きぃ。C 〜蜜月まで何マイル?


          




   「………。」


 名前は知らないが結構太い立木の根元、幹に凭れるようにして、ルフィはぼんやりと座り込んでいた。先程までの緊迫に青ざめていた空気は穏やかに深呼吸をし、今はまた、ゆるやかに時を刻みながら、辺りを瑞々しい風で満たしている。

『"こいつ"は俺が奥へ埋めてくる。人里に近いとこに埋めたりしたら、別な獣が血の匂いに誘われて掘り起こしに来たついで、里の方まで足を延ばしかねないだろからな。』

 そうと言い置いて木立の奥へと向かったゾロを待っている彼である。…いや、単に放心状態にあって身動きすら出来ないでいるだけなのかも知れないが。あれほど必死になって庇おうとしていたものが、その反動だとだけ言い切るにはあまりにも呆然としているものだから。猟師も多少は気が引けたのか、ゾロを見送ると、言葉少なに犬たちを連れて自分の里のある方へと歩み去って行って。…それからどのくらい経ったのか。
「…ルフィ。」
 声がしたのへと顔を上げる。麦ワラ帽子の下の幼い表情は硬いままで、それが何だかひどく痛々しく見えてならない。
「埋めて来たのか?」
「…ああ。」
「そっか。」
 機械的な単調な声。まだ正気に戻っていないのだろうか。傍らまで歩みを運ぶ。最初に声を掛けた時からこちらを見やっていた視線を外さないものだから、間際にまで近寄ると首が折れはしないかというほどの仰向きになった。
「ルフィ…。」
 人形のようなそんな動作も何だか可哀想で。すとんと屈んで姿勢を低くしてやると、やや遅れてやはりこちらの顔を見つめてくる。
「あのな、」
「いいんだ。」
 何か言いかけたゾロの声を遮って、

  「ホントなら、俺がしっかりしていて、
    ちゃんと判断しなきゃあいけなかったことなんだ。」

 ぽつりと。乾いた声でそんなことを言うから。てっきり拒絶されるか、そこまで"子供"じゃないにせよ、心が痛んで悲しくての涙に会うかすると思っていたゾロには、随分と意外な反応だった。
「助けたいって思うのと、助けるのと、助けることが出来るっていうのとは全部違う。そうしたいって思うだけじゃダメなんだ。体張ってでもやり果
おおせなきゃ、そんなのガキの駄々と一緒だし、そんな半端なんじゃ、構われた側だって迷惑なんだ。」
 こちらを向いてこそいるが、ゾロへと訴えているというよりも、自分に言い聞かせているように聞こえて、
"…ルフィ。"
 それだけ…彼の言う"体張ってでも"頑張ってみようとしたのに結果として力及ばなかったことが、ルフィにはどれほど口惜しいのかが自然と偲ばれた。いつもいつも無茶なことを言い、無謀な行動に飛び出してゆく彼だが、これまでそうした末に果たせなかったことは一つもない。悲しい目、辛い目を1つも拾わなかったのかと問われると、そこはやっぱりちょっとは…世に言う"完璧"と呼ぶにはあちこち欠けた結果だったことだってあるにはあるが、それでも満足のいった"最善以上"に辿り着けた。何よりも、関わったそれぞれへ"明日(先)"が待ってる結果を導けたのに。

