紫陽花と虹の橋 A
 

 

          



 今年の梅雨は結構雨もよく降って。晴天が続いた5月半ばには一足早い真夏日なんてものを記録したのを忘れさせるような、それは鬱陶しい曇天がこの数日ほど続いていたところへ、随分と気の早い台風なんかも来たりして。

  "どひゃあ〜〜〜。"

 そんなにも安普請ではない筈の家のあちこちが、がたがたと耳障りな音を立てる気配で目を覚ました瀬那は、ささやかな庭に植えられた小さな桜が、助けを求めているかのように身をうねらせているのを、リビングの窓から案ずるような眸で見やることとなった。こんな天気でも交替制に変更はないからと父が、夏のお盆前の前倒しの追い込みが迫っていると母が、台風なんかに負けてらんないという決意も凛々しく、それぞれの会社へと出勤してゆき、

  "…えっとえっと。"

 警報が出ているので学校が休みとなり、そのままお留守を任されたセナはといえば、
"ここいらはそんなに低い土地じゃないから、浸水の恐れは無さそうだけど…。"
 こうまで風が強い台風だと何か飛んで来て窓が割れたって話を聞くよね、と。まずは庭先の色々をお片付け。植木鉢やら物干し竿やら、庭やテラス、勝手口前などに出しっ放しになってた細々としたものを玄関や小さな倉庫へと取り込み片付け、リビング以外の家中の雨戸をばたばたと閉めて回って。携帯電話は今朝一回使った後は充電器に乗っけての充電中だから良しとして、
"でも、雷が鳴りそうだったら中止しないとね。"
 他の電化製品の数々も、落雷を考えたらコンセントを抜いて回った方が良いのだが、今のところはまだ雨も落ちていないし、そっちは大丈夫かなと、自分なりの判断をして。停電した時のため、いざという時の懐中電灯とトランジスタラジオを、リビングのテーブルの上に用意したものの………実は実は。まだ明るいのに懐中電灯は気が早かったし、ラジオだと思って用意したのに、再生機能のみのウォーキングカセットプレイヤーだったと後で分かって"あれれ? //////"と真っ赤になった、相変わらずの慌て者。
"えっとえっと。"
 後は何をすれば良いのかな。テレビでは続々と各地の荒れ模様が中継されていて、昨日の遅くに上陸した関西の方では、高波にさらわれて行方不明になった人がいるとか、送電線がちぎれて電車が停まったとか、古い木が倒れて文化財のお寺の屋根を壊したとか、少なくはない惨状が伝えられている。肩越しにそんなニュースを見やりながら、朝食に使った食器をキッチンで洗っていると、

  ――― フワ…っと。

 足首に柔らかい何かが擦りついて来て。不意な感触へ"あわわ"と跳びはねかかったセナだったが、
「…っ。なんだ〜、タマか。」
 にぃゃおんと。くねるような甘い声で鳴いて、足元からじっと見上げて来た白と黒のつややかな毛の塊り。小早川さんチのもう一人の家族、和猫のタマがいつの間にかキッチンにやって来ていたらしい。一種の放し飼いで、昼間は大概 外へと探検に出ている気ままな彼だが、さすがにこの天候ではそれも果たせず。そこで暇つぶしがてら、キッチンにいたセナへご機嫌伺いにと運んだのだろう。
「ご飯は食べた?」
 どんなに忙しくてもタマの朝ご飯だけは母が出している筈で、訊きながらキッチンの隅、彼専用のトレイを見やれば、食べたばかりですという形跡がある。タオルで濡れた手を拭い、間近になるように屈んでやって。背中の毛並みを撫でてやれば、金色の円らな瞳を糸のように細めて にいと鳴いた。
「今日はお前も大人しくしてなよ?」
 側溝なんかは雨水があふれ出すかもしれないし、風も凄いからね、タマは小さいから吹き飛ばされちゃうぞ? 返事はないし、恐らくは意志だって通じてはいないのだろうけれど、きちんと前足を揃えて神妙なお顔で見上げてくる小さな猫へと話しかけることで、セナの胸中も少しは落ち着いた模様。食器の片付けが終わると、猫を抱えてリビングへと戻る。テレビの画面には太平洋や東シナ海と日本列島という、天気予報ではお馴染みの構図の天気図が展開されており、気象予報士のおじさんがアンテナペンの先で台風の進路を説明している。フレーム分割された画面の下には、テロップで警報が出ている地域の名前がずらずらと流れている最中であり、雨太市や泥門市もそのエリアに入っている地域が赤い表示で右から左へと流れていった。
"…何してよっかな。"
 取り立てて急いでやらねばならないだろうことは、今のところは1つもない。ソファーに腰掛けた膝の上へは、タマがふにゃりと柔らかな体を伸ばしていて、時折強まる雨脚の音や ひゅううんという低い口笛のような風の音に、弾かれるようにふるふるっと首を振って見せている。彼もまた退屈なのだろうなとあやすように背中を撫でてやっていると、

