BUG & BOM ! バカにつける薬と恋のPit-a-Pat Peep-Show 16 晴明の屋敷へと戻った牛車から降りると、博雅はそのまま俊宏の下へ駆け寄った。 「これ、ちと尋ねたいことがある」 「いかがなさいました」 「うむ。あのな、」 「博雅」 言いかけたところに晴明が割って入る。ヤキモチだ。 俺のものビームで俊宏を威嚇して、さっさと小脇に抱えると屋敷に上がり込んでいく晴明に溜息をつきながら振り返ると懐に鎌を携えた物騒な女房が荷物を持って横切ろうとしている。 「これ、女房殿。かような刃物を懐に携えては危ないのではないかな」 「恐れながらこの鎌がございませんと、私、なにも出来ませぬ」 変わった女だと思ったが、この屋に仕えるものだと考え直し荷物を運び込む指示を出すため車寄せへと戻る。 取り敢えず、博雅が落ち着くのを待ってそれから一度屋敷へ連れ帰ろう。八重殿や清子殿にどのように伝えるか…または伝えぬままか、その辺りのことをきちんと話しておかなければならない。 一難去って又一難の俊宏は、それでも主の幸せを第一に願う、でもやっぱり博雅には甘すぎる家令の一人に他ならなかった。 「博雅、今宵はここにおれよ」 「だが晴明、お前も一人になりたいのではないか?」 ソワソワしている博雅に、晴明としては先手を打ったつもりだった。 牛車の中で博雅から口付けてくれたのだ、それは即ち"オッケー"ということになる。 噂だけで女の元へ通える男たちの天下である平安時代において、昼の光の中においても全てが自分好みである博雅から愛情表現を受けておいて何もしない方がおかしい。 ここは確かに晴明の考えに頷けるやもしれない。 だが。 博雅は困っていた。とてもとても困っていた。 好きな晴明が唇を突き出してくるから、一大決心の元に応えたのだ。朱雀門から飛び降りるほどの決意とともに、彼の唇に己の唇を合わせたのだ。 ちょこん、と。 すると晴明は泣き出した。落涙、なんてものじゃない。号泣だ。聞きつけた俊宏が驚いて牛車を止めるほどの大声で晴明が泣くのを聞きながら博雅は思った。 なにがいけなかったのだろう。 単に嬉し泣きの晴明だったが、普段澄ました彼からは想像もつかない乱れように驚き、これは自分に非があるのだと博雅は思ってしまった。 いつぞやの晩にも唇を触れさせたが、その時は泣いたりしなかった。だからなにか不始末を犯しているのだと博雅が考えたとしても不思議はないが、本当にチョコン程度の口付けでどれほどの不始末が働けるのか、その思考の方こそ珍しいと思う。 しかしこれは博雅の考えだ。なにを思ったとしても不思議はない。 いつもの濡れ縁ではなく母屋の一番奥深い部屋に連れ込むと、そのまま博雅をそこに座らせ式に几帳を運び込ませる。犬の縄張りのような空間は正しく"見るな触るな近寄るな"を具現するようなものだが、後から入ってきた俊宏はさっさと自分の前にある几帳は端へ寄せ博雅の前に座した。 「殿、暫しお休みになられましたら屋敷へお戻りくださいませ」 「うむ」 「これ博雅、なにを申しておる」 慌てた晴明はさっと博雅の指先を掴んだが、それをやんわり博雅自身に押し戻されショックで顎が落ちた。 さっき…さっきキスしてくれたじゃんかぁぁぁ! じゃん、は浜っ子の言葉だぞ晴明! 「帰る。みなに心配をかけておるしな」 「しかし、」 「また来るから」 覇気のないそれに晴明と俊宏はこう理解した。 "一時でも離れるのは辛いのだな…" デレーンとした晴明は叩かれた手をものともせず、再度博雅の指に伸ばすと今度は大人しく握られてくれた。俊宏は眉を顰めたが仕方ない。