BUG & BOM !  憂いのCHAMPION Hop Step Paradise  19


 

 

 

 

 「俊宏…ここはどこだ?」

 「吉野の里…なのは確かなのですが…」

 「それにしては随分とこう、寂れておるような気がするが」

 「私もそう思います」

牛車から顔を覗かせた博雅は周囲の光景にビクビクしている。手は伸ばされ、しっかりと俊宏の袂を掴んでいるのだから情けない。

しかし今度ばかりはそうそう博雅をバカ…いや困ったちゃん扱いをしていられない状況だ。なんせ源家ご一行様の現在位置は遠く都を離れた確かに"吉野"であることに間違いはないが、山深いこの地に知り合いはなく道を尋ねようにも疾うに日暮れを迎えすっかり暗闇に支配された中、ポツンと取り残された状態になっているのだ。博雅でなくとも心細くて当然だろう。

フクロウが鳴いている。

風なのか、それとも獣の潜む気配か。ガサガサと鳴り響く叢の音に誰もがぞっと身を縮込ます。頭上に騒ぐ梢が月を遮り更に恐ろしさを増し一同の不安を煽り立てた。

俊宏の予定では夕暮れまでには源家所有の山荘に到着するはずだった。だがその周囲に晴明の持ち物である庵などは一切ないことから、途中で道を替えることにした。少し足を伸ばせば、この時期丁度知人が暮らす家がある。友人が仕える貴族の持ち物である山荘を管理しているのだが、そこに宿泊を頼める算段だったのに訪ねた辺りにはそれらしい屋敷を見つけることが出来なかった。ありえないことだとは思う。思うがこうして呆然と立ち尽くしているのだから現実のことなのだろう。

道を間違えたか?そう思って引き返したのがいけなかった。辺りはあっという間に闇に包まれ、行くもならず、帰るもならずの完璧迷子状態となってしまったのだ。

 「とと、取り敢えず火を熾しましょう。こう暗くてはそれだけで気鬱でございましょうから」

 「そうだな、明るければまだみなの気分も晴れよう」

供の者を含めて四人の道行きは大した食料も持たぬ軽装過ぎる旅だった。全員の頭の中に"…遭難?"という言葉が浮かんでいたが口に出すには現実的過ぎてそれも恐ろしい。だからみな無言で足元の小枝を拾い集めると、舎人の一人が持参した松明からそれらに火を移しどうにか周囲を見通せるようになった。

 「みな無事か?怪我などはないか」

 「些かの疲れはありましょうがみな大事ありません。博雅様はいかがですか」

 「少し怖いが、火があれば獣も近付きはせぬだろう。それより食すものはあるのか」

 「我らのご心配はなさらずに。これ、殿に膳のお支度を」

牛は休ませたいがいつなにがあるか分からないので、軛から牛を外すこともできない。博雅は未だ牛車の中から顔を出している状態だが慌てて手を振ると俊宏を止める。

 「俺ばかりが頂く訳にはいかぬ。みなで分け合いなさい」

 「殿…」

じーん

感動している。いやだからもっと切羽詰ってるんだろう、きみたち。

 「我らのことこそお気遣いは無用です。ささ、殿」

 「よい。ここで一人だけものを食えるほど俺は情のない男ではないよ。俊宏、みなにも分けてやりなさい」

 「しかし…よろしいのですか」

 「今宵一晩くらいのこと。食わずともなにも障りはない」

にっこり微笑まれじーん度が上がる。幸せそうでなりよりだよ。

 

乾飯を分け合い、四人が仲良く食事をしているその頃、都ではまだ晴明が一人九条殿西の対で"ひろましゃあああ"と呟いていた。これから夜半にかけて成明の訪問がある訳だから、タイムテーブル的には遡った時間である。

右大臣邸の主の寝室に晴明という名の物の怪が現れ師輔を苛んでいるころ、こちらではなにがあったのか。

興味深いので観察を続けることにしよう。

 

 

 「殿、今宵はここでお過ごしいただくより他にございません」

 「そのようだな。よい、交代で火を見ながら朝を待つことにしよう」

 「我らがきっとお守りいたしますゆえ、殿はお休みなされませ」

 「いや、夜更かしであれば俺の得意だ。みなが先に休みなさい」

じーん

歴史上でこの家が存続していくことが出来たのは実に不思議だ。ともかく博雅一人を見張りにさせる訳にもいかず、結局先に休んだのは舎人の二人で俊宏は主人に付き合うこととなった。

 「お寒くはありませんか」

 「大丈夫だ。俊宏こそ寒くはないか?」

 「勿体無くも博雅様とこうして寄り合うておりますゆえ、寒さなど微塵も感じませぬ」

 「それはよかった」

夜通し牛を立たせておく訳にもいかず、結局手近な幹に繋ぎ休ませることにした。そのため博雅は毛氈を敷いた上に座し俊宏をぴったり隣に侍らせている。晴明が見ればまたいらぬヤキモチで呪詛騒ぎでも起こしかねない状態だ。

