月下星群 〜孤高の昴

          其の六  沙漠

 

 
        



 それは正に一瞬のこと。辺り一面を漆で塗り潰したような闇の中に、肌に突き刺さるような激しい雨と荒れ狂う風、海が哭
きながら身もだえしているような大波。そんな大嵐の中、山ほどもあろうかという巨おおきな相手を、入り江のすぐ外に逆巻く大きな潮の渦へと叩き込んだのとほぼ同時、相手の大爪からの最後の一撃を腹に深々と突き刺されて彼は宙へと吹っ飛んでいた。自分の身に起こった信じられない何かに目を丸くした…というような顔をしたかと思った次の瞬間、
「…ゾロっ!」
 腕に抱えていた人質の少女を渾身の力でこちらへと放る。夜空に放物線を描いて、小鳩のように宙を飛んだ小さな体は、しっかりとゾロの頼もしい腕へ到達したが、その反動が働いて、ルフィの方はそのまま背後へ…真っ暗な海へと吸い込まれるように真っ逆さまに落ちてゆく。
「ルフィっ!」
 体をあちこち傷つけながらも、それぞれに役目を果たした仲間たちから、空気を震わせて絶句を誘うほどの悲痛な声が上がった。時折稲妻が照らし切り裂く闇の中、あっけないほどの速さで、その身は鈍色
にびいろの海へと呑まれていったのだった。
「なんでだっ!」
 この手が届かなかったもどかしさを呪うように、ウソップが岩場に拳を叩きつける。
「こっちへ腕を伸ばせば、何があっても引っ張り上げたのにっ!」
 本来ならそれが出来る奴だ。どんなに遠いところからでも無事に戻って来ることが出来る。それだけを頼る訳ではないが、彼には弱点でありながら大きな切り札でもある"諸刃の剣"なその特徴を、この土壇場に何故生かさなかったのか。
「…限界だったんだろうさ。」
 それへと応じたのはサンジだ。額に頬に貼りついた金の髪が夜陰の中で鈍い色を滲ませている。
「脾腹を抉られていた。あれではいくら奴でもそうそう力を絞り出せない。」
「…っ!」
 ゾロの腕に抱えられ、びしょ濡れのまま、皆と一緒に海を見つめている少女。この地に来てから仲良くなった、素直であどけない小さな女の子で、この子をどうやって無事に渡すか…彼には珍しく"どうやったらそっと出来るか"と、どうせそのくらいしか頭にはなかったのだろうと思われた。今日一日だけでさんざん怖い想いをしたのだろうからと…。


  


TOPNEXT→**