  「ごめんな。…ゾロに辛いこと、肩代わりさせたしな。」

 そんなことまで言い出す彼に、
「………。」
 ゾロとしては言葉がない。
「あのままだったら…我を忘れた“きぃ”は、俺や猟師のおっちゃんに襲い掛かって来ただろうからな。」
 怪我をした動物がそれこそ死に物狂いで身を守ろうとして、誰彼構わず牙をむくというようになるのはルフィだって知っている。そんな状態の者に、人間の声が届く筈はないということも…。
「ここは船の上じゃあないけど、俺、辛いことを皆に肩代わりさせるような、力の足りねぇ船長にはなりたくねぇ。」
 ふう…と、彼には珍しい溜息をついて、
「だったら…さっきみたいな時、ゾロみたいに冷静に判断しないといけないのにな。きぃにしたってサ。きっぱり覚悟決めて対処してもらった方が、どっちつかずにいつまでも振り回されるよか、ずっと良かったろうって思うし。」
 頭目、船長、親方には、束ねる者たちへの絶対の権限がある代わりに、皆を率い守る上で必要な決断を迫られるという責任もある。自身への揺るがぬ自負だけでなく、そういう自覚が彼にも一応はあるらしいのが、ゾロには少しばかり驚きでもあった。勿論、馬鹿にしていた訳ではなくて。ただ、他の皆にも"やりたいようにすれば良いさ"と、いつも泰然と構えている彼であり、仲間たち各々の芯の強さをよくよく知ってもいる彼だから。
"…結構冷静だな。"
 随分と落ち込んでいて覇気が無いには違いないが、もっと、失意のどん底にまで落ち込んでいるかと思って心配だった。だが、それこそ杞憂であったらしい。それであるなら話は早い。
「気にすんなよ。」
 ゾロは静かな声を返した。
「お前らしい判断でいて良いと思うぜ。他の奴ならだとか、普通はとか、そういうのにこだわるなんてそれこそ"らしく"ねぇからな。」
「ゾロ。」
 顔を上げるルフィに、


   「お前、きぃのことを"仲間"だと思ってたんだろ?」

   「…っ。」


「だから、どうにかして庇いたかった、守りたかったんだ。」
「………。」
 返事はないが、声もなく項垂れたところを見ると図星であったらしい。手負いの獣への対処の理屈も、この土地の人の事情というものも。何もかも判っていながら、それでも食い下がったのは、子供のような駄々からではなく…大切な仲間を守りたくて奮起していたルフィだったからだと。俯いてしまった彼へと、声を出さずに苦笑した剣豪は、
「俺はお前だからこそ、キャプテンだって認めてるって順番なんだぜ? だから、余程の無茶でも大迷惑でも、たいがい聞いて来ただろうがよ。」
 麦ワラ帽子の上からポンポンと、軽く軽く頭を叩いてやって、
「それに、肩代わりだなんて思っちゃいねぇしな。」
 そんなゾロの言いようには、ルフィの顔が思わずという間合いで上がっている。
「…え?」
 大きな眸で見上げた剣豪の顔は。成程、同情や憐憫というような種の感傷をたたえたそれではない。
「そんな深いトコまで、いちいち考えてられっかよ。まして"憐れみ"なんて偉そうなことを、他の誰かに言える立場じゃねぇしな。ただ、お前を害するものは何であれ、容赦しないってだけの話だよ。」
 男臭い顔を…さすがに楽しげなそれではないながら、それでも力強い笑みでほころばせて見せる。乱暴な言いようをし、自分の勝手でやったことだという言い方をするゾロだが、それもまた、ルフィに余計な負担を負わせないための、一種、習慣になっているものだったのかもしれない。
"…こんな過保護の必要はないんだろうけどな。"
 強い心、真っ直ぐな気性。見通す眼差しも力強く、何が正しいか何が詭弁か、きっちり見分けて、しかも恐れなく声高に断じることの出来る少年だ。それも、甘いヒューマニズムや建前とやらからではなく、彼自身が培い育んで来た…もしかすると少々頑迷な、逞しい自負に支えられた強い強い信念の下に、である。だからして、結果、痛いこと辛いことを運んで来てもきっぱりと飲み下せる。そうでなくて、何が"海の男"か。
「俺が言ってること、判るよな? キャプテン。」
 丸ぁるいおでこへこつんと額をくっつけると、小さな瞬きを一つして会釈を返すから。ああ、もう大丈夫だなと、安堵の思いに頬をゆるませる剣豪殿である。




