BUG & BOM !  憂いのCHAMPION Hop Step Paradise  24


 

 

 

 

 「晴明っ!せいめいぃぃっっ」

 「博雅っ!ひろましゃぁぁっっ」

 

 

ぐわしぃっっっ

 

 「晴明、お前はまこと晴明かっ」

 「博雅ぁぁ、逢いたかったぞおれのひろましゃっ」

 「せいめいっ」

 「びろまじゃぁっ」

うわーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ

晴明、担当攻め。博雅、担当目覚めたての新妻。

 

 

 「なっなんだ、俺がおるではないかっ!それに博雅も…」

 「晴明が…晴明が二人…」

晴明、担当受け。博雅、担当うちではありえない甲斐性のある夫。

 

 

 「蜜虫…お前、散ってしまったのではなかったのか」

腰の抜けた保憲が蜜虫を指差す。

 「私が?なぜでございます」

 「先ほど、それは見事なほどに散りきったではないか」

 「あれは"殿、真犯人を見つけました"という合図でございます」

 「合図?」

今度は驚きもしていない常葉が尋ねる。

 「ええ。推理ドラマなどでございますでしょう、犯人を知ったものがそれを告げようとしたところで殺められたりする」

 「ありますわね」

 「あれを真似ましたの。憎き犯人が実は保憲様であったなど、生半なご報告では面白みがありませんでしょう?」

 「ご尤もなご配慮。さすがは蜜虫、気が利いていらっしゃる」

ほほほ、と二人の女が笑いあう。

グーで叩かれた保憲の遣る瀬無さは、一体どこに消えるのだろうか…

 「しかしなにやら面妖なことにあなりあそばして」

 「これは我らの出る幕はなさそうな。蜜虫、あちらで殿のお帰りをお待ちしましょう」

 「そうね。そう致しましょう」

ほほほ、とやっぱり他人事でそそと歩き出した二人は、手近な切り株に座るとその"面妖"な光景を眺めた。

 

 

 「博雅…大事ないか?なにもされておらぬか」

 「追いかけられたのだ。晴明の顔をしたあの恐ろしきケダモノに追いまわされたのだっ」

 「おお、おお、かわいしょーに。ほれ、涙を拭うてやろうな」

えぐえぐと泣いている博雅の頬を袂で拭ってやると、震える体を寄せていた博雅がぴったり晴明の胸元に張り付いた。全国一千万の"BUG&BOM"ファンが待ちに待った感動のシーンである。…いや一千万もいたのか。そりゃありがとう。

で、もう一方。

 「どういうことだ!なぜ晴明が二人いる」

 「あれは…俺ではない。いや、俺だろうが…」

 「主の仕業か?ははぁ、式神だな」

 「いや、あれは俺であって俺でないもの…そうか分かったぞ。あれは異層の者どもだ」

 「いそー?」

 「うむ。いつぞや主を連れて行ったことがあろう。我らの生きるこの世界と、妖しと呼ばれるものの棲む世界は本来決して重なることはないものの、幾重にも積み重なりそれぞれの時空として存在しておるのだ。あれはそのうちの一つから参ったものであろうよ」

 「そうか。…いやしかし晴明、無事なのか?なにも、その…」

 「…なにもない。博雅、案じてくれるのか」

 「俺の顔をした俺なのであろう?ならば主のことを思う心も同じなのではないか」

 「ふふ。お主、妬いておるのか?」

 「やっ妬いてなど……いや、妬ける。晴明は…晴明は俺の…」

 「ええーい、鳥肌が立つからやめよと申したであろう!」

自分だって張り付いた博雅のことをここぞとばかりにムギュムギュしていたくせに、きっちり逆カップリングの二人を見て背中の毛さえ逆立った晴明が怒鳴りつける。腕は博雅を抱いたままなので説得力の欠片もない上にただの自分勝手だ。

 「おい、言うのも憚られるが受けの俺よ、俺の博雅になにをした」

 「うけ?なんだそれは。いやしかし聞き捨てならぬことを申したな。"俺の博雅"だと?バカを申せ、様子がおかしいとは思うたが異層のものなら仕方あるまい。だが博雅の顔をした博雅であれば、それは全て俺のものだ」

 「なんと欲の深い」

確かに。

 「お前にはお前の博雅が、ほれそこにおるだろう。博雅の顔をした博雅ではあるが、俺は涙を飲んでその博雅は貴様にくれてやる」

 「なぜ主より博雅を貰い受けねばならぬ。これは元より俺のものだ」

 「ふん。言っておくがな、俺の博雅の方がかわいいぞ」

 「可愛いのは俺だ。博雅は凛々しければよい」

 「バカめ。可憐にして瑞々しく、ちょっぴり泣き虫な博雅がよいのだ」

 「逞しき腕で抱き締められてこその博雅ぞ」

 

 「常葉はどちらの博雅様がお好み?」

 「私は可愛らしい博雅様がよろしいわ」

 「まあ、私も。奇遇ですわね」

 「まことに」

当たり前だろう、お前ら攻め晴明の式だからな。

 