  ――― ひくり、と。

 三角に立った耳が撥ねるように動いて。そのままセナの膝から身軽に飛び降りる。
「タマ?」
 呼びかけに振り向きもしないまま"にあん"と喉を震わせて鳴いて返事を寄越してから、とたとたと落ち着いた足取りで彼が向かったのは…玄関の方であり、
「???」
 どうしたのかな、外に出たくなったのかしら。でも、いつも出入りはお風呂場前の脱衣所の小窓からの筈なのにね。気まぐれな猫の動向に小首を傾げたその途端。

  ――― 〜〜〜♪

 転がるようなチャイムの音がしてドッキン。
「あっ、は、は〜いっ!」
 こんな日でも宅配業者の人は出来る限り街中を回っている。ご苦労様です、お待たせしてはいけないと、ソファーから飛び上がったそのままパタパタ…と廊下を走る。下駄箱の上、小さなペン皿に置かれたシャ○ハタを掴み、

  「はぁ〜いっ。」

 お待たせしましたと玄関の扉を開くと、むんとむせ返るような湿気を含んだ風に、丸ぁるいおでこをばふっと急襲された。さっきまでテレビの画面で見ていた光景。大人でも歩き続けるのが大変なほどという暴風が、ここいらでも吹き荒れているらしくって。あやあやと負けそうになっているセナへ、

  「無事か?」

 掛けられた声の響きのよさに。

  ――― え?

 ほぼ反射的にぎゅむと瞑っていた眸を開ける。自分だったなら軽々と吹き飛ばされたに違いないほどの凄まじい暴風吹きすさぶ中、わざわざ来て下さった人。フードのついたパーカー型のウィンドブレーカーを羽織ったトレーニングウェア姿で、門扉の向こうに立っている大きな大きなその人は、

  「進さん…?」

 こんな中をどうして?と案じるように訊きながらも、お顔の方は正直なもので。嬉しいようという どうしようもない喜色の気配がお口の端を擽っている。本格的な施設も揃った大学の合宿所で、春のオープン戦をこなしつつ体力作りのトレーニングに勤しんでいる筈の人なのに。こんなとこにいる筈がない人なのに? セナでもほんの数歩という短いアプローチを駆け寄って、かしゃんと鍵を開け、のっぽな武神様へと身を寄せる。数日ぶりにお逢いする凛々しいお顔が、いたわるような心配そうな表情で染まっていて。それにこそこちらも心配になってしまい、くぅん・きゅ〜んとお鼻が鳴ってしまったセナくんのお顔を覗き込むように見下ろし、

  「こんな中で、どうしているのかと思うと落ち着けなくてな。」
  「あやや…。///////

 学校が休校になっちゃいましたと朝一番にセナくんが送ったメール。それを心配して、大学のお昼休みにこうして来て下さったらしくって。
「ご、ごめんなさいです、却ってご心配させちゃったみたいで。」
「いや…。」
 どうせ今日はこのまま休みだったしと、大きな手のひらで髪を梳いてくれる人。その暖かな感触に、
"はや〜〜〜vv"
 さっきまではお留守番頑張ろうってそれなりに意気込んでたセナくんが、一気に甘えたさんになってしまったから、この威力は物凄い。台風が運んで来てくれた思わぬ幸運だと、とうとうお口が正直にもほころんでしまった小さな韋駄天くんでございますvv





