夏の名残りと秋隣り A
 



          



  今日のところは新体制になったことへのお披露目が主体ということで、調整中心の軽い目の練習だけで終しまいとなった。ご近所同士なので朝は一緒に早朝トレーニングへと向かう、セナくんにとっては一番の仲良しな大親友のモン太くんだが。放課後は時々、彼には言えない"待ち合わせ"があったりして。
『あ、えと。ちょっと約束があるから…。』
 よって、心苦しいものの…ちょぉっと付き合いが悪いセナくんになってしまう日があって。あんまり他人のプライベートの詮索をしない、極めてさっぱりしている彼だから、
『じゃっ、明日なっ!』
『うん、明日っ!』
 シュタッと明るく手を振って…片やは駅へ直行し、セナの方は部室でずるずるとゆっくりの身支度をし。時には明日の練習予定への下準備にも手をつけて。それから腰を上げて、部室の戸締まりをして、やっとの下校。そんなややこしいことをするのも、わざわざこちらの…泥門駅まで来てくれる愛しい人のため。

  ――― 王城高校"ホワイトナイツ"のエース、ラインバッカー進清十郎さん。

 疚
やましいと思う訳ではないのだが、それでもね。ある意味でライバル校の、しかも主力選手だった人だから。そんな人と親しげだと、何かと詮索されるんじゃないかなとか思ってしまって。雷門くんはそういうことをする人ではないのだけれど…それならそれで、三人で一緒に過ごすことになりかねず。普通の"お友達"ならそれも楽しくて良いのかもしれないが、微妙にあのその、二人きりになりたい間柄なので。
"それでなくたって、短い時間しか一緒にいられないんだし…。"
 名門校ならではのハードな練習後に、自宅のある駅を通り過ぎ、遠いこちらまでわざわざやって来てくれていた優しい人。ホントだったら…前々からさんざんと、中間にあたるQ駅で待ち合わせることにしましょうよと言っていたのだが。自分の方が体力があるのだし、遅くなって暗くなった中、セナを一人で帰すのは忍びないからと、どうしても譲らなかった進であり。秋になればなったで、
『部の活動から引退して早く帰れるようになったのだから、こっちが遠出した方が理屈に合っているだろうが』
 ………と。やっぱり譲ってくれなくて。理詰めの力技という、腰の弱いセナには太刀打ち出来ない、完璧じゃないか、おいおい…というとんでもない技を使う、相変わらずに最強な人。
"優しい人だよな、ホントに。"
 アメフトに全てを傾けたそのバランスを取るかのように、日頃の生活面では武骨で大雑把で気が利かないと、彼をよくよく知る人ほど彼を指してそんな風に評すけれど。決してそんなことはないとセナは思う。確かに…繊細とは言いがたく、それはそれは手篤
てあつい"至れり尽くせり"を分かりやすくこなせる彼ではないのだけれど。それでもね、心根の底にはいつも、か弱い者や小さき者への気遣いがあって。殊に、どこか頼りなくて すぐ物怖じするところのある、引っ込み思案なセナと付き合うようになってからは、不慣れだったろう"心くばり"というものへ、頑張って頑張って挑んでくれてもいる。優しくて男らしくて、大好きな人。でも、アメフトっていう世界の中に並び立つ時だけは、負けたくはないと全力を尽くして、真っ向から睨み据える壁。そう、最強の人。

  "あれ…?"

 そんなこんなと思いつつ、駅までの道をほてほてと歩んでいたら。不意にポケットから携帯の着信音が聞こえた。メールへのもので、進からのものかもと急いで取り出して、封筒のマークを開くと、

  《 右を見な。》

という一行だけ。
"???"
 これって何だろう、と。不審に思いつつも自然な反射で右側に目をやれば、そこにあったのはコンビニで。まだ陽が落ちたばかりという時間帯だから空も明るく、一枚ガラスの壁の向こうより、そこに貼られたポスターなどの方が目についたのだが。そこへ"ぱぱぱ…っ"と店内の照明がついて。
「………あ。」
 明るくなった店内の方がよく見通せるようになった途端、見慣れたお顔がガラス越しにこっちを見ていたのに気がついた。
「ひ、蛭魔さん?」
 これにはちょっとビックリ。タイミングよく照明が点いた、いかにもな演出へも驚いたが、それよりも。
"呼び止めるだけなのにメールを使うなんて…。"
 直接声を掛けても届くまいとか、実際そうだったように、こうした方がセナの側の反応も早いとか、色々と付帯条件があったことは重々分かるのだが、それでも。セナが来るのを見かけて携帯を取り出し、そこへメッセージを打ち込んで、そのメールを飛ばして…という一連の作業が必要な訳で。何とまあ素早い対処であることか、余程のこと手慣れている彼なのだなと、改めて驚いてしまったセナだったのだ。そんなことをやってのけた当の先輩さんは、くいっと細い顎をしゃくって"入って来い"という仕草を見せるから。
"…?"
 進さんとの待ち合わせがあるのになと、少ぉし不安を覚えつつも。素直に従って店内に入る。週刊誌のラック前に立っていた金髪の先輩さんもレジ前に移動していて、

