2
小さな頃のセナくんの、何とも無邪気な仕草や笑顔、時折何にかご機嫌を傾しげて"ふにゃ〜ん"と顔を真っ赤にして泣き出す様なぞ、余すところなく収録された愛らしいあれやこれやに、
「………。」
一般の方々には分かりにくいかも知れないが、日頃は鋭く恐持てのする面差ししか知られていない進清十郎の顔が…やや頬がほころんでいて、やや目許もやわらかく和んでいる。ここにあの幼なじみのチームメイト氏がいたならば、
『あ〜あ、すっかり やにさがっちゃってまあ』
なんて言って、しっかり呆れ返ったことだろうて。当然、瀬那にもその違いは分かるのだが、
「…えとえっと。/////」
何を見てそんなにやさしいお顔になっている彼なのかを思うと、ただただ赤くなって肩を縮める他はないらしい。
「あまり変わってないんだな。」
「あ、それはあんまり酷いですよう。」
大きな眸にふかふかの頬。きゃう・うー…とはしゃいで ほころぶ、それはそれは愛らしいお顔。今のセナも確かに童顔ではあるが、いくら何でももう高校生なのにと頬を膨らませると、画面の中のセナくんも"ぷぷー"と膨れて、そのシンクロがまた可笑しい。とうとう声まで出して"くつくつ"と笑い出す進に、真っ赤になりつつ"うう"〜っ"と唸ったセナが………ふと。
「………。」
進から視線を逸らし、傍らから立ち上がるとそのまま窓辺へと歩みを運ぶ。気温差から生まれた露で白く曇った大きなガラスを、小さな手の指先で拭って見せて、
「あ、やっぱり。」
小さな声を出すセナであり、
「雪ですよ。なんだか沢山降ってます。」
子供のように無邪気な声で。進へと報告してくる彼だが、そのまま窓辺から戻って来ないとあって、進も釣られるようにソファーから立ち上がった。自分へと歩み寄る青年へ窓の外を指し示し、
「ほら、凄いでしょう?」
庭へと出てゆける大窓から望める外には、確かに降りしきる雪の陣幕。ボタン雪というやつだろう、一つ一つが結構大きく、だのにも関わらず…それらが群れをなして間断無く落ちてくる様はあまりに静かである。その静寂を壊さぬようにと思ったか、
「風がないですし…これは積もるかもですね。」
小声で紡がれた少年の言葉に、声は出さぬまま頷いた進ではあったが、そんな感慨とは別に…窓を拭いつつける小さな手をそっと掴んでいて。
「…進さん?」
きょとんとする彼の顔を間近に見下ろして、
「冷たいだろう。」
短く一言。確かに、窓ガラスは氷のような冷たさを帯びていて、進がその手で掴み取った小さな手も、指先が仄かに冷え始めている。そんな指摘を受けたセナはというと、
「…あ。」
言われるまで気がつかなかったという顔になり、それから"ふわっ"と微笑って見せる。
「そうですね。」
気遣ってくれるやさしさに感じ入ったと同時に、もしかしてこの人は…雪の景色に気持ちを連れて行かれそうになった話相手を連れ戻したかったのかも知れないと、ちょっとだけ自惚れてみたりしたドキドキで頬が熱くなって。それを誤魔化すみたいにちょっとだけ俯いて。進が促すまま、元居たソファーへと戻ったセナだった。
◇
音もなく降り出した雪。ここ数日は二カ月分ほども先行したような暖かさが続いた良い陽気だったのだが、いくら暦の上では"春"だと言っても、まだまだ2月、厳寒期だということか。
「不思議ですよね。」
室内との温度差がいよいよ開いて、だが、雪の勢いがあるせいだろうか、淡く曇ったその窓の向こう、降りしきる雪の様はよく見通せた。ビデオ鑑賞は打ち切って、天然の綺麗な訪問者たちの舞いをしばし眺めていた二人だったが、
「雪が降ってるなって、結構気がつくんですよね。それも、急に静かになるから気がつくんですよ?」
セナがそんな風に呟いた。
「何か音がしたから"あれ?"って気がつくのと、丁度逆でしょう? あれ? 何にも音がしなくなったぞって、それで気がつくんです。」
そういうものかなと進は小首を傾げて見せる。注意が散漫な訳ではないのだが、暑い寒いは自然なものだから、いちいち気を留めるということ自体が少なかったせいだろう。
「………。」
ふと。黙りこくって窓の方、ぼんやりと眺めていたセナが、そのまま横合いから"ぽそり"と凭れかかって来た。
