Albatross on the figurehead 〜羊頭の上のアホウドリ


   
もしものランプ  

          *このお話、まだビビ皇女とチョッパーは登場しませんので悪しからず。


       



 鮮やかな蒼と吸い込まれそうな紺碧と。濃厚で深みのある油彩の一枚絵のような…という表現は、本物の実物に対して順序が逆なのかも知れないが、そのくらいいつまでもいつまでも眺めていてまるきり飽きない魅惑を秘めた空と海ばかりが、見渡す四方一杯にぐるりと広がっている。爽やかに乾いた陽射しは明るく、単調な潮騒を運ぶ風も至って穏やかで、航海はひたすら順調だ。ただただ順調なばかりではそれこそ飽きても来るが、そこは人員が片手で収まる少数精鋭で運営されている船。ひとたび大風やら嵐やらが襲い掛かれば、たちまち全員が何人分もの働きを見せねばならなくなる。だからと言ってきりきり舞いをしている風では決してなく、同じブラックジャック…海賊旗を掲げる相手と遭遇したなら、同じ面子で何十人分もの働きを充分にこなしてしまう、頼もしい若い衆揃いの船。東の海"イーストブルー"で随一の懸賞金をかけられた船長が乗るこの船こそが、麦ワラのルフィ率いる『ルフィ海賊団』のキャラベル"ゴーイングメリー号"である。
 乗組員の顔触れは、年齢層こそ海の世界では"小僧
こわっぱ"扱いだろう十代の若者揃いであるものの、そこはそれ、能力も肩書きも半端ではないお兄さん・お姉さんたちだからこその有名ぶりで。素人さんでも知らぬ者のないほどの凄腕で、加えて渋くて超男前な三刀流の"元・海賊狩り"とか、岩をも砕く爆烈キックを自在に操り、料理の腕も超一流という過激なコック氏とか、元気を鼓舞するホラ話ならお任せ、射撃の腕と逃げ足も人間離れしているぞのメカニカル&後方支援担当とかおいおい、ナイスバディと明晰な頭脳で、女だてらに男ども4人分と等しいまでの存在感を維持している肝っ玉航海士とか………おお、怖い。こらこら こんな錚々たるメンバーを仲間に引き擦り込んだのが、船長の麦ワラのルフィこと、モンキィ=D=ルフィ、十七歳の伸び盛り。…で、奥さん奥さん、ここだけの話。彼は悪魔の実の能力者で、身体がゴム化するため"お年頃"に関係なくいくらでも伸びるし、殴られても潰されてもダメージはほとんどないというから、銃や大砲で撃たれても平気という掟破りな化け物である。おいおい かてて加えて途轍もない力持ちで、ここ一番に放たれる攻撃力&破壊力は、さすがはキャプテンでメンバー随一。外見のちょっととっぽいお兄ちゃん…という無邪気そうなあどけなさに謀たばかられると、良い意味でも悪い意味でもエライ目に遭うこと請け合いだったりするから、どうかどうかご用心。こらこら

