月下星群 〜孤高の昴

          其の十 長い夜


          



 別に"世直し"とか"退治・征伐"とかいう善行を施すつもりなどはなかった。たまたま立ち寄った、長閑そうな島の小さな村。半農半漁の純朴そうな人々が慎ましやかに暮らすそこには、乱暴狼藉を働きつつ大きな顔をして居着いている海賊団がいて。大した規模でもない新興の組織らしくて、ついでに…こちらの肩書のことも知らないらしくて。例によって、大上段からの"正義の味方"を気取るつもりはなかったが、やたら偉そうなのがハエのように煩かったので、村のシンボルでもあった教会を破壊した馬鹿騒ぎにムッとしたルフィが"駆け出した"のを合図に、一運動してみただけのこと。ゴミはとりあえずまとめて縛っておいてやるから、後は電伝虫で海軍に連絡して、収拾に来たら引き渡しゃあ良いぞと、腰を上げたのがほんの数時間前のこと。



「ホンっトに大したことのねぇ奴らだよな。」
 天候や海、農耕漁業に関しての知識や生活力はあるが、戦いにおいてはか弱くて武装も知らない、それはそれは素朴な村人たちが相手だったから威嚇が通用していただけという観のあった輩たちで、この"グランドライン"でよくもまあ"海賊"という仰々しい看板を掲げていられたもんだと、何だかもうもう呆れるばかり。…後で判ったことだったが、この連中、ただこの海域の生まれだというだけの話で戦歴もゼロに等しいというから、まさに"井の中の蛙"だったらしい。よって、海軍には"海賊として"ではなく、集団暴力行為を長期に渡って繰り返した罪で検挙されていったそうだが、まま、それらは後日のお話。
「どうしたっ! もう居ねぇのかっ?」
 張りのある声で呼びかけられて"ぞくうっ"と震え上がったのは、ほんの数時間前までは我が物顔で威張りくさっていた筈の"海賊もどき"たちだ。
"こ、怖ぇえよぉ…っ。"
 ここは、彼
の村から少ぉし離れた丘の上にある、小じんまりとした牧場へと続く小道の外れ。爽やかに晴れ渡った空からの陽射しが降りそそぐ、それは明るい道に沿った…茂みの陰やら木立ちの隙間やらに息をひそめ、何とか生き残った…もとえ、逃げ延びられたのはほんの数名。隠れての待ち伏せだなんてとんでもなくて、直接対決にと衝突した現場から泡を食って逃げ出した末の隠遁である。彼らが直接対峙したのは、まるで疾風のように目にも留まらぬ素早さで易々と間合いを詰めて来て、さくさくと斬りつけ、仲間たちを片っ端から刈り取るとんでもない腕前の剣豪。他にも、何十人でも容赦なくあっさりと蹴り倒す凶悪なシェフやら、鉄の蹄を持つトナカイを意のままに操り、自分でも雷や突風を自在に操る"風水士"女やら、50tものハンマーを振り回せる強力ごうりき狙撃手やら(…笑)、千手観音のように幾らでも腕を呼び出せる魔女やらのいる、何とも恐ろしい奴らでもあって。
"だ、だから言ったんだよう。このっくらいの秘密兵器、一対一の喧嘩でしか役に立たねぇって。"
 がたがたと震えつつ、どこか恨めしげに手の中に見下ろした"それ"こそが、彼らのリーダーを有頂天にし、器の全然足りていない"海賊"への旗揚げを敢行させた"秘密兵器"だったが、成程、今のところ全く役に立ってはいない。取り出す暇も無く薙ぎ払われているのだから無理もないというやつで、
"うう"、どうしたら良いんだよう。"
 エセ海賊の残党は、いつどこから相手の手練れが現れるのだろうかと心底怯えつつ、茂みを震わせて隠れているのだった。


