夏の名残りと秋隣り B
 



          



 案外と人出の多い商店街の雑踏を突っ切って、一旦駅前まで出て。それから線路を渡った、駅の向こう。いつものファミレスの喫茶コーナーへと落ち着いて、一枚ガラスの大窓から望める空の色へ、ほんの少しだけ早くなった夕暮れを自覚する。まだまだ夏の名残りが強くて、陽が落ちても白々と明るいが、そのうちこれが…茜から紫紺へのグラデーションも見事な、何ともスペクタクルな風景を見せてくれる黄昏の空になる。
"えと…。/////"
 小さなテーブルを挟んで向かい合うよに席に着く。まださほど授業は本格的に始まっていないので、お互い荷物も少なくて。だが、授業と同じくらい、いやいや、時にはもっと大切な部活動のためのバッグは大きめなので。通路に突き出させて邪魔にならないようにと、足元へぎゅうぎゅう押し込んで、さて。向かい合う相手のお顔が…そんなに間を空けてはいないのに、何だか久し振りという感触があって、眸と眸が合うだけでもドキドキと嬉しい。それぞれに注文した飲み物が来て、ふと、
"………あ。"
 コーヒーカップを持ち上げる、機能的に動く大きな手に。カップの縁を口許へと寄せながら、やや伏し目がちになった彫の深い目許に、つい。
"はやや…。/////"
 視線が引き寄せられるようになって、ただただ見とれてしまう瀬那である。頬骨が少ぉし立ったお顔は、早くも青年から大人のそれへと変わりつつある頼もしい男臭さに満ちており。だが、鼻梁の線は案外と細く、口許もやはり案外と端麗で。悠然孤高とした彼の雄々しい態度の内へ、凛とした潔いまでの清冽さを齎
もたらしているのは、こういった部分の思わぬ繊細さなのかも知れなくて。
「…進さんの方が。」
 ぽつりと、何か言いかけたセナだと気づいて"んん?"と注意を向けると、
「桜庭さんより進さんの方が、カッコいいのになって思って。/////
「………☆」
 そんなことを言ってから。柔らかな頬、ぽうと愛らしく頬を染めるのは反則なのではなかろうかと、お褒めに預かったご本人は別なところに意識を取られてしまっていたりするのだが。
"だってさ。"
 さっきのコンビニ、見ず知らずの女の子たちまでもが"カッコいいよねvv"とのぼせていたほど、いくら桜庭さんが大人気の芸能人でも。セナくんとしては、こればっかりは譲れない。大人びて凛々しい面差しに、上背があってかっちりと仕上がりつつある男らしい屈強な体躯。落ち着いた雰囲気は時に威容に満ち、気の利かない寡黙なところが取っ付きにくい印象を与えもするかもしれないけれど。ちゃんと向き合って知り合えば。その分を補って余りあるほどに、頼もしくて懐ろの深い、とてもとても優しい人だってすぐに分かる。慣れないことなせいか、まだまだどこか不器用だけれど。その分、それは誠実で愛惜しい。
"王城の合宿の後、真っ直ぐボクんチに来てくれたし。"
 毎年の夏休みの後半に、秋季大会に向けての総合合宿が催される王城高校で。秋には引退する三年生は自由参加の希望制。勿論のこと参加した進は、最終日の帰途、自宅を通り過ぎてまで、わざわざセナの家へ直行し、真っ先に"帰還の報告"に来てくれた。2週間も逢えなかったのが、とってもとっても寂しかったのを、ちゃんと察してくれての気遣いで。
"えへへ…。/////"
 両想いなんだなって実感出来ちゃう"特別扱い"が、とってもとっても嬉しかったのまで思い出してしまったから。知らずほころんでしまう口許を何とかしなきゃと、
「えと…桜庭さん、何か資格試験を受けるんですか?」
 別な話題を持ち出すと、進さんも…何故だかホッとした様子。ほこりと笑って見せて、
「らしいぞ。何の願書なのかは聞いていないのだがな。」
 英語検定だか、それともパソコン検定だか。資格を取る試験への願書の提出にと、色々なお役所系の事務局や分局のある隣りのF町まで、どうせ方向は同じなんだからとばかり、桜庭さんに強引に付き合わされた進さんなのだそうで。芸能活動の方を少しだけお休みにしてまで受験勉強に打ち込んでいるのかと思いきや、そういう"寄り道"をしていたとはと、親しい進さんもまた、今日の今日まで知らなかったらしい。
「就職組だと、この時期に車の免許を取ったりもするらしいが。」
 あの、いかにもゴシック建築ですという荘厳華麗な校舎の学校・王城からの就職って…なんかイメージが沸かないんですけれど。この不景気にそんな…並行して教習所通い出来る余裕がある辺りからして、人品怪しからずなところを買われた"推薦就職"ってやつなんでしょうね、きっと。それはともかく、
「車ですか…。」
 瀬那は言われてから、18歳か、そうだ免許が取れる年齢なんだと改めて気がついたらしくって。…そういえば賊学の葉柱くんたちって、ホントだったらまだ原付バイクにしか乗れない年齢だったのでは? どう見ても限定解除クラスに乗ってた子がいたような…。留年とか高校浪人とか してたの?
(う〜ん)
"でも、ボクには無理だな。"
 先々の何やかやという場面にて、持っていれば有利な資格の筆頭だけれど、どうも自分には取得は無理だろうと、こっそり苦笑してしまうセナである。
"トロいから、周りにご迷惑かけちゃうだろし。"
 今や押しも押されぬ 高校最速少年が"トロい"んですってよ、奥様。
こらこら 光速のランニングバッカーさんでも、自分の足で走る訳ではないものへは、ついつい謙虚さが出てしまうらしい。………ちなみに。トロいから周囲のドライバーの迷惑になるので免許は取らない方が良いと、父から真剣に言い切られた筆者でございます。(笑) そんなセナくんの様子に気づいてなのかどうなのか、

