2006 シンタロー誕生日記念 マジックの部屋を大捜索し、不在が疑いのないものとなると慌てて自室へ取って返す。 以前、久しぶりに手に入れたたった一日の休日を彼の『かくれんぼしよう!』の台詞でふいにした苦々しい記憶が甦ったためだ。 やらないと言ったのにさっさと鬼に決められて、まあ視界から消えてくれるならそれもいいかと放置しておいたらその後三日も見つからなかった。何処とは言えないが一族の者は全員体に認証IDタグを取り付けているから、それを使えば世界中何処に潜んでいてもたちどころに発見される。 かくれんぼと言っていたし、屋敷の外に出た形跡もない。けれど比率で言えば限りなく百に近い確率で恨まれ、命を狙われる彼が行方不明になったのだから、数時間経って異変に気付いてからはすぐに探索が実行された。だが。 高をくくっていたけれど、それから三日、マジックは見付からなかったのだ。 気が遠くなった。 本当にだめかと思った。 もし、万一のことがあれば自分はどうするだろう。どうなるだろう。とても正気ではいられない恐慌の中、先陣を切って捜索に出向きたいのに足が震えて立てなくなった。見かねたキンタローに留められ、自室で安定剤を処方されるという失態を演じた挙句それでもどんな気力も沸かず情けない自分を呪いながら横になるベッドに拳を叩き付けた。 ぼすん、という音と、それから“響くよぉ”という情けない声。 聞きたかった声。 ベッドの下からそろりと出てきた彼は、“なんだか大事になっちゃって、どうしようかなーと思ってたんだよねー。シンちゃん、ちゃんと謝るからみんなにとりなしてくれる?”と、言った。 その後の記憶は曖昧だ。気を失うなど、あとにも先にもあの時が最初で最後の経験だろう。 自室に駆け込み、まずベッドの下を覗く。残念ながら今回そこに目的の人物は見つけられず、次に浴室を徹底的に調査した。シンタローの入浴を覗くため、壁を二重に改造した事のある男だ。勿論すぐに気付いて元通りに直したが、性懲りもなく再挑戦している可能性はなくもない。 その調子で部屋中をくまなく探してみたけれど、残念ながら今回彼の姿は何処にもなかった。初めから分かっていた結果ではあったが、その事実は余計にシンタローを落ち込ませる。 自分がいなくなれと言ったから彼は消えたのだ。鬱陶しいと言ったから、誕生日くらい静かに過ごしたいと言ったから、だから本当にいなくなってしまった。今日一日は決して顔を見せないだろう。意志は固く、いっそ頑なと言って差し支えない性格の持ち主だ。拒絶されると追わないのが彼だし、情が薄いところがあるのも悲しいかな事実だった。 結局のところ、シンタローには彼に踏み込めない領域があることが悔しい。いかなるときも受け入れて欲しいと言い募るくせに、自分はなにも見せないところがもどかしい。知っているつもりでいると簡単に足元を浚われて、こんな風に情けない思いをさせられる。意地っ張りな性格を誰より理解しているはずの彼があっさり身を引く瞬間に、どれほど傷付けられているか分かろうともしないマジックに腹が立つ。 誕生日なのに。 ひとりにされて、思いに囚われて。苦しくて。 泣きたくなる。 何処にいるのか見当もつかず、結局探すことを諦めベッドに転がったままぼんやり窓の外を見ていた。それは視界に入っているだけのことであり、特別なにかを見ようと思ってしたことではない。 鳥が横切るのが見える。 低く流れる雲が風の速度を教える。 静かで、静か過ぎて自分の呼吸する音がやけにはっきりと聞こえた。それだけ。 それだけの、時間。空間。 人一倍なんでも器用にこなすはずの自分なのに、こと時間に関する配分だけはどうしようもない。本を読むとか、片付けをするとか、思いつくことはあるがどれも実行に移す気になれない。騒がしいのは本来好まぬ性格だけれど、静か過ぎるのにも当然慣れてはいなかった。 うとうとしていたのだろう。 ふと気付くと日差しが真昼より少し、傾いている。思ったよりも怠惰に過ぎていく時間を惜しむ気持ちはあったがかといってやはり動くのも億劫で。 空腹も感じない。 夜になって、グンマとキンタローが戻れば騒々しいパーティーが開かれるのだろう。あの、リボンのついたトンガリ帽子がよもや自分の頭に載せられることだけはないよう祈りつつ、投げ出した体をくん、と伸ばす。それから丸くなる。 胎児のように手足を縮め、全身でいじけているポーズをとってみた。 我ながら馬鹿らしいとは思うが、こういうときはとことん落ち込んだ方がいいかもしれない。自分のことを可哀想だと思い込み、理解してくれない周囲に責任を擦り付ける。この場合周囲というよりマジック単体に対する恨みだが、日頃から迷惑を掛けられ通しの自分には十分その権利があると思う。うん、絶対ある。自己弁護。 再びうつらうつらしてきたのをいいことに、そのまま眠りについてしまう。 