 さて、その一方で。無様なほど明らさまな気配をザッとながら把握していたその数に、叩き伏せて伸した数ではどうも足りないような気がするのだがと、短く刈った緑色の髪に節のやや太い指を立てて掻き回しつつ"う〜ん"と唸っているのは、麦ワラ海賊団の誇る戦闘隊長・ロロノア=ゾロ氏である。
"あと何人か居たよな。"
 ビクビクもので怯えていた海賊もどきは、仲間たちが殺されたと思い込んでいるようだが、その辺の手加減は彼にしたって慣れたもの。各々が振りかざした武器を弾き飛ばし、手足を封じる程度に切りつけただけである。実際の話、本気で切り捨てるまでの値打ちさえない腰抜けばかりで、峰打ちや空打ち…触れるギリギリな間近へ思い切り刃を振っただけで伸したという手合いも少なからずいるほどだから、いかに格下で情けない相手なのかも知れるというもの。とはいえ、残党を放っておくのは剣呑だろう。逆切れして住民たちへと襲い掛かるような事態にでもなっては意味がない。そういう辺り、重々判ってはいるのだが、かと言って、呼んで出て来れるような状況じゃないというのもまた、追い込んでいる側の彼の方からでも判ること。………と、
「こんのぉ〜っ!」
 傍らの木立ちの中から聞き覚えのある声が勇ましく響いて来て、それに続いて、
「どひゃあ〜〜〜っ!」
 地雷でも踏んだか砲撃や爆風に飛ばされでもしたのだろうかというよな勢いで、梢をばさばさっと鳴らしつつ、跳ね飛ばされて中空を飛んでく何人か。それらを目で追い、
「なんだ、そんなトコに隠れてやがったんか。」
 苦笑しながらそういう解釈をする辺り…。相変わらずに豪気な人だが、これもまた"慣れ"から来るものなのだからしようがない。人間が吹っ飛ぶというのはそうそう容易く起こせる現象ではなく、60キロ前後の人間を天高く吹っ飛ばそうと思ったらその体重の何十倍もの力が瞬間的にであれ必要なのだが、そういうとんでもないことが素手で出来る仲間がいるから…さあ大変。
(こらこら/笑)まあ、それを言い出すと、彼自身も途轍もないことをやらかすことの出来る怪力無双なのではあるが。まったくもって"万国ビックリショー"みたいな人たちであることよ。(笑)その"人間ロケット"たちを露払いに、こちらへと出て来た人影へと、親しみを込めて渋く笑って見せるゾロである。
「そっちは片付いたようだな、ルフィ。」
「おうっ!」
 教会に砲撃を加えて馬鹿笑いをしていた連中を叩きのめし、そいつらから隠れ家を聞き出して。真っ先に飛び出して敵の塒
アジトになっていた屋敷に突入。当たるを幸い、片っ端から殴り飛ばして見せた、走りだしたら止まらない船長殿。彼にとっても大した相手ではなかったらしくて、右腕を肩の付け根からぐりんぐりんと大きく回し、
「皆はどうしてんだ? 見かけねぇけどよ。」
 まるで"食後の腹ごなしにひとっ走りして来た"という風情なのが、頼もしいやら可笑しいやら。まだ暴れ足りねぇぞと言いたげな様子へ、ゾロはくつくつと小さく笑いつつ、
「お前がとっとと動き出しちまったから打ち合わせする暇もなかったがな。俺とコックとでお前の取りこぼしを拾ってって、後の面子は伸びてる奴を引っ括って回ってるよ。」
 そんな風に一応の状況を説明してやる。飛び抜けて強い奴がいた賊でもないその上に、さして頭数が居た訳でもない。それを言ったら、こちらは何と一桁の頭数だが、
『一人当たりに、そうさな、それが海兵でも何十何百人単位で連れて来いや』
と、誇張なく言い切れるだけの格である"麦ワラ海賊団"と一緒にしてはいけなくて。
「そろそろ戻ろうや。」
 腰高で上背のある、重厚ながらすらりと引き締まった屈強そうな肢体。サッシュベルト代わりの腹巻きへと提
げる格好で腰に差されているのは三本の名刀で、彼の他には恐らくいまい、最強無敵な"三刀流"の使い手である証し。その把辺りに軽く肘を引っ掛けている、いつもの立ち姿の剣豪であり、
「まだ全部やっつけてねぇんだろ?」
 きょろんと大きな眸を見張る船長殿へ、
「あとはどうせ物陰で震えてるような小者も良いとこだろからな。引っ括った面子から顔触れを聞き出しゃあ良いさ。」
 至って余裕の構えであるのも無理はない。そう。今回のドタバタはせいぜいがちょっとした一運動。彼らの仲間内で起こったケンカへの仲裁に比べたって、比較にならないほど容易い"成敗"に過ぎなかったのだ。……………ここまでは。
「ほら、そろそろ昼だ。腹減ってないのかよ。」
「ん〜〜〜。そういや減ってるかな? いや、物凄く減ってる。早く戻ろう。サンジにアンチョビピザ、作って貰おう。」
 此処に着いた昨夜、村のおばさんに出して貰ったのがよほど美味しかったのだろう。そんなことを言い立てたルフィであり、そのまま…飼い主にまとわりつく仔犬のように、大股な歩きようの剣豪殿の、前に立ったり後へと続いたりしながら村への帰途につきかけていた二人だったのだが、

