本文の前に

このストーリーは、PAPUWAの名を借りたゆずポンの捏造小説の中でも
群を抜いて嘘つきな物語です。
作品を読んで戴ければ分かるのですが、シンちゃんとパパの関係も
状況設定も環境も、なにもかもが作り物です。
それを踏まえた上での閲覧をお願いします。

 繰り返しますが嘘ばっかりです   OK?

 

 

 

 

the opposite bank   …parallel story

 

 

 

 

イートン校に通う少年は、外出時であっても制服を着用しなくてはならない。

燕尾服を着た学生たちはまだ幼い顔をしたものも多く、往来を行くその姿は道行く人々の目を十分に楽しませていた。

尤も当の彼らといえばそのような視線には慣れているので、動じたり浮かれはしゃいだりすることなど決してなく、伝統に培われた絶対的な自信を胸にしゃんと伸ばした背筋も美々しく目的地へと足を運ぶ。

金の髪に蒼い瞳を持つ、子供にしてはやたらと大人びた表情をもつ少年…マジックも、その中の一人だった。

 

この町には外国人観光客が数多く訪れる。

史跡、旧跡、名所と呼ばれる場所や建物がいくつもあり、さらにイートン校に通う少年たちが見られるのだ。人気があるのも頷ける。自分たちを見てなにが楽しいのか分からないが、それでもカメラを向けられたことに腹を立てるよりは素通りしてしまう方が早い。

自身の誇りはもちろん、自分たちはこの国の伝統と名誉を負ってもいるのだ。無益な雑事に囚われる閑など微塵もない。

 

その日は授業で使う資料を探しに書店へ行くことになっていた。図書館に行けば済む話ではあるのだけれど、帰りにチョコレートを買うという目的があったので数人と連れ立って寮を出たのだ。

なんでも日本ではバレンタインデーと呼ばれる風習があり、好きな人にチョコレートを贈り愛を告白するそうだ。マジック自身も日本には興味があり、そういった行事が嫌いな性質ではなかったので付き合うことにした。

初めにその話を持ち出したのは同室の少年だった。

去年の夏、父親と親交のある日本人一家が彼の家に滞在し、その娘に一目惚れをした。向こうも憎からず思っているのは確かなようで、また会おうと硬く約束を交わしたという。そのときに出たたくさんの話の中にバレンタインデーのことも含まれていたというのだ。

日本では女性から男性にプレゼントを贈るそうだが、物心付いたときには女性を敬い、守るべき立場にあると教育されてきた自分たちにとりその習慣は受け入れ難い。愛を伝えるのならばどちらが送ろうと構うことはあるまいと力説するので、その場にいた誰もが深く頷いた。

十二歳になったばかりのマジックには、愛という言葉はまだ重過ぎると思うけれど。

それでもいつか、本当に愛する人が出来ればわかるのだろう。

選び抜いた贈り物に気持ちを籠めて、恋を、告白するそのときに。

 

 

本を探すという大義名分はすぐに飽きられ、少年たちはいそいそと菓子やケーキを売る店に向かった。

日本に送る手間が掛かるため小さな店では事足りないだろうと、大通りに面した有名店を目指して歩く。

その途中のことだった。

 

長い黒髪を持つ青年が、片手に地図を持ち林立するビルを見上げている。

日本人だ。すぐに分かった。髪も、地図を見る目も黒く、顔立ちも自分とはまったく異なる。日本人にしては随分背が高いけれど、それでも背に掛かる艶やかな黒髪は、いつか見た日本画に描かれていた十二単姿の姫君のようだった。

道に迷った旅行者なのだろうか、いかにも“困った”という顔で周囲に視線を廻らせているのが少し、おかしい。十七、八だろうか。日本人は若く見えるというから、もしかしたらもう少し上なのかもしれない。

誰かに声を掛ければいいのに、母国語しか操れないのか地図を見ては溜め息をつくばかりだった。

気付かず歩き去る友人に先に行くよう伝え、マジックはその青年の下に向かった。自分を目指し歩いてくる少年の気配はすぐに分かったようで、ほっとしたような、警戒したような眼差しでこちらを見る。