寝ていれば余計なことは考えずに済むし、もしかしたらそのまま誕生日なんて過ぎてしまうかもしれない。 そうだ、こんな日、来なくたっていい。 誕生日なんてものがあるからマジックがいないのだ。一番いて欲しい時にいないなんて、そんな馬鹿げたことは許されるはずがない。 来年から、誕生日なんて廃止してやる。 支離滅裂に陥りつつあるのは既に意識が寝ているから。 薄く開いた唇から微かな息が漏れると、シンタローは本格的に眠りの世界へと落ちていった。 「シンちゃん、起きて!」 耳元で叫ぶ声はグンマのものだ。 「もー、まさかと思うけどずっと寝てたの?」 ぼんやり映る視界いっぱいに頬を膨らませたグンマがいて、鬱陶しさから思わず両手で顔を押しのけてしまった。 「ひどいよ、僕、パーティーの支度ができたって呼びにきてあげたんだよ。主役がやる気ないと盛り下がっちゃうじゃない」 「いま何時だ」 「六時半」 起き上がりながら、強張った四肢を伸ばしてみる。休んでいたのに却って肩が凝っている気がして、両腕を回しながらベッドを降りた。 聞きたいけれど、聞けない。 だから無言で部屋を出た。 ダイニングは、まるでプライマリースクールの教室のような有様だった。 やるだろうとは思っていたが、幼稚な飾りつけはグンマの趣味そのもので、あちこちに造花や風船が取り付けられ手書きのパネルには几帳面な字で“祝誕生日”と綴られている。これは指摘するまでもなくキンタローの仕業だろう。 食卓には、パーティーというだけあって様々なオードブルやメインらしいローストビーフなどが並び華やかさを演出している。小ぶりのケーキはそれでもきちんとホールで用意され、チョコのプレートには“シンちゃんおめでとう”と不器用な文字がのたくっている。これはグンマの手によるものだ。 ありがたいと思う。来年は廃止する予定の“さよなら誕生会”だけれど、それでも二人が心から祝おうとしてくれているのが良く分かり、それには素直に礼が言えた。 「シンちゃん、元気ないね」 「それは肝心なものを受け取っていないからだろう」 「そっか。そうだね。やっぱり誕生日といったらアレだよね」 恐らく、彼らは“ひそひそ話し”をしているつもりなのだろう。いつものことながらグンマの声は通りがよく、答えるキンタローにいたっては常と変わらぬ張りのある低音でハキハキと返しているのだから始末が悪い。 「ごめんね。でも焦らしてた訳じゃないんだよ」 「その通り。俺たちはお前の生まれたことに感謝して、その気持ちをどうすれば最大限に活かせるかここ一月思案に思案を重ねてきたのだ。そしてついにある一つの結論に達したのだが、俺が閃いた、いいか、この俺が閃き考案した策こそ史上最大のバースデー企画であり、後世まで語り継がれること間違いなしのサプライズになるのだ!」 「うん、でもキンちゃん何度も言うけど自分だって誕生日だからね。そこは忘れないでね」 突っ込みを入れるべきかどうか迷っていたが、取り敢えずグンマもそこは忘れていなかったらしい。 「変なんだよ、キンちゃん。自分だって誕生日なのに、驚かされるのは絶対に嫌だからパーティーは辞退するって聞かないの」 「俺は常に、創造する側にいたいんだ」 「仕事してるんじゃないんだからさぁ」 「その件についてはもう何度も話し合っただろう。俺を祝いたいなら俺の好きなようにさせろ。お前からのプレゼントは、シンタローサプライズ企画を俺に任せることじゃなかったのか」 「それはそうだけどぉ」 「なんでもいいからさっさとプレゼント渡せよ」 この二人に任せておくと話が進まない。ありがたいとは思うものの、気乗りのしないパーティーほど虚しいものはないのだ。フォークに刺したプチトマトを口に運びつつ、適当に食べて適当に驚いてやったら部屋に戻ろうと密かに思う。 「じゃあ気を取り直して。シンちゃん、今年のプレゼントはほんっとにすごいよ!」 「目にものを見せてくれる」 脅迫されているような状況で受け取るプレゼントにどんな期待をしろというのか。この二人のことだからどうせろくなものではないに決まっている。 なんとかロボとか、ホニャララ兵器とか、そんなもの。 「では、改めましてシンちゃん!お誕生日おめでとう!」 「遠慮なく驚け!」 「あーあびっくりした大したもんだ」 口先だけで言いながら、甘酸っぱいトマトを飲み込み視線だけでそちらを見る。 ダイニングに入った時から気付いてはいたが、プレゼントを隠しておくのは当然なので気付かない振りをしてやっていた、かなり大きな山に掛けられた白いシーツが二人の手によって取り去られる。 ぱさり、と。 床に落ちるサテンの白。照明に照らされ光っている。 「――――、げっ、」 シンタローは、確かに驚いた。 |
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