「小早川?」
「…雪って、なんか進さんに似てると思って。」
風のない中、連綿と間断なく降りしきる雪。凍えた空間の中に織り成される綿雪のタペストリーは、単調なまでに同じリズムで音もなく、繰り返し繰り返し。
「雪が静かなのは、降る音がしないからだけじゃなくて、周りの物音も飲み込むから…なんですよね。」
まるで…溝の切れたカーボンレコードが同じフレーズをリフレインし続けるように、静かに静かに。そこにあるのに無音なままに、奥行き深く空間を埋めてゆく白い訪問者たち。その不思議なその情景に見とれているらしい小さな少年は、
「進さんもいつも寡黙で。でも、ただ物静かなだけじゃなくって、何て言うのか、周りを引き込むような存在感もあって…。」
フィールドに立てば並ぶものなき勇猛果敢な闘士であり、躍動感あふれる高校最強のラインバッカー。そんな肩書きを常日頃から意識する彼ではないのだろうが、それでも只者ではない空気を感じさせる人物だ。その存在感は、決して揮発性の高い挑発的なものではなく、むしろ厳粛なまでの静かな冴え。自身の寡黙さだけでなく、周囲の空気を圧して黙らせるような重厚な存在感。それを意識せずとも まとっているがため、静謐淡々としているのに凛然と冴えた空気を感じさせ、それが威容となって彼を際立たせる。
"………でも。"
温かいのにねと思う。頼もしい匂いも深みのある声も、大きな手も奥行きの広い懐ろも。孤高に冴えたその眼差しは、だが、覗き込むとかすかに和んでやさしくほどける。常に昂然と顔を上げて立つ姿勢は、あまりに堂々としているが故に素っ気なく見えるけれど、差し伸べられる手はとっても大きくて温かいし、無口だけれどその囁きは、それは柔らかな響きのいいお声なのに。自分に向けられる彼の全てが全部、何とも優しく暖かいのにと、その感触が嬉しくて堪らないセナでもあって。
"………。"
それら、自分にだけへの"特別"たちは、そのまま"どれほど想われているか"のバロメータであり、彼ほどの素晴らしい存在を独占出来ているという実感へと、普通ならばつながってしまうものなのだが………。
「…あっ。/////」
自分の態勢に気がついてはっと我に返った。あんまりにも間断無く単調な風景として降りしきる雪の様子についつい呑まれて…トリップしかかっていたらしい。
「ご、ごめんなさいっ。」
いくら心和む空気の中だったとはいえど、お客様に凭れてどうするかと、パッとその身を引きはがしたセナだったが、
「………。」
小さな温みが再び離れようとしたその瞬間、大きな手が向こう側、離れようとした先に待ち構えるように先んじて回されていたから、
「あやや…。/////」
離れ切ること適わず。あっさりと…元の位置へ、ぽそんとダウンを決められてしまったり。リターンはお任せですな、相変わらず。
「えと…。」
あらためて凭れることとなった懐ろの中から、あの…とおずおず見上げれば。彫りの深い男らしいお顔がくすんと微笑って見下ろしてくるのが、また何とも余裕たっぷりにしてカッコいいものだから。ううう"…/////と言葉もなく頬を赤らめてしまうセナである。
――― だがだが。今日は、今日だけは。それだけで終わらない。
「…あのですね、進さん。」
「んん?」
「今日は"バレンタインデイ"っていう日で、
あの、何も女の子だけが告白する日じゃないそうなんですよね。」
「ふ〜ん。」
「あのあの、大好きな人へ
その"好きだよ"っていう気持ちをちゃんと伝える日なんだそうです。」
「うん。」
「それであの…。/////」
今朝方、飲み物とかおやつだとかお買い物に出た時に、あちこちに貼られてあった"バレンタインデイ"のポスターが妙に目について。女の子だけの日じゃないのよと教えてくれたのは まもりお姉ちゃんで、
『チョコを添えての愛の告白なんていうのはね、日本のお菓子屋さんのキャンペーンが始まりなのよ?』
そんなの本場の風習なんかじゃないんだから。そんな風にちょっとムキになって言ってたのは、前日の学校帰りにケーキ屋さんから出て来たところへ丁度鉢合わせてしまったから。
"…でも、なんでボクにああまでムキになったのかなぁ?"
