれていたものだから。泥門サイドは言うに及ばず、
『協会側の気持ちも分からないではないが。』
『でもさ、高原での合宿だよ? 自宅から通うような"集中ゼミ"ならともかくも。』
 アイシールド21に関する"事情"を知るところの進や桜庭までもが、セナの"どうしましょう"というお顔へ難しそうな顔になった。…といっても、こちらさんたちが事情を知っていることへと通じているのはセナと蛭魔の二人だけなので、関係者全員が集まって"困ったねぇ"という話をした訳ではないのだが。………加えて言うと、セナは蛭魔に"王城サイドの二人へのツーカー"がバレてしまっているとはまだ知らないらしいと来て、身内の中でもなかなかややこしい状況になっていたのだが、まま、それはさておき。
「やはりお断りしましょうよ。」
「というか。そろそろアイシールドは外しちゃどうかな。」
 栗田がそんなことを言い出した。
「ここまで主力選手なんだし、いくら何でももう、他所の部からの"助っ人依頼"は来ないと思うんだけど。」
 そう。彼が…時に偽の許可証まで呈示してこんなややこしいことをしているのは、顔が割れると"日頃の応援参加の見返りに"と他の部への助っ人としてあちこちから引っ張りだこになるぞ〜と、主将の蛭魔が脅して丸め込んだのが始まりだ。だがだが、

  「いいや、出来る限りは粘った方がいい。」

 こんなややこしい"お膳立て"を思いついたそもそもの張本人さんは、大きく胸を張ってはばからない。
「謎めいたところがあるのもまた、相手への威圧っていう相乗効果を見せてることなんだしな。」
 そうと言って"ちろりん"と見下ろされ、言外に何を言わんとしている蛭魔であるのかを察して、気弱そうに"はは…"と笑ったセナだ。確かに、チームの内外を問わずして…素性は謎だが至って頼もしいヒーローとして把握されている"アイシールド21"であるのだが。日頃の大人しそうな、臆病そうな彼を知られては、どんなに足が速かろうと、どんなに優れた"鋭い切り返し
カット"という走法上の素晴らしきテクがあろうと、相手に舐められるのは間違いなくて、
「それに、ダークヒーローだった時期もある"アイシールド21"だぞ? 桜庭の親衛隊に殺されたいのか?」
「あわわっ。」
 そうでした。昨年春の都大会、デヴュー2戦目の試合にて、アイシールド21は桜庭くんとの接触により"肋骨損傷"という負傷を負わせた格好になってもいる。…とはいえ、
"…あれは試合中の事故だし、間違いなく"不可抗力"だのに。"
 怪訝そうな顔で首を傾げている、栗田や雷門くんの感慨には一切構わずに、
「今や、本格的にドラマにも出演していて露出多し、人気急上昇中、抱かれたい男"トップ5"入りは間違いなしっていう"アイドル"に怪我させたんだぞ、お前。」
「ふええぇっっ!」
 そんな古い話、何と言っても当のご本人が"ああ、そんなこともあったねぇ"くらいにしか把握していないというのに。そうと分かってて引っ張り出すとは、
"…よほど、セナくんを連れてきたいんだな。"
 選ばれし精鋭ばかりの集まりにて、日本のプロリーグで活躍中の選手やコーチという最高峰クラスの方々からの指導を受けられるだなんて、単なる見学でも絶対にタメになるのだから。どんな無理をしてでも何がなんでも連れてくぞと、そう思った蛭魔であるらしいと。さすが付き合いが長い間柄、栗田くんにはすぐに分かったらしくって。
「…諦めなよ、セナくん。」
 無茶苦茶を言い出したら絶対引かない蛭魔だからと、慰めるように言い諭し、3人揃って出発するぞと、本人の"同意"は取りつけられた形となったのであった。






            ◇



 ………で。結果、どういう運びになったのかというと、


  《アイシールド21への連絡は、
   とある約束があってウチの"主務"経由の特別な方法で取っている。
   なんたって文武の両面で優秀な"帰国子女"だから、
   アメフトだけじゃあない、
   翻訳・通訳って形でのサポートにも引っ張りだこで、
   夏場も忙しいらしくて、スケジュールもびっしりだそうなので。》


 なので、連絡係にウチの主務を連れて行く…と。スカウティングや試合把握の勉強をさせるいい機会だし…と、いくら何でも協会の大人たちが相手だのに、よくもまあこんな曖昧な言いようで納得させられたよなと、瀬那が呆然とする傍ら、

  『いや、蛭魔が言うんなら通用するのかも。』

 そう呟いて"うんうん"と頷いたのが栗田さんであり、この顛末を王城サイドの進さんへと報告したところ、たまたま居合わせた桜庭さんまでもが訳知り顔にて"うんうん"と頷いたものだから、

  『???』

 セナのみならず進までもが小首を傾げてしまったのだが、まま、そのお話は…忘れなかったなら後ほどに。
こらこら
「合宿所までは、あと幾らもないぞ。」
 蝉の合唱にキレかかっていた蛭魔に、大人げないぞというそれだけでは無さそうな…彼には珍しくも何かしら含みがありそうな強腰での言い方をする、日頃は寡黙なラインバッカーさんへ、
「そうかい、じゃあ先に行きゃあ良いだろ。」
 へっと鼻の先であしらうように、こちらも引かない腰の強さを見せる、日常生活では相変わらずに絶対無敵な、悪魔のような主将様であり、
"ふみみ…。"
 こぉんなにも我の強そうな顔触れを一堂に会させるだなんて、現状を知らないにも程があるぞ、アメフト協会東京支部…と、小さな肩を縮めながらそう思ってしまった瀬那くんであったのだった。夏の空はどこまでも青く、難を逃れたクマゼミくんは、しゃんしゃんしゃん…と元気よく、短い命のありったけを込めての独唱を、延々と続けていたのでございました。



  ………いや別に、夏向きの因縁話が始まる訳ではないのですがね。
(笑)






TOPNEXT→***


 *夏休み企画の始まりでございます。
  大した代物ではございませんが、思い切り開き直った上での捏造もの。
  ここだけの話ということで、一緒に楽しんでくださると嬉しいです。
  続きはボチボチとUPしてゆきますので、
  どうかのんびりとお付き合いくださいませvv