            ◇



 散らかしてますがどうぞと、リビングにお通しして、少なからず濡れてしまってるお洋服を乾かしますからと、お着替えを渡してセナ本人はキッチンへ。何か冷たいものを用意しようと思ってのことで、買い置きのアイスコーヒーがあったので、氷と一緒にグラスに満たして、お茶受け代わりにアーモンドを小皿に盛って居間へと戻れば。勝手知ったる小早川さんのお家、乾燥設備のある浴室へと着ていた服を吊るしにいった進さんが、その大きな手に小さなものを軽々と抱えて戻って来たところ。
「あ、タマ…。」
 いつの間にか姿を消していた黒ぶちの猫。そんなに小さくはない筈が、さすがは大柄な進さんで、片手ですっぽり抱えられるほどの対比になっているのがいつ見ても………可愛いvv 脱衣所にいたのなら出掛けるつもりだったのかしらと、小首を傾げながらセナが呟くと、
「いや、玄関の方からついて来たぞ。」
 太い指を顎の下へと差し入れてやり、ぐるぐると撫でてやっている進さんで。もう仔猫という年齢ではない彼だのに、なされるままにじゃらされていて。いかにも"仲良し"という構図に見えるが、実は実は。気ままで奔放だが、それなりに気位も高ければ我儘で好き嫌いがはっきりしている、典型的な"ネコ"のタマが進さんに馴染んだのは、かなり最近のこと。結構警戒心も強いタマは、進さんがこの家に来るようになってもう1年半にもなろうかというのに、つい数ヶ月ほど前までは…たとえ家にいても姿を見せることはなく、故意に避けているのではなかろうかと思えるくらいにすれ違いを見せ続けた。ところが、この春先からはどういう訳だか いきおい懐くようになり、一体何でかなとセナくん、首を傾げることしきり。こうなるまでの経過を何も知らない進さんは進さんで、この子は最近飼われ始めたと思っているらしく。……………もしかして。この春先、二人が急激に睦まじさを増したこと、タマくんなりに察したのかも知れませんが、

  "え? え? そそそ、そんな。////////"

 動物の勘を舐めてはいけませんぜ?(ふふふのふvv)ソファーに腰掛けた進さんの広いお膝に、当然顔でそのまま寝そべったタマくんに、セナくん、複雑そうなお顔になったのでございました。





 台風はどうやら中部地方から日本海側へと抜けるコースを取っているらしく、そうなると関東地方はまともに進路の東側。吹き返しが襲い来る位置となる。何が転げ回っているのか、時折かんからころころと賑やかな音がするが、それさえ圧する風の音が物凄く、
『あや…。』
 ついついひくりと肩を窄めるほど、怯えては気を取られてしまうセナの様子に、進さんが提案して下さったのが、

  『そういえば、蛭魔がゼミを開いているそうだな。』

 自分の通うR大学の新生アメフト部へ、勝手の判っている"後輩さん"たちをそのまま進級させるつもりらしいと、たまたま駅で会った桜庭さんから漏れ聞いたのだそうで、
"もっとも…。"
 桜庭くんは"何でそんな忙しいこと、わざわざ自分に強いるのかな"と。多忙な蛭魔の方をこそ慮(おもんばか)っていたようだったが。