  「奴なら少し遅れるらしい。」
  「…はい?」

 淡々としたお顔だったから。最初、何を指して言っている彼なのかがさっぱり分からなかったセナだったが、
「今日はF駅まで足を延ばしてるんだろう?」
「あ、はいっ。」
 そうそう。今日の進さんは何だか御用があるとかで、この泥門の駅より1つ向こうの駅にまで行ってから引き返す格好で寄るからと、そういう打ち合わせを昨日の内にしていたのだけれど。
"???"
 なんで、蛭魔さんがそこまで知っているんだろう。自分の携帯には連絡のない、到着が遅れるという事情まで…どうして?
「ほれ。」
 頭上に?マークを幾つも飛ばして、ひょこんと小首を傾げる後輩さんへ、レジで清算済みのテープを貼ってもらった…フルーツオレの紙パックを差し出して。

  「奴と一緒してる野郎からメールがあったんだよ。
   駅で待ってるんじゃ暑いだろから、お前を引き留めといてくれってな。」
  「………あ。」

 心なしか。ふいっと視線を逸らした彼の…端正に整った横顔、抜けるように白い頬にさぁっと朱が入ったような気がした。そういえば、
"そういえば、桜庭さんが…。"
 夏の初めのあの総合合宿にて、最終日の朝に彼らに襲い掛かったとある事故があったのだが。その折のどさくさに、当事者の片割れの口から とあることを明かされたセナたちであり、
"そか。桜庭さん、進さんと一緒にいるから…。"
 それで、彼からの連絡があったのをついでにセナにも教えてくれた蛭魔だったという、事の順番であるらしい。
「…なんだ。」
「あ、いえ。」
 ジュース、ありがとうございます…と。慌ててお礼を言ってから、でも、

  "…今でも ちょっと意外なんだけど。"

 彼と彼とがそういう仲良しさんだなんて。桜庭の言動や態度から、この二人がどうやら"友達"であるらしいと何となく察した時は、何だか珍しい取り合わせだなと感じつつ、でも…もしかして自分たち二人への気遣いの延長でのことなら、そういう流れにもなるのかななんていう納得に及んで。珍しいなんて思ったの、申し訳ないなって反省もしたけれど。単なるお友達よりも もう少しほど…もしかして自分と進のような親しさなのだと判った時は、ただただ驚いた。得意分野の畑も違えば、身にまとっている雰囲気も違う。でもまあ、そういう方向から見るならば、
"…ボクと進さんだって。"
 何だか妙な取り合わせなのかもしれないなと。なのに他人様のこと、勝手に評価しちゃいけないなと、慌てて反省してから。雑誌のラック前に戻った蛭魔の後を追った。
「F駅にご用って、何かの書類の提出ですか?」
「らしいぞ。」
 ここいらの土地の人間ならではの短いやり取りをし、
「こんな時期に何やってるんだかな。」
 視線は開いた雑誌のページの上に据えたまま、蛭魔の白い横顔が淡々と応じた。そうと言う彼もまた、同じ三年生でありながら…既に引退した部活に顔を出し、トレーニングに混ざってみたり、ポジション別のトレーニングではコーチよろしく、下級生たちにパスを出してやったり、時にプレイの巧拙への檄を飛ばしたりしてくれている。これから春まで全く何もしないというのでは体がなまってしまうから…というのが本人のお言いようだが、これもまた…受験生なのにという彼の現状を思い出せば、何とも余裕のあることだ。
「………。」
 黙って記事に見入ってしまった先輩さんの横顔が、すぐそこにあるのに遠いもののように思えて。

  「もう…同じピッチには立てないんですよね。」

 小さくぽつりと、セナが呟いたのに気がついて。んん?と視線を向けて来た蛭魔へ、
「やっぱり。何だか、大丈夫なのかなって思ってしまいます。」
 セナは視線を落とし気味に…正直なところというのを吐露し始めた。
「これまでずっと、蛭魔さんに頼っていたから。作戦にしても、試合中の臨機応変にしても、迷いもなく正確に遂行出来る人だったから。自分たちは何も考えないで、任せておけば良いんだってつい甘えてたんですよね。」
 作戦を最も効率良く速やかに遂行するのに必要なのは、司令官にただただ盲従する部下たちである。兵隊たちの個々の判断が挟まれば、その迷いや何やに生じた誤差が作戦に遅れやズレを生んでしまうので、手足はあくまでも指令に柔順に何も考えないで思いきり動き回れば良いのであって、後顧の憂いなく、文句のない作戦を練る名将であればあるほど、この方程式は有効なのだが………そんな名将であった蛭魔がいなくなるのだ。これまで頼り切って来たそのツケが出たら。連携も何もあったものではなく、せっかく粒選りの駒は揃っているのに、その個々の力も出し切れずに終わったらどうしようかと。不安を挙げればキリがないセナであるらしかったが。