   "う〜〜〜。"

 そんな彼らが丁度引き返して来た小道の傍ら。小さめの林へ続くものらしい木立ちの端に…どういう偶然か幸運からか、今の今までゾロからもルフィからも発見されぬまま、隠れ果
おおせていた賊の残党が一人、木の幹に張りついて身を隠していたのである。彼らの会話も聞いていた、もうもう自分しか居残ってはいないのか? そんなに器の大きなリーダーではないから、自分一人無事なのを癪に思って、色々な悪行を全て自分に引っかぶせて"そいつが黒幕だ"くらいのこと言い出しかねないのかも知れない。
"う〜〜〜〜〜。"
 そうと思うと目の前が真っ暗になって来て。そんなこんなでドキドキと舞い上がっている自分の居る方へ、鬼のように強い男らが折り返して向かって来たものだから、

   "ば、ばれたのかっ?!"

 此処に隠れていることが相手に露見したのだろうかと勝手に思い込んでしまって。引き摺り出されて殴られるのか、切られるのかと、頭の中はもう大パニック。どうしよう、どうなるのだろうと、気絶寸前な思考のまま、がくがくと震えながら、その賊はふと。自分の手元を、いやな汗にじっとり濡れた手元を見やった。


            ◇


 錯乱半分なその人物の気配に気づけなかったのは、どうかすると自分たちの油断のせいもあったろう。さくさくと短い下生えを踏みしめつつ、ゆるやかな斜面を海側へと振り返って村へ戻ろうとしかかったその刹那、

   「………っ!」

 宙を引き裂き、襲い掛かって来た無気質な殺意。あまりに不意な代物だっただけに、咄嗟に相棒を自分の傍らから突き飛ばすしかなくって。
「ゾロ…っ?!」
 ずくっと。いやな感触がして胸板が熱い激痛に包まれる。あ、やっちまったかと、自分の運の悪さに舌打ちしかかったものの、
"…おかしい。"
 単なる刺傷という痛みではないと気がついた。じんわり広がるいやな熱。
「………っ。」
 その正体を察して、左の腕側、深々と突き立った矢に両手を掛け、思い切り引き抜く。
「てめえぇ〜〜〜っ!」
 ルフィの怒声が、すぐ傍にいる筈なのに随分遠くに聞こえて。
"…不味いな。"
 どうやら即効性の毒らしいと、膝をつきながら…そういった現状を把握出来る冷静な自分に、ふと、他人事じゃあないんだぜと突っ込みを入れたくなった。そんな自分へ"妙なところに余裕が出来たな"と苦笑しつつ、
「…ル、フィ。」
 バキッと殴って誰かを伸したらしい船長殿へ、喉の奥から絞り出すような声を掛けていたゾロである。
「ゾロっ?! しっかりしろっ! 目ぇ開けろっ! なあ、ゾロ…っ!」
 必死の金切り声が、どんどん遠くなって、
"…ごめんな。そんな声、出させてよ。"
 傷より何より、それだけが痛い。こんな事態であるにも関わらず、相変わらず船長にだけは"超"がつくほど過保護な剣豪殿であったのだった。


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