  『僕とのデートの時間さえ限られてるってのにサ。』

 結局、惚気られたんですね。
(笑) そこまでは伝えず、課題として出されているプリントに質問があったら聞くぞと、持ちかけて下さって。
『あ………vv
 実を言えば。今回配られた分には苦手な微分積分があったので、見てほしいですとプリントと筆記用具を部屋から持って来る。コピー用紙に刷られた問題は結構な量があり、時折思い出したかのように、数週間前の復習問題がぽつりと混じっているというフェイントもあって、なかなかに気を緩められない代物なのだとか。
「これの、えと…ここの代数が…。」
 何度やっても妙な数字になったり、こういう問題ならばきちんと割り切れた値になる筈が延々と終われなかったり、そんな例題が幾つかあるんですというSOSを示してくれて。どらと覗き込んだプリントには、成程、小さな小さな字で連ねられた数式が、妙な尻切れトンボで終わっているところが数箇所ある。
「………。」
 無言のまま、じっと見つめて幾刻か。大体のところを把握したそのまま、一緒に渡されたレポート用紙にすらすらと鉛筆を走らせる進さんであり、そうやってまずはご自身が問題を解いてから、
「これは、ここの展開が逆だ。」
「えと…?」
 1つ1つを少しずつ、向かい合って説いて下さる丁寧なご指導ぶり。どうやら蛭魔さん謹製のこのプリントは、同じ応用が利く問題が極力少なく盛り込まれている、言わば"精鋭例題集"であるらしく。例題1つ1つに独特な特長があるので、直前の問題の解き方に流されていると全くおかしなことになるという、油断も隙もない代物であるのだとか。あややと頭を掻き掻き、それじゃあと最初から式を連ね始める小さな手を見やり、解き終えるまでの間に他のプリントへと目を通していた進さんが、

  「………。」

 ふと。間に挟まっていたルーズリーフに気づいて…視線を走らせる。明らかにセナとは違う、丁寧だがきっぱりと思い切りのいい頼もしい字が小気味よく数式を連ね、

  《 ここで代替式を戻すのを忘れないこと》

 端的な注意書きがところどころに並んでいる。大雑把だが親切な指導であり、
"蛭魔の字ではない、か。"
 プリントされた講師様の字はもう少し細くて流麗だから、これとも違う。恐らくは同じ講義を受けた者同士で教え合ったかどうかしたのだろうなと、そこへ理解が及んだそのタイミングへ、

  「あ、それ。十文字くんが教えてくれたんです。」

 セナ本人のお声が説明をしてくれて。
「数学と物理が得意で、あと、地理とかも詳しいんですよね。」
 各地の産業とか気候の特徴とか、ボク全然覚えてないのに凄いんですよ? にこにこと語るセナに、

  「……………………。」

 進さん、ちょこっと…微妙な沈黙。日頃の彼だって寡黙で、こっちの言葉へリアクションが返って来ないことも少なくはないぞと、世間一般の皆様からは思われてるかも知れないが。そんな"無言"へも何事か読み取れていたセナくんが、
「…どうしましたか?」
 あれれ? 進さん、黙っちゃったと。そんな風に感じてしまった"無言"だったから、これは………微妙。問題を解いていた手を停めて、どしたんだろうかと仔犬のように首を傾けていると、

  「…最近、聞く名だな。」

 こちらを見ないまま、そんな言いようをする進さんだから。
「あ、はい。…そうですね。」
 一年の時は同じクラスだったけど、二年では離れちゃって。三年になって進学コースだって言うんでまた同じクラスになったんです、と。言ってから、
"でも。"
 同じアメフト部員だし、これまでにも、モン太くんや蛭魔さん、まもり姉ちゃんに栗田さんといった他の方々と同じくらい、話題にしていたような気がするんですが…。進さんはいつだって、セナが"今日はこんなことがあったんですよ"と話すこと、どれもこれも穏やかに聞いててくれた筈なのに。
"忘れちゃったのかな。"
 まあ、毎日のようにいっぱいお喋りしていたから、それを全部覚えてはいられないだろし。一番頻度が高かった名前をこそ覚えているものだろうから、そうなると…十文字くんの名前は昨年まではあんまり出て来なかったのかも知れなくて。部活から引退してゼミで一緒になってる時間が増えて。それで、そんなセナから話を聞く進さんには、急に頻度が高くなったという感触になったのかも?

  "…あれ?"

 それってそれって…。

  "はやや…。///////"

