嘘でもいいの ~ Please   tell  a  lie .

 

   その1<<

「お〜い、ゾロ。」
 うららかな陽射しに満ちた後甲板へ、ルフィがどこか不機嫌そうにやって来た。昼食をとったばかりでまだ眠ってはいなかったものの、その長い脚を投げ出すように既に座り込んでいて、頭の後ろには両の腕を回して組んだ手枕。そんな格好でいた剣豪が、
「どうした。」
 何気に応じると、船長殿は口唇を尖らせて見せる。
「聞いてくれよ。ウソップがサ、朝に続いて昼からも遊んでやるって言ってたのに、新聞読んで何か閃いたから遊んでやれなくなったって。」
 それで拗ねているらしい。17にもなって"遊んでくれない"と頬を膨らませるところが何ともはや。その幼さへか、ゾロは眩しそうに微笑った。
「そっか。約束を反故にされたか。」
「"ほご"?」
 耳慣れない言葉に小首を傾げる。
「台なしにされるって意味だよ。」
 元は書道や絵画などでの書き損じのことを指すそうで。
「けど、ウソップが嘘つくのはいつものことじゃねぇか。」
 あまりにプンプンと憤慨しているので、ついそんな風に話を持ってゆくと、
「ウソップは、ホラは吹くけどあんまり嘘はつかないぜ?」
 ルフィは"それは違うぞ"とゾロの言いようを訂正するような言い方をした。
「??? ホラと嘘って違うのか?」
「違うさ〜。」
 珍しく、ゾロが知らないことを自分が知っているという立場になって、ルフィは俄然と嬉しそうに胸を張る。
「嘘っていうのはホントじゃない間違ったことをわざと言うんだぞ。けど、ホラはただのデタラメとかあり得ないことだ。」
 ほほお。
「…それって、どう違うんだ?」
「だから、ホラはたまにはホントになることもあるけど、嘘は正しくないんだって判ってて使うから、いつまでも嘘のままなんだな。そいで、いつかバレちまう。」
 おやおや、穿ったことを言いますね、船長さん。
  

 後甲板は食堂のすぐ裏。したがって、そこでの会話は注意していれば結構聞こえる。
「そうよね。大体、嘘っていうのは頭の良い人にしか使えないし。」
 ナミが"うんうん"と感慨深げに…ルフィの言いようへというよりは、自分の説へ自分で頷いて見せている。けど…それって感心の方向性が違うのでは?
「そりゃどういう意味だよ、ナミ。」
 その伝でいくと、自分は頭が良くないことにならんかと、そこはさすが素早く反応したウソップだったが、
「だって、嘘っていうのは少しの間でも良いからバレないこと、破綻を来さないことが前提でしょ? だから、まずは"ホント"をよくよく知ってなきゃ、上手くは使いこなせないのよ。あんたが吹いて回るホラみたいに、言ってる傍からデタラメだって露見してちゃあいけないのよね。」

「ウソップのは殆どがホラで、ウソをつくのはナミとかサンジだ。」
 いかにも悔しそうにルフィが頬を膨らませて言うものだから、ゾロは堪らず"ぷふっ"と吹き出した。
「何だ? 何か、最近"嘘"をつかれたのか?」
「そういう訳じゃないけどよ。」
 何かと手玉に取られているのが時には面白くないのだろう。

「………。」
「へぇ〜、お前らルフィからはそう思われてんのか。」
 妙〜に嬉しそうに言い放つウソップであり、それへと、
「さ、さっきも言ったでしょ? ここの出来が違うのよ。」
 自分の額をつんつんと指先でつつくナミだが、言い淀むところを見ると少々ショックだったらしく、だとすれば…自分で言うほど強かでもないんじゃん。一方で、
「俺は嘘はついたことはねぇんだがなぁ。」
 腕に抱えたボウルと泡立て器で生クリームを軽快にホイップしながら、思い当たるものというのを頭の中で捜しているらしいサンジで、
「ちょっとサンジくん。俺はって何よ。あたしだけが嘘つきなの?」
「あ、いえ。そういう訳では。」
 おいおい、仲間割れかい?

「まあ、嘘も方便って言うからな。誰もが全然嘘をつかないとなると、それはそれで世間が回らなくなるんだろうし。」
「そうなのか?」
「よくは判らないけどな、そうなんじゃねぇのか? そうでなきゃどうして無くならねぇんだ?」
 ルフィは腕を組むと"う〜ん"と唸った。
「けど、ゾロとビビは嘘ついたことねぇじゃん。」
「…そうだっけか?」

「…あ、えっと…。」
 ややもすると他人ごと、面白いやり取りを傍観者として見物していたビビだったが、いきなり自分までが当事者の中に引き摺り込まれて"あらあら"とうろたえる。それとは反対に、
「見ろ。ビビみたいに、賢い奴で、しかも嘘つかねぇって人間もいるんだぜ?」
 ウソップが我がことのように勝ち誇るが、
「でも、あの、私、偽名を使って敵陣へ潜入なんてしてましたけど…。」
 本人からの恐る恐るな申告があって、
「…う〜ん、そういえば。」
 たちまち言葉に詰まった。それに、ゾロも…いつぞやタコ魚人のはっちゃんに"客人だ"と嘘をついている。

「あ、けど…待てよ。ゾロ、嘘ついたことあるよな。」
 おお、こっちでも何か露見した模様。当事者のゾロはといえば、狼狽
(うろた)えもせずににやにやと笑っていて、
「いつの話だ?」
 そんな風に促す強腰さだが、そんな彼の前へしゃがみ込んだルフィから、
「凄んげぇ怪我してたのに"問題ない"なんて嘘ついてた。」
 打って変わって恨めしげな顔をされてしまったものだから、たちまち余裕が吹き飛んでしまったのか、眉を寄せて身を起こしまでする。
「それは…第一、お前だってそういう"平気"は連発しとろうが。」
「うん、そうなんだけどな。…あ、そうか。これが"方便"ってやつか。」
 ポンッと手のひらに拳を打ちつけるルフィだが、…そ、そうかなぁ。

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