さて? いやまあ、それはともかく。そんなまもりの言葉を思い出し、
『…う〜ん。』
ちょびっと迷ったお花屋さんの前。春めいた色があんまり綺麗だったので、ついつい買ってしまったそのお花を、ローテーブルの陰、一輪挿しに差して隠してた。
「ボクは進さんのこと、好きだから。」
一輪だけのかわいいお花。フリージアとかスィートピーも可愛らしかったけれど、可憐が過ぎて進さんには貫禄で負けちゃうと思ったので…選んだのは別のお花。セロファンにくるりと覆われ、細くて赤いリボンを茎に巻かれたそれを、両手で捧げ持ってすっと差し出したセナであり、
「………。」
何だか"プロポーズ"みたいな構図だなと、若しくは"お花、買って下さい"という構図かもと、後々に思い出すたび恥ずかしくなっちゃう告白だったけれど。日頃の小心さから来る"ドキドキ"さえしないくらいに、不思議と不安はなかった。無論のこと、何かしら自信があった訳では全然なくて。お花と一緒に差し出した"自分の気持ち"に迷いとか引け目とかいうものが微塵もなかったからだと思う。それを受け止める人の意志にまで想いが及ばなかったのは…これもやっぱり、言ってから気がつく"うっかり者さん"なところが出たまでのこと。何とも彼らしいことだったが、ならば…またもや おろおろし出す前に。
「先に言われてしまったか。」
差し出された、春めいた華やかな色合いの花。それを、まるで可憐な蝶々をそっと捕まえるように、大きな手で小さな手ごと…包み込む。そういえば、
セナの側からは、どさくさ紛れながらも(笑)よく口にしてくれていたことなのに。こちらからは一度としてそういった…具体的な睦言を口にしたことはないと今更ながら気がついた。
"高校最速が聞いて呆れるな。"
いや、こういうことにまで付いて回る形容詞ではないのでは。(笑)
「…えと。」
お花ごとやさしく包み込まれた自分の手を見下ろしている少年へ、
「小早川。」
丸ぁるいおでこに額をくっつけ、これ以上はないくらい間近になった男臭いお顔。
「あ…。/////」
急なことへ ほややんと見惚れていると、低く深みのある声が囁いた。
「先を越されたからには、負けないよう、きっちり責任を取らねばな。」
そんな言い方があるかいと突っ込みを入れるほどスレてはいないセナくんが、
「あのあの…。/////」
頬を真っ赤にしているところへ、
「(さて、なんと言った進さんなのでしょうか?/おいおい)」
この荒くたい男のどこにそんな語彙があったやら。ぽそりと囁いた一言に、
「あああ、あ、あのあの…。////////」
かぁ〜〜〜っっと熟れたお顔のそのおでこへ、熱でも測るかのように…そっと触れた唇の感触があって。
「………。/////」
セナくんの小さな体が、再び ぽそんと。進さんの懐ろへ転がり込んだのは言うまでもないことであった。
Happy! St,Valentine's Day!
おまけ 
〜Fine〜 03.2.8.〜2.11.
*直前に風邪に取っ捕まってしまい、
果たしてバレンタインデイに間に合うのかと、
本人が一番ハラハラしたお話です。
焦るあまりに、いつも以上に何か変な人たちになってる節もありますが。
愛の日に免じて どかお許しをvv(ダメじゃん。)
←BACK/TOP***
|