 忘れちゃったんじゃなくて。それだけセナくんのこと把握してくれてるんだと、遅ればせながら気がついて頬が赤くなる。ありゃりゃ、どうしよう。つまんないお話しかしていなかったのにね。そうか今の一番の仲良しはモン太くんという子なのかとか、ちゃんと覚えててくれたから、違和感を感じたんですよねと。…………セナくん、相変わらずの天然さんでいらっさるご様子。もう少し男心を判ってあげなきゃと、この組み合わせでセナくんの側に言う日が来ようとは。
(苦笑)
「…? 小早川?」
 急に嬉しそうなお顔になり、頬を赤らめたセナに気づいて。今度はこちらが…怪訝に思ったか。瞳をやや見張ってしまった進さんへ、えっとうっと…とじたじたともがいてから。
「な、何でもありませんって。///////
 ああなんか、お顔が暑い。困ったなと視線が落ち着かない。大丈夫か、しっかりしろと、ソファーに丸くなってたタマまでが傍らに来ていて"な〜ん?"とお声を掛けてくれる。そんなタマのお顔が見えるということは、
"…あ、いけない。"
 滅多矢鱈と俯いたらいけないんだった。ガバッと顔を上げたその拍子、正面にいた進さんの…何でだろうか、困っているよなお顔と視線が合って、

  "…あれれ?"

 と。再びの疑問符がセナの頭上に灯った。今日の進さんはちょっと変。稚いセナの落ち着かないところだとか、いつもだったら微笑ましげに眺めてて下さるのに。あんまり度を超して焦ったり慌てたりすると、落ち着きなさいなと静かに宥めてくれるのに。なんで…困っているんだろうか。

  「し…。」
  「すまん。」

 どうしたんですかと問いかけかかったセナの声を珍しくも遮って、進さんは大きく吐息を一つつく。

  「どうやら俺は、随分と料簡が狭いらしい。」
  「………はい?」

 自分にはとことん厳しいが、それ以外の方面では瑣末なことは気にしない大人物で、悪く言えば…大雑把。そんなではいけない、好きな人や大事な人にはそれ相応に心を配らねばいけないぞと、少しずつ学習した成果として、少なくともセナにはそれはそれは心を砕いて接しようとして下さる。深い懐ろで小さなセナくんの"どうしよどうしよパニック"をいつもいつも宥めて下さる、そんな人物が突然、

  《 どうやら俺は、随分と料簡が狭いらしい。》

 なんて言い出したものだから。彼なりの憂いだか苦渋だかが滲んだ精悍なお顔を、キョトンと見つめ返したセナくんだったが。

  「こいつに、少しばかり腹が立った。」

 …あらあら、これはまたストレートな。十文字くんがご指導下さったというルーズリーフを、そっとテーブルへと戻した進さん、そのまま大きな手を頭の後ろへと回して、困ったというお顔をして見せる。
「親切な人物なのにな。確か、先に伊勢で会った…。」
 ああそうだった。修学旅行先という"フィールド外"でも、進さんと十文字くんが会う機会があったんだと思い出し、はいと頷いたセナくんへ、
「俺よりもずっと、当たり前のように小早川の傍らにいられた奴なんだなと思うとな。どうしてだろう、この辺りがじわじわと苦くなって苦しくなる。」
 みぞおち辺りを押さえる進さんに、セナは………自分の口許を小さな両手で押さえ込む。いくら何でも、ここまで言われて、

  『急性胃炎になられたのですか?』

 という連想思考はなかろう。
こらこら

  "あ、でも…。でも、そんなのって…。///////"

 あってはならないことだ。だって進さんは強い人で。その"強さ"の根源は、公明正大、何にも恥じない正しさと真っ直ぐさ。そして、それに裏打ちされた確固たる自信と強靭な自負。そんなまでに心が屈強な人が…意味もなく誰かに、あのその、謂れのない嫉妬の心を持つなんて。
"それも…ボクなんかのことでだなんて。"
 自信のない自分がすぐにおたつくのとは訳が違う。これは大変なことだぞと、真摯なお顔になってしまうところが………あんたたち やっぱりどっか変だわ。
(苦笑)
「…えっと、えっと。」
 それは困りましたねと、しゅ〜んと肩を窄めた小さなセナくんに、

  「無論、小早川を困らせるつもりはないからな。」

 進さん、きっぱりと言い放ち、
「小早川は優しい子だ。誰からも好かれるのだから、いちいちぴりぴりしていてはキリがない。」
「あ、えと…そんな…。」
 それはそれは真剣なお顔で告げられて、照れていいやら否定すべきか。一番仲のいい桜庭さん辺りから、つくづくと"変わり者"だと聞いてはいたが、

  "………そっか。こゆとこが、ちょこっと変わった人なんだな。///////"

