夏の名残りと秋隣り
 



          



 東の地方ではとうとう、真夏日は数えるほどにも来ないままに9月がやって来て。それぞれにあれやこれやがあった夏休みを終えた彼らは、一応つつがなく二学期を迎えた。土地にもよるが基本的には一番長い学期であり、学業はもとより、学内でも対外的にも行事の多い、なかなか忙しいシーズンの始まりである。それと。高校総体
インターハイ後のクラブ活動では、三年生が受験を前に引退し、部内での引き継ぎが行われるのもこの時期で、彼らの所属するアメフト部でもそれは例外ではない。


 日本の高校生アメフトの世界では、日本アメリカンフットボール協会が主催する正式なものとして、春と秋に大きな2つの大会があって。殊に秋の大会は、地区予選からそのまま全国大会、果てはその決勝の"クリスマスボウル"につながる長期戦。東京都で見てゆくと、その秋季大会は全国大会の予選会も兼ねたのが9月の第一週目(もしくは第二週目)の日曜日から始まるのだそうで、10月初めまで激戦が続き。10月末にはプレーオフ。それから11月にはもう全国高校選手権大会というのが始まって、関東地区の一回戦が今年だったら11月の9日。それからそれから12月の21日には、クリスマスボウルが待っている。よって、三年生の引退時期もなかなか微妙。選手層が厚いなら、春大会は秋への布石の新人戦で、ポジション別のレギュラーの調子を見たり、一年生部員の力試しをしてみたりという"新人たち"の実験的な場とし、主戦力として採用するのは自然と二年生が主体となるため、三年生もその時点で速やかに引退している…という学校も珍しくはないらしいが、
"ウチは微妙に選手層が薄いから。"
 よく言って少数精鋭。何たってその始まりは、たった3人という極めつけの少数にての旗揚げだった部であって。そこから1人抜けた2人で迎えた二年目に、何とか試合らしい試合がこなせるまでのチームとなり。それを基点に少しずつ、様々な事情や背景の下に粒選りの頭数が集
つどって来て。そうやって入った素人組の選手たちも、初夏から秋にかけての特訓やら練習試合やらによって順調に育ち、その力がやっと実績込みにて落ち着いて。それぞれのポジションにその"精鋭たち"が、それはバランスよく配分され、なかなか奥行きのあるチームとして機能したがための大活躍をし、高校アメフト界の新星などと呼ばれて注目を集めていたのだが。ぎりぎりの春大会まで在籍していてくれた3年生たちの中、蛭魔と栗田の二枚看板が抜けるのが、これからのチームには、やっぱりかなりの痛手である。寄せ集め時代の"最初の二人"は、そのまま"最強クラスの二人"でもあったからで、盾としての屈強さでは高校最強だろう、壁ラインの要である栗田がいなくなるのはかなり痛いし、クォーターバックであり司令塔であり、陰の情報収集係でもあったという、正に"三面六臂"の活躍を見せてチームを引っ張って…というか引き摺り回していた、あの進清十郎とはまるきり別の意味から"最強の男"だった蛭魔妖一が抜けるのは、もっともっと大きな穴が空く、それはそれは大きな痛手。努力家で物知りな雪光と、陸上部からの助っ人だった石丸も春までの在籍組だったので秋からはお別れだ。
"石丸さんは短距離でインターハイに出たんだもんな。"
 泥門高校から高校総体に出た選手は、球技や水泳も加えた全種目を通して、開校以来初めてのことだったそうで、

  『自分トコ(陸上部)よりもこっちで走ってた方が多かったんだけどもな。』

 自分の本道の方での、集中
コンセイトレイションの仕方を心得ていて、イメージトレーニングをきっちりこなしていた人だったから、掛け持ちでありながらもそんな凄いことが出来たのであって。それを思えば…正規部員がぎりぎりしかいなかったとは言っても、かなり恵まれていた陣営だったのだとあらためて思う。そんな"牽引役"だった彼らが抜けるのは、判っていたことなれどやはり手痛いし、それ以上に、
"…寂しいよな。"
 小さな肩をしょぼんと下げながら、そんなことを思う瀬那でもあって。まま、感傷的な感慨はともかく。
「ま、新しい顔触れには、少しずつ慣れてもらうとして。」
 幸いなことに、栗田を補佐したラインの面子には二年生の主力部員が多数居残っているし、昨年の秋大会で"台風の目"となった活躍が結構話題になったせいでか、今春に入部した人数は大したものだったその上、アメフト素養への鋭い評定眼力を誇る蛭魔による"やや強引な勧誘"が今年も敢行されたので。
(笑) 個性の点では二年生たちに圧され気味なものの、素養のしっかりした、なかなか粒ぞろいの顔触れが新規生にも集まってはいる。そんな彼らを前にして、
「いよいよ全国大会につながる正念場が始まるんだからな。年末に控えし決勝戦、クリスマスボウルに行くのは俺たちだっ。」
 ミーティングにての叱咤弁舌にも熱が入る"新キャプテン"には、ムードメイカーで元気の塊りでもある名レシーバーの雷門太郎が、前キャプテンからの直々の指名を受けたことで決定と相成った。理由は、