   「大丈夫だ。」

 伸びやかで張りのある聞き慣れた声が、だが、滅多にないほど静かに。そんな一言を言い切った。
「昨秋と今春のゲーム数からしても、作戦のバリエーションの蓄積は、キャリアの割には たんとある。その実績を生かして、自信持ってあたればいい。」
 わざわざ言うまでもないことと、そういう単調な言いようながら、

   「この俺様が、そういうチームに育てたんだからな。」

 自信満々、にんまりと笑ったお顔の何と不貞々々しくも不敵なことか。それがそのまま、絶大にして確固たる、力強い後押しにも感じられて、
「あ…はいっ!」
 励ましてくれた、頼もしくも優しい人。一番最初にこんな自分に取り柄を見つけてくれた、お前が必要なんだよって声をかけてくれて、此処まで歩いて来れた自信をくれた人。素っ気ないままでも実はちゃんと目を配っていたり、そうかと思えば、ここ一番という時には手段を選ばず…蹴り飛ばしてでも喝を入れたり。何を持って来ても起伏の激しい、難しくてややこしい人だけれど、

   "この人について来て良かったなぁ。"

 ………この先、大学や実業団ででも顔を合わせる機会はある筈だから、そういう結論は、まだ早いかもしれないと思うのだけれど。
(笑) 筆者の冗談はともかくも、やっと何とか落ち着けたので、自分も何か立ち読みしちゃおうかなと思ったセナの耳へ…不意に、

  「ねえねえ、これって桜庭くんだ。」
  「あ、ホントだ。カッコい〜いvv

 間近い背後からそんな声が上がってドキッとした。そろぉ〜っと肩越しに見やれば、中学生だろうか泥門高ではない制服姿の女の子が二人、大判の芸能系グラビア月刊誌を広げてはしゃいでいる。どうやら、マルチアイドル桜庭春人の特集記事が、多数の写真入りにて組まれていたらしい。
「最近見ないよね〜。あ、これ、かっこいいvv
「連ドラとか、全然出てないもんね。」
「歌番組もプロモしか流してないしね。単発のしか仕事してないって。」
「あれかな、受験。あ、ほら。胸元はだけてる。」
「体、しっかり鍛えてるよね。ホント、カッコいいなぁ。」
「大学受験じゃね。やっぱテレビ出ながらは キツいのかなぁ。」
「詰まんないなぁ、動いてるトコ見たいよう。」
 写真への歓声や嬌声の合間に挟まる勝手なお言いよう。まま、確かに彼女たちの言い分も判らないではない。今や、OLから学生年代までの女性たちには認知度 100%に間違いないくらい、その知名度も高い、売れっ子アイドルの"桜庭春人"であり。連続ドラマに出れば視聴率はうなぎ登りの天井知らず、彼が身につけていた小物や服も飛ぶように売れるという化け物ぶりだし、本人はそっちの道を行く気はないからと、だから後発は出ないという、彼自身が歌ったドラマの主題歌を収録したお初のCDは、プレミアつきまくりの物凄いお宝になってもいる。………………で。
"えと…。"
 やはり"そろぉ〜っ"と蛭魔の方を見やったものの、こちらは淡々としたお顔で別な雑誌に視線を落としている。どう考えたって耳に入っている筈なのに、素知らぬ顔を保っていられる冷静さ。
"…凄いなぁ。"
 自分みたいにただの"お友達"だっていうだけでも、何だかそわそわしちゃうような話題なのに。桜庭本人に聞いたところによれば、お友達より もうちょっとばかり親しい間柄にある蛭魔な筈が…この静謐なお顔だもの。どんなことへも保てる鉄面皮が、この時ばかりは声を失
くしちゃうくらいに"凄い"と思ったセナだったのだけれど。

