Summer-Garden A
 

 
          
その2



 今回の特別合宿が都内の高校に限った集まりになったのは、関東一円の最寄り近在に限ったとしても該当高校やチームは結構広く点在していて、そこからも集めるとなると…ぶっちゃけた話、規模が大きくなり過ぎるからで。そこまでの予算と運営組織を組めるほどの人材の頭数…という余裕は、協会には まだないらしい。こういうものは、当事者である若者たちをただ集めりゃいいというものではない。合宿の運営自体も大変だし、それのみならず、後々にも…連絡を取り合ったり、この延長のものとしての大会だの勉強会だのという"育成の間口"を広げたりと、様々なことを色々々と展開させられるし、且つ、そうしなければ意味のないものでもあるのだからして。

  「ある意味、試験的なものということで。」

 事ある毎に聞いたそのフレーズでやっぱり締めくくられた、組織委員会から来たという、この合宿現場での責任者の方のご挨拶にて、顔合わせ…というか"主旨説明"のミーティングは一応のお開きとなった。参加学生たちが集った場所は、高雄のお山の中腹にあった。野球やサッカーなど他のスポーツの合宿所としても長く使われて来たらしき、由緒正しい施設だそうで。元気が有り余っている高校生たちを収容して来た実績は、あちこちの補修の多さでもありありと察することが。
(笑)
「うわぁ〜〜〜、なんであんな天井の真ん中に足形がついてるんでしょうね。」
 顎の裏を晒すほど反っ繰り返って見上げた高いめの天井に"裸足"の足型を見つけて、セナがそんな声を上げれば、
「そだね。投げれば何とかなる靴底の型ならともかくね。」
 栗田も同様に上を向き、そのまま後ろへ転びそうになっている。サッカーか…それとも体操の選手が合宿を張った時の悪戯かな?
おいおい そんな具合に少々古びてはいるものの、手入れは行き届いていて、清潔だし頑丈そうだし。シャワールームやミーティングルーム、道具や防具の乾燥室など、設備もしっかり整っていて、食事の支度や清掃にと契約で来てもらっている小父様・小母様たちも気さくそうな方々ばかり。
「部屋割がまた、えらく偏ってるよね。」
 配布されたザラ紙のパンフレットには、宿舎とグラウンドの見取り図も載っていて、寝泊まり用にと揃えられたベッド付きの個室たちが居並ぶ棟には、どこにどの学校からの生徒が入っているのかの書き込みもある。栗田が広げていた冊子を脇から覗き込ませてもらったセナにもそれは判って、
「学校別なのは分かるけど、いやに離れて点在させてありますね。」
 寝起きのためにと割り振られた部屋の分布には、ところどころに"飛び地"のような間隙が。別に"代表チーム編纂"とかいう目的の合宿ではなし、団体生活というものへの教化や各人の交流などは主眼目ではないから…かなと思っていると、

  「あ、それね。
   トイレや洗面所の1つずつの規模が今一つ小さいから、
   朝晩のラッシュタイムに混み合わないようにってことで
   適当に散らされてるらしいよ。」

