BUG & BOM !  憂いのCHAMPION Hop Step Paradise  25


 

 

 

 

 「とのっとのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおっ」

 「おお俊宏、みなも無事であったか」

走り寄る俊宏は青白くなった顔のまま、一直線に博雅の前までやってくるとその手を取りおいおいと泣き始めた。

 「ご無事で…ご無事でなによりですっ」

 「うむ。大事ないぞ、心配するな」

ぽんぽん、と肩を叩くと珍しく取り乱した俊宏がじっと博雅の顔を見詰め鼻を啜る。

 「生きた心地も致しませんでした。万一殿の御身によからぬことでも起これば、この俊宏、たとえ鬼であっても刺し違える覚悟で参りました」

 「なにを言うか。晴明が俺を救うてくれたのだ、全て無事に済んだことを悔いたところで仕方あるまいよ」

 「しかし…しかし殿…よくぞご無事で…ご無事でお戻りくださいましたぁ」

緊張の糸が切れたのかその場にしゃがみ込んでしまった俊宏をどうにか支え……てやりたいのだが、背後から抱き締めたままの晴明が邪魔で手が伸ばせない。

 「こら晴明、動けぬではないか」

 「動かずともよい。それとも博雅は俺の手より逃れ、またどこぞへ消えようとでも言うのか」

 「嫌だ!俺はもうどこにも行かぬぞ、晴明の傍らを離れることはけっっっっっっ…」

ぐるりと晴明を振り返り、ツバを飛ばして叫ぶ博雅は"けっ"のところでその意気込みを伝えたいのかギューッと目を閉じ息を詰め思いを溜め込む。

 「してっ!晴明の側を離れたりはしないのだっ」

ぎゅむ

晴明にしがみつく。暖かで、高価な香の焚き染められたよい香り漂う博雅が自分の胸に張り付いているという事実に晴明の血圧は上がる。

 「ぴっ…」

 「ぴ?」

愛らしく小首を傾げ、上目遣いに覗くなどという"愛の暴力"をかます博雅に血圧だけでなく、体温、テンション、そして人前ではおよしなさい!という部分まで上がってしまう。晴明だって男の子。…も、十分すぎるほど男の子だから少し遠慮して欲しいくらいだが。

 「ぴよっ」

 「ぴよ?」

 「ぴっぴょ…ぴょぴょっ」

 「晴明どうした、なにを言うておるのだ」

 「ぴよぴっ…ぴよまっ……ぴょよ、ぴょよまっ」

 「殿、なにやらご様子が…」

俊宏も不安げな声を上げる。けれどしっかりぎっちり博雅を抱えた腕は緩みそうにないので、この異変を感じても手出しが出来ない。

今や晴明の目は血走り、博雅の背中にある腕には血管が浮いている。その形相も常の澄ました彼からは程遠いギラギラと光る怪しいものに変わっていて、殿守り隊の俊宏ですら怯える凄まじいものになっていた。

さすがの博雅も"これはもしやあの化け物晴明なのでは!間違えて連れてきてしまったのか"と不安になってくる。その間にも晴明は"ぴっぴっ"と繰り返しているが、その時は一瞬にして訪れた。

 

 "ぴよまちゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ"

 

とでも叫び、博雅を押し倒すと思った皆さん。

残念でした。

 

 「晴明!どうしたのだ晴明っせいめーーーーーーーーーーーーーーーーーーーいっ」

 

 

見事なほどバッタリと後ろ倒しになった晴明の体に取り縋る博雅。

彼はあまりの"ひろまさあいらっびゅーん"ぶりに、どうやら失神してしまったようだった。そりゃ急に血圧上がれば当然だよねぇ。ホント、バカなんだから。

博雅に聞こえれば確実に睨まれるので、ここはそっと呟いておいて場面転換しちゃおーっと。待たせていた二台の牛車の元を経て、土御門の安倍晴明さん宅に、ズゥゥム・イン!

