ゴメンナサイ、アリガトウ。A


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「…さて、誰が探しに行く?」

 溜息を吐きながらナミが云った。すかさずサンジが答える。
「ナミさん、わざわざ訊かなくてもどうせこのクソ剣士が行きますって」
「それは解ってるわよ。でもゾロだけじゃアレでしょ?」
「あァ…。確かに、アレですね」
「うん、そうだな。アレだな」
 傍らで聞いていたウソップも同意する。ビビもカルーも、ドラム島でのゾロの行動を見て、「アレ」の何たるかをうすうす感じ取っているようだった。彼らの会話の意味が解らないチョッパーは、ひとりきょとんとしていた。
「…おい、てめェら…」
 頬をぴくぴくと引き攣らせつつゾロが反論しようとしたが、ナミの、
「あ、じゃあ、チョッパーといっしょに行きなさいよ! チョッパーはルフィの匂い、解るのよね?」
と云う言葉に遮られ、口をぱくぱくさせるだけに終わった。
「うん、わかるけど…」
 そんなナミとゾロを交互に見ながらもチョッパーは頷いた。
「じゃ、ゾロ。チョッパーと一緒にルフィを探して来て頂戴。あ、ついでに食料も獲って来てね?」
 当然のことのように、そう云われて。何事か反論しようとしたゾロだったが、無駄だと解っているので、軽く舌打ちをするに留まる。そして、深い溜息を吐きつつ云った。
「…行くぞ、チョッパー」
「チョッパー!気を付けろよー?そのクソ剣士、方向感覚ってモンを、どっかに置き忘れて来てるからなー」
「余計な御世話だエロコック。ほら、急げチョッパー」
「あ、う、うん!」
 さっさと船を降りようとしているゾロを追って、慌てて自分も梯子に向かった。

「わ」

 わたわたと急いで梯子を降りようとしたので、足を踏み外してしまい、ころり、と転げ落ちてしまった。

「っと」

そのまま地上まで落ちてしまいそうだったのを、既に梯子を降りきっていたゾロが、ひょい、と受け止めた。
「わ、あ、あの、ごめん」
 ちょうど、『高い高い』をされているような恰好になっていた。それが恥ずかしくて、何が何だか解らないままに謝ってしまっていた。
「ああ、気を付けろよ。っつーか」
 チョッパーを地上に降ろしながらゾロが云う。

「こういうときは、『ごめん』じゃなくて、『アリガトウ』だ」

 一瞬、何を云われたのか解らなかった。ぱちぱちと瞬きをしながら見上げると、唇の片側だけで笑っているゾロと目が合った。
「…うん、ごめん」
「だから、ごめんじゃなくて」
「あ、あの、ありがとう、ゾロ」
「おう。…じゃあ、行ってくる」
 チョッパーに返事をして、船の上の仲間達に声を掛ける頃には、いつもの仏頂面に戻ってしまっていたが、ゾロのその表情はチョッパーを随分と安心させた。

 仲間になってまだ数日。いくら少しずつ馴染んで来ているとは云え、まだまだ遠慮があるのだ。この船に乗っている仲間達は気を遣うような相手ではないという事も、解ってはいるのだけれど。それはこの船医の性格であるので、どうしようもない。そんなチョッパーは、ここのところゾロと一緒に行動することが多い。人馴れしていないチョッパーにとって、無口な部類に入るであろうゾロと一緒に居るのは気が楽だからだ。他の仲間と居るのが辛い訳ではなく、ゾロの傍に居るのが心地良いのだった。それは、ただ喋らなくても良いから、というのとはまた違っていて。黙って傍に居て心地良い。それはなかなかに稀な存在なのだ。だから、今もふたりは黙々と歩いている。それでいて、少しも気まずくは無い。チョッパーが、やっぱりゾロの隣は落ち着くなあ、などと思っていたところで、ゾロが口を開いた。

「チョッパー。ルフィの匂い、解るか」
「うーん、」

 そう云って、チョッパーは鼻をひくひくさせている。ううーん、と云いながらぐるりとその場で一周して、ある一点でぴたりと止まった。そこで一際強く鼻を動かす。

「…こっちだ」

 チョッパーが指さした先には、鬱蒼と繁る森があった。
「あァ…そういやぁこん中に飛んでっちまってたんだっけか…」
 心底うんざりとした顔でゾロが頭を抱えた。一歩踏み入ったらその瞬間に自分の今いる場所が把握出来なくなる程に、同じような風景が広がっている森林などという場所は、方向音痴の人間とはとことん相性が悪いものである。しかしこの中に入って行かねば、ルフィを連れ戻すことは出来ない。

「…仕方ねェか…」

 大きく息を吐いて、覚悟を決めたかのようにゾロは一歩足を踏み出した。その後ろをチョッパーが追いかけて、二人の姿は木々の中に消えた。




        3


 「オーイ、ルフィー!」
 「ルーフィー!」

 探し人の名を呼びながら、がさがさと木の枝を掻き分けて進む。ゾロが先に立って歩いてくれているおかげで、チョッパーはかなり歩き易い。草木の多い処に来ると、医者の習性か、職業病か。ついつい薬草などを探してしまったりする。そうやって足を止める度、ゾロに『置いてくぞ』と脅かされながら、先を急ぐ。

