月下星群
 〜孤高の昴

     其の二  生成りの月光
 

        

 奴の言いようを借りれば、剣士は対峙する相手を凌駕することが目的な存在だ。殺さないよう、生かすよう、技を尽くして相手の命と気持ちを満たす…という奴とは、百八十度正反対の位置にいる。何も世の中の理屈が正しいか間違っているかの二通りしかないとは思わないが、こうまで正反対なその相手の方を認めてしまった自分は随分矛盾してはいないかと、単純ながらそんな風に思ってしまったのだ。何も完全に息の根を止めるまで斬らねばならない訳ではない。腕が立てば、相手の抵抗を封じる程度に抑える斬り方、制御というか手加減というか、そういうことだって出来もする。だが、相手を傷つけるのが前提なのは否定のしようがない。
“………。”
 きれいごとは言わない。確かに自分は“海賊狩り”と呼ばれていた賞金稼ぎであり、腰に差した刀も威嚇や脅しの小道具ではない。人に向けて抜き放ち、人を切りつけるために振り下ろす、れっきとした実用の武器だ。今でこそ、急所をはずし、戦意を喪失させる程度に留めるような加減も出来るようになったが、最初の頃は一刀の下に相手の息の根を止めていたことも少なくはなかった。どうせ山のような数の、それも…何の罪もない人々を殺してきたような極悪人たちだと割り切ってのこと。胸具合いが悪くなる時もあるにはあったが、こんな時代だ、すぐ慣れた。ただ、賞金首は生きたまま引き渡した方が報酬も高いため、出来れば殺さぬようにという加減も身につけたのではあったが。

 −剣士だって単なる人殺しではない。…ない筈だ。

「…どうしたんだ?」
「え? …どあっ!」
 予想外なほど物凄く間近に誰かの顔があれば、それがホラー顔ではなく実の親や絶世の美女であっても驚くと思うぞ、たいがい。上甲板の手摺りに肘を引っ掛けるようにして凭れ、空を仰ぐでも海を見やるでもなくぼんやりしていたゾロのすぐ傍ら、手摺りの上で胡座をかく格好で、数センチと開いていない真横から相手の顔をまじまじと覗き込んでいたのはルフィだった。
「な、なんだよっ。驚かすなっ!」
「どうしたって訊いてんだよ。」
 この船の面子たちは、日頃はあまり、他人に干渉し合わない。それぞれに好き勝手なことをしていて、退屈しのぎやらその場の雰囲気からの雑談やゲームが始まることはあっても、相手が没頭していることに踏み込んで来てまでちょっかいを出すことは…
“こいつは気まぐれからしょっちゅうやってるかな?”
 そうだったかも。それでなくたって"唐突"は十八番だし。…で?
「どうしたって、何が。」
 こうまで近くに居た気配に気づかなかったのは自分も迂闊だった。それが忌ま忌ましいという顔付きになるゾロに、
「お前、怪我は多くても病気したことはないって言ってたろ?」
「? ああ。」
 子供が何かしらムキになった時のような不機嫌顔。怒らせるようなことをした覚えはないが…と言葉を待つと、
「それが熱でもあるんなら、一大事じゃないかって思ったのさ。」
「なんだよ、そりゃあ。」
「だからさ。お前、さっきからずっとボーッとしてんじゃん。いつもは、体鍛えてるか寝てるかで、そんな風なことってなかったしさ。」
「…お前なぁ。」
 ぼんやりしていることに気がついて…珍しくも気にしてくれたらしい。怪我の心配はしないくせに意外だなと思った。まあ、怪我の方は覚悟の上の代物が多い訳だし、その辺りは彼もまたよくよく判ってるらしいが。
「熱だの病気だのじゃねぇよ。考え事をしてただけだ。」
「考え事?」
 他人の口から繰り返されると、柄にないことだというのが強調されるようで面映ゆい。そんな気分を押し隠すように、
「ああ。」
 ややぶっきらぼうに頷く。すると、
「考え事って面白いか?」
 真顔のまんまで訊いてくる。
「はぁ?」
「なぁ、面白いのか?」
「いや…あんまり"面白く"はねぇな。」
 他の奴ならどう思うか知らないが、自分にも不慣れなものだから。
「面白くないのにするのか?」
「ガキじゃねぇんだから、面白いことばっかりやるって訳にもいかんだろうが。」
 言いながら、けど、おかしなことにムキになってるよなと気づいてもいた。考え事なんて、それも状況や誰かに強いられてもいないのに…。面白くないことをわざわざやることもないんじゃないかとは、日頃の自分だって言いそうなことだった。けど、それを…選りにも選って自分より単純そうなこいつを相手に認めるのはちょっと癪で、
「答えが出そうなら、やってもいいかなって思ってな。」
 つい…心にもないことを言ってみる。すると、
「出そうなのか?」
 ほ〜ら、ボレーでスマッシュが返って来たぞ。
おいおい それとも"王手飛車取り"かな?こらこら
「う…。」
 答えってなんだろ。
もしもし? 自分で納得がいって他人にも胸を張って言い放てるのが"答え"だろうか。…って、もしもあなたがO型ならば、そしてそのテーマが形而上学的な"考え事"なら、適当にしとかないと溝の切れたレコード状態になるよ?(経験者は語る。こらこら
「………。」
 何と答えたものだろうか。こういう時のルフィは、案外と我慢強く相手の答えを待つ。今も“じっ”とこっちの顔を見つめて、答えを待っている。その真摯な眸を見ていて、
「………なあ。」
 逆に訊いてみることにした。
「ん? なんだ?」
「お前は"海賊王"を目指しているんだよな。」
「ああ、目指してる。」
「それって、どういうものだと思ってるんだ?」
「決まってんだろ。海賊ん中で一番強い奴だ。」
「強いかどうかは戦いで測るんだよな。」
「ああ。」
「それって…」
 そこから先をどう訊いたら良いのかが判らなくて口ごもる。ボキャブラリーが貧しいという自覚はあるし、それに、何だか…そういう疑問を口にした途端に、疑問としての"if"ではなくそういう考えや観念が自分の中にあるんだと判をついてしまうようで。

