BUG & BOM !  バカにつける薬と恋のPit-a-Pat Peep-Show 12

 

 

 

 

 

睨み合いが続く中、予想通り一番初めに限界が来たのは博雅だ。

 「俊宏…もうよいではないか。な?」

博雅には博雅なりの理由がある。

彼がこうも"叱られている"という状況に弱いのは、長年かけて家人たちが作り上げてしまった甘やかしに他ならない。何かというと子供扱いで、大抵の場合"めっ"で済ませてきたのは八重であり清子であり貫之であり…源家全体である。

俊宏だけは年相応の対応を心掛けてはいたが叱られる博雅にその覚悟がない。結果、彼は小言が始まり半刻もすると反省は物悲しさに、物悲しさは逃避に、逃避は睡魔にと移り変わっていき最終的には眠そうな目を擦りながら"もうよいか"になってしまうのである。

ダメです、と俊宏は大抵の場合許さないが、いざそうなると八重も清子も"殿がおねむであらせられる"と許してしまうのだからどうしようもない。

今も博雅は赤くなった目じりを擦り俊宏を見ている。甘えきった表情に今度ばかりは騙されないぞとより厳しい顔をして睨んだら、眠気の変わりに恐怖心を植え付けてしまったらしい。ビクビクと怯えながら、あろうことか晴明の背後へと逃げ込まれてしまう。

山荘の中で一番奥の間に博雅、晴明、蜜虫が座しその向かいに俊宏と貫之が並んで座っている。この事態を説明せよと言われても口をパクパクさせるしかない博雅と、嗜み深い姫ぶりっ子の蜜虫に気の利いた言葉などありはせず結局晴明が一人でニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら俊宏を眺めるという構図が出来上がっていたのだ。

引く訳にはいかぬ俊宏は、なんとか尻尾を押さえようと晴明に向かいかなり挑発的な言葉を浴びせた。曰く、"真の目的はやはり博雅様なのではないか"という頷かれても恐ろしい究極の問い掛けである。

対する晴明はかなり際どい俊宏の詰問にも薄く笑ったまま"ただの散策、兄弟睦まじく物見遊山に出向いただけ"の一点張りで、のらりくらりと俊宏を躱し続けているのだ。

晴明が、話しながらさも面倒だというように蝙蝠で隠した口元で大あくびなどをしてみせるので彼の怒りは益々ヒートアップしていく。いけ好かない奴だと思っていたがついに本性を現したか、どうしてこれを見ても殿は気付かれないのだろうと苛々は頂点に達しついでに顔にも出ている。

だから博雅は益々萎縮し益々眠くなってしまうのだ。この悪循環は誰かが動かない限り延々と続いて行きそうな気がして、蜜虫は心の中で深い溜息を漏らした。

晴明様は、こと鬼に関すること意外行き当たりばったりなお方ゆえ…ここはなにか妙案を献じなければなりませんわね。

なんと人間染みた、と思いながらそれでも蜜虫は考えた。なにか、なにか良い手立てはないものか。このままこの山荘に留まることも、これ以上逃げ遂せることも出来まい。となれば彼らは一同揃って都へ帰ることとなり、蜜虫は師輔縁の姫として博雅と婚儀を執り行うこととなる。それは嫌だ。

嫌だといっても決して博雅を嫌っているのではなく、式の身が婚儀など以ての外であるということ。博雅の心中を思えばやはり望まぬ婚儀にかこつけてまで、晴明の思い通りにしてしまうのも気の毒ではないかということ。最後には主の命を違えることなど出来ないものの、それでもこのまま処顕しというのもあまりに乱暴な話ではないか。

良心的な式である蜜虫は、全く表情に出さぬその心中で様々なことを考えていた。

 「では、どうあってもここには姫と博雅様の為にお越しになったと言うのですね」

 「当然ではないか。おお博雅、かわいそうに涙目になっておるぞ」

当然、といったその口で博雅を気遣いあまつさえその目元を拭ってやったりするものだから信憑性は限りなくゼロだ。

 「晴明、もう帰ろう」

 「うん?せっかく来たばかりではないか。お前ももう少し遠くへ足を伸ばしたいと言うていたであろう」

 「言ったか?…いや、いい。もういい。帰ろう。俊宏が怒っておる」

 「さても哀れな。家人に脅されこの北嵯峨の優美な土地も望めぬとは」

おーよちよち、と言わんばかりの仕草で博雅の背に手を当てる。その姿を見て疑うなという方が無理だがすっかり甘えっ子モードに突入している博雅は、じっとつぶらな瞳を晴明に向けむずがるようにイヤイヤをしている。