   「俺も大学に入ってから取るつもりではいるんだが。」

    ……………はい?

 お話の流れから慮
かんがみるに、自動車の運転免許を、というのが主語に来る、そういう発言なのでしょうか、進さんてば。
「……………。」
 ついつい無言のままに。レモンスカッシュのグラスに立ったストローを、クルクルと意味なく回してしまったセナくんであり、
「…こら。その反応は何だ。」
「あっ。あやや…。/////
 す、すみませんと、セナくん、我に返って慌てて謝ったけれど。いやぁ、この反応は妥当なんじゃないのでしょうか。だって進さんたら、伝説的な超機械オンチだし。
(笑)
「俺が苦手なのは電化製品だけだぞ。」
「そうでしたね。」
 馬鹿にするもんじゃないとばかり、憤然として見せる進の態度へ、いかにも可笑しそうに目許を細めて、楽しそうに"くすくす"と肩を震わせてセナが笑う。そんな彼へ、
"………。"
 ああ、いい顔だなと。思わず見とれた。昨年の今頃の彼ならば、もしもこんな風に進が憤慨したなら…どこかおどおどしながら懸命に謝って、見るからに怖がっていただけかもしれない。よくもここまで懐いてくれたなと、それも嬉しい進である。
"………。"
 何もかもが小さな作りの愛らしい子。手もお顔も、肩も背中も。胸板や腰回りや足までも、それはそれは薄くて小さくて頼りないのに。自分の中での彼はといえば…何と大きな存在感であることか。大きな琥珀色の眸に、ふかふかの頬。こちらの気配に気づくと、やわらかい髪ふさふさと揺らして。嬉しそうにたかたか駆けて来て、大きな眸で見上げてくれる愛しい人。日頃はちょっぴり気が小さくて、引っ込み思案で。そこへと優しい気性が重なって、言いたいこともあるだろうに、ついつい我慢してしまう大人しい少年で。
"…あれもそうだったな。"
 ほんの先日、夏休みの終わり頃。三年生は自由参加となる合宿に、当たり前のように参加した進であったのだが、
『え? まさか、合宿に参加するの?』
 丁度その出発当日、どこぞへ出掛けるとかで駅に来合わせていた桜庭と鉢合わせし、こちらの装備に…呆れたような顔をされた。
『不審なのか?』
 毎年のことだのにと、それこそ怪訝そうな声を返せば、
『だって…セナくんには話したの?』
『場所と日程は言ってある。』
『…だ〜か〜ら。旦那様の出張じゃないんだからね。』
 呆れたと言わんばかりの顔をされた。
『寂しがらないかい? お前はともかく、9月になったら週末は試合で全部塞がるセナくんなんだよ? せめて夏休みの内に沢山逢っておきたいって思ってるんじゃないのか?』
 これは正直考えてもいなかったところだったので、
『………。』
 そういう理屈なんだよという意味合いを悟ったその瞬間に、少々…自分の迂闊さへ ぐらっと来はしたが。