 「お前はどうも好かぬ。俺と同じ顔というのがまた腹立たしい。博雅、なにをされた?どうしてあのように逃げ回っておったのだ」

 「俺はな、晴明を捜し求めこの吉野まで参ったのだ。晴明の気持ちを確かめねばならぬと追ってきたのだよ。漸く逢えて、俺は…俺は、決意した。晴明の言う通り、今度こそよい妻になろうと心を決めた。ところがそうと決め、全てを任せてもよいと思うた晴明は…化け物で…」

 「化け物!これ博雅、お主といえどその言い様は許せぬぞ」

 「うるさい!俺の博雅に話し掛けるな。しっしっ」

白い手が振られる。

 「それでどうした」

 「うむ。その、な…寝所にて…その…俺はもう決めたことなので、晴明の言う通りにしようと思うたのだ。そうしたら、晴明は…晴明の顔をした珍妙なものが…衣の前をはだけて…」

 

 ………な?

 

説明しよう!

高円寺を発端に、全国に広がりを見せた露出狂"な?おじさん"を君は知っているか!

おじさんは全裸の上にコートを羽織り、靴下のみを履いた状態で女性の前に立ちはだかると徐にそのコートをバッと開いて中を見せ"………な?"と同意を求めるのだ!因みにゆずポンは横浜の某下町で遭遇したぞ!!"うん"と頷き返しておいた!

 

 「お………うぉっ………うおのれせいめぇえいぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっ」

アンタなにげにそれ、気に入ってるね。

 「俺の博雅になんということをしでかしたッ!貴様の汚らしいものなど見せおって、きゃわゆい博雅の目が腐る!」

 「なにを言うかっ!俺の躰はどこもかしこも美しいのだ、凛々しい博雅の好物なのだぞ!」

 「晴明…やめてくれ。はしたない」

 「ふん!やはり貴様などに攻めとは言え博雅を渡す訳にはいかぬ。粗食に堪えかねいまに食わずの病を患うてしまうわ。博雅、こちらへ参れ。なに案ずることはないぞ、俺の元へ来ればこの博雅同様、体の芯までよき心持にさせてやろう」

 「おお、化け物から俺の顔をしたものを救うてくれるのか。やはり晴明は優しいな」

 「ぴろまちゃあ、俺はいつでもお前にだけは優しいのだ」

んもぅ、きゃわいい。つんつん。

鼻の頭を突付かれて、くすぐったそうに首を竦める。ダメだ、もうすっかり晴明毒に冒されてしまったらしい。

しかし困ったのは攻め博雅。なにやら興奮気味の"自分の晴明"を宥めるため、そっと腰に腕などを回してみるのだがすると"あちらの博雅"がとてつもなく悲しそうな顔をする。化け物に食われてしまうと本気で思っているのだから始末に終えないが、自分の心配そうな顔という不思議なものを目の当たりにしてどう対処すればいいのか分からなくなる。

この博雅、常はツンと澄ました晴明ばかりを見ている所為か押しの強いものには弱いらしい。実は苦労している分、受け博雅の方が打たれ強いのかもしれない。

 

 「のう、式よ。これはもう収拾がつかぬな」

  「はい保憲様。それに一刻も早く俊宏様にご報告申し上げねばならぬのではないかと」

 「そうだなぁ…俺は叱られるのであろうなぁ」

 「私どもはなにも存じ上げませぬ。殿の仰せのままに致しまする故」

式神なので主の決定に全てを委ねる。つまり"犯人は保憲でしたー"と暴露したりはしませんよと言ったのだ。…ま、晴明が言いつければおしまいだが。

 「…………言い付けられた方がマシであるな」

でしょうね。確実にユスリの種にされますよ。でもいつでも苛められるたびにグシュグシュ泣いて抵抗しないから悪いんです。それも三つ子の魂百まで現象の賜物なんだけどね。

しゅんとしょげかえる保憲だが女たちは慰めてなどくれない。虎のままの猫又がうにゃんと鳴いて彼の膝に手をかける。ぷにょぷにょの肉球が"ご主人たまぁ"とでも言うようにぽふぽふしてくるので余計に泣ける保憲だった。

 

 「なにがなにやら分からぬが、晴明の顔で晴明を罵られると俺は益々もってどうすればよいのか分からなくなるぞ」

 「これ、お前、俺の顔をしたお前もこちらへ参れ。その晴明はおかしいぞ」

おいでおいでと受け博雅が攻め博雅を招く。

 「この晴明は心根優しく、俺のことをとても慈しんでくれるのだ。だからお前もこちらへ参れ」

 「おかしいとは聞き捨てならぬ。晴明は俺に取りこの晴明ただ一人。…ではあるのだが…確かに先ほどからなにやら言動がおかしいようだ」

訝む目付きで晴明を見ると、受け晴明はプルプルと首を振った。正気だと言うところをアピールしたいのか、なぜだかラジオ体操をし始める。

あくまで推測だがこれには"攻め晴明"のピピピ電波が原因しているような気がする。ただでさえ次元を歪めて作った不自然な空間の中に、超強烈陰陽師が二人もいるのだ。しかも"晴明"という存在自体受けだろうが攻めだろうがとにかく常軌を逸した人間という点では変わりがないらしい。なんと迷惑なことだろう。

