空中散歩はいかが?

          


 それはどこの島だったか、自然の多く残る瑞々しい緑の島で。厳
いかつい岩礁の続く断崖では、海鳥たちが盛んに鳴いては飛び寄って来て、旅人である自分たちへ精一杯の愛想を振り撒いてくれてるようだった。


「それは違うぞ。あれは"ここは俺たちのテリトリーだからとっとと出てけ、さもないと片っ端から目玉を刳り貫いてって…"むがもぐ…。」
 動物や鳥の言葉が分かるチョッパーの口がさりげなく塞がれたのは、そういった現実に蓋をして、せいぜいムードに酔いたかったからだろう。相変わらず、変なところでロマンティストな狙撃手殿であることよ。
「はいはい、ロマンね、ロマン。言いたいことは判ったから、その長いまつげの少女漫画顔はやめなさいって。」
 口先だけで"判ったから"と言い、だからさっさと片付けようねと容赦なく尻を叩くところは、まるでどこぞの相撲部屋の肝っ玉女将のよう。相変わらず強腰だねぇ、ナミさんは。
(笑)
「それにしても凄げぇ数だな。」
 上甲板の船端から、呆れたようなしかめ顔で見やっていたのは、三刀流の剣豪殿で。何しろ"警戒音"で鳴いているものだから、おちおちと昼寝に突入出来ないでいるのだろう。ギャーギャー、クワワ・カァと、断崖とその上に茂る木々の梢とに巣でもあるらしい海鳥たちの殆どが、各種入り乱れてそりゃあもう賑やかに鳴いている。物資とログの補給にと寄港したのはここの裏手にあった港へだったのだが、
「やたらと"海鳥"に関するグッズが土産物に多かったのはこのせいか。」
 キッチン前のデッキから、こちらも肩をすくめながら白い鳥たちの乱舞を見物しているのはシェフ殿だ。残念ながら海鳥には食べる箇所が少ないためか、食肉としてはあまり出回ってはいなかったが、マスコット人形や窓辺などに吊るすモビール、絵葉書やらTシャツ、水着にビーチサンダル各種、ステッカーにクッションに浮輪やサブセイル用の帆布、揚げ句には"お家の屋根や愛船のマストの頂上に打ってつけvv"という触れ込みの"風見鶏"まで、あらゆるスーベニールにやたらめったらとカモメやウミネコ、オオミズナギドリにウミツバメにアホウドリなどなどの図柄が用いられていたのである。
「………。」
 島から離れつつある彼らであって、巣のある崖にもさほど近づいてはいないから、威嚇にと間近まで飛んで来るほどのこともないが、それでも集団で鳴いている声がこんな遠くまで届くほど。正青の空と紺碧の海、そして緑の木立と濡れたグレーの断崖にいや映える、真白な翼の鳥たちの激しい舞い。それをやはり眺めつつ、
「…トリかぁ。」
 あんまりしみじみとした声で呟くルフィだったから、

  "もしかしてビビが連れてたカルーを思い出したのかなぁ"
  叙情あふれる感慨を抱いてる彼なのかもと勝手に解釈している船医殿や、

  "今夜の晩飯に鷄はやめといた方がよさそうだな"
  そんな繊細な奴とも思えないがと気を回すシェフ殿、

  "お腹が空いたのかしらね"
  逆なことを考えていて、シェフとの先々の相性は大丈夫だろうかな航海士だったり、

  "捕まえてぇって言い出すんじゃなかろうな"
  先走って目測で射程を測ってみる狙撃手に、

  "……………。"
  相変わらず何を考えているやら。だがまあ、何かしらの感慨はあったらしく、
  小さく微笑んだ年上のレディだったりする中で、

…おい、ルフィ。
 剣豪殿が直接声をかけている。
「何だ? ゾロ。」
「船端に立って羽ばたきの練習はやめとけ。"羊の上"以上に、いつ落ちるか、気が気じゃねぇから。」
「あ、悪りぃ。」
 ………ちゃんちゃん、てか?
おいおい