 でも、

  "そゆとこも、好きだなんて思うボクも、
   ちょこっと…立派に変わり者なのかも知れないな。///////"



  ――― やってなさいっての。









  heart2.gif おまけ heart2.gif


 思わずタマも呆れるくらい、何だか妙な"決意表明"をし合ったバカップル二人。
(笑) 恥ずかしそうに…とはいえ、一つソファーに身を寄せ合って。片やが愛惜しげに髪を梳いてやれば、片やがすりすりと胸板へ頬を擦りつけたり、ますますの親愛をお互いに深め合ったらしい模様であり。セナくんが時折 他愛のない話題を持ち出しては、朴念仁様が"そうだな"とか"そうか"とか短いお返事をし、その一言一言に伴われる柔らかな笑顔にてセナくんがほややんと頬を染めるという。結局いつもとどう違うのやら、これを"元の莢さやに収まった"と言って良いのか、だって喧嘩していた訳じゃなし。そんな甘い一時を過ごしていたのだけれどもね。

  「紫陽花って七色に変わるなんて言われてますけど、ホントでしょうか?」

 セナの家にはあいにくと植わってなかったが、進さんのお家の広い庭にはそれは見事な紫陽花の株があり、毎年のように淡い紫や鮮やかな青の花を咲かせていたっけと思い出したセナくんで。自分に少々縁のないではない唐突な質問へ、

  「う〜ん。」

 さしもの進さんでも、これには…ちょこっと困ったように唸ってしまった模様。こんなところに引っ張り出すのもなんではあるが、これがもしも桜庭くんだったなら、

  《 変わる品種もあるのかもしれないね。》

 強く否定しない、どこか気を利かせた言いようで、無難にそう言って収めたところだろうに。それは真剣に考え込んでしまった生真面目な人。あやや、困らせちゃったかなと思いつつ、でもでも…ちょこっと反応が違うことへ"くすすvv"と微笑。腕を組んでまで"む〜ん"と唸ってしまった進さんが、何だか可愛らしくさえ見えてしまったというから…恋情って凄いもんなんだなぁ。
(おいおい/笑) もういいですようと声を掛けようとしたセナくんだったが、


   「虹の色と仲がいいから、そんな風に言われているのかもしれないな。」

   ――― はい? 今、なんて?


 唐突で、しかも…何ともロマンチックというかメルヘンチックというか。この武骨なラインバッカーさんが、言うに事欠いて、植物と気象現象に"仲がいい"なんて表現をくっつけようとは、一体誰が予想するだろうか。
こらこら

  「………。」

 失礼ながらセナもまた、これは一体どういう例えだろうかと固まりかかっていたものの。向かい合っていた進さんの視線が、ついと窓の外へと向いたので。

  "え? ………あっ。"

 つられたように外を見て、そこに鮮やかな"いたずら描き"を発見した。小さな空の随分遠く、上がり始めた雨を追い越して射し始めた陽の明るさの向こう。サッと手早く刷毛で亳いたような。かすかに七色が見て取れる、幻みたいな虹が架かっていたからだ。空と地上のファンタジー。………もしかして、今回は不発だったかも。
(おろおろ/笑) 何だかもうもう、勝手にやってろと、筆者までもが音を上げそうな甘さに到達している人たちであるらしいです。




  〜Fine〜  04.6.23.〜6.24.

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  *実際のところはどうなんでしょね、アジサイの七変化。
   花が熟すに従って黄緑に始まる額弁も徐々に赤に青にと濃い色になってくから、
   その変化を差して"7色に変わる"なんて言われているのかも知れません。

  *紫陽花は"瓊花
たまばな"とか七変化"なんて呼んだりして、
   日本では雨の中に鮮やかに開く、それは風情があるお花なんですが、
   これの英語名は"hydrangea"といいまして。
   頭が幾つもあるヒドラのような花という意味なんですね。
う〜ん
   そういえば、
   トンボは"dragon-fly"とか"witch-needle"なんて呼ぶそうで。
   後者の方は、人間の口をざくざくと縫い付ける魔女の針という意味。
   お国が変われば感覚も変わるんですねぇ。
   (………本文には触れたくないらしいです。)
(笑)

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