 
………で、何かしらの騒動や悶着に関わっていない平生の彼らは、5人それぞれが好き勝手に過ごして日を送る。航海士のナミや凄腕コックのサンジには、さすがに毎日の仕事があるものの、それにしたって手伝えることは他の面子たちにも分担されていて、その上で基本的には全員が自由に日々を使っている船だ。甲板の一番高みに持ち込まれた大鉢植えのみかんの世話をしたり、部品や小道具を広げて何やら怪しげな装置や装備の研究をしたり、海図を描いたり日誌を書いたり、etc. デッキチェアに寝転んで蔵書を読み耽るもよし、独自の道具で黙々と身体の鍛練に励むのもよし、開いて味醂みりんにつけた魚や土用梅どよううめの天日干しを見張るもよしおいおい、日がな一日昼寝で潰すもよし…という訳で、今日も今日とてそれぞれがそれぞれの昼下がりを過ごしていた。
「おい、ルフィ、釣れそうか?」
「ん〜、まだ全然アタリが来ねぇんだよな。」
 一番前のデッキの船端で、船長のルフィは竿を掲げて釣りの真っ最中。とはいえ、朝から始めて未だ一匹も釣果がない。まあ…根が呑気な彼のこと、たとえ数日ほども魚信が来なくても気にはしないのかも知れない。飽きるということはあるかも知れないが。…と、
「…お?」
 釣糸の先で何かキラリと光ったような気がした。浮きが揺れて、すす…っと海中へ引き込まれる。
「おっとぉ…。」
 タイミングを合わせて竿を振り上げると、空に煌きの放物線を描いて獲物が宙を舞う。
「なんだ、釣れたのか?」
 サンジがウソップが寄って来る。ルフィはにんまり笑って、
「変な入れ物が釣れた。」
 釣り針に引っ掛かったままのそれを、自分と二人との間でブーラブラと振り子のように揺らして見せる。大きさは大人の拳骨くらいだろうか。蓋と華奢なS字の取っ手がついた、三角の涙のような形のしゃれた金属の容器で、
「なんだ、こりゃ。ドレッシング入れか?」
 うんうん、形は似てるよねぇ。
「急須…にしちゃあ、豪勢にキラキラしすぎてるしな。」
 その前に…ティーポットやサーバーならともかく、この話の世界に"急須"があるんかい。三人でああでもないこうでもないと取り沙汰している声が耳に入ったのだろう。
「どうしたの?」
 ナミまでがデッキへ上がって来て、これで全員が一つところに集合してしまった。え? もう一人はどうしたかって? さっきから居ますって。ほら、陽射しを浴びて鈍く煌く三連ピアス。ルフィが腰掛けている船端とは反対側の手摺りに凭れる格好で、短髪頭の後ろへ回した両腕を枕代わりに、昼食後からこっちのずっと、ひたすらぐーぐーと眠っているのが、三刀流剣士のロロノア=ゾロ氏。ね? 全員でしょ?
あはは そ〜れはともかく、
「あら。これってランプじゃない。」
 ナミはさすがに識っていたらしく、釣り針に引っ掛かったままだったそれを手際よく外すと、細い指先で支えるような持ち方をして、上から下からつくづくと眺め回して見せた。
「ランプ? これがか?」
「な〜んか水差しみてぇだぞ?」
 彼らが見慣れている"ランプ"と言えば、筒状のガラスの火屋ほやで灯芯を覆う型のもの。まるきり違う形のこれを、ランプだと言われてもピンと来ないらしいが、
「砂漠地方の国のにはこういう形のもあるのよ。ほら、ここの口のところに灯芯を出して火を灯すの。」
「さっすがナミさん、物知りだなぁ♪」
 美人には美しいものが殊更よく映える。一つフレームの中に収まった二つの美しきものへ、食の芸術家はついつい瞳をハート型にして見惚れている次第。…まあ、それはいつものことだから、わざわざ取り沙汰するよなことでもないのだが。
おいおい
「綺麗ねぇ。ここに嵌まっているのって、もしかしてちゃんとした宝石だわ。」