           ◇


 ナミが買い物しながら町の人々から掻き集めた話によると、次の島までは一週間ほどかかるらしく、
「大して荒れない、穏やかな海だそうよ。逆ログで往復出来るくらいなんですって。」
「"逆ログ"?」
 キッチンに集まって話を聞いていた皆が"なんだそりゃ"とキョトンとした新語だったが、
「だから、ログポースは次の島との磁力の引っ張り合いを記憶している訳でしょう? その性質をもう一歩進めて、海上の真ん中でログポースのリレーをすることで、定期船を就航させているんですってよ?」
「???」
「だから…あのね?」
 えとえっと、つまり。Aという島からBという次の島へと渡航するのに、この偉大なる航路"グランドライン"では皆様もご存知の"ログポース"を使わねばならない。というのが、この海域にあまた存在する島々はどれもこれも強い磁力を放つ特殊な鉱石を多く含んでいて、普通の磁石では方位を測ることはまず不可能。天候も不安定なら海流も出鱈目なので、風も波もただただ船と人をもてあそぶばかりという正に"魔海"であり、唯一の渡航手段が、島同士が引き合っている磁場を記憶出来る特殊磁針"ログポース"の指す方へただただ直進する…という画期的にして単純なもの。で、次の島へ着けば、ログポースはそのまた先にある島との新たな"引き合い"を記憶し始める訳だが、では、B島へ着く直前に、B島からA島へ帰る船がそのログポースを受け取ったらどうなるか。針を逆に読むことで、A島へ帰れるのではなかろうかと、恐る恐る試したところが、ここいらの海域が極めて穏やかなことと、さしたる距離ではないこととが幸いして、見事に大成功し、以降、2つの島は定期船が行き交う珍しい間柄にあるのだという。
「具体的に言えば、さっきの島から来る船が2つのログポースを積んでいて、途中ですれ違う"帰り船"に1つをパスするんだそうよ。タイミングの打ち合わせは電伝虫できっちり計算するんですって。」
 B島から出発する時は、長年の経験から割り出された決まった方角へと向かうのだそうで、ここが“エターナル・ポース”の始まりの航路だとも言われているとか。
「ふえぇ〜〜〜、凄いぞ。最初にやってみた奴、ドキドキしたろうなぁ。」
 小さな船医殿が、まるで我が身に及んだ冒険のような感動の声を上げたが、
「けどよ、そんな悠長なもん、海賊に狙われやしねえのか?」
 定期船だということは、すなわち、人や物資を乗せた船が必ず行き来するということなのだから、荒野の駅馬車みたいなもので、海上の野盗どもには格好の獲物なのではなかろうか。ウソップの疑問はもっともなものだったが、
「まあ、最初の内はそういうのに付け込まれもしたらしいんだけど。物資の行き来っていうのは、経済だとか情報の流通だとかを発展させる大切な要素だっていうんで世界政府が保護に乗り出したの。ま、それは建前で、このシステムが他の島への航路にも応用出来たら、この海域はもっと拓かれるだろうからっていう"テストケース"扱いされてるってトコかしらね。」
 さすがは切れ者航海士、そこいらの情報収集にも抜かりはない。というよりも、
「世界政府って…。」
「そ。海軍が頻繁に見回ってる航路でもあるってわけ。」
 海賊である自分たちにとっては"危険要注意情報"だったから、綿密に調べた上で皆へと明らかにした彼女であるらしい。とはいえ、
「海軍ねぇ。」
 よほど周到な大艦隊でも出て来るなら手ごわいが、定期船への護衛ならたかだか分艦隊程度の相手。それなら恐れるに足らずと、鼻先で嘲笑うような感慨をありありと窺わせる態度でいる男衆たちであり、
"頼もしいんだか、自惚れが強すぎるんだか。"
 やれやれと肩をすくめつつ、だがまあ彼らの強さからすりゃあ当然かしらねと、こっちも目くそ鼻くそで…っとと、失礼しましたっ! 五十歩百歩な余裕をかましているらしき航海士嬢だったりするのだが。

  「………。」

 そんな面子たちの中、妙に考え込んでいる人物が約一名。あらあら、彼としては何か心配なことでもあるのだろうか?