「さて。帰るか。」
「あ、うん。」
 身を起こそうとしかけたルフィだったが、その前に。
「…あ。」
 ゾロの腕が実に手際よく伸びて来ていて、あっと言う間に腕の中、軽々と抱えてしまっている。
「歩ける。」
「ダメだね。」
 低められた声が耳元でして、
「お前、自分が思ってるより疲れてるんだよ。肩の怪我だって、気ぃついてないだろう。だから、今くらいは甘えろ。」
 先程までは"副長"としての気遣いで、此処からは"恋人"としての対処を取る。
「バスケットは諦めよう。食いもんしか入ってなかったから、コックもそんなに怒るまいよ。」
 ちゃんとした陶器の取り皿やナイフ&フォークといったカトラリー類が収納されてある、所謂"ピクニックセット"ではなかったという意味である。あの騒動の最中に放り出されたお陰様で、ずたずたに引き裂かれ、踏みにじられてしまったのだから、まあ仕方がない。そのまま大股に下生えを踏みしめて歩みを運び始めるゾロへ、
"………。"
 ルフィは何だか…悲しいのだか嬉しいのだか判らない、複雑な気分を覚えていた。胸のどこかに"ころん"と転がったままなような、何かが凍えた衝撃はまだ去りゆかないが、こんなにも至れり尽くせり、自分のことを知りつくし、把握し尽くしているゾロであるのが何だか面映ゆい。自分よりずっと大人で、頼もしくて強くて。周囲は元よりゾロ自身にさえ手をかけず構わない、ズボラで大雑把な乱暴者のようだのに、ルフィにだけはこんなにも骨身を惜しまず構ってくれて、気遣ってくれるから。そんな"特別扱い"もまた、自分にとって何にも代え難いものになっていると気づく。
"…俺、もうゾロがいないとダメなんかも知れない。"
 ぽそんと凭れた胸板の深み。そこから見上げれば、赤銅色に陽灼けした肌の下、引き締まった首条やおとがいの陰などが、いかにも男らしいものとしてルフィの眸に映る。どこからどう見ても惚れ惚れするほどにカッコよくて。姿も気概も、声も匂いも温かさも。何ひとつ取っても誰にも負けないくらいに大好きなゾロ。
「ふみ…。」
 仔猫のように体を丸め、頼もしい胸板へふかふかの柔らかな頬を擦りつけて甘えかかってくる感触へ、
「………。」
 ふと。ゾロが小さく笑った
「俺も甘いよな。」
「…? 何が?」
 訊いても"ふふん"と笑うばかりなゾロに、
「なあ、何が?」
 ちょっとばかり駄々を捏ねる時の声を出す。声に張りが戻ったことをさりげなく確かめたゾロは、
「良いことを教えてやろう。」
 言ってから、勿体振って辺りをキョロキョロと見回して、





   「きぃは無事だよ。」

   「……………え?」




    はい?


「刀は当ててない。ちょっと難しいなと思ったがな。きぃは剣撃にびっくりして気絶しただけだったんだ。」
「それ…って?」
 この男は突然何を言い出すのだろうかと。まるで通じていないように聞き返すルフィへ、
「だからな。死んでなんかいないってことだ。ちゃんと心臓も動いてたし、森の奥に運んでく途中で目を開けたぜ。」
 静かに語られるそれらが、耳から頭に入って、ゆっくりと咀嚼され、意味を伴って意識の上へと戻ってくる。本当であるのなら、これほど嬉しい言葉はない。だが、そうそうすぐには信じられないことで、
「…嘘だ。俺が、俺ががっくりしてるから…だから、ゾロ、そんな…。」
 タイミングが悪すぎる。嘘をつくんだってテクニックがあるんだぞと、そんな風にまで感じて、ますます悲しげに俯いてしまったルフィの頭の上から、
「嘘じゃねぇって。だったら、俺のバンダナ、ほどいてみなよ。」
「…バンダナ?」
 左の二の腕、真剣本気の戦いの時にだけ頭に巻いてる黒いバンダナが、いつも通りに巻き付けてある。丁度膝裏を抱えているのがその左の腕だったので、広い腕の中、身を起こすと、そちらへと手を伸ばして言われた通りにほどいてみた。適当に取り替えているらしいそれは、ごくごくシンプルな市販のもので、何度も洗いざらしているのだろうに、丈夫な布なのか色褪せもほつれも少ない。だが…。


