2006 シンタロー誕生日記念

 

 

 「な、な、な、」

 「やった!シンちゃん驚いてるよ!」

 「俺の企画力の勝利だ」

驚いた。

確かにシンタローは、これ以上ないほどに驚愕している。

しかし。

 「わーい、さすがキンちゃんだよぉー」

 「シンタローに絡むことは即ち叔父貴に絡むことだからな」

 「アホかーーーーーーーーッ!」

 

驚いたが、それは両手を挙げて“オウッ、サプライズ!”とか言っていられるレベルの驚きではない。驚愕だ。いままでの生涯で堂々第三位にランクインを果たした超弩級の驚きにあたる。

因みに第一位は実の父親に言い寄られたこと、第二位はその苦悩をあっさり裏切ってくれた血縁関係がないという真実を知ったときである。

 「おいっ生きてるのかっ」

 「やだなぁ、なんで僕たちがお父様を亡き者にしなきゃならないのさ」

 「シンタローは身内だという油断から、時々無礼なことを平気で言い放つがな、それはやはり良くないぞ。親しき仲にも礼儀ありという言ってな、つまり、」

 「うるせえ黙れ馬鹿でこぼこコンビ!」

 「む。いまのはなかなか難しい早口言葉だぞ」

 「うるせえ、だまればかでこぼん、ほんとだよく舌噛まないね」

駆け出したシンタローは、振り向きざま小さ目の眼魔砲を撃った。食卓と室内に被害はないが、でこぼこの頭は取り敢えずモコモコになった。

 「しっかりしろ!親父!」

 「…む、ぐ、ん?」

台車の上に乗せられたマジックは、後ろ手に縛られ猿轡まで咬まされている。冗談にしては行き過ぎた扱いに手加減をしたことを後悔しつつもう一声怒鳴ろうとしたが、薄目を開けて自分を見るマジックの救出が先だと拘束を解くことを優先させた。

 「なんでこんなことされてるんだよっ」

 「シンちゃん、ちょっと、大声は勘弁して。頭が痛い」

 「ああ、すまん」

反応を見る限り、睡眠薬でも使われたのだろう。顰めた顔が本当に辛そうで、ムカムカと怒りがこみ上げてくる。

 「お前たち、なんでこんな真似した!」

マジックを手近な椅子に座らせると、突如ファンキーなヘアスタイルにイメージチェンジさせられた二人がふらふらしつつもどうにか支え合い、シンタローに向かって口を尖らせる。

 「ひどいよシンちゃん、僕らはシンちゃんのためにやったのにぃ~」

 「何処の世界に自分の親父を拉致監禁する馬鹿がいる!」

 「拉致はしたけど、監禁まではいってないって」

 「そうだぞ。俺たちは、取り敢えず一服盛って眠らせはしたが、叔父貴にはプレゼントとして活躍してもらっている間研究所の仮眠室で大切に保護していたんだからな」

 「なんだそりゃ!分かるように話せっ」

 「シンちゃん大声出さないでってば」

 「アンタこんな目に遭わされて言うことねぇのかよ!」

 「そりゃ私だって怒るときは怒るけど。なんでこんなことしたの?」

こめかみを擦りつつマジックが尋ねると、恐ろしいほど不似合いなアフロを揺らしつつキンタローが答えた。

 「お前は常日頃、叔父貴が近付くとうるさい鬱陶しいと邪険にしていただろう。確かに世の一般的な父親像から比べれば常軌を逸した言動、行動だというのはわかる。そこで俺は考えた」

 

曰く。

 “静かにしろ、放っておけ、あっち行け、と毎日のように言っているシンタローが年に一度の誕生日を迎えるに当たり、反比例してボルテージの上がるマジックを隔離することにより、心静かに寛げる一日を提供する”

 

 「名案だろうが」

 「そうだよ。これじゃシンちゃん、言ってることとやってることが逆だよ」

 「そんな計画を立ててたの?ひどいなぁ、お陰で私は、私だけの特権を行使し損ねたじゃないか」

 「お父様の特権ってなぁに?」

 「勿論、日付が誕生日に変わった瞬間、ぎゅーっと抱きしめておめでとうを言うことだよ」

 「ああ~、そうだねぇ、毎年それやって毎年眼魔砲撃たれるのがお父様の楽しみだったんだよね。ごめんなさい気付かなくて」

 「眼魔砲を撃たれるのは不本意なんだけどね」

 「うむ、確かに。今年はおめでとうもバースデー眼魔砲も俺たちが奪ってしまった形になるわけだな。それは悪いことをした」

 「だから、眼魔砲はいいんだって」

 