 さすがは元盗賊。貴金属への見識も高く、鑑定能力も一線級。本体も金むくの結構立派なお宝なようで、胴に蓋に取っ手にと、緻密な紋様が浮き彫りになっていて、ナミが気づいたようにところどころに宝石が象眼されてもいる手の込みようの、それはそれは美しい逸品だ。
「砂漠地方のランプかぁ。ってことは、もしかして磨いたら魔人が出て来たりしてな。願いを叶えて差し上げましょうって。」
 ウソップの言葉にサンジも思い出したように同調し、
「そういうおとぎ話もあったよなぁ。」
「"開けゴマ"ってやつか?」
 珍しくもルフィが即答して来たが、
「ばっかねぇ。そっちは盗賊の出てくる話でしょ?」
 この二つって違う話でしたっけ? あ、主人公が違うか。
おいおい
「ずっと海を漂ってたにしては状態がきれいだわ。やっぱりこれって純金なのよ。」
 有史以前の古代からただ今現代に至るまでのずっと、その地位がほとんど変わることなく金が持て囃され続けて来たのは、希少さや見栄えの綺羅々々しさからだけではない。金は元素段階での安定から最も変化しない物質であり、錆びる風化するといった化学変化を起こさない。アイスクリームやキャビア用のスプーンに純金のものがあるのも、歯にかぶせる冠に使われることがあるのも、食べ物の微妙な味わいというデリケートなものを損ねないようにという理由からで、何も成金趣味から来ている訳ではないので誤解のないように。
こらこら 幾らなんでも昔の人がそこからの理屈を知っていたとは思えないが、青銅や鉄と違って変化しない性質は早くから知られていて、そこから"魔を寄せつけない"とされ、祭事や式典の道具、副葬品などに重用されたのだ。そのくらい変化しない代物…とはいえ、多少は汚れているのが気になったのだろう。ナミが何げにランプの胴あたりを指の腹で拭ってみた。すると、
「………え?」
 無機物のランプが…中に何も入っていなさそうな軽さだったにもかかわらず、ふるふるっと勝手にその身を揺さぶったのだ。
「な、なにっ?」
 あまりに突然の事であり、さすがに驚いたナミが咄嗟にランプを放り投げる。
「? ど、どうしました? ナミさん。」
「何だよ、一体。」
 サンジやウソップはナミの突然の狼狽ぶりの方に驚いて見せたが、
「う、動いたのよっ! 何だかよく判らないけど…。」
「動いたぁ?」
 当のランプはデッキの床の上に投げ出されて軽い金属音を立てて転げ、金色の胴にキラリンと陽射しを受けつつ弾みかかって、丁度向かい側で昼寝を続けているゾロの傍らで横倒しになったままで止まった。
「中に何か…小魚とかシャコとか入ってたんじゃねぇのか?」
「でも、軽かったわ。空っぽだった…と思うんだけど。」
 自信がないのか口調は曖昧だが、生き物のように動き出した感触がよほど薄気味悪かったのだろう。この年頃の少女にしては随分と豪胆な彼女が、飛び上がりかねない驚き方をしたそのまま、サンジの背後へ駆け込むように隠れたほど怯えて見せている。
「ナ、ナミさん?」
 スーツの背中にしっかとしがみつかれたサンジは、そんな彼女を単純に"可憐だなぁ"と感じているようだが、他人を楯にするということからして日頃のナミらしくない。例えば…怒り心頭に達して我を忘れかかっている状態にある"ゴジラ"化したルフィや
おいおい"キングギドラ"化したゾロでさえこらこら、拳ひとつで力いっぱい張り倒せるほどの彼女なのだからおおお 下手な地球防衛軍より頼もしい限りな筈なのだ。あっはっはっ そんなナミの様子に気を取られ、ついつい動きが固まったサンジやウソップと違い、
「これがかぁ〜?」
 動いた瞬間を見た訳でなし、だとしても大したことじゃなかろうとでも思ったか、ルフィが実に無造作にランプへと手を伸ばす。
「や、やめなさいって、ルフィっ!」
「そ、そうだぞっ! 喰いつかれるぞっ! 咬みつくぞっ! やめとけ、ルフィっ!」
 ナミやウソップからの制止の声も届かず、その手がランプに触れようとしかかったその時だ。