   「………あ。」


 四角く広げたその一辺。布目に沿って真っ直ぐ裂かれた跡がある。真新しい跡で、上から下まで一気に裂いたらしくて、端の始末が全部ない。
「弾丸が掠ったところは、まあ仕方がない。簡単に傷の上を塞いでやっておいたんだよ。もう死んでる奴に手当ての必要があるか? そうやっていじってたら目ぇ覚ましてな。それで元気に駆け出してったから…っ。」


   「ぞろっっ!」


 話の途中で腕の中から"がばぁっ"と身を起こしたかと思ったら、
「馬鹿ばか馬鹿ばかっ! 大馬鹿ゾロっ!!」
 小さいながらも"ぐう"に握られた拳が、次々に胸板や肩口へと連打されてくる。
「俺、どんだけ怖かったかっ。胸が痛くて痛くて、もうもう泣きそうだったんだぞっ!」
 言いながら、先程は我慢出来た涙がそれはあっさりとポロポロとめどなくあふれて来ていて。
「何だよ。無事だと泣くのか?」
「知らんっ! ゾロが悪いんだろうっ!」
 自分では気づいていなかったのか、それとも止められないのへ逆ギレしたか。声を荒げてぽかぽかと叩き続ける船長さんであり、
「ああ。悪かったって。」
 さすがに"ゴムゴムのガトリング"並みの本気攻撃ではないものの、
「許さんっ!」
「ルフィ〜。」
 いい加減にしないかと、さしもの剣豪もやや閉口する。第一、こんなに暴れたら肩の傷にだって響く。
「…絶対許さんっ。」
 泣き声を載せたまま"ぽかぽか攻撃"は続いてたが、
「何でもするからさ。な? 聞き分けろよ。」
 ゆさと、抱えていた腕を軽く揺すってそうと言い出すゾロであり、その反動にバランスが崩れて、胸板へぱふんと頬から突っ込んでしまった船長さんは、

   「………………。」

 行儀は悪いが洟をすすり上げてから、むむうと見上げて来ていたのも束の間。何かを思いついたらしく、こしょこしょと耳打ちをしてくる。内緒のリクエストは何であったのか、吐息のくすぐったさにか頬を緩めていたものが、
「…うっ。」
 急に言葉に詰まった剣豪だったが。
「何でもするんだろ?」
 睨むような上目使いにあっては逆らえなかったらしい。またまた再び…先程よりも執拗に辺りを見回し、こほんと一つ、咳払いをしてから…。


   「………愛してる、ルフィ。」


 ルフィの耳許で囁いたゾロであり、………って。はい?


