BUG & BOM !  バカにつける薬と恋のPit-a-Pat Peep-Show 14

 

 

 

 

 

 

本気で眠ってしまった博雅を起こすのも忍びなく、かといってその状態のままに置くことは許せず、俊宏はギリギリと噛み締めた唇のまま晴明を睨んでいた。

しかし晴明から言わせてもらえばそこで起こすことの出来ない俊宏が悪いのであって、長年の教育でそういう風に育ちきってしまった博雅に罪はなく、また眠り込んでいるものを無碍に起こしたくはない自分にも非はない。

子供ではないのだ、叱られた現実逃避で睡眠に逃げるなんてそれこそ一家の主としての自覚がないと正せばいい。屁理屈も付き合うことなく勝手に妻と定めた女の元へ捨ててくればいいのだ。案外この漢のことだから、そこまでされれば大人しく納得してしまうかもしれない。漫画版のように。

それも出来ず、ただ毎日"しっかりしてください"と言い続けたところで博雅という人間性が変わるなら世の鬼など全て消滅するだろう。常識だけでは通らないのが世の中だ。

意地の悪い目で俊宏を見て、それから胸元で眠り込む博雅を激しく対照的な優しく甘い目で見詰める。

殿命!男の目が吊り上る。

 「いい加減になさいませ」

 「しー。博雅が起きてしまうではないか」

言いながら、眠る博雅の頬を指先でくすぐる。うにうにと妙な声を出しむずがるが、すぐ嬉しそうにその指に擦り寄る。猫の子と戯れる夢でも見ているのかもしれない。

 「俺は人間というものに興味はない。生きる全ては定めであるから、その流れに乗って過ごしているに過ぎない。過ぎる中にある物事を、しっかと受け止め然るべき所へと運ぶため、方術を用いているに過ぎないのだ」

静かに語りながら晴明は俊宏を見る。

おお、この物語初のシリアスせーちゃんだ!いや、せーちゃんとは誰だ!

とにかく、晴明といえば狐を連想される冷たい表情を持つ漢だ。それが清水を注いだような怜悧な顔ですっと視線を流してくれば、俊宏のように敵意を持つものから見るととてつもなく神々しいものに見えてしまう。

飲まれれば負けだ。

分かっていても外せぬ視線が俊宏の命運を決める。

 「これは、博雅は、その晴明を初めて正面から見据えた漢だ。俺という本質を真っ向から見て、奥底にあるものをその目に捕らえて尚、こうして慕うてくれる」

ぞっとするほどの美貌が思わずほころぶ様を見て、俊宏は何も言えなくなってしまう。

愛しげに博雅の頬を撫でる漢はふざけている訳でも、彼をからかっているわけでもない。確かに自分の主を慕い、その気持ちを素直に表しているのだろう。微笑みはあくまで美しく曇りがない。

本気なのだ。彼は、本当に博雅という人間を求めているのだ。

膝の上の拳を握り締め俊宏はその美貌の陰陽師を睨み付けた。

 

さて、ここで言っておかなければならないのは、本来晴明は常にポーカーフェイスだということである。

彼は仕事上、自らの感情を簡単に表情に上せる訳にはいかないので大抵の場合は薄く微笑んだまま相手を"眺めて"いる。だから彼がきつい目を向けたり、柔らかに微笑んだりするだけで見るものは勝手に自らの気持ちを被せ、恐れたり惹き付けられたりしているに過ぎない。

今、彼が微笑んでいるのは確かに愛しい博雅を抱き締めている満足感も勿論あるが、俊宏という彼をマイナスの目でしか見ていない者に対する目晦ましに他ならないのだ。

では彼にこんな表情が無意識に出ることはない、ということかといえばそれは大きな間違いだ。

 『勿体無い、博雅以外の前でそんないい顔をするはずないだろー』

と、これが本音。

 

 「安倍殿は…まこと博雅様を…」

その先は言えなかった。俊宏の口からそんな言葉は言えるはずがなかった。

認められるはずもないものだから。

 「誰に恥ずべきことでもないと思うてはいる。だが博雅に恥をかかせるようなことも出来ぬ。だから妹は身を呈してくれたのだ。俺たちのことを隠し遂せるため、自らが隠蓑として我らを…」

袖で目を覆うと、不気味な陰陽師がなんとも頼りなく哀れに見える。気の毒なほど素直に引っかかった俊宏は、晴明と、彼の後ろでまた突然の急展開にそれでも微かに微笑んだ口元のまま座している蜜虫を交互に見た。因みに蜜虫の中で"博雅様は化粧だけで女に興味がないのではなく、色恋事自体に反応なさらないお方。だから私の化粧がおかしいということではない。そうに決まった"という結論に達しているので完璧に立ち直っている。

 「俺はな、博雅を離せぬよ。なにがあろうと離せぬのだ。それは博雅とて同じこと。妹に嘘をつかせてまでともにありたいと思う心もまだ、勿論あるのだが…そのように浅ましきことには耐えられぬと、二人ここまで落ち延びてきたのだ。いっそ儚くなろうかと、二人で山へ入ったのだ」

