月夜見
  〜阿吽

  −いくら信頼してるからったって、限度ってもんがあるだろうが。
   ホンっトにあいつらは無茶苦茶をやる。

 よう、また会ったな。俺は"オールブルー"を求めて大海をさすらうキュイジーヌ界のマエストロ、サンジだ。それだけじゃない、全世界のレディ&マドモアゼルたちの頼もしい味方だ。困った時は心ん中で俺の名前を3回ほど唱えな。俺の守護神・愛の女神が微笑んで、事態は必ず良い方に転ぶからよ。ちゃんと助けに行ってやりたいのは山々だが、引く手数多
あまたな上に、何せ今は海賊として航海中だ。おっと、海賊ったって下種げすで野蛮な略奪野郎たちを想像しないでほしいねぇ。俺たちが目指しているのは、偉大なる航路"グランドライン"のどこかにあるという秘宝"ワンピース"で、クルーたちそれぞれも至高の野望を目指しての航海だから、ケチな略奪行為には興味はねぇ。安心しな、俺たちは…少なくともこの俺様は、背筋にびしっと糊のきいた"紳士"なんだからよ。
 俺の乗ってる船は"ゴーイングメリー号"っていうクソふざけたキャラベルで、見た目は遊園地の池んでも浮かんでいそうな遊覧船仕様なんだが、これがなかなか丈夫で味わいのある代物なんだぜ? 勿論、船だけじゃなく、クルーたちも個性豊かだ。そりゃあキュートでクレバーな航海士の"ビューティフル"ナミさんに、一度に三本も刀を振り回すクソ剣士のロロノア=ゾロ。ついついピノキオを彷彿とさせる長っ鼻の発明家"ラウド・スピーカー"ウソップに、忘れちゃいけねぇ、クソゴム野郎の船長・モンキィ=D=ルフィ。こいつと来たら、子供の頃に"悪魔の実"なんてもんを喰ったって話で、その呪いを受けて体中がゴムのように伸びる縮む。戦闘中なんぞ、ちょっと見ものな様相なんだぜ? それだけなら良いんだが、そこは"悪魔"と名が付く代物。呪いのせいで海に嫌われてて、落ちたが最後、自力では浮かんで来られねぇ。まったく手のかかるキャプテンだ。今んところはこの5人での航海中。誰の行いが招くのやら、色んな悶着や事件・騒動が次から次へとやって来る、退屈しない船なんだ。

             ◇

 普通の身近な旅でも思いがけないことはよく起こる。意外な人に出会ったり、突発的な事件に巻き込まれたり。喧嘩したりパニクったり、感動したり笑ったりと、マドモアゼルたちにも色々と経験はあるだろう? それが旅の醍醐味ってやつだし、後んなって振り返りゃ良い思い出にもなるってもんだが…俺たちの場合はちょっと次元が違う。何しろ、クドイようだが海賊だし、因果なことに海軍から多額の賞金を懸けられてもいる。悪辣な海賊一味を続けざまに倒した華々しい歴戦結果を、危険だからって判断されたのが理由らしいが、イーストブルーでは破格な三千万ベリーっていうから、く〜〜〜、おごってるじゃねぇか、おい。そのおかげで、海軍は元より、賞金稼ぎや同んなじ海賊野郎たちからも狙われてるって訳だが、そこは腕に自信のある顔触れ揃いだからな。逆にこてんぱんに伸して倒したクソ野郎たちの山を、あちこちに道標代わりに築くことが出来るほどなんだぜ。だが、そうそうひょひょいと掻いくぐれるばかりでもない。向こうだって"海千山千"ってやつで、老獪な野郎もいるだろし、人数に頼んだ小うるせぇ組織もある。


 その日は久し振りに小さな港町へ停泊していた俺たちだった。物資や食料の補給が目的で、船は勿論、正規の港ではなく町外れの入り江に泊めたが、それでも人のにぎわいあふれる町に上陸するのは久々なこと。気分転換の息抜きにと、全員がそれぞればらばらに町中へ繰り出したんだ。約2名ほどどうしようもない方向音痴たちがいるにはいるが、こんな小さな町では迷う方が難しいだろうということで、それでも、
「まずは買い物に付き合ってもらうわよ? あんたたちの馬鹿力を荷物持ちに使わない手はないものね。お散歩はその後にしてちょうだい。」
 ナミさんが的確な指示を出す。人使いの荒い奴だよなとクソ剣士はぶつくさ言ってたが、馬鹿な野郎だ、ナミさんの温かい配慮が判んねぇのかよ。道を覚えるために、一通り一緒に歩いてやろうっていう段取りなんじゃねぇか。町には結構大きな店が幾つも並んでいて、この航路上の格好の補給基地になってもいるらしい。海上では入手困難な種の食材や調味料、消耗品に医薬品、燃料と修理用の予備材と、壊れちまった備品の買い替え、おっと忘れちゃいけない煙草と酒…と、あれこれ揃えて一旦戻り、それからは好き勝手に散策タイム。
「但し、夜までには戻って来なさいよ? 今夜は久し振りに宿に泊まるんだから、遅れたら連れてかないからね。」
 たまには揺れない陸で寝たいと、ナミさんのたっての願いで決まってたこと。
「判った、判った。」
 どこか怪しい生返事を返した連中の中、一番危ないと危惧されていた船長が予想通り戻って来ず、宿が判らずに船へ戻って来るかもしれないからと居残った剣豪の元へ、翌朝早くに"知らないオジさんに頼まれた"とガキが手紙を持って来た。
『貴様らの船長は預かった。返してほしくばグランドラインの海図を持って次の場所まで来い。』
 そんな風に汚ったねぇ字で書いてあったんだな、これが。
「…どういうことかしら。」
「海図が欲しいんだろ?」
 判り切ったリアクションを返すウソップを"ああもうっ"と色っぽく睨んで、
「そうじゃなくって。あたしたちを呼んでどうしようっていうのかしらってことよ。ルフィが不注意からそれと気づかずに足止めされてるって事はまああるかも知れないとして、これだけのことを書いて呼び立てたあたしたちに相手に、勝ち目があるとでも思ってんのかしらねぇ。」
 さすがはナミさん。俺たちがいかに無敵かを信じ切っていればこそのお言葉だ。勿論、その御期待を裏切る訳には行かない。まあ、わざわざ意識して力まなくとも、こんなチンケな町の無頼共くらい、俺一人でも充分ひねり潰せるんだが。
「こんなとこで四の五の言ってても始まらねぇ。行くぜっ。」
 腰の三本刀の装備も重々しく、ゾロの野郎が先んじて船端から飛び降りる。ナミさんも危ないからと引き留めるつもりはさらさらなかったらしく、
「あ、ゾロ。サンジくんも、あんまり時間かけないでよ。宿で聞いた話なんだけど、今日の午後にも海軍の分艦隊がこの町へ補給に来るらしいのよ。姿が見えるまでには出航しておきたいから。」
「判ったっ。」
「了解しました、ナミさんっ!」
 余裕、余裕ってね。


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