   「うん。許すvv」


 ………なんだ、そりゃ。
(笑) 大方、こういうことこそ彼には一番苦手なことだと気がついたんでしょうな、船長殿。それはともかく。
「そっか。無事なのか。」
 打って変わって、今度はもうもう止まらない笑みに体中がムズムズ・ワキワキするらしい。うくくと笑って、
「ゾロに切られかかるなんて怖い目に遭ったんだからさ。もう二度と人間の前には出て来ないかもな。」
「…何だよ、それ。」
 人を"死神"扱いするかよと、ちょいと眉をしかめた剣豪だったが、すぐにも"くすん"と吹き出して、再びゆっくりと歩き始める。木の葉擦れの音が爽やかで、午後の木洩れ陽がやさしくて。
「なあ、ゾロ。きぃのこと、皆には内緒な?」
「なんでだ?」
「だってよ。可愛かった“きぃ”しか、皆は知らないんだ。だからさ、そのままにしときたいんだ。」
「…じゃあ、その肩の怪我はどう説明するんだ?」
 ゾロが森の奥へきぃを連れて行っていた間にあの猟師のおじさんが手当をしてくれたらしい白い包帯。これは誤魔化しようがないと思うがという顔をして見せると、
「うっと。そう、別の獣が出て来て襲われたってことにする。きぃを庇って怪我したんだって。…なあ、いいだろ? ぞろぉ。」
 そんな風に持ちかけられて、小さな両のお手々を合わせられては、この…船長に心底メロメロな剣士殿、どうやって逆らい切れようか。
"…うるっせぇよっ。"
 あっはっはっはっはっvv だって"愛してる"んでしょうがvv
「なっなっ? それで決まり。なっ?」
 お願い、と。ねだられてはもう逆らえない。ゾロはわざとらしく溜息をつくと、
「しゃあねぇな。話は合わせるが、どんなボロが出ても知らねぇぞ?」
「やたっ! さんきゅーvv」
 たちまち胸板へと擦り寄ってくる現金さよ。そんなお気楽さへ、色々と言い足したいことがないこともない剣豪ではあったものの、まま、彼が元気に明るく笑っていてくれれば、それに越したことはない。あんまりはしゃいで、頭から転がり落ちた麦ワラ帽子を拾ってやり、
"けど。なんか、こっちの言い分が判ってたみたいだったんだよな、あいつ。"
 空を仰ぐ振りをして、ルフィには判らないように眉を寄せて見せる。



『いいな? お前自身が何にもしてなくっても、お前がその種族だってだけで銃を向ける奴がいるらしい。だから、人里には近づくな。この森の奥、人目につかないようにしているんだ。不本意ではあろうが、それがお互いのタメになるみたいだからな。』



 まるで人間相手のような口調で説得していた間、きぃはちゃんと後足で立った姿勢のまま、ゾロの話を大人しく聞いていたらしい。

"俺の瞬殺の太刀筋を背後で読み取ったことといい、やっぱり只者じゃあなかったのかもな。"


   ………はい?


 腕の中では、麦ワラ帽子をお腹の上へと乗っけたルフィが、こちらからの視線に気づいて、それは晴れやかに笑って見せるから。

   "只者じゃあない船長には只者じゃあないもんが集まりやすいのかね。"

