BUG & BOM !  憂いのCHAMPION Hop Step Paradise  11


 

 

 

 

鴨川を離れ、目的地を土御門大路に定めた牛車が夜の闇の中を進んでいく。

密かに跡をつける陰陽師と式神の気配に気付かぬ一行は、静かな夜を楽しむようにも見え晴明の心をかき乱した。

 「どこへ行くつもりなのだ…まさかこのまま内裏へ参るつもりではあるまいな。後宮に連れ込み、派手な衣装でも与え顔が命の吉徳程度の女の中にでも加えようというのかっ」

 「よもやそのようなことはありませんでしょう」

地団駄を踏む晴明にそう言い聞かせるが蜜虫とて不安がないわけではない。なんせ相手は帝なのだ、博雅が嫌と言っても許される相手ではない。

彼女の頭の中には既に十二単に身を包んだ博雅が、座敷牢のような部屋に捕らわれさめざめ泣いているところまで展開している。

渡殿よりさやさやと聞こえる衣擦れの音に怯え、逃げ出そうとする彼を沢山の女たちが取り囲み押さえつける。先触れの命婦が"帝のお渡りであらせられる"と厳かに告げると、漣のように引いていくそれと入れ替わり今上村上天皇がするりと御簾を上げ入ってくる。

檜扇で顔を隠す博雅をじっと見下ろす帝の目は鋭く冷たい。そして品定めするように彼の体を視姦すると下卑た笑いを口元に浮かべこうのたまうのだ。

 

 『怖がらずともよい。だが朕に逆らおうなどとは思わぬことだ』

 

震え、怯える博雅に近付く帝。逃げ場もなくその腕に抱き止められる博雅。

大粒の涙が伝う頬に陵辱者の指が這い、微かに首を振る抵抗さえも許さず我が物顔で首筋に舌を這わせその耳元で囁く言葉はこの世の残酷さを全て集結させたかのように醜い呪。

 

 『逆らえば…どうなろうな。たかが陰陽師の一人や二人、朕には如何様にもできるのだぞ』

 

 「殿――――――――っ!!」

 「な、なんだ蜜虫、声が高いぞ」

 「疾く、疾く博雅様を取り戻されてっ」

 「言われずともそうするが。なんだ一体、お前はなにを取り乱しておるのだ」

一人ワタワタと慌てる蜜虫を首を傾げた常葉も見ている。彼女より、晴明に近しくしている蜜虫の方が感情の起伏というものに対し敏感なのだ。とはいえ何度も言うが無表情であることに変わりはないのでいまいち不気味だし伝わり難い。

 「このままでは博雅様は…殿の大切な奥方様が、帝の権力を振り翳した暴君の手により…無理やり…ああっ」

 「なにっお前はなにを見た?車の中でなにが行われておるのだ!」

 「見て参ります」

ふわりと浮き上がったのは今度も常葉だ。この連携プレー、嫌がらせのような怒涛の展開を作り出していくこれは最早わざとやっているとしか思えない。この三人が一緒にいるとろくなことがないという結論に辿り着かざるを得ないが果たして今回もそうだろう。

再び牛車の上に降り立った常葉が内部を覗く。先ほどは手を取り合う二人を見たが、今度はどのような状態になっているのか…まさか蜜虫の言うようなことになっていれば忽ち悪鬼となって喰ろうてくれようと決意する。尤も、常葉が晴明の式であることが知れるのは時間の問題なので、そんなことをすれば彼の命に関わるから出来ようはずもないことだが気持ちの上ではその覚悟があるということだ。

それでは常葉とともに牛車の中を覗いてみましょう。

 

 

 「閨」

 「"や"でござりますか。ううむ、それでは…矢尻」

 「矢尻とな…り…り…輪廻」

 「そう参られまするか。…閨」

 「それは私が申しましたよ」

 「そうでした。それでは…ね…寝込み」

 「淫ら」

 「主上よりそのようなお言葉を伺いますのは…」

 「ああ、そうですね。ついあなたであることに気を許しすぎました。慎みましょう」

 「私にはいかなるお気遣いも無用ではございまするが」

 「博雅と過ごすのは楽しいことですよ」

 「主上…」

 「さあ、"ら"ですよ、博雅」

 「はい。ら…ら…裸像」

 「う。丑の刻参り」

 「綸子、でいかがでしょう」

 「ずですね。ず…図々しい」

 「い…インチキ陰陽師」

 「インチキ陰陽師?それはなんです?」

 「俊宏が申しております。晴明のことだそうですが」

 「晴明の…では、大変優秀であるというようなことでしょうね」

 「はい」

にっこり

 「主上、"じ"でございまする」

 「また難しいものが回ってきましたね。じ…侍従」

 「浮名」

 「穏やかではありませんね。な…泣き虫博雅」

 「なんと」

 「はは、今日のあなたを喩えてみました」

 「おかみぃぃ」

 「"お"ではありません。"さ"ですよ、博雅」

 