 「このようなことになり、俊宏、なんとお詫び申し上げればよいのか…」

 「元はと言えば俺が晴明に逢いたいと申したことでみなを巻き込んだのだ。俊宏が悔いることはない」

 「しかし…しかしもし…もしいまここに何者かが襲うてくるようなことがあれば…」

 「大事無い。俺は太刀を持ってきたからな。これでも主上にお褒めの言葉を賜る使い手であるのだ、心配するな」

心配さ。大いに心配だとも。主上の前で太刀を振るった博雅がその時切ったのは瓜であり、あろうことかそれはその後集まったものに配られた。いまで言うならスイカ割りみたいなものだったのだから誉められたって安心のあの字もできるものか。

 「ひとつだけ喜ばしいことは、殿の涙が止まられたことです」

 「うん?そう言えばそうだな。いや、俺とてそういつまでも泣いてはおられぬよ」

嘘つけ。七日七晩泣き暮らしていたくせによく言うよ!とは俊宏は言わない。せっかく泣き止んだのにまたぶり返されたら堪らないからね。

 「しかし殿の窮状を察知されることは出来ないのでしょうか」

 「晴明か?あれとて神ではないのだ、出来ぬこともあろう」

 「ですが元を正せば安倍殿の振る舞いに端を発しているのです。殿のご納得いかれるようにして出立なさればこのような仕儀に至ることもなく、お健やかにお屋敷にてお過ごしいただけましたものを」

 「…あれは…もう俺を好いてはおらぬのだ…」

しまった薮蛇か?もう遅いって俊ちゃん。悲しみto YOUNG。…古い!みんな知らないよっ!

 「そうと決め付けることは出来ませぬ。おお、いま妙案が浮かびましたぞ」

 「妙案?」

 「はい。これから二人で安倍殿に向けて祈りましょう。ここにこうして、心細く野宿を致しておりますことを祈るのです。届けばきっと迎えを寄越してくださいましょう。それに自らいらしてくだされば殿のお悩みも晴れます」

 「…そうか、晴明が来てくれればまだ俺は嫌われてはおらぬということだな」

 「はい」

 

 

…こら俊宏、安請け合いするなっ!

この頃の時刻が丁度真夜中辺り。晴明は成明に叱られている真っ最中のことである。その後は師輔の塗り籠でダンシング・ムーンウォーク式神せーちゃんを操るのでまた一杯一杯になっている。

しかも。

前回のラストをご覧になれば分かる通り、晴明は"夜明けとともに"蜻蛉を使いに出しているのだ。つまり彼は二番鶏さえ鳴き終わったあとも屋敷にいたことになる。

それではここから先、双方の時間は漸くシンクロすることとなるが引き続き博雅サイドを見てみることにしよう。

…見なくても分かるけど。

 

 

 

 「…………博雅様……」

うぐっ

ひっ

ひっく…

うっく…ひっ…ううっ……ずっ……ずずっ……ひっく

 「殿……」

 

 

だーから安請け合いするなって言ったのに!

そこですかさずスイッチング、平安京一条堀川、土御門の安倍さんに、ズゥゥゥゥム・イン!

 

 

 

 「びっびっびっびろばじゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」

 

 

もう元の名前がなんなのか分からないから。

取り敢えず今の晴明のスタイルは、指貫を両手で持ち上げた白馬に乗った王子様状態となっている。簡単に言えばかぼちゃパンツ。その姿で朱雀大路を爆走しているんだから、検非違使も恐ろしくて手が出せないのも通りだ。なんせ相手はあの陰陽師、なにかの祈祷かはたまた怨霊調伏か。誰もが見ない振りをしたとしても仕方のないことだろう。

因みに。

 

 「蜜虫、我らがこうして跡を追うことに殿が気付かれでもしたら…」

 「ですがなにやら博雅様の一大事。博雅様と言えば殿の奥方、奥方であれば一心同体、我らに取りましても主人に当たられる方ですよ」

 「そうね。そうでしたわ」

納得した常葉は空の牛車を牽く牛の尻に、気合を込めて平手を食らわせる。気の毒な牛。

謹慎処分の二人の式は、凄まじい形相で飛び出していった晴明の跡を付けることに決めこうして彼を追っているのだが…どうして気付かないのか。土埃を巻上げ爆走する牛車は晴明の後を遅れること百メートルの距離を走っているのだ。唐衣裳の蜜虫が右、水干の常葉が左。二人の姿が見えなければ暴走牛車で済んだのに、なまじ見えているから恐ろしい。飛ぶように走る二人の女…前方の陰陽師。

その日参内した殿上人の間でこの話はもちきりになるが、運良く耳にした成明が一切の発言を禁じたことで一応事なきを…得たのか?いや、得られないだろう絶対。

こうして晴明伝説はまた一つ追加され、彼を懇意にしている師輔に逆らうものはなくなったし彼自身を害そうとする輩も確実に減った。

敵は作らないものの益々恐ろしげな人間…最早"ひと"と思ってくれる者がどれほどなのかは分からないが、そういう意味ではことありだらけの晴明、無事博雅を見つけ出すことが出来るのか。

それは来週のお話。

 

来週?

 

 

 

…来週?

 

 

 

じゃまあ来週ってことで。

 


                   
                                        続く →