 そんな呟きを胸の中で転がしながら、早く帰ろうよ、腹減ったぞと急かす船長さんを懐ろへ抱えたまま、剣豪さんは愛しの我が家、自分たちの愛船への帰路についたのであった。









   ◆◇ おまけ ◆◇◆


 さて。島から離れたその晩に、昼間のうち町で手に入れた古書へ目を通していたロビンが、そこに意外な記述を見つけていた。

   「これって、あの子のことじゃあないのかしら。」

 そこには、昔この近海にあった何かの神を祀っていた神殿の歴史が、素朴な絵や古代の文字で綴られてある古文書が紹介されてあって、
「人が作った"神獣"のことが書いてあるの。」
「"神獣"?」
「ええ。」
 彼女の言葉に小首を傾げたのは、傍らに居合わせたナミと、こちらも昼間、薬剤の買い出しに使ったお金のお釣りを女部屋まで返しに来ていたチョッパーである。肩にかなり深い咬み傷を抱えて帰って来たルフィにわたわたとパニックを起こしつつ、すみやかに治療モードへ入ったものだから、今の今までうっかり忘れていたのだった。それはともかくとして、
「昔から一部の動物たちは、その優れた能力や鋭敏な感覚から"神憑りなもの"だとされている事が多かったの。神様のお使いだとか精霊の化身だとかいう風にね。そこで、その神殿の島に住んでいた人々は、人の側から神に近づくため、こちらからの声を届ける仲立ちとしての生き物を作ろうとした。」
「作るって…キメラなのか。」
 医師であるチョッパーが訊いたのは、既に実在の生き物たちの部分部分を繋ぎ合わせて作り出される生き物のこと。元はギリシャだかローマだかの神話に出てくる"キマイラ"という妖獣の名前で、獅子の頭とヤギの角、下半身は竜という姿をしている恐ろしい怪物だ。そちらは神話にありがちな荒唐無稽の想像上の存在だが、実際に受精卵細胞あたりの段階で様々な生き物の細胞を植えつけて、新しい生き物を作る研究もないではない。…でも、それって『ワンピース』の世界の文明進度との折り合いは立つんだろうか? という訳で…ということでもないのだが、
「そういう気の短い話ではないみたい。掛け合わせという方法で少しずつ進化させていったらしいわ。」
 血筋の近い、だが、微妙に種や特性の異なる生き物同士を交配させて新種を生み出す。これはさほどには珍しい方式でもない。農作物にはかなり古い時代から行われて来た交配術だし、犬や猫の種類が今ほど沢山あるのも人が都合で様々な種を作ったからである。狩猟に便利なように、部屋の中でご婦人でも飼えるようにと小型化されたせいで、犬と言えば"安産"の象徴だったものが、今や帝王切開しないと産めないほどにさえなっている。…いやこれはまるきりの余談なのだが。
「これによると"ウサギの臆病さと猫の敏感さ、ハクビシンの攻撃性と犬の人懐っこさ"を取り入れて"完成形"としたそうよ。」
「ふ〜ん。」
 チョッパーが感心したような声を出した傍らから、
「…一体、何をどう掛け合わせたのかしらね。」
 ナミが怪訝そうに眉をひそめる。例えばそれが同じ属目科目同士の生き物であれ、人工的、且つ、直接的な掛け合わせでは繁殖能力が損なわれるケースが多い。関西の方で、少しばかり年配の方には聞き覚えがあるだろう『レオポン』というのもそれで、ライオンと豹を掛け合わせた珍獣だったが、やはり繁殖能力がなく、二世は望めなかったそうな。
「そうよね。案外と此処に書かれているのは、元から"居た"あの子たちを、さも自分たちが開発したんだと言い触らしたくっての記述なのかもしれないわ。」
 歴史の資料にありがちな落とし穴の一つが、この、必ずしも真実が記載されてあるとは限らないという点だ。ロビンもナミの感じた疑問には気づいていたらしく、
「まだ“悪魔の実”を使ったって言われた方が納得がいくものね。」
 くすんと笑って、
「ともあれ、そうやって齎
もたらされた不思議な…ああ、名前のところは固有名詞だから、解読出来ないわ。その生き物は"神獣"として扱われたそうよ。どうやら人の感情が読み取れたらしいの。」
 そうと続けた。
「あら。それって"テレパシー"とか?」
「せいぜい心の動揺を感じ取れたという程度だったんじゃないのかしら。修行中の神官の、精神統一がちゃんと出来ているのかどうかを感知させるのに用いられたそうだから。あと、犯罪容疑者が嘘をついてないかを調べるのにも使われたって書いてあるわ。」
 嘘発見器、ポリグラフみたいなもんですな。
「ところが、一旦怒って暴れだすと、育てた人間でさえ容易には宥められなくて手を焼いたそうよ。それと、ちょっとした動揺まで感じ取ってしまうから、冤罪も後を断たなくってね。それでいつしか、大事にされなくなって。今では姿さえ見受けられないって。自然に生まれた存在ではないから、どのくらいが生き残れているのかも、今は判ってないらしい。」
 ぱたりと本を閉じたロビンに、
「やっぱり珍しい生き物ではあったのね。」
 ナミがうんうんと頷いた傍らで、
「そっか。だからあいつ、ルフィにあんな懐いてたんだ。」
 チョッパーは別な意味から"うんうん"と頷いている。そのご意見はまた少々遠いところから来たものなような気がして、
「それってどういうこと?」
 何がどうだからそう、という"中間式"が見えなかったナミがあらためて訊くと、
「ルフィは裏表がなくって大らかで、傍らにいると凄い気持ちが良いんだ。」
 チョッパーは我がこと我が誇りのように、胸を張って言い放つ。
「落ち着けるってこと?」
「ううん。居心地が良いまま何だかワクワク出来る。落ち着けるのはゾロの方かな?」
「ふ〜ん。」
 その割に、突拍子もないことをいきなりしでかすルフィの言動に、やはり少々臆病者なウソップと、ひしっとしがみ着き合うようにして驚き合うことが多い彼なような気もするがと、ナミは苦笑をかみ殺す。そして、
「そっか。ウチの船長はピュアな子たちを惹きつける魅力満点なんだ。」
 こちらも"ピュア"な船医殿の山高帽子をぽむぽむと軽く叩くから、
「何だと、このヤローっ。馬鹿にしてんじゃねぇぞっ♪」
「…笑ってるトコ見ると、嬉しいのね。」
「いつものことよvv」