「………え?」

 急須で言うなら注ぎ口
おいおい、灯火をともす火口から、最初はふわっと、やがてはもくもくと、白い煙が吐き出されて来たものだから、
「ひいいぃぃぃっっ!」
 ナミだけでなくウソップまでもがサンジの背後へ逃げ込んで、ゴーイングメリー号の甲板に時ならぬ緊迫の気配が張り詰める。昼下がりの乾いた潮風まで凍りつきそうな緊張の中、一体何が起ころうとしているのかっっ! …って、約一名、相も変わらず安らかに午睡中ですが。
こらこら
「な、なんだ、こりゃあっ。」
 吹き抜ける潮風に負けることなく、そのまま甲板を覆うかと思えたほどの勢いと濃度で立ち込めた白煙は、さしものルフィでさえ少しばかりたじろいでしまうような様相を見せたが、目や喉に刺激を与えるでなし、どうやら雲か霞のような無害なものであるらしい。(こういう"煙"といえば、相性最悪な大佐がいたねぇ。ケムリンだっけ?
こらこら)ほんの一時ほども皆の視界を奪っただろうか、やがて少しずつ風に流されて晴れてゆき、互いの顔が見通せるようになったその時だ。

 《私を起こしたご主人様はどちらかな?》

「い…っ!」
「な、なんだっっ!」
 ランプの火口から煙以外にも出て来ていたものがあったらしく、それは…なんと人影だったのである。丁度そんなような話をしていたものだから、皆して驚いたのなんの。特に、
「どぉうわっ! な、なんだ、一体っ!」
 熟睡中にいきなり、腹の真上に人ひとり直立姿勢で出現されたゾロは堪ったもんではない。早い話、踏まれた格好になったもんだから、目を剥いて跳ね起きた訳で…やっとお話に参加してくれるのね、お兄さん♪
「あ、すみませんっ。」
「何でも良いから早くどけっっ!」
 噂ほどそうそう寝てばっかりいる訳でなく
あはは、これで結構日頃から熱心に鍛えていて、ルフィに勝るとも劣らぬ馬鹿力持ちの剣士殿が文句を言ったものの、重さが耐え難い、つまりは凄まじい巨漢…という訳ではない。長身ながらすらりとした人物で、真っ直ぐな銀色の長い髪を腰にまで垂らし、緻密繊細な細工のなされた甲冑に剣。肩にはビロードだろうか艶のある厚絹のマントをまとった、それはそれは優美な騎士だったから、
「…ジャンルがごちゃまぜになっとらんか、おい。」
「こっからは他誌の別作品のパロディが始まるのか?」
 中世騎士ロマンとファンタジー…。どっちも少女マンガかSF&ファンタジー誌向けの題材であり、海賊冒険アドベンチャー『ONE PIECE』には縁が薄いような気がするが。…って言うか、そういう取り沙汰を登場人物がしてどうする。そんな中、
「ステキねぇ〜♪」
「…え?」
 ナミの反応があまりに意外で、サンジはもとよりウソップ、ゾロまでもが、ギョッと、もしくはキョトンとした。自分のセックスアピール…所謂"色香"を策略上使うことはあっても、本人は色恋より儲け話の方に関心がありそうな、いかにもはしこい少女だというのに、それをまるで感じさせないくらい、しみじみとうっとりしてのこの台詞。さっきまであんなに気味悪がってたくせに、まったくもって最近の若い娘は変わり身の早いことったら、ねぇ? 奥さん。
