モンスターズ・アワー

  ~the  moonlight  lullaby
 


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 さて、港町というと、皆さんはどんな何を連想されるであろうか。埠頭、紙テープに紙吹雪、銅鑼の音、汽笛、さよならさようなら、好きになった人…って、時代がかってますなぁ。年齢がばれるぞ、自分。
あはは 港と言えば当たり前ながら船が着く場所。長い航海を経てやっと辿り着いた久々の陸地だ。これからの新たな航海に向けた消耗品やら燃料やら、食料・飲料水 etc.といったものの補給も大切だが、そんなばかりではいくら屈強なる海の男の船員さんたちだって身が保たない。日がな一日、海と空ばかりを眺めやる毎日。大きな船なら厳しい統制の下、きっちりした管理運営が執り行われているのだろうから、毎日何かと気が抜けないだろうし、小さな船なら、限られた空間に限られた面子だけが押し込められて日々を過ごすのだから、いくら…数え切れないほどの騒動や悶着が降りかかりやすい船での旅路であれ、ちょっとは退屈や窮屈を感じもするというもので。ということで、大抵は乗客も船員たちも束の間の息抜きに羽根を伸ばす町として、船上とは違った環境や刺激という"お楽しみ"が待ってるぜとばかり、飛びっ切りの解放感に胸を弾ませ、期待を込めて上陸して来る。そんな"お客様"たちを迎え撃たんとする町なのだから、はっきり言って歓楽街である。いや、これではちょっと決めつけ過ぎか。歴史と文化と気品あふれる異国情緒で売っている土地もあるだろし。とはいえ、そういう有名どころでさえ、ひょいっと裏道に入ってみれば、娯楽と休息をメインに押し立てて集客を狙う、それに即したカラーに染まっているものだ。そのための道具立てもしっかり揃っていて、土産物屋やプレイスポット、飲食関係の店々が居並ぶ"そっち系の観光地"としても有名であることが少なくはない。


「…ふ〜ん。景品つきの肝試しがあるんですってよ。」
 いつもの新聞に挟まっていたのは、ここいら近辺の島の催しの日程を刷ったチラシだった。いつものように後甲板のデッキチェアに座を占めて、今日は何と夕刻間近に届いた新聞に目を通していた女航海士の呟きに、
「"肝試し"?」
 同じビーチパラソルの下、卓上ランプの柔らかな灯火に照らされて、乗用カルガモへ手づからおやつのタルトを分けてやっていた、髪の長い皇女が聞き返す。
「あ、えっと知らない? 例えば夜中の墓地や廃屋なんかに集まって、一人か二人くらいずつに分かれて、指定された暗い道順を通ってくの。で、途中に驚かし役が待ち構えてたりするのを、怖がって逃げたりせずに掻いくぐって、最終地点までちゃんと辿り着けるかどうかを競う遊びよ。」
 いくらかつては"ミス・ウェンズデイ"と名乗っていた諜報員であれ、あくまでも仮の姿だった代物。あまり俗世界のことには通じていないところが多々あるビビではあったが、そこは機転が利くというか反応が早いというか、
「判ったわ、それで度胸を試すのね?」
 ひらめくことが出来たこと自体が嬉しいという喜色が少しばかり滲んだ顔になる彼女へ、
「そうそう。」
 ナミもついつい微笑ましげな顔になって頷いて見せる。
「こういうイベントなら、驚かす方もさぞかし凝ってるでしょうから、そう簡単にはクリア出来なかったりするのよね。」
 夏の夕べの夕涼みに於ける暑さしのぎのイベントといえば、盆踊りに花火と肝試し。日本ではそういう歳時のものとされているが、西洋では幽霊はもっぱら冬に出るそうで。寒いわ、日は短いわという心細いところへなおゾッとさせるという相乗効果を狙ってか、それとも日本のような"盆"という習慣がないからか。
おいおい チラシにはさらに細かい宣伝や詳細やらが書かれてあって、それによれば、常設のものではないらしく、何日か前に他所から来た一団で、1週間ほど広場を借りての興業だとか。移動遊園地やサーカスみたいなものかと思っていただければ、判りやすいかな?
「賞品は…10万ベリーと記念品か。奢ってるわねぇ。」
 Morlin.の大好きな都筑道夫さんの時代小説にも時々出てくる江戸時代のお化け屋敷でも、最後まで通り抜けられた度胸のあるご婦人には反物一反…なんて具合に、本当に賞品が用意されていたそうである。季節ものだということもあるが、ある意味"見世物"の一種なので、しっかりした土台に組まれた小屋は少なく、もっぱら丸太組みの小さな迷路のような作りだったとか。それでも精一杯の趣向を凝らして、名代の怪談のセットや獄門首の生き人形などを並べ、夏の宵を楽しんだそうだから、そんな遊び心が粋である。…とは言うものの、実は Morlin.はオカルトやスプラッタが大の苦手なので、物心ついてからはあんまり入ったことがない。最近のはカートに乗ってりゃ出口まで運んでくれるタイプは減って、歩いて進まなきゃ出られず、しかも人形ではなく生身の役者さんが演じるバージョンのが流行なんですってね。うううっ、そんな怖いの、よく入れるな、皆さん。