 そして、思いついた"それ"を"形"に仕立ててしまえる彼は、さっそく作業に取り掛かった。食事もおやつも忘れるほどの没頭ぶりで仕上げた"それ"を、彼が皆の前に披露したのは、翌日のやはり爽やかに晴れ渡った空の下でのことである。



          


 それはすっきりと晴れ渡った、ムラのない極上の青で染め上げられた高い空の下、
「じゃじゃ〜んっ!」
 予定は未定で、まだ音楽家がいない船なので、製作者が自らの口で鳴らしたファンファーレ。そんな彼が両の腕で"ご覧あれっ"と指し示したのは…どこか奇妙な物体である。
「…何? これ。」
 強いて近いものを探してみるなら、屋根というのか天蓋というのか、天幕を張った横に細長い傘つきの籠…というところだろうか。

天蓋つきのベビーベッドみたいだけど、それにしちゃあロープやら何やら色々くっつけすぎよね。
その前に、ベビーベッドって要りますか? この顔触れのこの船で。
あ・そっか。チョッパーのベッドか?
何だと、馬鹿にすんな、このやろーっ!
……………。(微笑)
…チョッパー、少しは嬉しいんじゃねぇのか?
 踊ってるし。
(笑)

じゃなくって。
 手の甲でビシッと、好き勝手を言う仲間たちに突っ込みを入れてから、
「これは乗用のカイトだよ。空からの周辺海域偵察に使うんだ。名付けて"大空を舞う誇り高き海の勇者ウソップ号スペシャル"だっ。」
 狙撃手にして営繕担当、そして時々"発明家"でもあるウソップは、普段でも高い鼻をなお高くし、自慢のマシンへの命名を誇らしげに宣言したのであった。

  "これが"スペシャル"バージョンだということは、
   スペシャルじゃないのもあるんだろうか。"

 Morlin.のお友達で、ワンピの前に入れ込んでいた"別ジャンル"にのめる前からの小説の師匠でもある某Mさん(現在は主婦)が、曾かつてこんなことを訊いて来たことがありました。