   『単に、今居る中での一番の古顔だからだ。』

 だそうで。抜擢した人の寸評は相変わらずに つれなくてすげなかったが。
(笑) 単に"古顔"なだけなら瀬那の方が上なれど、表向き"主務"の彼が主将を兼ねるというのは随分と無理があるし、それ以前に…腰が弱いというか威容が足りないというか。体育会系ならではの年功序列"先輩・後輩"における基本的な掟があればこそ、親切で丁寧なやさしい先輩という把握を受けている彼だが、そうでなかったなら下の者たちからも顎で使われかねないほどの、相変わらずの大人しさであり。アイシールド21の方だともっと無理があるので こうなったと。………で、その、絶大なる影響力を保持していた前主将様だが、

  「で。モン太、注意しなくちゃならないチームのチェックは出来てんのか?」

 敏腕マネージャーだった まもりもまた、三年生だということで既に引退しているものの。主務候補やマネージャー希望という新入生も入ったため、実は"アイシールド21"との二役をこなしている瀬那の負担はさほど増えてはいないし、
「一回戦で当たる賊学は、葉柱ルイが抜けたから大した選手はいないし恐れるこたぁない。その次に出て来んだろう都立L高も、布陣がまだ不安定なようだから、こっちのペースに早く乗りゃあ、さほど脅威的な敵じゃないがな。今季はまたぞろチームが増えたから、他のチームへの"偵察
スカウティング"も早い目に送り出して資料を集めておかんと間に合わんぞ。」
 一見カジノのような部室の奥の、カウンターの上という"いつもの"定位置。椅子ではなく天板の上へ、長々と脚を延ばして腰掛けて。お膝の上へノートパソコンを広げ、そういった情報を授けて下さるのは、引退した筈の前主将様であり、
「あと、王城は、夏合宿の紅白戦と新規メンバーでのG工業との練習試合を俺が観て来た。明日にも編集したテープを持って来てやるよ。」
 相変わらずの情報収集能力を発揮して下さるのがありがたいため、現主将が元野球少年だったこともあり、アドバイザーとして居残っていただいているほど。こちら様にもアメフト絡みの就職スカウトが山ほど声を掛けて来ているらしいのだが、本人の意向は経済学部があってアメフトでも有名な某大学への進学だとかで。結構難関な志望校への受験生だというのに、こういう役回りを引き受けていただける余裕が物凄い。

  『あれで蛭魔くんは、いつだって席次がトップクラスですもんね。』

 学内の試験のみならず、全国模試でもいつも上位に食い込んでいたそうで。一年までは学業優先でいた雪光が相当感心していたくらいだし、風紀委員だったまもりが言うには、学業の方で文句の付けどころがない数字を毎回残していたがため、先生方も彼の素行の上での奇行蛮行をそうそうとやかく言えなかったらしい…とのこと。
"凄いなぁ。王城の合宿の紅白戦って、専門誌の取材記者だってそうそう観せてもらえないって聞いてるのに。"
 本来なら"主務"が担当するお仕事なれど、こればっかりは機動力や実行力だけでこなせる代物ではない。相変わらず最強のご隠居様で、色々手広いコネというか情報網を駆使してのことなんだろなと、セナくん、ただただ感心しているが………これに限ってはそればっかりでもないのではなかろうか♪(うぷぷのぷvv)

  "色々と様変わりしちゃうんだなぁ。"

 夏休み前から、ううん、春先から、理屈というのか頭の中では分かっていたことな筈なのに。自分が二年生になるということは、あの人やこの人が三年生になるということなのだと、ちゃんと理解していた筈なのにね。此処に居ない三年生の顔触れだとか、ミーティングに参加してはいるものの、やはり一線引いた立場にいる蛭魔だとか、こういう形で肌身に迫って体感すると、格別な何かを思ってしまうセナであり。

  "…蛭魔さんたちだけじゃない。"

 高校最強であり、それまでは独走していた"最速"の地位をセナと争っていたあの人も、もう同じフィールドには立たない。少なくとも"クリスマスボウル"を目指す、同じカテゴリーの中からはいなくなっているのだ。
"………。"
 別に、進さんそのもの、彼という存在がこの世から消えていなくなった訳ではないのだけれど。それでもね。彼と過ごした時間の中、理屈も何も抜きの、お互いの技能や感覚のぎりぎり頂点を、限界を、剥き出しにし合って、鬩
せめぎ合って。一番の本気で真剣に対峙し合った、そんな至高の瞬間を体感し合ったのは、外ならぬフィールドの上だったから。それがこの秋からふっつりと"おあずけ"になってしまうのは、やはり やるせないことかなと。
"…ふみみ。"
 内心で溜息ついてみたりしているご本人は、全く自覚しておりませんが。今や、かつての進清十郎選手並みに全国規模のエリアから敵愾心を注がれている身でありながら、他のライバルさんたちは全く視野にないかのような、そんなお言いようをしているセナくんだったりするのでございます。…いやホント、余裕だねぇ。
(苦笑)






TOPNEXT→***