  『でも、進さんには大切な合宿ですもん。』

 2週間の日程を消化してこちらへと戻って来た、夏休みぎりぎりの最終日。何とか逢うことが出来た小さな恋人くんは、いつぞやの合宿所とは違って、メールのやり取りは出来たから嬉しかったですよと言ってから、
『普通のトレーニングと違って、相手がいなきゃ人数がいなきゃ出来ない練習とか、そういうのが出来る機会があるのなら、少しでも沢山やっておきたいって気持ち、判りますもん。』
 ウチは少数精鋭チームでしたから、いつもそうでしたと。肩をすくめておどけるように笑って見せてくれた、やさしい恋人くん。その笑顔が…何故だろうか、切なげなそれに見えたものだから。
『…寂しくはなかったのか?』
 つい。制止が利かないままに、抱きすくめてしまってから。腕の中で硬直しかかっていた温もりに訊くと、
『………ちょこっと沢山…寂しかったです。』
 消え入りそうな小さな声で、こちらの懐ろの中に吸い込ませるようにと呟いた愛らしい子。こんなに寂しくとも…相手の負担になることを恐れて、我を押し殺すことを厭
いとわないだなんて。いつも己の道しか見えないでいる自分とは全く異なる種の許容の深さ。だが、理性と感情きっちり割り切れる大人や、不貞々々しくも打たれ強い雄々しい人物ならまだしも、まだこんなにも幼いとけない身にはそんなことが辛くない筈はなく、
『済まない…。』
 自分が守らなくてどうするかと、自分が傷つけて、寂しがらせてどうするかと、不甲斐なさに臍
ほぞを咬めば、
『いいえ、いいえっ!』
 彼は盛んにかぶりを振って、それこそ誤りを正そうとするかのように、小さな手で懸命にすがりついて来て。

