本文の前に

このストーリーは、ティラミスがガンマ団に入団する前のお話です。
いつにも増して
捏造です。嘘ばっかりです。
も設定を踏まえて読んで戴ければ、パロディとしては楽しんで戴けるかなー。
楽しいといいなー。
と言う訳で、設定。

 現在/シンタローが20〜22歳くらい(コタロー幽閉前)のころの物語
     ティラミスは18〜20歳くらいだけどもう秘書やってます
 回想/その三年くらい前…かなー…多分…

 繰り返しますが嘘ばっかりです   OK?

 

 

 

 

      Eraser

 

 

 

 

 「書き直してください」

言いながら手元の書類を取り上げると、非難めいた視線で見詰められる。不快、というより拗ねて甘えたその蒼い目が苛立ちを誘うけれど、なにも感じない振りで取り上げた紙片を真ん中から破り手の中で丸める。

 「一言一句、間違えずに、丁寧にこちらへ書き写した上でサインをお願いします」

 「もう飽きたよ」

 「あと…八人分ですね。三十分で終えてください。A国使節団の面会に遅刻されては団全体の印象を悪くします」

 「………に」

 「なんですか」

 「その方がいいくせに」

唇の端に浮かぶ笑い。

子供のようなそれは演技でしかない。そんなこと、疾うに知れているのにやめないのは、癖なのか嫌がらせなのか。

本当に、そう見られて、いるだけなのか。

 「終わらなければ面会後、こちらに戻って執務を続けて頂いても結構ですよ」

 「ダメ、それはダメだよ。今夜はシンタローが帰ってきてくれる特別な日だからね。早く帰って夕食の支度をしてあげなければ」

 「では続けてください。間違えてもインク消しは使用出来ませんからね。注意するのは三度目です、しっかりしてください」

 「相変わらず冷たいね」

笑顔。

細めた目が笑っている。

死ばかりを見詰める蒼い煌めきが笑っている。

嗤っている。

 「…あなたを甘やかすのは、私の役目ではありません」

 「そう」

肩を竦め、仕方ないといった仕草で紙面に向かう。前回の戦いで功労を揚げた兵士たちへ贈る昇級や報奨を記した大切な書類であり、士官以上に渡す場合はタイプされたものではなく、総帥自らが認めたものを使うのが常となっていた。

 「あーあ、こんなことなら最初にシンちゃん宛を書くんじゃなかった。やっぱり楽しみは最後に取っておくべきだね」

 「もう一度書かれればいいでしょう。止めませんよ」

 「それじゃあ残りが増えてしまうじゃないか」

 「しかも執務時間も延びますね。あと二十五分」

ちぇ、と。子供のような口調で言って、また目は笑いかける。

えぐり取ってやりたい。

蒼く、蒼いその輝きを。

 「本当に冷たい。もっと甘い名前を付ければよかったかな」

 

ねぇ、ティラミス。

 

 

奪い、殺してやりたいと。

本気で思ったそれはいつが最後だったのか。

それとも。

 

 

 

 

ティラミスと呼ばれる少年は、嘗て別の名前で呼ばれていた。

それは遠くはない過去のことで、忘れたことなど一瞬としてなかったが、いまここにいる自分がなんと呼ばれ、誰から愛されていたかを思い出すと気が狂いそうになる。だから彼は極力自分を抑えていたし、なにも感じないように、それだけを心懸けていた。

そうするうちに、抱え込むうちにすり減ってしまった感情。初めは確かにあったのに。

ここには敵しかいない。

敵であった者たちしかいない。

しかし、考えるまでもなく敵と知覚する時間が短すぎたせいか実感が湧くまでは時間がかかったのも事実だし、また、あの蒼い目を見詰めるとなにかが溶け出し溢れてくる。

憎むべき対象を憎みきることの出来ないもどかしさに慣れてしまう。

それは罪だ。

逝ってしまった者に対する、愛する者たちに対する冒涜だ。それでも。

それでも、いまここにいる自分にはどうにも出来ない不可思議な感情が湧いていることも確かで。

過去は、そう遠いものではない。

いまも鮮明に、この胸に横たわっている深い闇。白い闇。

 

鮮やかに。

 

 

緑が豊富で、川のせせらぎは穏やかで。

酪農に力を入れた小さな国はそれなりに豊かで、民は気候にも似た温かさを持つ者ばかりのとても暮らしやすい土地だった。

彼はその国の宰相の息子であり、世襲が当然であったためいずれはその地位を継ぐはずでもあった。

幼い頃よりそう育てられてきたし、周囲の者も期待を持って自分を見た。扱ってきた。国民にもそれは浸透していたから彼の行くところでは大抵歓迎され、暖かく迎えられてもいた。

その期待に応えるべく、学ぶこと、与えることは苦にもならず、常に他者を思う心を大切にしてきた。自分が生かされる理由を、いつでも念頭に置き生きることに疑問の欠片も感じはしなかった。

 