こらこら 言われてみると、確かに…美男子ではある。涼やかな潤みを帯びた目許と深い知性をたたえた引き締まった口許を揃えた、若々しくも小作りの顔立ちは色白で品があり、絹糸のような銀の髪がそれはよく映えている。ちょっとした仕草や立ち居振る舞い一つ取っても、どこかに貴籍の香を秘めた奥床しさが漂う、いわゆる"佳人"だ。
「…ナミさん、ああいうのが好みだったのか?」
 これは意外だと"ナミさん激愛"のコック氏が
おいおいややもすれば呆然とする。これまで実際にこういう雰囲気の相手が現れた場面がなかったから気がつかなかった事実…というやつであろうか。まあなぁ。海賊時代の、それも亜熱帯航路に、あんな高緯度地域仕様の暑苦しいカッコした王子様だのお貴族様だのが、そうそうウロウロしている筈はないもんなぁ。そんなサンジの脇腹を、ウソップが肘で小突いて、
「おいサンジ、イメージチェンジしないとだな。」
 おいおい、後
のちの"Mr.プリンス様"に何を言う。あっはっはっ とはいえ、
「ま・オチは見えてるが。」
と今から呆れたような顔になって言ったのがゾロで、さてそのココロは。
「ステキよねぇ、あの甲冑。きっと名のある名匠が作った逸品で、どこの骨董市に出しても高値で売れるわよ。」
「そうなのか?」
 ルフィとのこの会話に、
「…成程なぁ。」
 やっぱり金かい…と残りの男衆たちにも合点が行った。ちゃんちゃんってか?
「何でお前、ナミさんの考え方が判るんだ。」
 お、ちょっと不愉快そうですね、サンジさん。選りに選って"こういう話題"で、しかもいかにも朴念仁のゾロに負けたとあっては、いつもの剣突き合いでの勝ち負けよりも腹立たしいのだろう。眼光鋭く睨みつけての異議申し立てだったが、ゾロとしては"ナミの思考パターンに関して理解が深い"とひけらかしたかった訳では勿論ないらしく、頭上へ高々と雄々しい腕を突き出しての背伸びをしながら、顎が外れそうな大欠伸を空へと一つ放って、
「ルフィに比べりゃ判りやすいって言ってんだよ。」
 そうと言って肩をすくめて見せた。続いて俎上に上げられたその本人はと言えば、大っきな目で不躾なほど騎士の顔をまじまじと眺め回した後で、
「お前、男なのか?」
「え? ええ、はい。」
「ふ〜ん。」
 ……………………で?
「判りにくいな、確かに。」
「だろ?」
 なんでそんなことを聞いて、何をどう思ったんだろう。斯くの如く、一番付き合いが長い筈のゾロでさえ未だにそのパターンを把握しかねているというのだから、これはなかなか…奥が深いものなのに違いない。でも、理屈抜きになら結構通じ合ってたりしてますがね。(私はゾロさんのルフィへの"ちょーっと目を離した隙に…"という台詞が妙に好きだ。お守りをしているつもりはさらさらないんだろうけれど、無意識の内にしっかり保護者なんだね、お兄ちゃんなんだね。
おいおい
「で? いつの間に船に乗せたんだ、こいつ。一体どういう客なんだ?」
「………お前。」
 ゾロさんたら、抜けたことを訊いたりしてからに。(まあ、寝てたからねぇ。)