  「お待たせ〜〜〜vv
  「………☆」

 そんな感嘆ごと飲み込む勢いで、がばぁっと背後から抱き着いた人物の出現には、さしもの蛭魔でさえ驚嘆したらしく、
「や〜めんかっ!」
「あだだ…★」
 それでもすかさずの拳が容赦なく頭頂部へ落っこちる反射神経はお見事。…身長差があるのにと思うと、それもまた凄いことである。どうやら、待ち合わせていたお相手たちが到着したらしくて、
「ったく。大体、今頃検定受けたからってどうなるもんでもなかろうよ。」
「あ〜、ヨウイチが言ったんじゃんか。スキルは沢山あった方が良いって。それでなくともお前は潰しが利かない仕事してんだから、暇見て取っとけよって。」
「だからって、こんな時期に思いついてんじゃねぇっての。」
 その鋭い目許を尚のこと眇めた しかめっ面。相変わらず"こいつはよぉ〜"という、どこか鬱陶しそうな顔やら態度やらを保ってはいるものの、見据えられてる当の桜庭の方はというと、
「ねね、それよりさ。ご飯食べに行こうよ。今日は外で食べて来いって、母さんからも言われててさ。」
 何だか、まるきり堪えていない様子だし、
「…お前ね。」
 呆れつつも、先程までの苛烈なお怒りはあっさり引っ込めた蛭魔であり、
"どうでも良い人が相手の時は、余裕で完全無視しちゃう人だもんね。"
 これもまた、その自信満々な自意識の現れというものなのか。対等、若しくは知己として、はたまた…人として接する価値無しと見切った相手には、いかに辛辣苛烈に対することが出来る蛭魔であるのか。これまでにも色々と見聞きして来たから、セナにもその辺りは判っていて。言葉面
ことばづら的にはそっけない内容に聞こえても、こうまで打てば響くという応酬があるのは、むしろ親しいと認可している揺るぎない証しだろう。………と、
「こんなところで騒いでは、お店の人に迷惑だ。」
 そんなお声が割り込んで来て、
「あ、そうだね。」
 周囲というもの、今初めて認知したらしきアイドルさんの腕を取って、やや強引に引き摺るように、
「判ったから…何でも食べに行こうじゃねぇかよ。」
 金髪の先輩さんが外へと向かったのは、こちらに気を遣ってくれたからだろう。何が何やら判っていないまま、それでも、
「じゃあね、セナくん。」
 手を振ってくれた辺り、自分も同座していたことは察知していてくれたらしい、妙にテンションの高かった桜庭を見送って。
「?」
 こちらの待ちぼうけ組がどういう状況下にあったのかを知らないのは、この進さんとて同様だったと気づいたのが、

  「…今のって桜庭くん?」
  「ま、まさか。そっくりなだけだよ。本人がこんなトコに居る訳ないじゃん。」

 さっきまで雑誌の記事にはしゃいでいた女の子たちが、こそこそと交わし合っているそんな声、またまたセナの耳に届いたからだ。蛭魔がさっさと退場してくれたのは、邪魔しちゃあいけないという方向からだけではなく、
"やっぱり、聞こえてはいたんだな。"
 選りにも選って、桜庭の噂をしていた彼女たちがこんな間際にいたから。どんな弾みでどう騒がれるやもしれないし、そうなっては面倒なことになるからで、
「でも、そういえば、王城に通ってるんだよね。」
 居残った進の制服姿をジロジロと見つめ始めるに至って、
「…進さん、出ましょう。」
 少々慌てて、こちらも大きな連れの腕を取ると、引っ張るように外に出る。開襟シャツにズボンという、ありふれた組み合わせの夏服だったから、すぐには分かりにくかったらしくて助かったが、バレていたなら…進さんも自分も何となくいたたまれない想いをしていたかも。
"きっちりと規定内の着方をする人だからな。"
 これが春秋の合い服、一番分かりやすいパターンの恰好だったら一遍でバレていたところ。それでも、
"…あれ?"
 セナからは丁度目線の高さに。シャツの下に重ねたらしきTシャツの、紺色の襟がシャツの合わせから覗く辺り。ちょっとはおしゃれをするようになった清十郎さんでもあるらしく。そしてそして、
"………。"
 ただそれだけの、ほんのちょびっとの変化へ、
"カ、カッコいいなぁ〜。/////"
 ほやんと赤くなってしまうセナくんなところが…本当に世話のかからない人たちであることよ。
「? どうした?」
 相変わらずに、何がどうしたんだか判ってはいない進であるらしく。そんなところが何とも彼らしいのへ、何だか安心してしまい、
「何でもありませんvv」
 屈託のない愛らしいお顔にて、はにゃんと無邪気に笑って見せたセナである。






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  *どんどんと進む捏造シリーズ。新学期のお話へGOでございます。
   誰か止めようって人は現れないのでしょうか。
こらこら
   ところで、当方、ムサシ某の情報がほとんどありませんので、
   今の時点では関係ない扱いにさせていただきます。