また出て行かれたりまして二度と戻らぬ道行きになどなられるよりはマシなのだ。 全ては博雅様のため。 ぐっと苦いものを飲み込み耐える俊宏の気持ちも知らず、甘えん坊攻撃に切り替えた晴明はじっと博雅の目を覗き込んで語りかけてくる。 「なぜだ?なぜ俺をおいて帰るなどというのだ」 「こ、今宵のところは我が屋敷にて皆を安心させてやりたいのだ」 「遣いをやればよいだろう。なあ俊宏くん」 「出来るならば一旦お戻りになられまして、家令一同にご無事な姿を確かめさせていただきたいと思います」 「なあ晴明、俺からも頼む」 なあ?と、晴明の甘えん坊攻撃の軽く数十倍の威力で見詰められ頷かない訳にはいかなくなる。 しかし。しかしだ!今宵こそはと意気込んでいただけに晴明としても収まりがつかない。オトコノコだからね! 「では無事を伝えたら戻って参れ」 「晴明…」 きゅうーん 耳をたれた狗のような様子にまた詰まる。惚れた弱みは今昔共通の習いなのだ。 いつまでも名残惜しそうな晴明に手を振っていると、送れて戻った蜜虫が現れ目配せしてきた。彼女に任せれば晴明のことも安心だ。しかし。しかし… なにやら思案している様子の博雅に首を傾げながら、俊宏は当面の問題を考える。他の者に伝える訳にはいくまい。八重などあの細い体で無事正気を保っていられるか分からないし、清子は"殿を殺して私もっ"とでも言い出しかねない。 俊宏とて、まだまだ隙あらば博雅を真っ当な結婚へと導きたいのだ。世継はどうあっても彼の実子でなければ仕える気概もない。俊宏は幼い我が子に言い聞かせている。お前も源家にお仕えすることが定めなのだよと。 しかしあの狐陰陽師の様子からして、今度こそは謀りでないと信じられる気がする。 一途に思っているのは本当のことではないかと、彼は彼なりに理解しようとしていたのだ。 屋敷に戻りつくと家のものは皆、一様に安堵の表情で誰も博雅を責めたりはしなかった。 迎えに出た者の中に清子がいなかったところを見ると、彼女はどこぞに隔離されているのだろう。本当に博雅が落ち込んでいるときでも遠慮なく大声を張り上げる彼女に益々萎縮する主を見たくないのが家人一同の思いだった。 博雅の部屋に戻ると、彼は俊宏以外を全て人払いしてなにやら思案に暮れ始めた。 俯いて何事かブツブツ言ったり、焦点の合わぬ目で虚空を見たり、凡そ普段の博雅らしからぬ態度に仕方なく声を掛けることにする。 「殿、いかがなさいましたか。私だけを残されるとは、何事か内々のお話にござりまするか」 「うむ。なあ俊宏…」 「はい」 「あー、そのー…うーむ…えー、…んんー」 言いながらあちこちに首を巡らす。なんだろう、俊宏も同じように首を傾げながらそのうちふと気付いた。 博雅の顔色だ。 「殿、お暑うございますか」 「ん?いや、そうでもないぞ」 「しかし随分、頬などがお赤うございます」 「とっ俊宏っ!」 グワッと立ち上がると脇息を蹴倒して彼の元まで飛んでくる。ひしっと袂を掴んで泣きそうな顔をする博雅に面食らっている俊宏は、咄嗟のことで行動にも気持ちにも対応が遅れ博雅とともに座り込んでしまう。 「いかがなさいました。なにかご心配事でもおありですか」 「俊宏、遠慮は要らぬ、答えてくれ!」 「は、はいっ」 「俺は…俺は房事がままならぬ男なのかっ!」 ボージ。 ボーズがじょーずに びょーぶにボージの 絵を描いた 「はあぁぁぁぁっ?」 とうきょう とっきょ ときゃとく 言えてないじゃん!
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