 それこそ"いつもの"会話にて、海賊船とは到底思えぬ和やかな一時が流れてゆく。色々あったことで疲れたらしい小さな船長さんは、医務室で既に熟睡中。少しばかり増えた引っ掻き傷だらけの手を預けられた剣豪殿も、ベッドの脇にて…浅くながら睡眠中。もしかしたら同じ夢の中、小さな“きぃ”と遊んでいる彼らなのかもしれないと、ますます海賊船とは程遠いことを思いつつ、今夜のところはこれでお暇を致しましょう。



   おやすみなさい…vv





   〜Fine〜  02.8.17.〜8.24.

   *カウンター41000番 リクエスト
     祐希サマ『ハートブレイクしたルフィを
           "お姫様抱っこ"したゾロが、 "愛してる"と囁く』


   *指摘が入る前に先に言っておこう。
    森の奥から剣豪が迷子にならずに出て来れたのは、
    ルフィ・レーダーが働いたからです。
おいおい
    だってゾロって、ルフィを探すとか
    ルフィのところまで行くとかいう場面では丸っきり迷わず、
    それどころか一番乗りしてたりするでしょう?
    あれはきっと体内磁石みたいなものがあって、
    地球上の方位とは相性最悪だけれど、
    ルフィには感度抜群なんだってば。
(笑)

   *……………で。(えらいこと話がそれたな。)
    えとえっと、祐希様には…すみませんです。
   "ハートブレイク"ってもしかして
   "失恋"という意味だったでしょうか?
    それって誰に? というのがどうしても思いつけなくて、
    勝手ながら"傷心"という意味に変えさせていただきました。
    こんな仕上がりになりましたが、いかがでしょうか?
    とってもおステキなイラストまで頂戴しましたのに、
    あんまりムードのないお話になってるような気が…。
    すみません、すみませんです。(平伏っ)

   *やはし"片腹痛い話"になってしまいましたわね。
(笑)
    ホントはね、
    「俺が“きぃ”みたいになったら、ゾロが瞬殺してくれよな」
    なんてことをルフィに言わせようとか思ってたんですが、
    やっぱそれは言わないよねぇ。
    いくら落ち込んでいても、そんなまで後ろ向きなことは言わない。
    そう思ってやめました。
    男前な姫でいてほしいです。(姫って…。/笑)
    もちっとスパッと明快にして冴えた展開のお話が
    きちんと書けるようになりたいな。(切実)


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  *このお話を書くにあたって、
   祐希サマから、素晴らしいイメージイラストを頂いておりました。→
こちら