そう、問題は博雅様にもあるのね。もう少ししっかりなさっておいでなら、まだ対処のしようもありますのに…

蜜虫の一人思案橋も続いている。

 「殿、殿は卑しくも朝廷より従四位を頂くご立派な殿上人にあられます。その様に目下のものに対し余りに素のままに振舞われるのは俊宏、いかがなものかと思いまするが」

 「いやだ。その改まった口調が怖い。いつもいつも俊宏は、俺を叱る時になるとそうして理詰めで責めてくるではないか。俺が言い返せぬと思うて冷たい言葉をわざと使う」

晴明の狩衣の尻をむずと掴み、恨みがましい目で俊宏を睨む。博雅、生涯初、一世一代の大抵抗だ。

 「それは博雅様が分からぬことを仰られるからです。俊宏は殿の御為にならぬことは申しません」

 「俺のためを思うなら、なぜもっと自由にしてくれぬ」

 「ご自由にさせ申し上げているつもりにございます」

「うそだ。今だって俺を責めておるではないか。結婚しろと煩いではないか」

「殿のお年を考えられませ。今ごろは奥方のニ、三人お迎えになられていてもちっともおかしいものではありませぬ」

「そうじゃ、殿には元服の際に既に室を迎えられるお話が整っておりました。それを無碍にお断りになられたのは殿にございますぞ」

「十四の俺に十九の姫を迎えよと言うから、それは嫌だと申しただけだ」

「その程度のことでなにが何でも嫌だと仰せになる殿も我が侭だとは思いませぬか」

貫之の言葉に反論したものの、すぐに俊宏に切り返される。確かに妻が年上ということも珍しいことではないし、博雅ほどの身分であれば生まれた時から妻が決められていることも当たり前にある話だった。

けれど博雅は本当に、ただの一度も相手の姫の元には通わなかった。そりゃもう完膚なきまでに拒絶したのだ。子供のことだし博雅だから、牛車の中に笛を投げ込まれるとそれに釣られて飛び乗ってしまうのだが、その隙を付いて出立すると車が動き出してまもなく大泣きするのだ。

初めの頃こそゴキゲンで笛を吹いたまま相手の屋敷へ連れ込まれたが、そこで騙されたことを知るととにかく夜通し泣きじゃくる。涙も鼻水も一緒の顔で、ひーひーわーわーと泣かれてはいくら子供の夫を持つ不運を自らの務めと諦めきった姫とてたまったものではない。両家の家令はそれこそ頭から湯気が出るほど思案を尽くしたがやがてその姫に我慢の限界が来た。

姫は、最早源家ではその名を口に出すことすら禁忌のお方だが、とにかく美しく身分も高い都でも評判の姫君だった。博雅という夫があっても届く文の数は半端ではない。引く手数多の高嶺の花として有名だった彼女は、アッサリ他の公達を通わせ縁談全てをひっくり返した。

当然といえば当然の話だが、両家の思惑とそれに絡む利権の全てに群がろうとしていた連中は口を揃えて博雅の不甲斐なさを謗った。父である克明親王は十五で博雅という子供をこの世に送り出したのだから十四の彼が遅いはずもない婚儀であったのにと、それからゆうに一年は語り継がれる不始末として、当時の家人を今も鬱々とした気分にさせる伝説となっていた。

ここで言っておくが博雅には博雅なりの弁解がある。

それを聞くと八重は三日は臥せるし清子は五日ほど暴飲暴食に走る。貫之は暇を言い出そうとするし新参者であっても我が主の"正当な理由"には大抵力が抜けて座り込むか気が遠くなるかのどちらかだ。

博雅が結婚を嫌がる理由。それは。

 

 「大体、皆しつこいぞ。俺はあの時はっきり言うたではないか」

 「殿っ!それはおやめくだされ!」

貫之が叫ぶ。既に両手は耳に当てている。

 「なんだ、博雅はなぜそれほど妻を娶ることを嫌がる」

 「それがな、俺が訳を話すと皆嫌がるのだ。聞きたくないと逃げ出すものもいるくらいなのだ。俺にとっては真剣な話だというのに」

 「結婚など無理にするものではないがな。どれ、俺にも聞かせてくれぬか」

晴明としても聞いておきたい。自分は何があろうと博雅をゲットするつもりでいるが彼が嫌だという理由を聞いておけばそれだけ有利だと思うからだ。

博雅にしか見せない満面の笑顔で晴明が問い掛けると、未だ彼の衣を掴み締めたままの博雅はずずっと鼻を啜り上げ口を開いた。

 

 「実はな」

 

俊宏が、さっと手を伸ばし貫之の両手の上に自らの掌を重ねてやる。

 

真剣な顔の博雅は、甘えるような口調のまま晴明に話し出した。






                                      続く →

 

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