 「それにしても…お主はまこと俺なのか」

 「そういうお前こそ俺なのか」

ふーむ、と唸りながら攻め博雅が寄って来る。晴明にムギュッされていた博雅も、もじもじしながらその博雅に身を寄せる。じーっと見詰めあいながら一歩一歩近付いて、首を傾げたり掌を合わせたりして互いを確かめようとしているのだが…

 「なんという…なんという素晴らしい眺めだ。博雅が二人してあのように愛らしいことをっ」

 「ああ、その思いだけは一致するな」

感極まった晴明たちは目の幅涙でその光景を見ている。

 「まこと俺であるようだ。首筋のほくろも同じではないか」

 「おお、お主もここにほくろがあるか。妙な心地ではあるが頼もしくもあるな」

 「俺が二人か。面白い。やはりお前も俺と共に来ぬか?その晴明の顔をしたおかしなものとおるよりずっと楽しいぞ」

 「いや、晴明は俺にとり決して失うことの出来ぬ宝なのだ。離れることなど出来ぬ」

 「そうか…残念だな。だがまこと謀られておるのではないのか?あれは妖しのものが晴明の顔を借りておるだけではないだろうな」

 「…あの博雅は俺をなんだと思うておるのだ」

 「化け物だと思っているのだろう」

ギロリ、と睨み合う。人は自分と似たキャラクターを受け入れ難い性質だが、それが晴明なら凄まじい反発力を生んで当然だろう。

二組のカップルを微笑ましく眺めていた蜜虫がふと顔を上げた。遠くから聞こえる何かに耳を澄ますようにしていた彼女は、切り株から腰を上げると彼女の主である方の晴明に近付きそっと耳打ちする。

 「殿、俊宏様が」

 「動くなというたのに…よし、戻るとするか。博雅、都へ帰ろう」

 「ああ。…だが晴明、まことこの俺も…連れて行きたいと思うのだが…」

名残惜しげに受け博雅が攻め博雅の袂を掴む。やはり受けの方が若干幼いのか、同じであるはずなのに頼りなげに見えるから不思議だ。更に、攻め博雅は笑うと白い歯がキラリと輝くから余計に凛々しく見えるのかもしれない。

 「俺とてお主とは酒でも酌み交わしたいところだが、ここにおる晴明と離れることは出来ぬ。お主にもそれは分かろう」

 「晴明と…晴明と離れるのはもういやだっ」

思い出して涙が出てきた。慌てて駆け戻ると今度は晴明の狩衣の尻をキュッと掴む。下唇を噛んでじっと見詰められ一気に心拍数の上がった晴明はその博雅の手を取ると二度と離さないというようにしっかり握り締めた。やれやれ、どうにか元のさやに収まったようだ。

 「また、会えるか」

攻め博雅が晴明に問う。やはり晴明の顔をしていればなんでもいいのか、見られる晴明は寂しげなその表情に思わず食指が動くがぐっと堪える。なんせ相手は攻めなのだ、押し倒すのは容易いがプライドを傷つけたと泣かれでもするよりはここにおいた方がいい。しかもこんな面白いことを知ったのだ、急がずとも度々訪れいずれあわよくば…

やはりこっちの晴明の方が性質が悪い。

 

虎の背に座ろうとした保憲を突き飛ばし、まんまと博雅を座らせた晴明は口の中で呪を唱え始めた。因みに保憲は首根っこを掴まれ、俊宏に出会う前に帰らされることになっている。今後暫く、晴明のマリオネットとして働くことになる彼はそれでも抵抗しないのだから、これはもうマゾの気があるのかと疑われても仕方ないかもしれない。

霞がかかり、やがて深い霧が立ち込める。その中に消えていく攻め博雅は大きく手を降り名残を惜しんでくれた。その傍らに立つ受け晴明がそっと彼に凭れたのを見る"こちら"側のそれぞれの心内を覗いて見よう。

 

 保憲 ああ、いっそ俺もここに残った方が幸せなのやも知れぬなぁ

 常葉 やはりあちらの殿は、どうにも腰がお弱そうで…まっ私ったら

 蜜虫 あの博雅様を捕獲するよい方法はないものかしら…ぜひとも殿に差し上げねば

 晴明 嫌がる博雅を取り押さえ開花させる…まさに男のロマン!

 博雅 お前はまことあの晴明でよいのか…あの気味の悪い晴明の腹には"ひろましゃ命"と大きく丹で認(したた)められていたのだぞ…

 

 猫又 ご主人たまぁぁぁっ

 

 

 

霧の中に、欲望蠢くやつらが消えていく。

 

 

 

 

 

【丹】「に(土)」と同源。辰砂(しんしや)や鉛丹を含み、赤色の顔料として使われた土。

親切だなぁ、ゆずポン。

 


                   
                                        続く →