        



 ついつい段落を分けてしまったが、場面も時間も経過してはいないゴーイングメリー号の上甲板。強いて言うなら…CM中にゾロがサンジやナミからここまでの成り行きをかい摘まんで説明されたというところか。
こらこら 登場作品を間違えたんじゃないのかというくらい毛色の違う麗しき騎士の出現だったが、いつまでも不毛な見つめ合いという対峙を続けていても芸がない。

「………で。」

 こういう時に口火を切るべき代表者の船長さんは、あまり詮索好きではない延長で、こういう場合、相手が何物なのかには…よっぽど判りやすく且つ面白い奴ででもない限り関心が涌かないらしい。ちなみに、状況の洞察も苦手で、罠にわざわざ足を突っ込んで"罠だった"と面白がるような困った奴だ。いや、今はそれは良いとして。
「あんた、一体何物なんだ?」
 訊いたのはサンジで、だが、彼もまた大して警戒をしてはいないらしい。剣を帯びた"武装"をしてこそいるが、何となく…武人というより詩人という風情がする相手だからだろう。人の姿ではあるがランプから出て来たような"人ならぬもの"。そんな相手を見た目で判断したりしちゃあ危険かも知れないが、化け物なら仲間内に既に何人かいるしあはは、本人も似たような存在だから、危険な気配を感じるレベルが常人とは違うのかも…。
おいおい
"…言いたいことはそれだけか?"
 あっあっ、その額の血管浮きマークは怒ってますね。三枚に下ろされるのはイヤだぞ。 
「あの…。」
 あ、ほらほら。彼が口を開きましたよ?
こらこら
「私はこのランプに住まう精霊です。大海を漂いながら、千載一遇、一期一会、幸運にも出会えた方々に至福をお分けしているんです。」
 水茎の跡も麗しく…は書き文字への褒め言葉。さやさやと流れる清流のせせらぎもかくやというしめ淑やかな声が紡いだ、少々お堅い言葉は、
「………はぁ?」
 こちらの面子たちには異国語同然。判りやすく言い直すと、この広い海で君と出会えて良かったねキャンペーン実施中というところだろうか。
おいおい
「皆さんにお会い出来たのも、運命の加護とこの海からの祝福。何かしらお望みがございましたなら、私の魔法で一人に一つずつ叶えて差し上げます。」
「それはまた…。」
「えらいことセオリーに乗っ取ったことを。」
 こらこら、そういう身も蓋もないことを言うもんじゃない。通俗的で結構じゃないのよ、何かとややこしいことに巻き込まれやすいあんたたちなんだから。
おいおい
「…魔法使いの精霊かぁ。」
 なんとなく…少々拍子抜けというか、なぁ〜んだそうだったのかというような響きのある声を発したのがサンジで、ウソップもやたら頷いて感心している様子。
「だったらそんな変わった格好してても不思議はないよな。」
 そっちかい。…で、魔法の方は? お望みのリクエストはないの?
「願い事と言われてもなぁ。」
「お宝やお金を目一杯…なんてのも嬉しいけど、そういうのはキリがないしね。」
「食材は今んとこ氷室にも貯蔵庫にも目一杯詰まってるしな。」
 そうと聞いて、
「なあなあ、今日の晩メシは?」
 ルフィがさっそく話を脱線させる。
「リブステーキ…手っ取り早く言やぁ"骨つき焼き肉"だ。大好物だろ?」
 まるで子供相手にお楽しみを一つ一つ並べてやるかのように、コック氏はやわらかく目許を細めた。
「あとは金目鯛のテリーヌのコンソメゼリー添えとオニオンスープにガーリックトーストとパスタサラダ。デザートはタルトタタンとサワークリームシャーベットってとこだ。」
 蛇足ながらの解説をするなら、タルトタタンというのはリンゴのタルトケーキのことで、おお、豪勢な。続いて他の面子はと言えば、
「食うにも寝るにも、ついでに日々の騒動にも困っとらんからなぁ。」
 あはははは…。そんなはっきりと。
「俺も新しい装備の補強に取り掛かってる最中だから、今は別に目新しいものは要らないなぁ。」
「新しい装備…ってのは何なんだ?」
「自動底引き網だ。それとハイパー・スリングショット乙式。」
 なんだそりゃ。(どれが誰の言い分だか判るかな?)…と、いう訳で。
「間が悪かったみてぇだなぁ。」
 ゾロが目許を顰めて、同情を禁じ得ないというか…いかにも残念だったなという言いようをし、
「これが遭難している最中だとかなら、食料や水…と即座に要求するものを。」
 サンジも小さく苦笑して見せる。その傍らで、あっと思い出したらしいナミが、
「そういやルフィ、あんた、海賊には"音楽家"が要るってず〜っと言ってなかった?」
「あん(ああ+うん)。けど、自分でどっかで見つけるから良い。」
 おいおい、またどっかであの"熱烈ハント"をするつもりかい。(…その前に、別なポジションの担当者を見つけちゃう彼ですが。)
「…えっと。」
 ただでさえ物資乏しい筈の海上で、しかもブラックジャックを堂々と掲げた海賊たちだというのに、何も要求がないだなんて…こういうことは初めてらしい。騎士はいかにも肩透かしを食らったというような顔になってしまい、