彼が街道を行くと、老女は孫を見るように温かな目で見送った。

娘たちはまだ年若い少年にも頬を染めて俯いた。

青年たちは、憧れと、期待と、少しの嫉妬を混ぜた気配を肩の上当たりに投げかけたが、それでも敬う気持ちはさりげなく譲られる道に現れている。

誰もが自分を見ている。

だから意識して、彼等を裏切ることのないよう振る舞わなければならない。

時には疲れて投げ出したくもなるが、長い時をこの地に生きた一族、国民の積み重ねてきたすべてを思えば泣き言など言っている隙はない。だから日々、与えられる知識や経験を余すところなく吸収しようとただ前向きに生きていく。

生きる。

それことが自分に与えられた使命だから。

 

だから、突如父から投げ付けられた言葉の意味を拾うまでには数瞬の時間を要した。

 

 「お前はなにも分かっていない」

朝食の席で持ち出した話題は、決してその場に合わないものではなかった。

 「ぼくが、なにを分かっていないと仰るのですか」

 「なにもかもだ。国とはそう簡単に立ち行くものではない」

 「それは、それは確かに、まだ若輩のぼくではすべてを理解することは無理かも知れません。けれどだからこそいまは色々なことを学びたいと、」

 「学ぶことは結構だ。外からなにかを得ようとすることも大切だろう。けれど内のことも分からぬうち、見聞を広めたところでなにもならない」

 「それも分かっています。けれどぼくは、だからこそ見たいと思ったのです。自国と他国の違いを見て、比べるのではなくどこがどう違うのかを知った上でより深くこの国のことを学びたいと思ったのです」

 「口で言うのは簡単だ」

 「ええ、ええ、簡単です。いまここで口論することも簡単です。けれどなにもせず、狭い場所に閉じ籠もることに意味はありますか」

 「お前はなにも分かっていない」

 「分かりたい、だからぼくはもっと知りたいのです、多くのことを!」

互いに、これまで声を荒げたことなどない間柄だった。だからなのか、余計に熱がこもり自分の意志だけを強い口調に載せ相手に叩き付けてしまった。

それから暫く言い争いは続いたが、やがて疲れたように父が掌を一振りすると控えの者たちが素早く歩み寄り彼を退出させ自室へと連れ戻されてしまった。

興奮が収まらず、苛々と室内を歩き回る。

唇に当てた爪を噛み締め、いまのことを思い返す。

自分はただ、近隣諸国への留学や訪問を許して欲しいと言っただけに過ぎない。それはこれまで国の重鎮たちにとり当然のように行われていたことで、父も他国の文化を学ぶために数年に渡る留学を経験したと聞いている。確かに年はいまの自分より上になってからだということだが、大差がある訳ではなくまた早いとも思えなかった。

なぜ反対されたのか。

なぜあのようなひどい言葉を使われなければならないのか。

頭に血が上るという経験すら初めてのことで、興奮は静まるどころか益々彼を苛立たせ激しく床を蹴り付けた。

もう一度話し合わなければ。

冷静に、勤めてその言葉を意識しながら部屋を出ようとすると、部屋の前に控えていた数人に取り押さえられ戻された。

 『お父上は議会に向かわれました』

無理に座らされたソファは柔らかく体を包み込むが、手応えのないその感覚には妙に苛つく。ささくれた心にはなにもかもが気に入らなかった。

確かに、今朝はいつもと違い朝食の場に父の姿がなく、訝みながらその訪れを待っていた。夕べ考えた留学希望の旨を早く伝えたくて、もし、この場に現れなければ部屋まで訪ねていこうと思っていたほどだったのだ。

やがて、外出の支度を整えた父はどこか青ざめた表情をしていて、思えば機嫌も悪かったようだ。

具合が悪かったのだろうか。

好意的に考えてみる。けれどいままで、どれほど体調が優れぬ時でも自分の話はきちんと聞いてくれた。辛いなら、また忙しく時間がないのであれば次の機会を与えてくれた。納得のいくよう計ってくれたのが父だったのだ。

頭ごなしに叱られたことなど一度もない。彼自身聞き分けのいい子供であったし、逆らってまで叶えたい望みもなかった。だからすべて従ってきたのだ。父に。国に。自分以外のすべてに。

噛み締めた爪が嫌な音を立てた。

割れたそれを忌々しく思いながら、収まりのつかない怒りを持て余す。

父の帰宅を、もう一度話し合うことを、ただそれだけを願った。

 

 

その夜、待ち人は帰っては来なかった。

口答えをしたことのない彼が、理論武装で主張を固めたというのに、ぶつけるべき相手は戻っては来ず、肩すかしは更なる苛立ちを生んだ。

軽んじられている。

そう思った。

思い込むのに十分な仕打ちだった。

苛立ちと、同じだけの不安が押し寄せる。

父に、見捨てられるのだろうか。

大人びた眼差しを持つ彼も、内側にあるのはただ少年に過ぎず、その気持ちは静かに胸に降り積もっていった。

 

 

 

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