和やかな会話になっている。

精神的にも肉体的にも、あの程度のことならばダメージなど殆どないであろうマジックは早くも復活したのか、豪勢な食卓を見て感心している。

 「まあ言いたいことはあるけど、二人がシンちゃんのために計画したことなら仕方ないね。こんなに素敵な支度もしてくれていることだし、改めてみんなでお祝いしよう」

 「ケーキは僕が作ったんだよ」

 「グンマ、それは正しい表現ではない。正確には、お前が作ったのは“ケーキを作るロボット”だ」

 「細かいことはいいじゃない」

 「開発費用はちっとも細かくなかったぞ」

 「おや、また公費流用だね。それはシンちゃんに叱られる種だからやめておくか隠し通さなきゃダメだよ」

 「あーっ!そうだよキンちゃん、なんで言っちゃうのさ!」

 「いずればれる。シンタローはどんな庶務雑務書類でも欠かさず目を通すからな。特に経費計上面はシビアだ」

 「それもこれも愚弟の所為だからね。私も心が痛むよ」

 「ハーレム叔父様も、人は悪くないような気はするんだけどねぇ」

 「悪くはないが良くないことも確かだろう」

 

和気藹々。

 

 「…………に、しろ」

 「ん?なんだいシンちゃん」

 「勝手にしろ!」

怒鳴って、立ち上がる。扉に向かう。出て行く。

壊れないかどうかの配慮など考えられず叩き付けたドアには気の毒だが、仮に壊れたとしても直す責任は自分にはない。

自室に戻り、寝室へ直行するとそのままベッドに潜り込み布団を被った。釈然としない様々な思いが渦巻き、目を閉じると余計にぐるぐる回る。頭の中を、巡る。

誕生日なのに。

一年に一度、祝福される日なのに。

ほしいものが与えられる日なのに。

ほしいものはあったのに。

素直になれなかったのは確かに自分だけれど、それでもこんな風に悲しくなるような、情けなくて胸の痛む思いをするような日じゃないはずだ。少なくとも今日は、何事に対しても幸せでいられるはずたった。

願っても、咎められるはずのないささやかな。

 

誰が悪いのか、順序をつければ自分だって上位に入る。というより全員一律で同罪だといっても過言ではない。各々の思惑がうまい具合に擦れ違って、結果招いた結末がこうであったというだけのこと。

だからグンマを、キンタローを責めることは出来ない。

マジックを責めることも出来ない。

それでも悔しいのは、悲しいのは、今日という一日はもう戻らないということ。取り返せないということ。

ただ傍にいたいだけで、特別変わったことなど必要ないのだ。しつこくされるのが嫌だというのは、普段と変わりなければそれでいいということだとどうして分かってくれないのだろう。なんで悲しくさせるのだろう。

 

女々しいなぁ、俺。

頭の中でぽつんと呟き、深く湿った溜め息を吐く。

今頃、主役を欠いたパーティー会場はいたたまれない空気に包まれていることだろう。いい気味だと悪態を吐いてやりたいが、そうするにはシンタローは家族思いすぎたから、結局ひどい自己嫌悪に苛まれ益々深みにはまっていく。

こんなときは。

 「…寝よ」

寝るに限る。考えても名案が浮かばないなら、そのときは思考を切り替え一旦保留してしまうのが一番だ。正常な動作をしなくなった電子機器も、一度電源を落とせばうまく繋がったりするあれに似ている。人間の思考は電波でもあるから、寝て、覚めれば状況も変わっているかもしれない。

第一、引き摺るような問題ではないから。

些細なことだ、本当にくだらないこと。すぐに忘れていいようなこと。

眠れるはずがないと思いながら、それでもシンタローは目を閉じた。硬く瞑って、頭の中にある黒い影を出来る限り隅に追いやる。

がんばれ俺。眠るんだ俺。

無駄な努力を一晩続けることになりそうな予感も押さえ込み、必死に自己暗示を掛け続けた。

寝る。

コン。

寝る寝る。

コンコン。

寝る寝る寝る。

コンコンコン。

 

 「シンちゃん…起きてるでしょ?入るよ」

 

逢いたくて、逢いたくない彼の気配が近付いてくる。

 

 

 

 

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