 「こんにちは」

 「あ、日本語話せるんだ。助かった」

 「少しです。ゆっくり、一言ずつ、話してください」

日本語は一年前から習っている。自ら希望して学び始めたのだが、役立つときが来たようだ。

 「えーと、俺は旅行者なんだけど、ちょっと道に迷ったみたいで」

 「どこに向かいますか?」

 「この店なんだけど。お菓子。ケーキとか、チョコとか売ってる店。えー、販売店。…の方が難しいか」

 「分かります。ケーキやチョコレートを売っている店、ですね」

 「そう。分かるかな。きみ、地元の子じゃないだろ?あっと、ここで生まれ育った子じゃないだろう?」

 「ここでは生まれていません。でも、知っている店です」

 「マジ?やった、助かった」

 「これから僕も行きます。一緒に行きましょう」

 「サンキュー。…あー、発音悪いか」

 「それも分かります。大丈夫」

笑いかけると彼も笑い返してくれる。マジックより年上なのは確かだが、それでも微笑む様は少年のように愛らしい。心細げに周囲を見る怯えた目つきも可愛いと思ったが、彼は、笑った顔の方が数倍も素敵だ。

目的地が同じだったことは偶然だが、店自体に用のなかったマジックもこれで大義名分が出来た。機嫌よく異国人をエスコートしながら、まずは紳士らしく自己紹介をすることにした。

 「僕はマジックといいます。イートン校の学生です」

 「いーとんこう?…あ、学校か。中学?って日本と基準が違うんだろうな。えっじゃあそれ制服?」

 「はい、これは学校の制服です」

前半の言葉の意味はよく分からないけれど、確かにこの国に存在するパブリックスクールの中でも外出時に制服着用を定められているのはイートン校だけだ。襟元を指先で摘まみ、彼に向かって肩を竦めて見せる。

 「おかしいですか?」

 「や、おかしくなんかないよ。すげえかっこいいし、似合ってるし。でも燕尾服が制服ってのは日本じゃありえないからさ」

 「そうですか。あなたは日本人ですか?」

 「うん。…と、張り切って言えるほど純粋かどうかはわかんないけどな。あ、日本人百パーセントじゃないかもしれないってこと。分かる?」

 「はい。でもとても綺麗な黒髪です。僕は日本人の黒い髪がとても好きです」

 「そうかぁ?俺はきみみたいな金髪の方がずっと綺麗だと思うけど」

 「僕の髪は綺麗です。いつも褒められます」

 「は、」

きょとん、と目を丸くして、それから。

 「あはははははっ、そうか、綺麗って自覚があるか。あはははははっ」

それから彼は、笑った。

とても楽しそうに。

とてもおかしそうに。

笑った。

 「…太陽だ」

 「あははっ、え、あ、ごめん。なに?」

 「あなたは太陽です」

 「…は?」

黒髪の青年は不思議そうに見詰めてくる。黒い瞳。深く澄んで、それは吸い込まれそうな。

 「あなたは太陽です。僕は、とても好きになりました」

 「すごいな、紳士って男にもそんなこと言うのか」

感心したように言って、それからまた微笑んだ。伸ばされた掌が金の髪に触れる。

 「じゃあきみは、…マジックは、月だな」

 「つき?」

 「月。ムーン」

 「ああ。…僕が月?どうしてですか?」

見上げる彼はとても優しそうに笑っていて、その笑顔はとても幸せな気分になれる素敵なもので。これまで自分のことを、こんな風に見る者はなかった。こんなに静かに見つめてくれる者などなかった。

誰一人。

 「夕べ夜中にドライブしたんだけど、そのときに見た月が真黄色で、でかくて、すげぇ綺麗だったんだ。森の上に浮かんでてさ、ホント、生まれて初めて見たよ。あんなに綺麗な月」