 セナへと主務やコーチング班への冊子を持って来てくれた、王城の高見伊知郎が"ホントのところ"というのを教えてくれた。彼自身は"主務"でもないし、先々でコーチ志望だという人物でもないのだが、伝統ある"王城高校"の蓄えである資料を運ぶ係を担当した、ついでというかオプションというか。粒よりの名QB(クォーターバック)揃いの顔触れの中でも特に秀でて知性派で、分析力にも長けているという彼自身の資質を見込まれて、選手側に近い立場での"バイザー役"をそれとなく打診されているのだとかで。そんな関係で、主催である協会から此処へ派遣されたスタッフの皆様の話というのも一足先に色々と拾っていたらしい。それによると、蛭魔が提言した形となった"主務の参加"が発展してのものだろう、主務やトレーナーというセクレタリー部門への参加者もセナ以外に数名ほどいるのだそうな。
「プロチームの記録員の方やトレーナーさんも来てるそうだから、色々と教われるね?」
 まるで小学校の先生みたいな、高見の優しい笑顔には、
「あ、はいvv
 ついつい ほだされて"はにゃん"と嬉しそうに微笑ったセナだったが、
「ウチだけ特に"離れ孤島"に弾かれてるのは、アイシールド21の事情を酌んでくれたからなんだろね。」
 高見が去ってから、栗田が何気なく呟いた一言には、
「あ…。」
 言われてみれば。この周辺には特に、他の学校の部屋が割り振られていないのだと、今頃になって初めて気づいたセナであったらしくって。
"道理で静かだなと…。"
 アメフトという激しいスポーツに於いての精進のため、日々、汗を流している若人たちが、それも結構な人数で集まっている合宿所。いかにも闊達で活
きのいい喧噪が断続的に聞こえはするのだが、それにしては、
"どこか…壁の向こうというよりもっと遠い、物音・響きだなと…。"
 そうと感じる前に気づけって。
(笑)
"でもまあ。どうせ日の殆どは、グラウンドやトレーニングルームに居ることになるんだろうしな。"
 合宿自体、1週間という短いもの。だからと言って、ぎゅうぎゅうなスケジュールにてあれやこれやを叩き込むタイプの集中指導という感もなく、
"それもまた、試験的なもの、だからだろうな。"
 今はとにかく"実績"が欲しい協会側なのでもあろう。なればこそ、あんな無理さえ聞いてくれたのかも知れず、
"アイシールド21としての参加も、やっぱりどこかで有るのかな?"
 何となく複雑な心境にもなる。右と左、両側の壁際にがっちり据えられた二段ベッドの下段に腰掛けて。着替えや洗面用具などを整理していた手を止め、ややこしいことにならなきゃ良いけど…と、ぼんやりしているセナに向け、

  「おい糞チビ、迷子にだけはなるなよな。」

 そんな声を不意に掛けて来たのは蛭魔だった。
「…はい?」
 彼からの"糞チビ"などという失敬な呼びかけに、だが、今や何の抵抗もなく反応しているセナなのは…今更だからおくとして。窓の桟に腰掛けて、此処へ来る途中で蝉に向かって構えたものとは明らかに型の違うマシンガンの銃身を磨きつつ、

  「こういうとこは、夜中に色々と出るって言うからな。」
  「………ふえ?」

 特に脅すような声音ではなかったが、それでも…早速にも嫌なことを吹き込む先輩さんであることよ。まま、確かに、何かが迷い出てもおかしくはなさそうな、古色蒼然というムードもなくはない施設だが。
"ひえぇぇ〜〜〜。"
 そんなそんな、怖い話しないで下さいよぅ…と、小さな肩をなお縮めてしまったセナくんへ、
「だから。」
 金髪の先輩さんは、さして表情も変えぬまま、磨きあげたマシンガンの銃口をチャッと音させて向けると、

  「トイレでも用事でも、夜中に出歩く時は、俺か栗田に声かけな。いいな?」
  「…はい?」




 素直に"頼って良いぞ"と言えなくて、あんな言い回しをしたひねくれ者。付き合いが長いとそこまで分かる。
「優しいんだね、蛭魔。」
 昼食にと食堂へ向かいつつ、栗田からこっそり"見直しちゃったよ"と言われて、だが、ご本人は面白くなさそうに"ヘッ"と息をついたのみ。
"…まあそんな心配までする必要はないと思うが。"
 何しろ、この少年こそはあの注目のアイシールド21に通じている身だと、極どい形ながらも"公言"してしまった蛭魔な訳で。あくまでも協会の人々への説明に言ったことではあったが、言葉という形で発信してしまったことである以上、それが"絶対に"他へ漏れないとは到底思えない。情報というのは得てしてそういうものだとよくよく知っている。………で、まさかとは思うがその"アイシールド21"の秘密を知りたいだとか、弱みを握りたいだとか、そういう輩が出ないとも限らんしなと、そっち方向を警戒したらしき主将さんであったらしく、

  『なんだ。夜更けにデートへって脱走されることを心配してかと思ったよ。』

 何しろ"ひとつ屋根の下"なんだしさと、後々にこの話を聞いてこういう要らんことを言った人も約1名あったらしいが、まあそれはさておき。
(笑) 派手なスポーツの割には、取材も追っかけもないままに、随分と地味な合宿はこうしてその幕を開けたのであった。