  『だって今、物凄く嬉しいんです。』

 二つの体、溶け合えばいいのにと願うよに。彼の方からもぎゅうっと、彼の力いっぱいで しがみついて来て、
『寂しかったの全部消えたほど、嬉しいんです。』
 こんなに幸せなの、体感出来たから。そのために必要だったと思えば…もう良いんだと、ふにゃんと笑って見せたセナであり、
"勿体ない話だよな。"
 何もかも全てを望むのは強欲というもの。アメフトの世界にて思う存分のプレイが出来るなら、それだけで良いと。フィールドを自在に駆け、強豪が現れればその存在と切磋琢磨して自分を伸ばし、人としての成長を遂げることが出来るなら、もう何も要らないと。そんな風に漠然と思っていた。寡欲なのでなく、アメフトの他を知らないでいた。そんな自分に。こんなにも繊細で愛らしく、そのくせ限りなく優しくて。こんな自分を自身よりも優先してくれる存在が現れようとは。
"………。"
 彼を思うと連なって沸き上がる想いは、いつだって温かで擽ったく、そのささやかな甘さはたいそう心地よくて。決して"餓
かつえて"いた訳ではないのだけれど、これも自然の欲求だったからだろうか、するすると胸に染み入って、今やなくては落ち着けないものにまで膨らんでいる。だが、彼はあまりに繊細だから。そして自分は、やはり乱暴で粗忽だから。うっかりすると簡単に傷つけかねないのだと、それに気づいて青くなる。知らないから慣れていないから…では、済まされないこと。守ってやるなんて滸おこがましい。ただの風よけくらいにはなりたいと思うなら、その前に。自分の言動で彼を悲しませぬように心掛けねばと、これまで ずぼらをしていた基本から始めねばならないことに気づいたし、そして。何と足りないところの多い自分かと、あらためて思い知りもした。齟齬や誤解が生じたなら、自分が負や非を取り込めばそれで良いというものではない。棘や痛みを誰かに与えたと、そこまで思って気に病むような、桁違いに心優しき人もいるのだと彼から教わった。
「次の日曜から試合だな。」
「はいっ。」
 にこにこと愛らしい笑顔が大きく頷く。いまだに…いやいや、今になって より不思議に、そして小気味よく思うのが、こんなに愛らしくて、尚且つ、フィールドでも同じことへ邁進してくれる、油断しているとあっさり抜かれるほどの相手であることで。そんな対極する要素が彼一人に両方宿る不思議さと、そうであることへと同じほどの感謝の念が絶えなくて。
「………。」
 新進気鋭にして、成長率も学習能力も 100%以上。今や気を抜くと置いて行かれかねない強敵であり、それと同時に愛しくてたまらない対象。
「これからも、部の練習には加わるのでしょう?」
 蛭魔さんから聞いていますと、舌っ足らずな声が屈託なく語る。そういえば合宿の最後の方で似た顔を見たような気がしたなと、今頃になって思い出しつつ、
「ああ。」
 頷いて見せた。アメフトというスポーツならではの動作や反射、殊に、試合を想定したシフトやパスの練習は一人で出来るものではない。半年以上も離れては、体や感覚が鈍
なまってしまうだろうからと。自分のためではなく、あくまでも現役の後輩たちの練習台になるつもりで参加するということで、監督からも了解されている。大切な人が出来ても、やはり…アメフト馬鹿は辞められない。それどころか、この少年が現れてからのこっち、ただ前だけ見ていた漠然とした孤野の中に自分を駆けさせるものを見つけて、尚増す意欲に自分でも驚いているくらいなのだから。
「…じゃあ。」
 その愛しい人が、小さく首を傾げて見せて、
「試合の方も、時々は観に来てくれますか?」
 お勉強の息抜きに、と。そんな言いようをする彼だけれど。実は…ゲームならではの緊張感をたくさん感じて下さいと、頑張りますから、そういう形で応援しますからと、そんな気持ちでいるらしくって。勢い込んでか大きく見張られた琥珀の瞳も、胸の前に握られた小さな拳さえもが愛惜しい。
「ああ。必ず観に行く。」
 いや、小早川に逢いに行くからと言い直せば。またまた頬を熟れさせて、嬉しそうな微笑みを頬張ってしまう可愛い子。何かというと少ぉしずつ変化のあった新しい季節は、だが。彼らにはその変化さえ、温かい繋がりを呼び招く"鍵"でしかないようで。距離なんて生じてはいないんだよと、互いを見やる眼差しがするすると手を取り合ってしまう、そんな甘い黄昏時であったのだった。



  ――― 関東地方は秋めいて来てるらしいから、まあ・いっか。




    〜Fine〜 03.9.3.〜9.10.


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  *関西地方はめちゃめちゃ暑いです。
   今から盆休みかと思っちゃうくらいです。
   そんな時にこんな話を書いてます。………我慢大会みたい。
(笑)

  *今回、ちょこっと"あれ?"っと感じたのが、
   進さんって自分のことをどう呼んでいたかでして。
   俺、で良かったのかな、
   どこかのサイト様に"私"と言ってるのがあって、
   妙にカッコ良かったのよねvvとか。
   大きく横道に逸れつつも調べたところが、
   監督や大田原さんには"自分"って言ってるんですな。
  (だから。大田原さんって先輩さんなんだと勘違いしたんですね。)
   で、モノローグでは"俺"。
   あとは…口数が少ないので、
   あんまり"自分は""自分が"って言ってない人でした。
   くぅ〜〜〜、カッコいいっvv