            ◇

 丁度その頃、町へ上陸していたルフィたちも繁華街を物見高そうに見物していて、し〜っかりと…サンジやウソップとはぐれたのが、方向音痴で名を馳せている二人連れ。とはいえ、一応はにぎやかな町の中だ。あふれんばかりの人がそこここに居るのだから、港へ帰る時は誰かに聞けば良いと、至って呑気に構えて見物を続けているところが、相変わらず豪気である。
「酒の店はダメだかんな。高いばっかで、あんまり腹に溜まるもん置いてない。」
「知恵がついたな、お前。」
 船長さんのご意見にゾロが苦笑して見せる。そろそろ小腹が減ったと言い出したルフィで、雑踏の中、どこか良い店はと目串を刺そうとしていたところだ。今回はナミから預かった財布がある。というのが、いつだったかやはり立ち寄った港町で、食い逃げ同然という騒動を起こし、あわや逮捕されるかとまで追い回されたことがあったせい。そこでナミが必要経費ということでお小遣いを支給してくれるようになったのだ。
〈大体、あんたらへも海賊船との戦闘で得たお宝はそれなりに分配してるでしょうに、そのお金はどうしてんのよ?〉
〈さあ。どうなってんだろな。〉
 大方、無駄遣いをしてとっとと使い切っているのだろう。
「あっちはまだ見てねぇよな。」
 港には2、3隻の客船と貨物船が停泊していて、だが、まだ宵の口だからか、それともシーズン的に中途半端なのか、街路もさほど…もまれ合うほどの人出ではない。それでもこれ以上の迷子になっては堪らないからと、放っておくとすぐに駆け出す船長さんを、
「こら、待たねぇか。」
 見失わないようにするだけでも剣豪さんには一仕事。駆け出そうとしてか、背中を向けかけた彼のひょろっと細い二の腕を、こちらはがっしり重い手で はっしと掴んで、軽々と身近くへ引き寄せる。
「しまいにゃ縄で繋いじまうぞ、犬みたいによ。」
 迷子防止用のリードというのが冗談抜きにある。盲導犬の胴につけるハーネスみたいな、もしくは背負い紐のようなので幼児の肩と背中、胴回りにたすき掛けをして、そこから伸ばした紐を親が持つ。今時の若い母親は…なんて眉をひそめるベテランさんも多いが、今時の道路事情とか考えたら、怪我や事故から何としてでも守りたいが故のこと。少々乱暴というか心なく見えもするだろうが、多少は大目に見てやっても良いと思うの。…って、何の話をしている、自分。そんな風に言われた当のルフィはといえば、
「あはは、それ良いな。」
 まるで他人事のように、大口開けてあっけらかんと笑っているから始末に終えない。これが小さい子供なら手を繋いでいれば良い。何なら肩車だの子供抱きだのしてやって、すっかり抱えてしまっても良いだろうが、
"そうはいかねぇからなぁ。"
 そうだねぇ。(…は? 何か?)
「あ、あれ何だ?」
 またぞろ何かしら興味を引きつけるものが目に入ったらしい。だが、今度は駆け出さず、腕を伸ばして指差すと、もう一方の手で傍らの剣豪のシャツの袖を軽く引き、顔を見上げて訊いて来る。さすがに窘められたばかりでは飛び出しかねたのだろう。そんな子供じみた仕草が何とも愛らしく見えて、ゾロは目許をわずかばかり細めると、麦ワラ帽子の上からポンポンと軽く頭を叩いてやり、彼が示した方へ一緒に足を運んでやった。
「…お化け屋敷、か。」
 店屋が並ぶ街路からつながっている脇道。祭りの縁日のような小さな屋台の出店が幾つか連なるその奥にちょっとした広場があって、そこへ入ると全容が見えて来た。街路のにぎわいや店々の明るさが途切れ、そういえばもう陽が沈んでいるんだなと思い出させる夜空の暗さが妙に際立つ一角だ。軒に古ぼけた提灯を幾つか下げていて、そのぼんやりとした光に浮かぶは、雑な印刷の大判のポスター。半獣半人という姿の怪物が双手を挙げて立ち上がり、悲鳴を上げているのだろう女性に襲いかからんとしている構図の絵があって、どこかバランスの悪いレタリングで"お化け屋敷"と刷ってある。それとは別に、『ご当地、初お目見え』だの『肝試し』『お化け屋敷』だのと素人っぽい手書きで書かれた貼り紙も、周囲ぐるりの壁のあちこちに、まるでお札のようにべたべたと貼られてある。間口は大した大きさではないが奥行きのある建物で、人の流れが結構吸い込まれていて、人気はあるらしい。とはいえ、見るからに粗末な正に"小屋"で、宵闇の中だから何とか形を保っているが、昼間の陽射しの中にあればさぞかし間が抜けて見えることだろう。スピーカーからは中の様子だろう、女性の半分はしゃいだ悲鳴が時々聞こえて、いかにも"怖い趣向だぞ、でも楽しいぞ"という様子を巧みに演出している。