 ルフィの名前を呼ぶのを止めて、ふと辺りに気を配ってみる。そうしてみると、森の中は、深い緑のにおいで満ちていた。奔放に伸びた枝葉が頭上を覆い、その隙間から太陽の光が差し込んでいる。何層にもなった枝葉越しに降り注ぐ陽射しは柔らかく、薬草を探す為だけではなく、ついつい歩調が緩やかになる。当初の目的を忘れて、散歩でもしているような気分になってしまう。それは自分だけだろうかとチョッパーは思った。しかし前を歩くゾロとの距離が広がらないという事は、彼も同じなのかも知れなかった。

「なーんか、」

 ゾロが、ふいに天を仰いだ。

「どっかで、昼寝でもしたくなっちまうな」

 ああ、やっぱり、やっぱりゾロも同じ気持ちだったのだと。そう思うと少し嬉しくて、どきどきする。嬉しくて、くすぐったくて。

『ドクターと、いっしょにいたときみたいだ』

 ヒルルクと一緒に研究をしていたときに、こんな気持ちになった事を思い出す。

「ふたりで」何かをする、と云う事。
「ふたりで」同じ気持ちになると云う事。

それが嬉しくて。

「…へへ」

 思わず頬の筋肉までも緩みそうになってしまって、照れ隠しに、もっと深く緑のにおいを胸に吸い込もうと深呼吸をした、そのとき。

「あ!…ルフィのにおいだ!」
「どっちだ!?」
「ええっと、西の方…かな」
「よし、こっちだな!?」
「ち、違うよー!何で来た道戻ろうとするんだよ!?」

『方向感覚を置き忘れている』と云うサンジの言葉の意味を、ようやくチョッパーは理解して、納得した。
『みんなが云ってたアレって…このことだったんだな…』

「あァ?…そうなのか?じゃァ、西ってのはどっち…」
 そう云いながらゾロが辺りを見回すのとほぼ同時に。

   がさがさ、ばきぃっ!

と云う、不穏な物音と共に、聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。

  「待ーーーてーーーー!!!肉ーーーーッ!!!」

 ゾロとチョッパーが歩いていたすぐ脇の繁みから、ばさばさ、と羽ばたきの音をさせて何やら鳥が走り出して来た。『にーくーー!』と叫びながら、その後をルフィが追っている。思わぬところから目当ての人物が登場し、ゾロとチョッパーは一瞬呆然とした。

「…る、ルフィ!?」

 自分を呼ぶ声に気付いて、ルフィが急停止する。走る体勢のまま顔だけこちらに向けて、云い放った。
「おお!ゾロ、チョッパー!どうしたんだ?」
「イヤ、どうしたんだじゃねェだろうが。てめェを探しに来たんだよ!」
 あまりにも自然に『どうしたのか』と訊かれ、ゾロは拍子抜けする。文句のひとつも、と思っているうちに、
「あ、肉が逃げる!オイ二人とも手伝ってくれよー!」
と云いながら、ルフィはまた走っていってしまう。その姿を見送りながら、ソロが云う。
「チ、ひでェ船長だぜ!」
「でもゾロ顔が笑ってるぞ?」
「おめェもな、チョッパー!」
 互いの顔を見ながら、にっ、と笑い。先を行ったルフィに続いて、食料の確保のため、二人は駆け出した。
「うらァー!待てールフィー!」
「それと、肉ーー!!」

 この三人に追いかけられたのでは、逃げられるはずも無く。追いかけられていた鳥はしっかり捕獲され、その後の探索の結果、相当の量の木の実や茸、森に生息していた獣などの食料を確保し、彼等は森を後にした。


***   ***


 その帰り道でのこと。

 チョッパーが、張り出していた木の根につまづいて転倒し、それをルフィが助け起こした。
「大丈夫かぁ?」
「うん、ご、ごめ…じゃなくて。えっと、アリガトウ、ルフィ」
「おうっ」
 ししし、とルフィは笑って、チョッパーの手を取って歩き出した。
「さー、早く帰ってサンジに料理してもらおー!」
「うん!」
 ちら、とチョッパーは後ろを振り返った。荷物を担いで歩いているゾロが、またあの笑顔をしていた。
「出来るじゃねぇか」
 笑みを深くして、ゾロが云う。
「…う、うるせェなコノヤロウ!馬鹿にすんなよ?!」
「顔、笑ってんぞ?」
「ハハハ!やっぱ面白ェなあチョッパー!」
「ホントにな」
 日が落ちかけて薄暗くなった森の中に、三人の笑い声が響いた。

「ゴメンナサイ」よりも「アリガトウ」。

 少し云い方を変えるだけでも、随分と――気分が良いものだと、チョッパーは思ったのだった。

了。


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 *パスタさ〜ん! ありがとうございますvv
  何だか凄いプレッシャーをかけてたみたいで、
  心苦しく思っておりましたのに、
  こんなこんな可愛らしいお話を仕上げて下さって…。
  嬉しいです、大切に読みますvv
  まだ少し慣れていないチョッパーが可愛いですし、
  あの恐持てのする剣豪が、
  実はこぉんなにやさしいんだよというのが滲み出ていて、
  お願いした以上に温かいお話です。
  思えば、ゾロチョというジャンルをMorlin.に教えてくれたのが、
  パスタ様でございました。
  とてもやさしく仲良くしていただいたものの、
  どんどんスタイリッシュでカッコよくなってゆくサイト様で、
  ああもう、私のようなオバちゃんには出入り出来ないわねなどと、
  どこか卑屈になってもおりましたのに…。
  お二方のサイト様には、もうもう足向けて寝られません。
  本当に本当にありがとうございましたvv


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