…もうこれやったから。

 

 

 

 

 

 「俊宏、晴明は大事ないのか」

 「薬師の話ではなにやらひどく昂ぶられたために気を遣ってしまったとのことですが、目が覚めれば元に戻っていようとの診たてです。ご心配ありませんよ」

 「まことか?」

 「はい」

大きく頷いてやると漸く安心したのか、横になる晴明の手を握ったままの博雅は空いている方の手で目元を擦る。心配で心配で薬師にあれこれしつこくするものだから、診たてが終わるまで別室に閉じ込められていたのだ。その間、ずーっと"せいめいぃぃ"と泣きながら名を呼んでいた彼だから好きにさせてやることにした。

案ずるより生むが易しと言うし、めでたく相思相愛の仲になったようだし。

これ以上は口出しをせずとも、二人でうまく運ぶだろう。

 「しかし殿、鬼に捕らわれながらもよくぞご無事でお戻り下されました」

 「うん?ああ、えーっと、なんだったかな、そうそう、鬼がな、笛を吹くならば生かしてやってもよいと言うので言う通りにしておったのだ。そのうち鬼がいることも忘れ興じておると、気付けば晴明がおったとこういう訳なのだが。納得したか?」

 「はあ…」

博雅は嘘がつけない。いま彼が口にしたのは、保憲の尻を蹴飛ばし猫又もろとも先に都へ戻っているようにと鬼の形相で告げた晴明が、打って変わってフニャンとした顔で博雅に付けた知恵なのだ。彼の計算ではこれで当分、面倒くさい陰陽寮の仕事から正式に開放されることになる。また面白そうな書物や本来晴明の位では手に入れることの出来ないような品々も流れてくることになるだろう。保憲は彼に取って"カツアゲ"対象でしかないのだ。ま、今回のことをまともに考えれば従四位の殿上人を拐した上に異界に放り込むというとんでもないことをしでかしたのだから、これで済めば安いものだと言えるだろう。しかしどこの保憲も、晴明のアキレス腱は博雅だと知っての狼藉。しかも陰陽師という力を駆使した行動は最早"ここ一番"としか言いようがない。

…って、結局うちだけか。こんな保憲。

 「とにかく殿がご無事でなによりです。それだけで俊宏はもうなにも申しません」

 「うむ。こうして都に、晴明の屋敷に戻ることが出来てまことによかった」

月の輝く庭に博雅が目をやる。

博雅たちが"この次元"に戻ったのは夜も明けようかという時刻のことであり、晴明の倒れたいま山道を動くには危険と判じた俊宏の指示で一向は空腹のまま朝を待った。そして明けて今朝早く出立した二台の牛車が土御門の晴明邸に戻ったのは、既に夕暮れに近くなってからのことだったので、今の刻限は現代時間では九時過ぎ、この時代ではかなり遅い時刻といえる。辺りは寝静まり、シンと張り詰めた空気が音を立てるような冴え冴えとした夜で、本来夜更かしの嫌いな俊宏もウットリと天に煌く星たちを見上げていた。

気前よく卒倒した晴明を牛車の中に担ぎ入れ、心配する博雅に激しく揺らさぬよう命じられた牛は牛歩に磨きをかけノソノソと進む。一旦気付いても博雅を見るとまた目を回す晴明に、道中と、そして漸くこの屋敷に到着してからも延々ベソベソ泣いている博雅を宥めすかしながらの大騒ぎだったもので俊宏も色々疲れているのだ。気の毒に、いい加減正常な判断力が鈍ったとしてもそれは彼の責任ではないだろう。

 「殿…殿はまこと、安倍殿をお慕いされていらっしゃるのですね」

 「うん。俺自身、晴明のことをここまで好いておるとは思わなかった」

 「なにがあろうとそのお気持ちは変わらないのですね」

 「変わらぬよ」

 「常世の果てまでもそのお気持ちを貫かれるのですか」

 「晴明が心変わりしたとしても…俺は求めることをやめられそうにないな」

 「そうですか」

 「そうだ」

月が輝く。青ではなく、赤ではなく。金色に夜を染める美しい月が俊宏を見ている。

博雅を照らしている。

 「では、私は心より殿を、安倍殿をご祝福させていただきましょう」

 「怒らぬのか?」

 「怒りません。殿がお選びになられたことですから、この俊宏に否はございません」

 「だが俺のことだ、つまらぬことでお前に世話を焼かせるかもしれぬぞ」

 「構いませんよ。博雅様のお世話であれば、どのようなことでも本望です」

 「晴明とて、またなにかしでかすかもしれぬぞ。晴明のことも怒らぬか」

 「安倍殿のお気持ちは痛いほどに分かりました。此度のことでこの方がどれほど殿の身を案じ、そして求められていたのか痛感いたしました。ですからこれより先のことは全てお二人にお任せいたします。私は影ながら、倖あれかしとお祈り申し上げるばかりでございます」