  ヒトヲ タオシツヅケル"強さ"ッテノハ キワメテモイイコト ナンダロウカ?
  モシカシタラ ヒドウナアクトウタチト タイサナイノデハ ナカロウカ

 そういえばどこぞの海軍曹長も"名刀を持つ剣豪は、賞金稼ぎや海賊といった悪党ばかりだ"と嘆いていたっけ。
「………。」
 言葉を中途で途切らせたゾロに、小首を傾げて見せたルフィだったが、

「強いから偉いとは思わねぇけどさ、強いと誰かを守れるじゃないか。」

 不意にそんなことを言い出した。
「太刀打ち出来ない何かに困ってる人とか、苛められてる人とかがいたら、代わりに相手を叩きのめしてやれるじゃないか。間違ったことしてる奴に、だけど強いから逆らえないって場合があるだろ? 俺は他に何にも出来ないからな。悪い奴はぶっ飛ばして"ごめんなさい"を言わせてやる。そのためには、どんな奴より強くならなきゃいけないんだ。」
 蹴倒して凌駕するばかりが"強さ"じゃない。けれど、そういう"強さ"こそが必要な場面は、哀しいかな多々ある。まずは一番強い奴になって、誰にも指図されない立場になって、それから弱い人たちを大切にし、専横者たちから守ってやれば良い。その方向が正しきゃあ、強さを追っかけるのも結構じゃないか…と、極めて単純だが、ルフィの言いようはたいそう解りやすくって、
"………あ、そうか。"
 そういえば…これまでだってそうして来たことが幾度もあった。それを思い出したゾロである。ほらご覧。O型が考え込む時って、何か凄んごく判りやすい大看板をひょこっと見落とす場合が多いのよね。(そればかりか、ここまでの道中でポロポロ取りこぼしたものに気づき直して停滞を余儀なくされたり…。)
「で? 考え事はもう良いのか?」
 憑き物が落ちたような、少しばかり目を見張って自分を…いやいや、此処に実際にはいない何かをきょとんと見つめているようなゾロへ、ルフィは容赦なく声をかけた。
「あ? あ、ああ、もう済んだ。」
「じゃあ、なんかしようぜ。」
 全開で笑って見せる。つまりは退屈だったらしいのだが、
"…ったくよ。"
 選りによってこのルフィに諭されていては世話はない。戦闘中の気構えやら啖呵やらなら、まだ判らんでもないが、結構…アイデンティティーに迫るような代物だったというのにねぇ。
「ほら、ゾロ、何やるんだ? 鬼ごっこか? 影踏みか?」
「馬鹿か、お前っ! 幾つなんだ、一体っ。」
 その馬鹿に諭されたのは、一体どこの誰〜れだ。






    
〜Fine〜 01.6.25.



  *ああ、なんて未消化。据えたテーマが不本意だったからでしょうね。
   クールでちょっと斜に構えたキャラには、
   こういうモノローグネタもありがちだけど…。う〜ん。
   原作や他所様ではどうなのか知りませんが、
   ウチのゾロさんは、こういうことを考え込むよな、繊細過敏なタイプじゃないよな気が…。
   世界一の剣豪になる。生命懸けてやり遂げる。押忍っ、ただそれだけっ。
おいおい
   竹を割ったような性格のそのままの生きざまを遂行中…という感じ。
   だからって凄絶なばかりではなく、
   仲間を見回せる余裕もあって、ちょっとお茶目な男前だと嬉しいかな…と。
   (ウチのは見た目のまんまの単純体力男だよな。
   加えてお人よしなんで二枚目になりきれない。
あっはっはっ
   (第一、選りに選ってルフィに相談してたりするし…。)
  "何で俺は目指してるんだろう"と、言わばアイデンティティーの後辿りを始めるのは、
   聡明な人、自分を甘やかさないでちょっとでも隙があれば追及する人であるからだけど、
   悪く言えば前進の勢いが停滞しているからかも知れず、
   過渡の激流の中にいる、所謂"途上の人"には、そっちの意味での余裕はないと思うの。
   (いえ、他所様のシリアスなお話を否定してる訳じゃありませんよ?)


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