「んん? 何だ? お化け屋敷って。」
「一種の肝試しだよ。」
「肝試し? 何だ? それ。」
 どうやらルフィは“肝試し”がどういうものなのか全く知らないらしい。そういうものに馴染むまでもなく、様々な度胸試しを既に実生活の中で経験済みだからなのかも。事細かに説明するのが面倒で、
「子供騙しだよ、こんなもん。」
 ずぼらな感慨を洩らしたゾロだったが、
「子供を騙すのか? そりゃあ良くねぇな。」
 自分の見解へ"うんうん"と頷いて鹿爪らしく唸って見せるルフィだから、
「…おいおい。」
 慣れている筈のゾロまでが、どこか呆れて見せている。単なる会話が漫才になってしまうのね、あなたたち。
「さあさあどうでぇ、肝試しだよ? 最短時間でゴールに着いた奴には賞金10万ベリーと記念品。」
 近づいてみた木戸…入り口には、ポスターと並んで今日までの最短記録が書かれた紙が貼られてある。さすがにクリア出来た人間全部に賞金を出すという訳にはいかないのだろう。ナミが見ていたチラシと違ってて、ちょっと"JARO"っぽい要素も入っているが、それもまた、こういう少々怪しい出し物ならではの“ご愛嬌”というところか。直接小銭を渡して入る仕組みらしくて、木戸の傍には入場料を受け取る若い衆と、先程から誘いの口上を並べて良い声を張り上げているおじさんが立っている。その傍らには、休憩用だろうヤカンと湯飲み、それと書きつけ用の書箋やら懐中電灯やらといった雑貨がちょろっと載った机があって、真ん中には…ビロードの布を敷いた上へ小さな木の箱がいやに丁寧に座っている。
「………?」
 大人の拳くらいという大きさだろうか。塗りも施されてはいない粗末な木彫りの箱だが、どうやらそれが賞品の“記念品”であるらしい。判りやすいものは“すこ〜ん”っと見落とすくせに、妙なものへは注意が向く。そんなルフィが視線を向けているのへ、木戸番のおじさんも気づいたようで、
「坊主、目が高いな。これが記念品のオルゴールだ。小さいがカイヅン社っていう一流どころの製品だから、買えば結構な値がする逸品なんだぜ?」
 そう言うと箱を手に取り、底にあったネジを巻いてくれた。蓋を開けると中は赤い安手のビロード張りで、やっぱりどこか胡散臭い品物である様子。
「どうでぇ、良い曲だろう。お姉ちゃんとか母ちゃんとかにプレゼントしたら喜ぶぜぇ?」
 短い曲想が十数秒分。それがどこか物悲しい、クリスタルガラスのグラスの縁を弾くのに似た、硬質なピンの音で何度も何度も繰り返される。それほどメジャーなクラシックや何かという曲ではないが、どこかで聞いたことがある。そうとゾロが気づいたすぐ横で、
「…俺、これ欲しい。」
 そんな声がした。
「ああ?」
 見やると、ルフィが真顔でオルゴールを見つめているではないか。
「ルフィ?」
 冒険と食べ物以外へは滅多に“執着心”というものを見せたことがない彼だけに、この反応はゾロには意外で、
「どうした? ただのオルゴールだぜ?」
 確かめるように訊くと、その真顔をまんまこちらへ向けて来た。
「これ、こないだビビが唄ってた子守歌だ。」
「あ…。」
 そうだったとゾロも思い出した。聞き覚えがあった筈だ。カルーと一緒くたになって甲板の一隅でうつらうつらしていたルフィにそっと唄ってくれたビビで、どこか物悲しい曲想だったが、彼女の柔らかな声で聴くととてもやさしい、どこか懐かしい響きのある良い歌だった。さすがは日頃“海賊には音楽家が必要”と言い続けていただけあって、こんなに趣きの異なるテイストに変わっていてもルフィにはすぐさまそれと聞き分けられたらしく、
"確か…。"
 とっても心地いい曲だったからと、ルフィはその後も何度か“も一度唄って”とねだっていたのだが、ナミから『国のことを思い出させるからねだってはダメ』とこっそり釘を差されてしまっていたのだ。
「成程ねぇ。これがありゃあ、ビビに歌ってもらわねぇで良いってか。」
「うん。だから欲しい。」
 ゾロに頼めば手に入る訳ではない。ただ、そこへ至るまでの第一段階への許可が要る。この船長さんの、それも“お願い”という熱意のこもった潤みを帯びた眸が、こうまで真摯に真っ直ぐに見上げて来ては、どうして無下
むげに撥ね除けられようか。
「よ〜し、じゃあ入るか。」
「やったっ!」
 ………ウチのゾロさんて"お父さん"だなぁ、相変わらず。


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