 

屋根にへばりついていた常葉がゆらりと離れ、晴明の元へと戻ってきた。白い肌がさらに白く、病的なまでに透けて見えた。

 「殿…お心を沈めてお聞きくださりませ」

 「常葉、なにかよからぬことでも?」

 「私は聞き及びました通りのことをお伝えいたすのみ。あとは殿のご判断、ご下命をお待ちいたします」

緊張した空気が三人を包む。思わず足を止めてしまった晴明は、それでも深呼吸で息を整えると深く頷き常葉の言葉を促した。

 「お二人は牛車の中にて、契り交わすご相談をしておいででございました」

 「なにっ」

 「いえ、博雅様にはいつもとお変わりなく振舞われておられるようでしたが…」

 「あの男か」

 「はい」

 「申してみよ。ありのままを伝えなさい」

 「ではお許しを頂きまして。まず帝は博雅様を閨にお誘いになられておられました」

晴明の体が固まる。

 「博雅様は"尻は嫌だ"とお答えになりましたが、二人は輪廻転生、永劫の定めにより契り交わすものだ主上に申し渡され、それならば閨にて寝込みを襲われるおつもりかと問われておいででございました」

 「常葉、それはまことのことなのですか」

 「ですから、聞き及びました通りにございます」

 「それでっその後はどうしたのだっ」

 「はい。主上におかれましては博雅様と淫らにお過ごしになることを好まれると仰せにございました。博雅様がこれを嗜めますのも聞かず裸体を晒すよう求められました」

 「もうよい。いや、聞かせよ。その後はなんと」

 「裸身に綸子の衣を召し、戯れに殿を愚弄せんとの仰せ。また俊宏様も殿を悪し様に仰せのご様子でした」

 「あの車には俊宏も乗っているのか!」

 「いえ。ですがそうハッキリと仰せでございました。身の程を知らぬ陰陽師は丑の刻参りにて始末しようとも」

 「まさかそのようなことを主上が…」

 「侍従に言いつけ殿を陥れる腹積もりであられるご様子。博雅様には泣いても許さぬという周到さには…私…たかが式の身なれどあまりに口惜しく…」

 「それがまことであれば私とて」

 「おのれ…おのれなりあきらぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

晴明の周囲に炎がボーボー渦巻いている。どこからか飛んできた矢鴨ならぬ矢カラスがバタバタしているがこれは放置しておこう。

 

 

しりとりの起源を調べたところこれといってはっきり記された資料がなく曖昧なのですが、平安時代にもこのような遊びはあったようです。

フォローにならないフォローで場を和ませてみました。…和んでない和んでない。

 

 

 

 

 「主上、もし…もし、屋敷に晴明がおりませぬ時は…私はどうすれば…」

 「案じることはないと申したでしょう。その時には私が晴明を召し出し、きつく叱りおきますよ。あなたを悩ませ、泣かせることは許しがたきことですからね」

 「ですか晴明は本来私のような虚けを相手にするような漢ではないのです。あれは都中の姫を意のままにできようほどの洒落者にございますれば、このような面白みもなきつまらぬ私など…早々に飽いて当然…」

 「なにを申すのです。博雅の素晴らしさを私は重々知り得ております。きっと晴明にもその様に伝えますからね」

 「あれは…晴明は、私を捨てたのでは…ないのでしょうか」

 「それはまだ分かりません。けれどもしそうであれば、帝の重臣を惑わせた罪を受けねばなりませんね。私の大切な博雅を…ほら、このように泣いてばかりでは…」

はらはらと涙が零れ始めた博雅の頬に指を這わせ、成明が静かに微笑む。

 「大きな眼(まなこ)が溶け出してしまいますよ」

 「おがびぃぃ」

 

…いい雰囲気じゃんか。

 

 

どうするんでしょうね、これ。

話がややこしくなるばかりですが、ちゃんと収拾つくようになるのでしょうか。

なるのでしょうかって自分が書く訳ですが、大変ですよ、まとめるの。

と、他人事のように呟いたところで今回は終了。




                                      続く →