  『ファイブミニってあるじゃない。
   あれって、それじゃあ"ミニ"じゃないのもあるのかしら。』

 答え;いや、だから、そういう細かいところを突っ込まない。おいおい


 冗談はともかく。ウソップが思いついたそのままを熱心な集中ぶりにて形にした乗用カイト。ゴンドラ部分に座席があって、パラグライダーのように座って乗れるのだが、骨組みはがっしりしていて。小ぶりなハンググライダーの下に、しっかりした鋼の骨でつながった小さめのゴンドラが取り付けられたもの…と思っていただくと、少しは判りやすいものとしてご想像いただけるのではなかろうか。これで結構、物の仕組みというものもしっかり把握出来ている彼であり、帆の推力を水平方向のそれへと置き換えての、舵を取るには帆布の張力を手元で調節するのがあーだこーだという理屈を並べる彼だったが、それへと耳を傾ける者がいないのはいつものこと。
「まあ、一応は頑丈そうよね。こっちのホースは伝声管か、考えたわね。」
「気球じゃないのね。風からの浮力を使うなんて画期的だわ。」
 知性派女性陣たちが揃って一応の評価を出したことから、悪くはない出来だということになり、これに乗れば高い高い空を飛べるとあって、
「俺っ! 俺、乗りたいっ!」
「オレもだぞっ! 空、飛びたいっ!」
 真っ先に乗りたいと勢いよく手を挙げたのはルフィとチョッパーだったが、
「定員は2人だから…。」
 ワクワクしているお子様コンビに決定しかかったところへ、横からナミの"待った"がかかった。
「ダメよ、この組み合わせでは。そうね、まずはルフィとゾロ。」
「ああ"? なんで俺が?」
 イベントとしてはなかなか面白そうだし、何と言ってもルフィのワクワクとした様子が見ていて微笑ましくて嬉しいと。すっかり見物側に回っていればこそ、今の今まで余裕でそんな顔を隠しもせずにいた剣豪が、とんでもない話の成り行きにギョッとする。だが、
「この二人で空へやれるわけないでしょ?」
 ナミはちゃんと根拠があって言っているらしく、腰に拳を据え、ピンと張られた背中の強かそうなラインも凛々しく身構えると、白くて撓やかな人差し指をいかにも不服そうな剣豪殿の顔の前で振って見せる。
「万が一、何かあって海へ落っこちてごらんなさい。ロープを繰り出して高みに上がるんだから、当然、船からは遠い場所に着水しちゃうのよ? 判る?」
 まあ、凧のように風を受けて高みへ飛ばす以上、まずは真下に落ちはすまい。悪魔の実の能力者たちは皆カナヅチであるため、そんなことにでもなれば…。
「そうね、ロープに掴まる力も出ぬまま、空しく沈むのがオチだわ。」
 ロビンさん…。あんたも能力者だろうに、なんてクールなお言葉を。
「さすがはナミさんっ!」
 この船の知性面は女性陣の持ち物だけで賄われているのだろうか。
(笑)そう思った筆者へも物申すかのように、
「おいおい、落ちること前提に話進めてんじゃねぇよ。」
 発明家がムッとしているが、ナミは敢えて知らん顔を決め込んでいて、
「大丈夫だぞ。落ちそうになったらゴムゴムで船まで戻れる。」
「いや、だから。落ちること前提に話進めてんじゃねぇって言ってんだ…って、こらっ! 人の話、聞けよ、お前らっ!」
 ルフィの根拠のない"大丈夫"も、この際は無視されて。ナミが待っているのは、あくまでも剣豪殿からの了解の一言。無論、ナミの言い分が判らぬゾロではない。判らぬではないが、
「…俺は救命具かよ。」
 なんというのか、この気の強いお姉ちゃんにいつもいつも言い負かされているのが悔しいなというのもあるし、もしかして…勘ぐり過ぎかも知れないが、冒険にはしゃぐルフィと二人きりになれるというこの話、自分がでれでれっと喜んで一も二もなく引き受けるだろうと見越されているのなら、そんな思惑にまんまと乗るのは何だか癪だし、それからえっと、う〜んと…だな。渋面を作ってなかなか"うん"と言わない彼へ、
「あら、いやなの?」
 ちろんと、見ようによってはなかなか色っぽく目許を眇めるナミの傍ら、
「じゃあ、俺と代わるか?」
 余裕の表情にて にんまりと口を挟んで来た金髪シェフ殿だったりするものだから、途端に"うっ"と言葉を詰まらせる。どうもこのところ、何かにつけて…ゾロが照れから後込みする度に、このシェフ殿から"だったら俺がルフィにはついててやんぞ、文句はあるまい"発言が飛び出しているような。…って、気がついているんなら対抗策を編み出せばいいんですのにね。ああ、そこまでは頭が回らないのか。
(笑)頭脳派2人を相手にするのは大変ですな、うんうん。
"………(怒っ)!"
 筆者相手に目くじら立ててる場合じゃないぞ? 剣豪。


            ◇


 出発は見張り台。帆布を張った翼がばさばさと風に叩かれながら広げられ、
「いくぞっ!」
 ゴンドラ部分を固定していた留め具に結ばれていたロープを、下でタイミングを計っていたウソップが思い切り引く。フックが外されると、
「わわっ!」
 まずは一気に後方へと吹き飛ばされる。だが、機体の重心バランスがうまく計算されていて…くるんくるんと二度ほど回りはしたが、すぐさま上下を立て直し、それからはもうワックワクの冒険の始まり。
「行っけぇーっ!」
 伝声管用のホースを添わせたロープがドラムリールからぐんぐんと繰り出され、上昇気流に乗ったらしいカイトは、あっと言う間に空の高み、正青の中へと、吸い込まれるように昇っていった。
「わあぁ〜〜〜! 良いなぁ、ルフィもゾロも。」
 それを甲板から見上げていた皆の中、心からうらやましそうな、ちょっぴり切なげな感嘆の声をあげるチョッパーの帽子を、とんとんと突々く指があって。
「?」
 振り仰ぐと、
「次は俺らが乗っかるか?」
 にんまり笑ったシェフ殿へ、
「おうっ!」
 トナカイドクターは幼い笑顔をくしゃくしゃにして、それは嬉しげに笑って見せたのだった。


TOP / NEXT***