「…あなたたち、ホントに海賊なんですか?」
 ごもっとも。存外"物欲"のない人たちだったんだねぇ。山盛りのお宝とか船一杯の美女軍団とか、寝心地の良い枕とベッドの安眠セットだとか
おいおい、てんこ盛りの御馳走とか胸のすくよな大冒険とか言い出すかと思ったのに。
「いや、だから…それは下手すりゃ迷惑なんだよ、今んトコは。」
「そうそう。そんなの、この船のどこに積むのよ。」
 あ、そういう問題か。
「そーかぁ? 冒険なら大歓迎だぞ♪」
 こらこら。呑気そうな語調でとんでもないことを言った船長へ、
「ルフィ〜っっ。」
 まるで打ち合わせでもしてあったかのようなタイミングで、全員が一斉に睨んで来たぞっと。
「あんたねぇ〜っ。あたしたちが出来るだけ関わるまいとしてるって、気が付いてないんじゃないの、もしかして。」
「なんでだよ。」
「決まってるでしょ? こういう手合いはねぇ、たとえ本物でも願いを聞いたあと、物凄いしっぺ返しとか良からぬことが待ってるっていうのが相場セオリーなの。」
 内緒話でありながらも、ナミの語調にはなかなかの迫力があって、
「わ、判ったよ。おっかねぇなぁ。」
 さしもの"海賊王(予定)"もたじろぐ恐ろしさ。
「それにしても…俺たちどういう人種だと思われとるんだ? 筆者から。」
 あはははは。ま、まあ、あまり深く考えんように。(焦っ)
「本当に何にもないんですか?」
 ランプの精霊としては、こういうパターンは経験がないらしく、何か一つくらい…と食い下がる構え。それこそ"切なる願い"のようにさえ見えて、
「だって…条件は? 叶えられない種類のものとか、やっぱりあるんでしょう?」
 ナミが"仕方がないなぁ"という顔になって踏み込んだところというのを訊いてみる。
「はあ…そうですね。亡くなった方を生き返らせるとか、逆に誰かの生命の灯を吹き消すだとか、今現在の段階ではまだ不治とされている病を治すだとか。そういうのは原則として出来ません。」
「…だったら尚更あんまりありがたくはねぇな。」
 あんまり"奇跡"とは呼べなさそうだしねぇ。
「そうでしょうか。」
「だってよ。そういうの以外って言やぁ、時間や根気や金さえありゃ、何とか自分で叶えられそうなもんばっかじゃねぇか。」
 そうだねぇ、ウソップくん。人ならぬ者に魔法で頼まなくても叶いそうなものしか残ってないような。それに"もっと他に"と言われても、それぞれがその道の達人である上に存外物欲が薄い彼らには、特に"これ"というものが思いつけそうもないらしい。
「じゃあ…夢はどうです? 世界一の何かがほしいとかなりたいとか、昔うっかりな失くしたものや壊したものをもう一度手に入れたいとか、そういうのはないんですか?」
「そういうのはない。」
 すぱっと果断なルフィの断言に、他の面々もあっさり頷いて見せる。正確には"無い"のではなく、
「一番の夢は自分の手で叶えたいんだよ、俺たち。」
 5人が5人とも、半端ではない決意を抱かせた凄絶な過去や事件を通過して今ここにいる。大切な人を失ったり苦難の日々を過ごしたり、それぞれがそれぞれなりに苛酷な想いをして来た面子揃い。だというのに、そうは思わせないほどあっけらかんとしていたり腹の底からの笑顔を見せられるようになった。"後悔"には今のところ蓋をして、それより…それらを自分の中で昇華させ、未来へつながる道を目指すためにと克服したからだ。ルフィの簡単な言いように、だが、他の皆にも異論はないらしい。一方、
「そんな…。」
 あまりに取り付く島のない彼らの対応に、精霊はがっくりと肩を落として項垂れてしまった。能力は一応認めてもらった上で、だのにこんなにも"関わりたくない"モードを示された…というか、有り難がられなかったのがよっぽど堪えたらしい。やっぱ、あんたたち訝
おかしいって。それはともかく。
「私は千と一つの願い事を叶えなければならないんです。」
 精霊の呟きを聞いて、
「なんで?」
 これまたあっけらかんと訊いたのがルフィだ。
「…はい?」
「どうして"叶えなければならない"んだ? 誰かに命令されてんのか?」
「そうだぜ。なんか、仕事ってのか使命みたいな言い方じゃねぇかよ。」
「それとも、それをやり遂げたなら上級の魔人に昇格出来るとか?」
 いつの間にやら、こっちが精霊さんの相談に乗っている彼らであり、やっぱり…只者ではないのねぇ。
「いえ…それがどうも判らないんです。」
「はあ?」
 どうにも頼りない精霊さんだ。…と、

 《まどろっこしいねぇ。》

「…え?」
「何だ? 今の声は?」
 年経た者の老いた声。遠くからのものだったような、それにしてははっきりと…頭の中ででも響いたような不思議な声。
《どうせまた、死んだ人を生き返らせたり、不条理なことは出来ませんとか何とか言ったんだろう。そんなだから、お前だけいつまでもそのままなんだよ? とっとと魔物になっちまった方が苦しむこともなく楽だって言うのにさ。》


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