 「夕べ、ドライブ…ああ、車で観光地を廻ることですね。そのときに見た月が綺麗だったのですか?僕の髪は夕べの月のように綺麗だと」

 「ドライブって和製英語か?えーと、うん、まあそういうこと。マジックくんの髪はでかくてピッカピカに光ってる月みたいに綺麗だよ」

 「あ、ありがとうございます」

 「褒めてもらった礼じゃないからな。本当にそう思ってるからな」

ぽん、と頭を叩かれる。その親愛の情のこもる仕草に胸が熱くなった。こんな風に触れてくる相手も初めてだ。しかも不快ではない。

嬉しい。

微笑む瞳をうっとりと見詰めていると、髪に触れていた手を離し困ったように頬を掻いた。

 「えーと、それで案内の続きを頼みたいんだけど」

 「ああ、ごめんなさい。こちらです」

道に迷ったといっても通り自体は合っている。一ブロック先へ進めばそこが目的地だ。級友たちは既に到着しているだろう。

再び歩き出したもののマジックの足取りはひどくゆっくりしたものだった。店に着けば案内役は終わってしまう。少しでも長くこの太陽と共にいたい。

 「お菓子を買うのですか?」

 「うん。土産なんだけど、日本人ってなんか海外土産はチョコって感覚があるらしいんだよな」

 「おみやげ。プレゼントですね」

 「まあそんなもん。一緒に来たやつは紅茶の専門店に行ってるんだ」

 「一緒に?友達と一緒に旅行をしているのですか?」

 「んー、まあ…そんなとこかな…」

曖昧に答えた顔が、少し、歪む。

太陽が翳る。

 「あの、」

 「ん?」

 「一緒に旅行をする友達は、友人ではないのですか?」

 「友達も友人も一緒だよ」

 「ああ、なんと言えばいいのかな。一緒に旅行をするのなら、友人なのではないですか?」

 「仲がいいかってこと?うん、まあ仲の悪いやつと一緒にはいられないけどな」

 「好きな人ではないのですか?」

 「好き?」

 「恋人では、ないのですか?」

 「恋人、ねぇ…」

表情は益々暗くなる。

友人かと聞けばそうではないような返事をする。ならば恋人なのかと聞き返せば、もっと辛そうな顔をする。

笑った彼が好きなのに、自分のした質問は彼を苦しめているようだ。そんな表情はさせたくない。笑ってほしい。笑って、自分を見て欲しい。それなのに。

彼の好きな人、彼の恋人という言葉に胸が痛んだ。黒い髪の太陽は、その輝きを自分ではない誰かに与えているという事実はとても切なく哀しいもので、出逢ったばかりとはいえ隠しようのない気持ちを自覚させた。

一目惚れというものは本当にあるのだ。

そして運命はいつでも思わぬところに罠を仕掛けている。

 「恋なんてさ、半分以上が錯覚だよ」

 「さっかく?」

 「気のせいってこと。あー、子供になに聞かせてるんだろうな」

苦笑して、それから前を向いてしまう。

 「僕は子供です。でも聞きたいです。あなたのこと」

 「俺のこと?」

 「恋人のことを、本当は好きではないのですか?」

 「恋人じゃないよ。本当に好きかと聞かれればそうじゃないし、嫌いかと聞かれれば…うーん、それも嫌いじゃないとしか…」

 「恋人ではない人と、一緒にいるのですか?」

 「日本語に腐れ縁って言葉があってな。英語だとなんていえばいいんだろう…好きとか嫌いとかじゃなくて、惰性で傍にいるってどうしようもない状態のことをそういうんだよ」

 「好きではないなら一緒にいなければいいのではないですか?」

 「気持ちってさ、確かに自分のものだけど、でも思う通りの方向に動かせるものじゃないだろ。好きな人を嫌いになろうと思っても無理なように、ずっと傍にあったものを簡単に切り離すってことも出来ないんだ」

 「でも好きではないのなら、」

 「好きじゃないとは言ってない。な、この話はこれで終わり」

少し煩わしそうに言い切る。眉を寄せた表情は、それも見たくない、させたくないもの。

太陽の翳りを作るのは月。

彼を悲しくさせるのは、自分。

届かない。 

 

 

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