 「なんとっ」

思わず腰を浮かせた俊宏に、見えないように舌を出す。

バカめ。お前さえ来なければあのまま博雅を我が物に出来たというのに。その報い存分に受けよと、それはもう憎々しい嘲笑が唇に浮かんでいる。袂で見えてはいないけど。

 「なんと、なんということを、博雅様がそのような…かような愚かなことを…」

 「そこまで思い詰めたのだ。博雅は申しておったぞ。俊宏にも恥をかかせることになるが、生きて俺たちのことが露呈し一族の名を汚すなら、ここで鬼と刺し違えたことにすれば家令どもの身もいかようにもたつだろう。俺は晴明と常世の果てまでともにあるから、だから少しも怖くはないよと…健気なことを…」

 「ああ、殿っ、殿はそこまで…我らのことを…」

俊宏は本来気立ての良い、忠実さが服を着て歩いているような男だ。大粒の涙をポロポロ零し、晴明の"作り話"に泣き濡れている。

 「だが俺には博雅を手にかけることなど出来ようはずもなかった。ここまでともに来てくれたことだけで十分だった。だから山の中で博雅とはぐれ、そのまま一人儚くなろうと決めていたのだ。生きて思い続けるより、残る情念すら自ら消し去り魂魄全てを無へと返せば、それでこの身は始末がつく。残る博雅の記憶は封じてしまえばよいのだ。そして俺になど出会わぬまま、お前たちの思う通りどこぞの姫でも妻とすればよいのだと…」

 「そこまでのお覚悟が…」

 「博雅を思うておるのだ。その程度のこと、この晴明はいつでも覚悟しておるさ」

袖から僅かに見える目は赤く、けれど彼は微笑んでいた。俊宏を見て、それは哀しく微笑んでいるのだ。

怖い!

 「だがな、博雅と俺は全てが繋がっておる。なにもかもが繋がって、相手の思うことなど手に取るように分かるのだよ。だからこれには知れていた。俺が一人で逝こうとしておることなど、疾うに知られておったのだ」

 「殿はなんと」

 「逝かせぬと。決して一人では逝かせぬと、泣いて俺を止めるのだ。そのようなことをしたら許さぬ、決して忘れず永久の苦しみを己に科すと、そう申して泣くのだよ」

 「なんと哀しくも一途な…」

もらい泣き俊宏は、暢気に居眠り中の博雅を一杯に開いた目でじっと見詰めていた。そりゃもう穴があくんじゃないかと晴明が苛々するほど見詰めている。

 「そこまで…」

見るな、減るではないかっとエキサイトしていた晴明は、俊宏の呟きを聞き逃した。

 「なにかな」

 「殿は…お二人はそこまで思いを掛け合われておられるのですか…」

 「おう、空に浮かぶ月だけではない。俺という存在全てを差し出した相手であるからな。恋するものは一途、行く道に命を賭すほどのなにがあろうと、固く結ばれるその瞬間(とき)のため、千の夜をも駆け抜けるのだ」

 「おお…」

おおって俊宏、それは盗作だぞ。恋する吟遊詩人、蜜虫の発した言葉である。

 「そのお覚悟、よもや軽々と違えるようなことはございませんか」

 「違える?俺がか?俊宏、それほどの覚悟もなく、高貴なる博雅を我がものとしこの腕(かいな)に抱くことなどせぬ。財を投げ打てと言うならそうしよう、手足を差し出せというならそうもしよう、博雅が泣かぬように、俺が出来ることであればどのようにもなると俺は誓える。全てが博雅のためであるなら、俺などどうなろうがそれでよいのだ」

 「まことにございますな」

 「誓詞を入れよう」

 

誓詞、とは"誓いの言葉を書いた紙。起請文(きしようもん)"のことである。

こりゃちょっと中国故事だが、誓詞を入れるというのはその約定を違えれば首を切られても文句は言わないという意味のものだ。これは日本の平安時代の物語だから、そんな意味ないかも知れないよ!まめ知識でした。

 

 「そうですか」

俊宏の低い声が響く。

鳥の囀りが山々に反響し、風は柔らかに吹き込んでくる。小さな声で、博雅がむずがる。寝返りを打つのを助けるように、晴明の長い指が優しく動く。

素直に美しいと思った。

その二人の姿に醜悪さなど感じなかった。まして世間が口さがなく噂する恐ろしさや不気味さは、目の前の漢から今、微塵も感じることがない。

人には執着せぬ博雅が初めて求めた相手。ともに儚くなろうなど、そこまで思い詰めた相手がいるなら、それを叶うようにしてやるのが随身の勤めではないか。

それがどのようなことであっても、自分だけは信じ、支えになってやらねばならないのではないか。

 「分かりました」

静かに、厳かに。俊宏は言った。

 「殿のお気持ちを無碍にする訳には参りません。この俊宏、命に代えても殿をお守りすると決めたのです。ですから、全てこの俊宏にお任せ願いたい」

 

 

あー…

 

 

ひろまさくーん、寝てる場合じゃないみたいですよー






                                      続く →

 

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