Summer-Garden
 オマケ
 

 


 翌日の昼下がり。合宿所から一斉に地元へと帰ってゆくこととなった選手たちは、最初の小さな高原駅にあふれていたその頭数も、駅を過ごし、路線を乗り継ぐごとに少しずつ減ってゆき。都会の独特な蒸し暑さまでが鼻先に戻って来て、段々と馴染みのある風景が車窓に流れて来る頃には。合宿所で一緒に行動することの多かった、例の顔触れにまで減っていて。通学に乗り慣れた在来線の、まだまだ真昼の明るさに満ちた車内には、剥き出しの肌にひんやりとする冷房がかかっていながらも…どこか暑さに負けそうな、倦怠の空気が満ちていて。そんなせいか、
"う〜…。"
 自宅が近いという安堵感と同じくらいに、もうすぐしばしのお別れになるんだなと、ちょっぴり寂しい、そんな感慨も沸いて来る。高見さんはちょっと遠いお家の人だったらしくて、一番最初に降りてゆき。桜庭さんもお仕事の打ち合わせがあるからと、地元ではない駅で降りてゆき。栗田さんまでもが、ご家族と待ち合わせしているからとやはり随分早くに降りて行ってしまって。

  「………。」「………。」

 あっと言う間にたった二人になったものの、ならばといきなり取り出せるような、気の利いた話題もそんなになくて。しばらくは開かない側のドアに凭れて、それぞれに外を何となく眺めていたりした。時々こそりと見上げる…お向かいの高いところにあるお顔は、列車の揺れにもさして動かず、
"ちょこっと、陽に灼けたかな?"
 前より精悍さが増したかも、なんて。ほややんと見とれてしまっては、
「あ…。」
 カーブの揺れに転げそうになり、その都度、
「あやや、すみません。/////
 的確に伸ばされる腕へ、そっと支えられているセナくんである始末。やがて電車は進さんの自宅がある駅に近づく。もうお別れなんだなと、しょぼんとしつつもお顔を上げると、その表情が随分と頼りなく見えたらしい。
「家まで送って行こうか?」
 わしわしと前髪を掻き上げてくれながら、進さんがそんなことを言い出した。
「あ、いえ、そんな訳には…。」
 進さんだとて、疲れてもいる筈。早くお家に帰って休んでいただかなくては。大丈夫ですようと笑ってから、

  「あ、そだ。」

 何を思いついたか、セナはぽんと手を叩いてまで見せて、
「進さんの携帯、ちょっとだけ貸してくれませんか?」
「???」
 ホントは車内では使ってはいけないツールだけれど。渡された携帯、ぱかっと開いてから後ろを向けて、ついでにセナくん本人までが、くるりと進さんに背中を向ける。
「小早川?」
 ちょっとの間だけ、ごそごそとほんの数秒。それからすぐに向き直って電話を返す。
「えへへ…vv
「???」
 大きな手に載せられた小さなモバイルツール。何やら秘密を封じ込められて、急に謎めいた物体になったような気がした進だった。









 気のせいか、少ぉし赤い顔をしていた少年を乗せて、電車はゆっくりとホームから離れてゆく。遠くなるまで名残り惜しげに見送って、さて。雑踏の声、駅のアナウンス、周囲に戻って来たそれらの音と、確実に高原とは数度ほども気温や湿度が違うのだろう蒸し暑さの中、手に提げたスポーツバッグと、擦り切れた石敷きのホームに落ちた自分の短い陰とともに歩き始めたその刹那。習慣となっている仕草で定期券を出そうとした手が、ポケットの中で携帯に触れた。

  『駅を出てから…ううん、お家に帰ってから見て下さいね。』

 どうやら画像のメモリーに何やらメッセージを残したセナであるらしい。合宿の間はちょっとばかり迷惑をこうむった携帯の機能だったが、これは完全に本人からの、意志の籠もったプレゼント。
"………。"
 精密機械に弱いという、なかなか不名誉な定評のある進ではあったが、セナとのメールをやりとりするこのツールだけは別。画像の見方もメモを見ないでこなせるようになったばかりだ。
おいおい 家に帰ってから…などと言われたものの、
"帰れば…。"
 自分よりも早い時期からとっくに夏休みに入ったくせに、8月に入るまでは予定がなくってと家にいる、あの姉に見つかって…何を言われるものだか。
"………。"
 口許にやわく握った拳を当てて考えること数刻。手慣れたワンアクションにて電話を開いて、
"………えと。"
 大きな手の中、すっぽり収まって縁周りくらいしか見えない機器の、やはり小さな…それでも鮮明なモニター画面を覗き込みながら。ゆっくりゆっくりとボタン操作を進めてゆくと、
"…っ。"
 んぱっと映し出されたのは、さっきまで一緒だったセナの顔だ。こそこそとしていたがために、随分と引き寄せて操作していた彼であり、愛らしいお顔が時折ぶれて揺れながらも大きめに映し出されていて、

  《えと…。》

 何やら操作していたその最中の背中は目の前に見ていたが、そういえば…何か言葉を発した彼ではなかったような。携帯からも、かすかに電車の走行音が拾えるだけで、セナの声は最初の無意識の呟き以外は入ってはおらず。ただ………。

  《 ………………。 》

 母音で並べれば"あ・い・う・い"となる口唇の動き。それがくっきりと映っている。
「………。」
まさかにこれを"吐月峰
はいふき"とか"ライ麦"と間違えるほどボケた人ではなくって。

   《 …(大好き)。 》

 生まれたての仔犬みたいに、それはそれは無邪気な子なのに。実は…結構大胆というか、時々こんな突拍子もないことをしないではない、セナくんからのメッセージ。愛らしいお顔で囁かれた一言を…ついつい何度か繰り返して再生してみたりして。

   「…。//////////

 猛暑・酷暑にも相当強い"最強"ラインバッカーさん。太陽からの灼熱の波動には動じないでいられても、あの小さなランニングバッカーさんからの攻勢には、隙を突かれること多かりし…なままであるらしい。来年は学校のランクが離れるから安泰だけれど、その翌年はまたまたフィールドにて対決と相成る相手だぞ? しっかりせねばvv




    〜おまけ・Fine〜


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