 「俊宏…お前はまこと…まことに俺と晴明を…」

 「殿、どうかお幸せに……末永くお幸せにお過ごしくださいませ…」

 「俊宏っ」

 「博雅様っ」

ガシッ

 

主人と家臣でしっかりと抱き合いながら、わんわん声を上げて泣き咽ぶ。どうするんですか、俊宏くんまで壊れちゃいましたよ。

でもまあ、やっとこゴールが見えてきた訳ですし、今度こそ"普通よりちょっとおかしい幸せな結末"を迎えてもいいじゃないですか。ねえ。…ねえって、ちょっと自信なさげなところがこの物語の主人公の性格を熟知した感じで辛いところだけど。

 

 「ひ…ひろまさぁぁぁ、はなれろぉぉぉ」

 「晴明!」

ポイッと俊宏を捨て去り晴明の枕元へ寄ると、半眼を開け俊宏を睨む彼の手を取る。

 「気付いたか、よかった」

 「俺が気を遣っている間になにをしておる。お前の夫は俺だぞぉぉぉ」

 「分かっておる。お前こそが俺の晴明だ」

 「ぴよまちゃ」

 「晴明」

ウットリ

 「殿…おめでとうございます」

俊宏くん、頭の中は完璧寝てます。

 「さあ、お二人積もる話もございましょう。私はお屋敷に戻っておりますので、ごゆるりとお過ごしくださいませ」

 「うむ。俊宏、大儀であった」

 「明日のお迎えは程よき頃に参ります」

深々と頭を下げた俊宏は、ふらりと立ち上がると夢の世界の住人としか思えぬ顔で下がっていった。彼は自分が口にしたことに自覚はあったが、その重みというものは一切理解していない。元よりなにも考えていないに等しい博雅はバイバーイと手を振るだけだし、この場の証人は晴明一人ということになった。となればあとは彼の独壇場、どんなことになっても誰も文句は言えないだろう。

 「博雅…」

 「おお、どうした」

晴明に視線を戻し、"ニギニギしてぇ"と言わんばかりに伸ばされた手をきゅむ、と自らの手で握ってやる。たちまち潤んでくる目はそれでもしっかりと博雅を見詰めているので、博雅の方もじっと晴明の目を見詰め返した。

 「俺はお前に嘘をついておった」

 「うそ?」

 「そうだ。折れたタバコの吸殻の話ではないぞ」

そりゃ中条きよしの歌だ。盛り上がってきたところで余計なことを言うな!

 「俺の話を聞けばお前はきっと怒るだろう。だがそれが俺の本心だと言うことを分かって欲しいのだ。分かった上で許して欲しいのだよ。虫のいいことよと言われるのは承知だが、けれど俺は博雅、お前のことだけを思うておるのだ。それだけは疑うことなく信じて欲しいのだよ」

 「お前がなにを言おうとしているのか分からぬが、俺はもうどこにも行かぬと決めたのだ。俊宏とて俺たちを漸う認めてくれたのだ。なにがあろうと離れまいぞ。お前が俺に飽きたと申しても、もう俺からは離れられぬのだ」

 「ぴっぴょっ、ぴよっ」

 「ああ、それはいかん、ぴよはいかんぞ晴明。また気を遣ってしまう」

そういう問題ではないが…

握った晴明の手を博雅がそっとなで擦る。彼にしては上出来の甘いムード作りだが、見下ろす晴明が鼻を垂らした不細工顔なのでせっかくの雰囲気は台無しだ。…とはいえ今の二人には最高のシチュエーションなのでこのまま驀進していただこう。

 「晴明…どのような嘘であっても俺は許すと誓うぞ」

 「ひっひろましゃぁぁぁ」

晴明、大洪水。

 

 

なんだか"大人ビデオ"のタイトルのような描写だが本当のことなので仕方ない。

さていよいよやってきましたクライマックス、みなさんお待たせ致しましたと言いたいところだがここでターイムアップ!いつも通りページに限界が来たのでこの辺で一旦コマーシャルに入りたいと思います。

さてページの限界とはなんでしょう。これはテキストで八ページ程度のことを示しています。なぜそこを制限とするかは話すと長いので割愛。

 

 

…実はうちのGoliveが、それ以上テキストコピペするとフリーズするからってのは、内緒。

 


                   
                                        続く →