            ◇



 到着した初日の午後から、まずは軽く体慣らしにと、簡単なトレーニングをポジションの別もなく一斉に行った。公立・私立の別があるため、終業式や何やの日程も各々に全く違う。今日までの間、練習を継続してはいない顔触れもあろうということでの運びだそうで、
「それでもさすがは選抜された顔触れですよね。」
 ほぼ全員が遅れなく見せる、軽快な足運びや身体の切れには、コーチ陣が惚れ惚れとした声を出す。選抜という形で選りすぐりの彼らを集めることが出来たのも、競技人口が増えつつあるスポーツだからこそのこと。ランニングに簡単なサーキットトレーニング、ラン&ダッシュに、鋭い切り返しの足捌きを磨くラダー等々。目に見えて劣る者がそうはいないから、
"ホント、凄いよなぁ。"
 判る人には判るほど十分に圧巻。鎗々
そうそうたる面子揃いの、とんでもない合宿だ。選手たちだけではなく、
「基本的な記録の付け方は、先輩や顧問の先生などから教わっていることと思うが…。」
 他のスポーツと同様に、データを後々分析出来るようにと、スコアやフォーメイションなどを記録する表がアメフトにもあるのだが、それらの効率のいいチェック法とか運用法だとか。主務やマネージャーとして参加した数名にも、簡単なものながらあれこれと指導して下さる方がいる。壁の一面の端から端までに居並んだ窓からグラウンドが広々と見渡せる、宿舎内の一階ミーティングルームにて、彼らへの最初の講義が早速始まってもいた。こちらは急に設けられた代物なだけに、選抜選手たちの練習ほどにはきっちりとスケジュールが組まれてはおらず。コーチたちの手が空いたらという感が否めない代物になりそうらしいが、それでも…選手たちのトレーニングが進めば、ウェイトトレーニングの補佐の仕方や、本格的なテーピング、整体の簡単なものとかもご教授下さるそうで。ついついぼんやりと、グラウンドの方を眺めていたセナくんだったが、
"一応は…両方ちゃんと聞いといた方が良いのかな?"
 主務というのは本来、自軍と相手チームのデータを一括把握し、監督やキャプテンの作戦展開に資料を提供したり助言したりするのが主たるお仕事なのだが、人手不足のおり、マネージャーも兼任している学校は少なくない。…いや、そうじゃなくって。何もかもに通じていなければならない主務としては、作戦を構築する上で重要貴重な資料である自軍の選手たちの体力や体調もまた、きちんと把握しておく必要があり。その延長で、トレーニングの数々にも通じている必要もあろう。そして、
"…ふに。"
 セナの場合は、それに加えて…いつになるかは不明なれど、フィールドへと呼ばれることもあるらしい。学校ではまだ、練習中に二役をこなすような場面は少なく、そんな必要はそうそうないのだが、ここではきっちり"アイシールド21"としての働きと"主務&マネージャー"としてのお勉強の両方を求められそだなと、ちょこっと重荷…のようなものを感じたような。………でもね、
"ま・いっか…。"
 逆らわない弱腰を見抜かれて、威嚇されつつ薄っぺらな連中に顎で使われていた頃には想像さえしなかったこと。ちょっとばかり奇妙な格好のそれではあるが、だが、誰でも良いからという求めではない。今や全国大会でもその存在を脅威として囁かれているほどの、俊足プレイヤー"アイシールド21"。進を始めとする間違いなく実力のある顔触れから、真っ向からの"敵愾心"を向けられて。それへと立ち向かう自分の背中を、頑張れと押してくれる人たちもいる。俺たちの意志を込めたボールをその俊足でゴールまで運んでくれと、皆だってがっちり盾になって頑張ってくれる。ただの任せっ切りな依存ではないだけに、それまでのように簡単に、怖じけたり怯
ひるんだりすることを許されない、責任感を伴った厳しいものではあるけれど。向かい風に胸を張ることの爽快感を知った以上は、自分にやれること何でも頑張ってみたいって、限キリがないくらいに意欲が沸き立つ瀬那でもあって。
"頑張らなくちゃだよな。"
 小さな拳を胸元にグッと握って、バインダーに留められた参考資料のシフトや進行の記録表を、指導や説明にそってチェックしてゆく。窓辺近くの木の幹で煩く鳴き始めていた蝉がいたのだが、誰もそれを気を留めないほど、お勉強会は熱心なボルテージで小1時間ほども敢行されたのであった。







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 *実は合宿って行ったことがありません。
  ので、どこか修学旅行みたいな部分も出てくるかも知れませんが、
  ど、どうかご容赦くださいませです。